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第2巻「風の犬の戦い」

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42.風の犬

 「ポチ……」

 フルートとゼンは、あっけにとられました。

 緑の光が消えた後に突然空に現れた風の犬は、間違いなくポチが変わったものでした。幻のような犬の上半身に、長く伸びて空に消えていく下半身――その竜のような姿をくねらせて、ポチは空をめちゃくちゃに飛び回り、突然、空の一点に止まりました。そのまま、下を見下ろします。その視線の彼方に、空をまっさかさまに落ちていくポポロの黒い姿がありました。

 ガゥン……!

 ポチは風の音とも犬の声ともつかない声で吠えると、身をひるがえして、ポポロに向かって急降下していきました。 あっという間に追いつき、背中に少女を拾い上げて舞い戻ってきます。

 

 階段のすぐ目の前に飛んできた風の犬を、少年たちはまじまじと見つめてしまいました。

 顔は確かにポチです。毛並みだけでなく、目も鼻も舌も、すべて透き通るような白い色に変わってしまっていますが、それでもポチの面影はそのまま残っていました。けれども、なんという大きさでしょう。手の中に包み込めるくらい小さかった頭は、抱えるほど大きくなっているし、体も、見えている部分だけで十メートル以上もあります。 そして、体の中では常に霧のようなものが動き流れていて、犬の姿を幽霊か幻のようにおぼろにしているのでした。

 犬の長い背中の上に、ポポロの体が乗っていました。ぐったりしたまま身動きもしません。すると、ポチがすうっと階段の下の方に下がって、少年たちに背中を差し出しました。

「ワン……ポポロは大丈夫ですか?」

 そう言う声は、子犬のポチの声そのままでした。少年たちは心底ほっとすると、手を伸ばしてポチの背中から少女を下ろしました。

「大丈夫、気を失ってるだけだよ。怪我もしてないよ」

 とフルートが言うと、その声でポポロが目を覚ましました。目の前に風の犬がいるのを見て思わず悲鳴を上げ、次の瞬間、びっくりしたように目を見張りました。

「え……ポチなの? 本当に?」

 ポチは嬉しそうな表情になりました。

「ワン、そうです。ぼくです。ぼく、ポポロが落ちていったから、思わず後を追いかけたんだけど、そしたら突然光に包まれて、風の犬に変身してたんです。……どうしてなのか、全然わからないんだけど」

 フルートは、そっと手を伸ばして、ポチの体に触れてみました。さわれます。まるで霧の塊のようなのに、確かに手応えがあって、ポチの柔らかな毛並みの感触まで伝わってくるのでした。

 ゼンがうなりました。

「うぅん。おかげでポポロも助かったけどよ。いったい、何がどうなったってわけなんだ? さっぱりわかんないぜ」

 すると、ポポロが風の犬を見上げて言いました。

「力を感じるわ。聖なる魔法の力……ポチの首の下のあたり……」

「え?」

 ポチは頭をひねって、一生懸命自分の首の下を見ようとしました。そこには、美しい緑の石をはめ込んだ銀の首輪がありました。

「エルフのお守りだ!!」

 と子どもたちは思わず声を上げました。

 ポポロが祈るように両手を握りしめました。

「おじさんが空から手に入れた銀の首輪よ……これの力でポチが風の犬に変身したんだわ……」

「ワン。じゃ、これ、風の犬に変身できる首輪だったんですか?」

 ポチは驚いて目をまん丸にすると、次の瞬間、飛び跳ねるように空で宙返りしました。

「わぁい、すごい! ぼく、風の犬になれるんだ! ぼく――ぼく、もうちっぽけで力のない子犬じゃないんだ!」

 そして、ポチはフルートに飛びつくと、頭を押しつけて思わずフルートをよろめかせました。風の犬になったポチは、力も強くなっていたのです。

「ワン。ぼく、大きくなったら絶対にやりたいことがあったんですよ! ぼく、今すぐにでもそれができるんだ! 嬉しいなぁ!」

「そ、それって、なに……?」

 とフルートがとまどって尋ねると、ポチが答えました。

「それはね、みんなを守るために戦うことです! こんなふうに!」

 そう言うなり、ゴウッと音を立てて、風の犬のポチは空に舞い上がりました。その行く手には、また子どもたちに襲いかかってくる金虹鳥の姿がありました。

 風の犬は鳥に飛びかかると、牙をむいてかみつきました。白い羽根が青空に飛び散り、鳥が悲鳴を上げます。

 さらにポチがかみついていくと、鳥は翼を激しく打ち合わせてポチを押し返し、空の高みに逃げていきました。その後をポチが追いかけ、たちまち追いついて、長い体の中に鳥を巻き込みます。

 ギャア、ギャア、ギャア……!!

 鳥はカラスが騒ぐような声を上げながら激しく羽ばたきましたが、ポチの体から抜け出したとたん、空から落ちていきました。 風の犬の体に巻き込まれ、もみくちゃにされて、失速したのです。

 ポチは上空からそれを見ていました。鳥は下へ下へと落ちていき、やがて体勢を立て直して翼を広げると、そのまま、よろよろとどこかへ飛んでいってしまいました。

 

「ポチ、やったね!」

「偉いぞ!」

「すごいわ、ポチ!」

 飛び戻ってきた風の犬を、子どもたちは口々にほめました。

 すると、ポチはちょっと残念そうに言いました。

「ぼく、あの風の犬たちがやっていたみたいに、あいつを切り裂いてみようと思ったんですよ。でも、できませんでした。牙でかみついたりするのはできるんだけど、ぼくの体は風の刃になっていないみたいです。あれは、操られている風の犬だけができる技なのかなぁ」

 すると、ポポロが言いました。

「あたしは、ポチが金虹鳥を逃がしてくれて、嬉しかったわ……。あの鳥は本当はとてもいい鳥なのよ。あの鳥を見かけると、とてもいいことが起こるっても言われているの。きっと、風の犬と同じで、悪いやつに操られていたのね。できるなら、その張本人を倒して、金虹鳥を正気に返してあげたいわ」

 ポチは首をかしげると、すぐに、大きな舌でぺろりとポポロの顔をなめました。

「ポポロがそう言うなら、ぼくもそれでいいや。とにかく、みんなを守れたんだもの、ぼくはそれだけで満足です」

 それを聞いたフルートは、思わず腕を伸ばしてポチの頭を抱きしめました。

「君は今までだって、たくさんぼくたちを助けてくれていたよ……! でも、今回は本当に助かった。ありがとう、ポチ」

 すると、ポチはとても嬉しそうな顔になり、突然、その体がすうっと縮み始めました。霧が一点に集まっていくように、みるみるうちに小さくなっていき……フルートの腕の中で、白い子犬の姿に戻りました。

 ポチは自分の体を見回すと、抱かれたまま尻尾をいっぱいに振りました。

「ワン。元に戻ろうと思うと、すぐ戻れるんだ。便利だなぁ!」

「ポチ……!」

 フルートは小さくなったポチの体をぎゅっと抱きしめました。その様子を見て、ゼンが笑いました。

「うん、まあ、風の犬もいいけどさ。やっぱり、ポチはこっちの格好の方が落ち着くよな」

「ポチ、助けてくれて、本当にありがとう」

 ポポロがお礼を言ったので、子犬はますます嬉しそうになりました。

 

 金の階段は、日の光に輝きながら、空高くどこまでも続いています。

 それを見上げて、フルートが言いました。

「さあ、進もう。風の犬といい、金虹鳥といい、間違いなく天空の国で何かが起こっているんだ。この先も油断しないで行こう」

 子どもたちはいっせいにうなずくと、また、階段を踏みしめて登り始めました。

 上へ上へ、天空の国のある、はるかな高みを目ざして――。

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