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第2巻「風の犬の戦い」

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第9章 天空城

48.城壁

 子どもたちは、風の犬に変身したポチに乗って、朝の光の中を突き進んでいました。

 耳元を風がヒュウヒュウと音をたてて吹きすぎます。眼下の景色が花野から森へ、岩だらけの山肌へと変わっていきます。ポチは、死火山の頂上にある天空城を目ざしているのでした。

 

 山の頂上近くまで来たとき、ゼンが振り返って声を上げました。

「見ろよ……!」

 フルートやポポロも、後ろを見て、思わず声を上げました。そこから天空の国が一望できたのです。

 国は、死火山を中心にして東西に長く延びていました。大地を森と草原がおおい、川が流れ、町が点在しています。見渡す限り白一色の世界ですが、川や町の屋根が朝日を返して銀色に輝いています。そして、白い世界は巨大な岩盤のはずれでぷつりと途切れ、抜けるような青空に変わっているのでした。

「本当にぼくたちは空の上にいるんだね」

 とフルートはつくづくと言いました。大地があまりにも揺るぎないので、こうして自分の目で確かめなくては、空の上にいる実感がしなかったのです。

 すると、突然ポチが、しっ、と声を上げました。

「羽音がします……静かに」

 子どもたちはたちまち口をつぐみました。

 山の頂上から翼の音が聞こえてきて、白い金虹鳥が飛んできました。鋭い瞳であたりを警戒しています。

 子どもたちはポチの背中にしがみついて、じっとしていました。フルートの胸元で金の石が輝いています。

 金虹鳥は、彼らからほんの数メートル離れた場所をすれ違って、山のふもとへ舞い下りていきました。子どもたちには、まったく気づきません。フルートの金の石が魔王の監視の目から子どもたちを隠しているので、音をたてない限り、気づかれないのでした。

 

 やがて、山頂の城が見えてきました。鋭い槍のような尖塔が何十も集まっている城です。高い山の頂上に、さらに高くそびえたつその姿は、まるで城が空の果てまで届こうと手を伸ばしているようでした。

 ポチが背中の子どもたちに言いました。

「ワン……このまま城の中に飛び込みましょう」

「大丈夫かい?」

 とフルートが心配しました。ポチは三人を乗せて、もうずいぶんの距離を飛んできています。いくら大きな風の犬に変身していても、息づかいがかなり苦しそうになっていたのです。

「大丈夫です……。このへんは、生き物の気配でいっぱいです。きっと、監視の目もたくさんあるんですよ。ぐずぐずしないで、早く中に入りましょう……」

 そして、ポチはぐっとスピードを上げました。残った力を振り絞って高く舞い上がり、一気に城壁を飛び越えようとします。

 ところが、そのとたん、ガツーン! と何かに突き当たったような衝撃が走り、ポチが失速しました。空からまっさかさまに落ちていきます。

 子どもたちは思わず悲鳴を上げてポチにしがみつきました。白い地面がみるみる近づいてきます。

 ポチは空中で身をひねると、かろうじて激突を避け、そのまま地表を滑っていきました。風が土をえぐり、草を引きちぎります。子どもたちは投げ出されて、草の上に倒れました。

「ポ、ポチ!」

 フルートがすぐに跳ね起きて駆け寄りました。ポチは子犬の姿に戻って、ちぎれた草の中に倒れていました。ゼイゼイと激しく息をしています。フルートが魔法の金の石を押し当てると、体のすり傷は消えましたが、立ち上がることができません。ポチは残った体力も使い果たしてしまったのでした。

「ワン……す、すみません……」

 ポチが弱々しく言いました。

「見えない壁みたいのが、あったんです……城壁の上まで、ずっと続いているみたいです……」

 城は、目に見えない魔法の障壁でおおわれていたのでした。

 

 子どもたちは立ちつくして城を見上げました。

 城はぐるりと高い城壁で囲まれています。真っ白い石の壁で、ところどころに背の高い柵がはめ込まれています。柵の隙間からは、様々な花が咲き乱れ、不思議な形の岩があちこちに置かれている白い庭が見えました。

「ここから入れないかな」

 とゼンが柵に手をかけて力一杯押したり引いたりしてみましたが、柵はびくともしませんでした。

「どこかに入り口があるはずだよ。そこから入ろう」

 とフルートが言うと、ゼンが難しい顔をしました。

「入り口には見張りがいるぞ。しょっぱなから戦闘になっちまう」

 いくら勇者と言っても、彼らはまだ子どもです。できるだけ後まで体力は温存しておきたいのでした。

「あたしが魔法で入り口を作りましょうか?」

 とポポロが尋ねましたが、これには二人の少年が同時に首を振りました。

「いや、魔法は大切にしていこう」

「なんとか中に入る方法を考えようぜ」

 とはいえ、どうやったら城壁を越えられるのか……。子どもたちには、なかなか名案が浮かびませんでした。

 すると、少し休んで元気が出てきたらしいポチが、よろよろと立ち上がりながら言いました。

「ワン……なんだか不思議な音が聞こえますよ……」

「音?」

 子どもたちは耳を澄ましましたが、聞こえてくるのは、城の庭で花や木が風に揺れる音だけでした。

 けれども、ポチは耳をぴんと立てながら言いました。

「地面の中からです……。土を掘るような音……それも、たくさん。まるで――」

 とポチが言いかけたとき、突然、子どもたちの目の前で城壁の柵が揺れ始めました。そこだけが、地震でも起きているように、ゆらゆらと動き、それがどんどん激しくなったと思うと、柵がゆっくり手前に倒れてきました。ズシーン、と重い音が響き渡ります。

 子どもたちは柵の下敷きになりそうになって飛びのき、目を丸くしました。ゼンの怪力でも抜けなかった柵が、まるで強風に吹き倒された木のように、根元からひっくり返っています。

 すると、小さくて甲高い声が聞こえてきました。

「おやおや。危なく押しつぶすところだったかね? これは失敬」

 声の主の姿は見えません。子どもたちがきょろきょろしていると、ポチがふいにワン! と吠えて地面に伏せました。その鼻先の土の中から、一匹の白いモグラが顔を出していました。

 モグラが口をききました。

「こらこら、かみつかんでくれよ。わしは味方じゃ」

 

 子どもたちはびっくりして、あわてて地面にかがみ込みました。

 土をかき分けて、モグラが地上に姿を現します。

 本当に小さな生き物です。十五センチ足らずの体に真っ白な短い毛が生えていて、ビーズのような灰色の目が子どもたちを見上げています。

「君は誰?」

 とフルートは尋ねました。

「わしはモグラの王様じゃよ」

 と生き物が答えました。

「この城の庭に、もう何十年も棲んでおる。この城のことも、この国のことも、ずうっと見てきておった。今、城は魔王と名乗る男に乗っ取られておる。天空の王や貴族たちは行方不明、わしらモグラも、見ての通り真っ白にされてしまった。地上から勇者の一行がやってきたとわかったので、家来共々、手伝いに参ったのじゃよ」

「じゃ……この柵を倒してくれたのは」

「むろん、わしの家来たちじゃ。城壁の上は障壁でおおわれておるが、下の地面に魔法はかけられておらぬからな。わしらモグラには、行き来も自由なのじゃ」

 その声が聞こえたように、柵の下や周りの地面がもくもくと動き出して、次々にモグラたちが顔を出しました。

 とたんに、ポポロが悲鳴を上げてフルートにしがみつきました。ゼンも青ざめ、ポチは背中の毛を逆立てます。何百匹ものモグラが子どもたちをぐるりと取り囲み、小さな目を光らせながら、じいっとこちらを見つめていたのです。

 ちっぽけな生き物も、これだけの数が集まると不気味です。しかも、よく見ると、モグラというのは意外と鋭い顔つきをしていて、足の爪や歯も堅く尖っています。モグラは土の中で虫を食べる肉食動物なのです。

 すると、モグラの王様が言いました。

「わしを一緒に連れて行くがいい。城の中は敵でいっぱいじゃ。道案内が必要じゃろう」

「道案内?」

 とフルートは思わず聞き返しました。

「そうじゃ。わしはこの城のことならなんでも知っておる。魔王はおそらく、最上階の王座の間にいるじゃろう。そこまでわしが案内してやる。さあ、わしをおまえの手の上にのせるんじゃ」

 すると、ゼンがフルートの腕を引きました。

「おい、このモグラたちも白いぞ。さわったら、こいつらも俺たちを殺そうとするんじゃないのか?」

 とたんに、モグラの王が憤慨したように言いました。

「わしらはそんなことはせん。あれは、闇の首輪につながれた者たちだけにかけられた呪いじゃ!」

 その声に応じるように、周りのモグラたちがいっせいにうごめきました。モグラは鳴き声をたてませんが、そこに居合わせたモグラたちが怒っているのは、はっきり伝わってきました。ザワザワと地面が揺れ、無数の灰色の目が鋭く光ります。

 反射的に弓を構えようとしたゼンに、フルートが言いました。

「だめだよ、ゼン。今は疑ってる時じゃない。味方はひとりでも……一匹でも多いほうがいいんだ。信じなくちゃ」

 そして、フルートは身をかがめると、モグラの王に向かって手を差し出そうとしました。

 すると――それより先に、ポポロが、すっとかがみこんで、左手をモグラに向かって差し伸べました。

 

「どうぞお乗りください、国王様」

 ポポロは、はっきりとそういいました。

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