一面に白い花が揺れる草原を駆け抜けると、町の手前に尖った屋根の二階建ての家がありました。家の前に奇妙な形の大きな木が生えていて、曲がりくねった枝を、家の入り口に続く小道の上に投げかけています。もちろん、家も木も真っ白です。
ポポロは木に向かって呼びかけました。
「ラホンドック!」
けれども、何も起こりません。ポポロは顔色を変えました。
「返事をしないわ……白くなったたけじゃない。みんな、なんだかおかしくなっているんだわ……」
「ラホンドックって?」
とフルートが尋ねると、ポポロは木に触れて言いました。
「この木の名前よ。家の番人なの。家族以外の人が入り込もうとすると、すぐにつかまえてくれるんだけど――」
木は全く動きません。返事もしません。それを見て、少年たちは逆にちょっとほっとしました。
ポポロは身をひるがえすと、家に向かいました。白い壁、白い屋根、白い石段の家です。少女は階段を駆け上がると、白い扉を押し開けて、叫びました。
「お母さん! お母さん……お父さん……!!」
すると、家の中から大きな声が返ってきました。
「ポポロ! ポポロなの……!?」
白い部屋の中にテーブルがあり、椅子が並んでいます。そのまた奥に続く扉が勢いよく開いて、そこからひとりの女の人が飛び出してきました。真っ白な長い髪をしていますが、まだ若々しくて、ポポロによく似た顔立ちをしています。けれども、その顔も真っ白ならば、唇も体も白、着ている服も白一色です。ただ、瞳だけはかろうじて、うっすらと淡い金色をしていて、ポポロを見たとたん、大粒の涙を浮かべました。
「ポポロ……本当にポポロなのね……! 無事だったのね……!」
女の人が泣きながら駆け寄ってきました。ポポロはその胸の中に飛び込みました。
「お母さん! お母さん! お母さん……!」
そのまま、大きな声を上げて泣き出します。ポポロの母親は、ぎゅうっと娘を抱きしめると、そのまま床に座りこんで、自分も声を上げて泣き出しました。
その様子に、ゼンがあきれて言いました。
「やっぱり親子だなぁ。泣き方がそっくりだぜ」
「ゼンったら」
フルートは失礼な友人をたしなめようとしましたが、ゼンがうらやましそうに母子を見ているのに気がついて、やめました。ゼンにはお母さんがいません。生まれてすぐに病気で亡くなってしまったのです。
ポチもフルートの足下で、じっと母子を見ていました。黙ったまま、尻尾を振り続けています。
フルートはそっとほほえむと、泣いて抱き合う二人を、友人たちと一緒に見守りました。
すると、部屋の奥の別の扉が開いて、男の人が現れました。フルートのお父さんくらいの年齢ですが、白い長衣を着て、頭に白い輪をはめています。もちろん、髪も体もすべて真っ白で、瞳だけが淡い緑色をしていました。
「ポポロ! 本当にポポロか……!?」
男の人は驚いて叫ぶと、座りこんでいる二人に駆け寄っていきました。ポポロが泣き濡れた顔を上げて呼びかけました。
「お父さん……!」
「ポポロ――!」
ポポロの父親は腕を広げて母親もろとも娘を抱きしめ……
ようとして、ふいに立ち止まると、突然厳しい顔つきに変わりました。
広げた自分の手を見つめて眉をひそめ、それから手を握りしめると、二人のわきに立ちました。
「今までどこに行っていたんだ、ポポロ? お母さんもお父さんもとても心配したんだぞ」
その声は、ひどくよそよそしく聞こえました。
母親の腕の中でポポロが身をすくめました。嬉しそうな表情が急に消えて、おびえたような顔つきに変わっています。
「ご、ごめんなさい、お父さん……あた、あたし……迷子になってたの……」
しどろもどろになりながら少女が答えると、父親はさらに厳しい調子になって言いました。
「魔法使いのくせに道に迷うなど、まったく情けない。フレアもいい加減にしなさい。迷子が帰ってきただけのことだ」
「あなた!!」
母親が抗議するように叫んで、娘をさらに強く抱きしめました。けれども、その腕の中で、ポポロは固い表情をしていました。涙ももう流していません。ただ、こらえるような目で、じっと唇をかんでいるのでした。
「あ、あの……」
フルートが遠慮しながら声をかけると、ポポロの父親は飛び上がって少年たちを振り返りました。
「誰だ、君たちは!? どこから入ってきた!?」
「あの、ぼくたち……ポポロを送ってきました」
すると、父親はひどく驚いた顔でポポロと少年たちを見比べ、それから、ゆっくり確かめるように聞き返してきました。
「送ってきた? だが、君たちは地上の人間だろう? では、ポポロは、地上に落ちていたと言うのか……?」
ポポロは母親の腕の中でますます身を固くして黙っています。そこで、フルートが代わりに答えました。
「ポポロは花野の果ての森から地上に迷い込んでしまったんです。白い石の丘のエルフがしばらくの間、ポポロを保護してくれていました。それから、エルフに頼まれて、ぼくたちがポポロをここまで連れてきたんです」
間のできごとはずいぶん省略してありますが、確かにそういうことだったのです。
ポポロの父親はまだ信じられないような顔をしていました。
「だが、地上からどうやってここまでやって来たというのだ? 果ての森の出口は、一度通り抜けたら消えてしまって、もうくぐれなくなるはずだが……」
「エスタ国王の城にある、天空の国への扉をくぐって、金の階段を登ってきました」
フルートがそう答えたとたん、ポポロの両親は同時に声を上げました。驚きの声です。
ポポロがびっくりして母親を見上げました。
「お母さん、どうしてそんなに驚くの……?」
「ポポロ、おまえ、伝説の階段を登ってきたのね! よく無事にたどり着いたこと!」
母親は、なおいっそう強くポポロを抱きしめました。
父親は目眩でもするようにまぶたを強く押さえ、頭を何度も振りました。
「忘れかけられていた幻の階段だ……もう二百年あまりも、誰も見たことがなかったのだ。地上から勇者の一行がこの国を助けに登ってくると言い伝えられていた。では、君たちが……」
ポポロの父親はまじまじと少年たちを見つめ、それから、苦笑しました。
「私は魔法の力をすべて奪われてしまったので、君たちが本当に伝説の勇者なのかどうか、感じ取ることができない。正直のところ、勇者が君たちのような子どもだとは思ってもいなかったよ。気を悪くしたなら申し訳ないが」
「いえ」
とフルートは答えました。幼すぎて勇者の一行にはとても見えない、と大人たちから言われるのには慣れっこです。フルートは鎧の内側からペンダントを引きだして見せました。
「魔法の金の石です。これに呼ばれて、ポポロと出会いました。天空の国に何か大きな敵がいて、それが風の犬を操ったり、天空の国をおかしくしていることも知りました。……ここで、何が起きているんですか?」
ポポロの父親がフルートを見つめ直しました。その目は、少し色合いを変えていました。
「そうか、聖なる石に導かれて来てくれたのか……。では、間違いなく、君たちは伝説の勇者だ。この国を救うために地上から来てくれたのだな」
「お父さん、魔法の力をすべて奪われているって……!? それに、お父さんもお母さんも、どうしてそんなに真っ白になってるの? 何があったの!?」
ポポロがたまりかねたように口をはさんできました。父親を怖がる気持ちと心配する気持ちがごちゃ混ぜになっていましたが、心配の方が勝ったのでした。
父親は娘を見ました。一瞬の沈黙があり、何か痛みでもこらえるように、その淡い緑の目を細めます。
けれども、次の瞬間、父親はまた冷ややかな顔つきになりました。
「今、全部話して聞かせる。椅子に座りなさい」
と言いながら、娘から離れていきます。ポポロはまた、ひどく傷ついたような悲しい目になりました。
椅子に座ろうとしたとき、ゼンが急にフルートを引き寄せてささやきました。
「ポポロの親父さん、なんだか変だぞ。不自然だ」
「うん、ぼくも感じてる」
とフルートもうなずきましたが、ポポロの父親がまた椅子に座るように促したので、話はそれきりで終わりました。
子どもたちがテーブルを囲んで座ると、ポポロの父親が話し出しました。
「それこそ、ポポロが迷子になった日のことだから、もう四か月近くも前のことになる。この天空の国を突然、異変が襲ったのだ。得体の知れない恐怖が国中を包んで、誰もが身動き一つできなくなってしまった。そして、それが過ぎ去った後、あらゆるものが色を失って、真っ白に変わってしまったのだ。同時に、我々は自分の魔力を失ってしまった。これのせいだ」
そう言って父親が長衣の襟元を開いて見せました。
そこには、黒い宝石がついた鈍色の首輪がはまっていました――。