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第2巻「風の犬の戦い」

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45.杖

 「闇の石だ!!」

 フルートとゼンは思わず椅子から立ち上がりました。

 半年前、黒い霧の中の神殿でメデューサと戦ったとき、その額にあった黒い石です。メデューサはその石から闇の力を取り込み、ロムドの国中を黒い霧でおおっていたのです。その時に見たのと同じ黒い宝石が、ポポロの父親の首輪にはめ込まれていました。

 すると、かたわらに立っていた母親も、悲しそうな顔をしながら、自分の服の襟を開いて首輪を見せました。

「私もよ……。天空の国の住人は、一人残らずこれをはめられてしまったの」

「お母さん、外せないの? 取ることはできないの!?」

 とポポロが泣きそうになって尋ねました。

 父親が答えました。

「外せない。闇の魔法でつなぎとめられているからな。これがある限り、我々は魔法を使うこともできないし、この国から逃げ出すこともできないのだ」

 すると、ゼンが言いました。

「その石を壊したらどうかな? フルートが持っている武器なら、闇の石を壊せるかもしれないぜ」

 メデューサの額の石は、聖なる光の矢かフルートの炎の剣でなら、壊すことができたのです。

 けれども、ポポロの父親は言いました。

「この石や首輪は我々の血肉と同化してしまっている。これを壊されたら、その瞬間に我々も死んでしまうだろう。光の矢のような光の武器なら、闇だけを砕くから人を傷つけることはないが、光の武器はすべて敵に奪われてしまったのだ」

 それを聞いて、フルートは厳しい顔つきになりました。

「天空の国を襲った敵というのは、何者なんですか?」

 父親は首を横に振りました。

「我々にもよくはわからない。ある日突然、どこからかこの国にやって来て、王を城から追い出して国全体を乗っ取ったのだ。やつは自分自身を『魔王』と名乗っている」

「魔王!」

 フルートとゼンが思わず顔を見合わせると、父親は話し続けました。

「やつは我々から奪った魔力を使って、好き放題の悪行をしているのだ。天空の国の生き物は、すべてやつに支配されている。風の犬たちは、やつに操られて毎日地上に向かっているが、風の犬が戻ってくると血の匂いが国中に広がる。やつの命令で、残虐なことをさせられているのに違いない」

「風の犬は毎晩エスタの国を襲って、もう百人以上の人を切り殺しています。誰もそれを防げないんです」

 とフルートが答えると、ポポロの父親はため息をついて、また頭を振りました。

 

「じゃあ――じゃあよ!」

 とゼンが勢い込んで身を乗り出しました。

「魔王をやっつけさえすれば万事解決、ってことじゃないのか? 魔王さえいなくなれば、天空の国は元に戻るし、風の犬もまたおとなしくなるんだろう? おじさんたちの首輪も取れるだろうし、魔力だって戻るんだろうし……なんだ、簡単なことじゃないか!」

「簡単って、君……」

 とポポロの父親があきれると、フルートは言いました。

「彼はゼンです。ぼくはフルート、そしてもの言う犬のポチ。ぼくたち、前にも魔の霧の中で戦って、闇の卵をやっつけたことがあるんです」

 それから、フルートはきっぱりした声で続けました。

「ぼくたちはエスタの国の人たちを風の犬から救うためにここまで来ました。ポポロのお父さんやお母さんや、天空の国の人たちを、このまま放っておくこともできません。魔王がどのくらい強いやつなのか全然わからないけれど……でも、ぼくらは魔王を倒して、みんなを助けます。だって、ぼくたちはそのためにここまで来たんですから」

 ポポロの父親は、目を見張ると、つくづくとフルートを見つめました。

「君……フルートくんと言ったか? 歳はいくつなんだ?」

「十二才です。ゼンも同い年です」

「ポポロより一つ年上なだけか。とてもそうは思えんな。君が伝説の勇者だからかな?」

 大まじめな顔でそう聞かれて、フルートは首をかしげました。

「わかりません。ただ、ぼくは我慢ができないんです。何の罪もない人が風の犬に殺されるのも、本当はいい獣のはずの風の犬が殺人鬼にされているのも、闇の力で無理やり天空の国の人たちが支配されているのも……。ぼくたちにできることがあるなら、それをしたいだけなんです」

「自分が死ぬことになっても、かね? 魔王は強大な魔法使いだぞ。魔力を持たない地上の人間に立ち向かえる相手ではないだろう」

 

 そのとき、ずっとうつむいて黙り込んでいたポポロが顔を上げました。血の気の失せた唇を、ためらうように震わせます。ポポロの膝に載っていたポチが、不思議そうに見上げました。

「どうしたんですか?」

 すると、ポポロはポチの小さな体をぎゅっと抱き寄せて口を開きました。

「あたしが一緒に行くの、お父さん……。あたしの魔法は一日に一回しか使えないけど、それに、コントロールもめちゃくちゃだけど……でも、あたし、フルートたちのために一緒に戦いたいの。だって、あたしは魔法使いなんだもの」

 ポポロの両親は、ぽかんと娘の顔を見つめました。ポポロがこんなことを言うのを聞いたのは、生まれて初めてのことだったのです。やがて、悲鳴のような声を上げたのは、ポポロの母親でした。

「ダメよ、ポポロ! やめてちょうだい! そんなことをしたら、たちまち魔王に殺されるわ――!!」

 まるですぐそばに魔王が立っているかのように、娘を抱きしめてかばおうとします。けれども、ポポロはそっと、それを押しとどめました。

「ううん、お母さん……。あたしは今までに本当に数え切れないくらいフルートたちに助けられたの。フルートたちがいてくれなかったら、あたし、生きて家まで帰っては来られなかった。今度は、あたしがみんなの手助けをしたいのよ」

 ポポロにしては驚くくらい、はっきりした口調でした。

「ポポロ!」

 と父親が声を荒げました。ポポロはびくりと身をすくませましたが、またポチを抱きしめると、震えながら言い返しました。

「誰が止めても、フルートたちは絶対に魔王を倒しに行くわ……。あたしが一緒に行っても、ほとんど助けにはならないかもしれないけど、でも、行きたいのよ。もしも、ここに残ったら、あたしは一生後悔すると思うの。そんなことになるなら、魔王と戦って殺された方がマシなくらいなのよ――!」

 少女のことばに、フルートたちは思わず胸がいっぱいになりました。彼女がこれほど自分たちのことを大切に思ってくれているとは、考えてもいなかったのです。

「ポポロ……!」

 ポチが感激したように頭をポポロの手に押しつけました。

 呆然としている両親に、フルートが言いました。

「ぼくたちは戦いに行くから、絶対に無事で帰ってくる、とは言えないです。でも、ポポロを敵からできるだけ守ることは約束します。ポポロの魔法は、ぼくたちにはどうしても必要なんです」

 とたんにまた母親が叫び声を上げようとしましたが、それを父親がさえぎりました。

「やめなさい、フレア。わからないのか? ポポロは伝説の階段を登ってここまで来たんだ。ポポロもまた、伝説の勇者の仲間だったんだよ」

 母親は真っ青になると、顔をおおって隣の部屋に駆け込んでしまいました。扉が勢いよく閉まり、やがて泣き声が洩れ聞こえてきました。

「お母さん……」

 ポポロがつぶやきました。

 

 父親は椅子から立ち上がると、ゆっくりと部屋の一方の壁に向かって歩き出しました。

「ポポロをそれほど信頼してくれる者が出てくるとは思わなかったな。この子の魔法は強力だがコントロールが悪い。君たちを巻き込んで暴発するかもしれん。それでもかまわんと言うのだな?」

 とたんに、ポポロは顔色を変えて小さくなりました。けれども、フルートはうなずき返しました。

「もちろんです。ポポロはこれまでにも、ぼくたちの危ないところを何度も助けてくれました。それに、コントロール力だって、だんだんついてきているんです」

 すると、冷徹一色だった父親の顔に、ふっと優しいものが漂いました。薄緑の目が、ほほえむように、ほんの少し細められます。

「よかろう。そこまで言うのなら、私ももう何も言うまい。ポポロ、壁のここに触れてみなさい」

 ポポロは目を丸くしながら、おそるおそる、父親が指し示す壁に手を押し当てました。

 すると、壁の上に両開きの金の扉が現れました。魔法で隠されていた扉です。ポポロがそれを開けると、中から一本の杖が出てきました。曲がりくねったこぶがついた木の杖で、黄色みがかった茶色をしています。

「白くなってないわ……!」

 とポポロが驚くと、父親が言いました。

「そこは魔法で守られた宝物庫だ。魔王の力でも、そこの中の色と魔力までは奪えなかったのだ。その杖は、雷(いかずち)の杖。三回だけだが、巨大な落雷を起こすことができる。それを持って行きなさい。おまえ自身の魔法は一度きりしか使えない。きっと役に立つだろう」

「お父さん……」

 ポポロは信じられないように父親を見つめ、杖を見つめました。

 父親は、さらにフルートに言いました。

「君のその金の石は常に表に出していなさい。魔王はいろいろなものの目を借りて国中を見張っているが、その石があれば、きっと魔王の目をくらますことができるだろう。それは守りの石だからな」

 フルートはうなずきました。この家にたどり着くまで、自分たちが魔王に襲われなかったわけも、それでわかりました。

「お父さん!」

 ポポロが嬉しさのあまり父親に抱きつこうとしました。

 ところが、そのとたん、父親は大きく飛びのき、ポポロから遠ざかりました。まるで、ポポロが恐ろしい怪物ででもあるような反応でした。

 ポポロはびっくりして、目を見張りました。その瞳に、みるみるうちに大粒の涙が浮かびます。

 その様子を見て、ゼンがまたフルートにささやきました。

「やっぱり変だぞ。どうなってるんだ?」

「わからないよ……」

 フルートは答えて、じっと父と娘の姿を見つめました。

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