子どもたちは、風の犬に変身したポチに乗って、朝の光の中を突き進んでいました。
耳元を風がヒュウヒュウと音をたてて吹きすぎます。眼下の景色が花野から森へ、岩だらけの山肌へと変わっていきます。ポチは、死火山の頂上にある天空城を目ざしているのでした。
山の頂上近くまで来たとき、ゼンが振り返って声を上げました。
「見ろよ……!」
フルートやポポロも、後ろを見て、思わず声を上げました。そこから天空の国が一望できたのです。
国は、死火山を中心にして東西に長く延びていました。大地を森と草原がおおい、川が流れ、町が点在しています。見渡す限り白一色の世界ですが、川や町の屋根が朝日を返して銀色に輝いています。そして、白い世界は巨大な岩盤のはずれでぷつりと途切れ、抜けるような青空に変わっているのでした。
「本当にぼくたちは空の上にいるんだね」
とフルートはつくづくと言いました。大地があまりにも揺るぎないので、こうして自分の目で確かめなくては、空の上にいる実感がしなかったのです。
すると、突然ポチが、しっ、と声を上げました。
「羽音がします……静かに」
子どもたちはたちまち口をつぐみました。
山の頂上から翼の音が聞こえてきて、白い金虹鳥が飛んできました。鋭い瞳であたりを警戒しています。
子どもたちはポチの背中にしがみついて、じっとしていました。フルートの胸元で金の石が輝いています。
金虹鳥は、彼らからほんの数メートル離れた場所をすれ違って、山のふもとへ舞い下りていきました。子どもたちには、まったく気づきません。フルートの金の石が魔王の監視の目から子どもたちを隠しているので、音をたてない限り、気づかれないのでした。
やがて、山頂の城が見えてきました。鋭い槍のような尖塔が何十も集まっている城です。高い山の頂上に、さらに高くそびえたつその姿は、まるで城が空の果てまで届こうと手を伸ばしているようでした。
ポチが背中の子どもたちに言いました。
「ワン……このまま城の中に飛び込みましょう」
「大丈夫かい?」
とフルートが心配しました。ポチは三人を乗せて、もうずいぶんの距離を飛んできています。いくら大きな風の犬に変身していても、息づかいがかなり苦しそうになっていたのです。
「大丈夫です……。このへんは、生き物の気配でいっぱいです。きっと、監視の目もたくさんあるんですよ。ぐずぐずしないで、早く中に入りましょう……」
そして、ポチはぐっとスピードを上げました。残った力を振り絞って高く舞い上がり、一気に城壁を飛び越えようとします。
ところが、そのとたん、ガツーン! と何かに突き当たったような衝撃が走り、ポチが失速しました。空からまっさかさまに落ちていきます。
子どもたちは思わず悲鳴を上げてポチにしがみつきました。白い地面がみるみる近づいてきます。
ポチは空中で身をひねると、かろうじて激突を避け、そのまま地表を滑っていきました。風が土をえぐり、草を引きちぎります。子どもたちは投げ出されて、草の上に倒れました。
「ポ、ポチ!」
フルートがすぐに跳ね起きて駆け寄りました。ポチは子犬の姿に戻って、ちぎれた草の中に倒れていました。ゼイゼイと激しく息をしています。フルートが魔法の金の石を押し当てると、体のすり傷は消えましたが、立ち上がることができません。ポチは残った体力も使い果たしてしまったのでした。
「ワン……す、すみません……」
ポチが弱々しく言いました。
「見えない壁みたいのが、あったんです……城壁の上まで、ずっと続いているみたいです……」
城は、目に見えない魔法の障壁でおおわれていたのでした。
子どもたちは立ちつくして城を見上げました。
城はぐるりと高い城壁で囲まれています。真っ白い石の壁で、ところどころに背の高い柵がはめ込まれています。柵の隙間からは、様々な花が咲き乱れ、不思議な形の岩があちこちに置かれている白い庭が見えました。
「ここから入れないかな」
とゼンが柵に手をかけて力一杯押したり引いたりしてみましたが、柵はびくともしませんでした。
「どこかに入り口があるはずだよ。そこから入ろう」
とフルートが言うと、ゼンが難しい顔をしました。
「入り口には見張りがいるぞ。しょっぱなから戦闘になっちまう」
いくら勇者と言っても、彼らはまだ子どもです。できるだけ後まで体力は温存しておきたいのでした。
「あたしが魔法で入り口を作りましょうか?」
とポポロが尋ねましたが、これには二人の少年が同時に首を振りました。
「いや、魔法は大切にしていこう」
「なんとか中に入る方法を考えようぜ」
とはいえ、どうやったら城壁を越えられるのか……。子どもたちには、なかなか名案が浮かびませんでした。
すると、少し休んで元気が出てきたらしいポチが、よろよろと立ち上がりながら言いました。
「ワン……なんだか不思議な音が聞こえますよ……」
「音?」
子どもたちは耳を澄ましましたが、聞こえてくるのは、城の庭で花や木が風に揺れる音だけでした。
けれども、ポチは耳をぴんと立てながら言いました。
「地面の中からです……。土を掘るような音……それも、たくさん。まるで――」
とポチが言いかけたとき、突然、子どもたちの目の前で城壁の柵が揺れ始めました。そこだけが、地震でも起きているように、ゆらゆらと動き、それがどんどん激しくなったと思うと、柵がゆっくり手前に倒れてきました。ズシーン、と重い音が響き渡ります。
子どもたちは柵の下敷きになりそうになって飛びのき、目を丸くしました。ゼンの怪力でも抜けなかった柵が、まるで強風に吹き倒された木のように、根元からひっくり返っています。
すると、小さくて甲高い声が聞こえてきました。
「おやおや。危なく押しつぶすところだったかね? これは失敬」
声の主の姿は見えません。子どもたちがきょろきょろしていると、ポチがふいにワン! と吠えて地面に伏せました。その鼻先の土の中から、一匹の白いモグラが顔を出していました。
モグラが口をききました。
「こらこら、かみつかんでくれよ。わしは味方じゃ」
子どもたちはびっくりして、あわてて地面にかがみ込みました。
土をかき分けて、モグラが地上に姿を現します。
本当に小さな生き物です。十五センチ足らずの体に真っ白な短い毛が生えていて、ビーズのような灰色の目が子どもたちを見上げています。
「君は誰?」
とフルートは尋ねました。
「わしはモグラの王様じゃよ」
と生き物が答えました。
「この城の庭に、もう何十年も棲んでおる。この城のことも、この国のことも、ずうっと見てきておった。今、城は魔王と名乗る男に乗っ取られておる。天空の王や貴族たちは行方不明、わしらモグラも、見ての通り真っ白にされてしまった。地上から勇者の一行がやってきたとわかったので、家来共々、手伝いに参ったのじゃよ」
「じゃ……この柵を倒してくれたのは」
「むろん、わしの家来たちじゃ。城壁の上は障壁でおおわれておるが、下の地面に魔法はかけられておらぬからな。わしらモグラには、行き来も自由なのじゃ」
その声が聞こえたように、柵の下や周りの地面がもくもくと動き出して、次々にモグラたちが顔を出しました。
とたんに、ポポロが悲鳴を上げてフルートにしがみつきました。ゼンも青ざめ、ポチは背中の毛を逆立てます。何百匹ものモグラが子どもたちをぐるりと取り囲み、小さな目を光らせながら、じいっとこちらを見つめていたのです。
ちっぽけな生き物も、これだけの数が集まると不気味です。しかも、よく見ると、モグラというのは意外と鋭い顔つきをしていて、足の爪や歯も堅く尖っています。モグラは土の中で虫を食べる肉食動物なのです。
すると、モグラの王様が言いました。
「わしを一緒に連れて行くがいい。城の中は敵でいっぱいじゃ。道案内が必要じゃろう」
「道案内?」
とフルートは思わず聞き返しました。
「そうじゃ。わしはこの城のことならなんでも知っておる。魔王はおそらく、最上階の王座の間にいるじゃろう。そこまでわしが案内してやる。さあ、わしをおまえの手の上にのせるんじゃ」
すると、ゼンがフルートの腕を引きました。
「おい、このモグラたちも白いぞ。さわったら、こいつらも俺たちを殺そうとするんじゃないのか?」
とたんに、モグラの王が憤慨したように言いました。
「わしらはそんなことはせん。あれは、闇の首輪につながれた者たちだけにかけられた呪いじゃ!」
その声に応じるように、周りのモグラたちがいっせいにうごめきました。モグラは鳴き声をたてませんが、そこに居合わせたモグラたちが怒っているのは、はっきり伝わってきました。ザワザワと地面が揺れ、無数の灰色の目が鋭く光ります。
反射的に弓を構えようとしたゼンに、フルートが言いました。
「だめだよ、ゼン。今は疑ってる時じゃない。味方はひとりでも……一匹でも多いほうがいいんだ。信じなくちゃ」
そして、フルートは身をかがめると、モグラの王に向かって手を差し出そうとしました。
すると――それより先に、ポポロが、すっとかがみこんで、左手をモグラに向かって差し伸べました。
「どうぞお乗りください、国王様」
ポポロは、はっきりとそういいました。