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第2巻「風の犬の戦い」

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46.真夜中

 その夜、子どもたちはポポロの家に泊まりました。夜には魔王の闇の力が強まるし、ポポロの魔法も夜明けにならなければ回復しなかったからです。

 夕食の後、客間に案内された少年たちは、自分たちだけになるとすぐに話し始めました。

「おい、本当になんだよ、あの親父さんの態度!? ポポロが話しかけてもろくに返事もしないし、近づこうともしない! なんであんな態度取るんだよ! あれじゃ、ポポロがかわいそうじゃないか!」

 ゼンは腹をたてていました。

「うん……。ただ、ポポロを嫌ってるわけじゃないように思うんだけどな。何でなんだろう?」

 とフルートは首をひねりました。本当に、なんだかしっくりきません。

「おふくろさんは優しいけど、親父さんがあんなじゃな! ポポロだって、せっかく家に帰ってきた甲斐がないじゃないか!!」

 ゼンの声が大きくなります。フルートは、あわてて「しっ」となだめました。ポポロの部屋は隣です。ゼンの言っていることが聞こえてしまっては、かわいそうな気がしました。

 

 すると、夕食の途中から黙り込んでいたポチが、口を開きました。

「ワン。ぼく、さっき、料理の皿をひっくり返しちゃいましたよね?」

「え? ああ、ポチにしちゃ珍しかったよね」

 とフルートは答えました。ポチは、はしゃいで飛び跳ねていて、母親が台所から運んできた料理を、一皿全部ひっくり返してしまったのです。

 すると、ポチは低い声になって言いました。

「あれ、わざとだったんです。なんだかわからないけど、あの料理から嫌な匂いがしたんです。何か入っていたんだと思います。食べたら大変なことになると思ったから、ぼく、ふざけたふりをして、ひっくり返しちゃったんです」

 少年たちは子犬をまじまじと見ました。

「……何かって、何が入っていたんだよ?」

 とゼンが聞き返します。

「わかりません。薬かもしれないし、草かもしれないし……。ただ、ぼくは犬だから、こういう勘は鋭いんです。あれを食べたら、ぼくたちはきっと、魔王のところへは絶対に行けなかったと思います」

 フルートとゼンは顔を見合わせました。

 と、フルートは立ち上がって、食事の前に外した装備を、また身につけ始めました。

「嫌な予感がする。ポポロの部屋に行こう」

「おい。ポポロのおふくろさんが俺たちを毒殺しようとしたって言うのか!? そんな馬鹿な!」

 ゼンが抗議するように言います。ポポロの母親は、ポポロがフルートたちと魔王退治に出かけると聞くと、泣いて悲しみましたが、娘の決心が固いのを知ると、最後には涙をこらえて、子どもたちの好きそうな料理をいろいろ作ってくれたのです。その中に毒を盛った料理があったなどとは、ゼンは想像したくもなかったのでした。

 すると、フルートが答えました。

「ポポロのお母さんのしわざじゃないかもしれないよ。ぼくたちに気づいた魔王の手下が、こっそり家の中に忍び込んで、ぼくたちを殺そうとしているのかもしれないんだ。夜のうちに狙われるとしたら、ポポロが一番危ないよ」

「あ、そ、そうか……」

 ゼンもやっと納得した顔になると、あわてて自分の装備を整えました。

 

 ポポロは自分の部屋のベッドで、膝を抱えてしょんぼり座っていましたが、部屋の中に少年たちが入ってきたので、目を丸くしました。

「どうしたの……!?」

 フルートは何でもなさそうに肩をすくめて見せました。

「やっぱり、みんな一緒にいないと落ち着かない気がしてさ。今夜、ここで寝てもいいかな? ぼくたちは床でかまわないから」

「そんな、床は冷たいわよ。風邪ひいちゃうわ」

 とポポロが心配しましたが、少年たちは強引に押し切ると、客間から抱えてきた毛布にくるまって、床の上に横になりました。枕元には、さりげなく剣や弓矢を備えておきます。

 ポチがベッドに飛び乗って、ポポロのわきに来ました。

「ワン。ポポロは何を考えていたんですか?」

 とたんに、少女はまたしょんぼりとうなだれました。

「お父さんのこと……」

 少年たちは何も言えなくなりました。ポポロがまた泣き出すのじゃないかと内心はらはらしていると、ポポロは泣く代わりに、こう続けました。

「それから、ルルのこと……。いないのよ、どこにも。どうしたのかしら……?」

「ルルって、ポポロの家の、もの言う犬だよね? いないの?」

 とフルートが身を起こしました。ポポロは悲しそうにうなずきました。

「いつもなら、このくらいの時間にはもう帰って来てるのよ。でも、来ないの。お父さんたちに聞いてみようかとも思ったんだけど、なんだか、教えてもらえないような気もして……」

 それきり、ポポロは口をつぐみました。

 フルートはまた横になると、考え込みました。ポポロの父親は、天空の国の生き物はすべて魔王に支配されている、と言っていました。もの言う犬は、人間並みに利口な生き物です。魔王に操られて、料理にこっそり毒を入れることだってできたかもしれません。

 気がつくと、ゼンがじっとフルートを見ていました。油断のない目をしています。フルートはうなずき返すと、ゼンと一緒に寝たふりをしながら、家の中の気配に神経を研ぎすましました。

 やがて、ポポロが寝息を立て始めました。ポチを抱きしめるうちに、眠りに落ちていったのです。けれども、その腕の中で、ポチも目を覚ましていて、あたりを警戒し続けていました。

 夜は音もなく更けていきました――。

 

 それは、真夜中にやって来ました。

 ポポロの部屋のドアが音もなく開き、小さな灯りと共に誰かが入り込んできます。白づくめの影です。片手に握ったナイフが、灯りを返して鈍く光ります。

 白い影はベッドのわきに立つと、寝ているポポロをじっと見下ろしました。規則正しく上下する胸をしばらく見つめ、暗がりにぼんやり浮かび上がる白い首を見据えます。と、その人物はおもむろにナイフを振り上げました。ポポロの首筋を一気にかき切ろうとします。

 とたんに、ベッドの後ろからフルートが飛び出してきました。

「やめろ!!」

 と叫んで、ロングソードでナイフを受け止め、跳ね返します。

 刺客がよろめいて、部屋の真ん中で立ち直りました。手に持った灯りが床に落ちて、おおいが外れ、光が部屋と刺客の姿を照らします。

 フルートはベッドで剣を構えたまま、その人物を見つめてしまいました。

 部屋の片隅から弓矢を構えて飛び出したゼンも、驚いた顔で立ちつくします。ポチも、激しく吠えようとして、その声を飲みました。

 騒ぎにポポロが目を覚ましました。ベッドの上のフルートに、ぎょっと驚き、次の瞬間、部屋の中に立つ人物を見て叫びました。

「お母さん――!?」

 灯りを片手に部屋に忍び込み、ナイフでポポロを殺そうとしていたのは、ポポロの母親だったのでした。

 

「え、ど、どうして……?」

 ポポロが震えながら言いました。混乱しているのが、はっきり伝わってきます。悪い夢を見ているのかと思っているのに違いありませんでした。

 けれども、そこへ母親がまたうなり声を上げて切りかかってきました。ためらいのない、鋭い一撃です。フルートはまた剣で受け止めると、ポポロに叫びました。

「逃げるんだ! 早く!」

「いや。やめてフルート! お母さんを殺さないで!!」

 ポポロが、逃げるどころか逆にフルートにしがみついて、フルートの動きを止めようとしました。そこへまた、ポポロの母親が切りかかってきます。

「――!」

 フルートは自分の体でポポロをかばいました。鎧の表面をナイフが滑っていきます。

 フルートは友人に向かってどなりました。

「ゼン、ポポロを頼む! 外に逃げるんだ!!」

「くそぉ! 何がどうなってるってんだよ!?」

 ゼンはわめきながらベッドに飛び上がると、ポポロの体を両腕に抱き上げました。そのままベッドを飛び下り、母親のわきをすり抜けて、部屋のドアから飛び出していきます。ポチがその後を追います。

「お母さん……! お母さん……!」

 ポポロの泣き声が遠ざかっていきます――。

 

「待て!!」

 ポポロの母親がどなり声を上げました。優しくポポロを抱きしめて話しかけた人と同じ人物とは思えない、低くしゃがれた声です。ナイフを振りかざしながら、後を追って部屋を飛び出そうとします。

 フルートは先回りをすると、出口の前に立ちふさがって、剣で応戦しました。母親はめちゃくちゃにナイフを振り回しているだけです。かわして剣で切り伏せるのは簡単でしたが、フルートは、絶対にそんなことはしたくありませんでした。しゃにむに切りかかってくる母親を、怪我させないように苦心しながら、必死で防ぎます。

 そのとき、突然、母親が白目をむいて金切り声を上げました。

 あまりにすごい声に、フルートは思わず立ちすくみます。

 すると、母親は二、三歩よろめくように後ずさり、自分で自分の右手をつかみました。

「だめよ……あの子は殺させない……!」

 白い唇が、つぶやくように言います。そして、ナイフを両手で握りしめたと思うと、いきなりそれを高くかざして、自分自身の胸に突き立てようとしました。

「危ないっ!」

 フルートは思わずポポロの母親に飛びつきました。ナイフを奪い取ろうともみ合います。

 すると、母親が泣き叫ぶように言いました。

「放して! お願い、私を死なせて! 私にさわっちゃだめよ! あなたまで殺してしまうわ――!!」

 フルートは目を見張りました。

 が、次の瞬間、母親はまた獣のようにうなると、ナイフを持つ手をひるがえして、フルートに向かって突きだしてきました。

 ナイフの刃が、魔法の鎧に当たって、まっぷたつに折れます。

 母親はナイフを投げ捨てると、しゃがれ声で吠えながら、フルートに飛びかかって部屋の壁に押しつけました。

「殺す、殺す、殺してやる――!!」

 女の人とは思えないような、すさまじい力です。動けなくなったフルートから剣を取り上げて、それでフルートを刺し殺そうとします。今度はロングソードの奪い合いになります。

 

 そのとき、部屋に白い人物が入ってきました。ポポロの父親です。

 父親は、もみ合う二人をしばらく黙って見つめていましたが、おもむろに近づいてくると、妻の肩に手をかけて引き寄せました。

 振り向いたところに、当て身を食らわせます。

 ポポロの母親は短いうめき声を上げると、その場に崩れるように倒れました。

 驚いているフルートに、ポポロの父親が言いました。

「逃げなさい。早く、この家から出るんだ――」

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