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第2巻「風の犬の戦い」

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第8章 白い呪い

41.金虹鳥(きんこうちょう)

 フルート、ゼン、ポポロとポチの三人と一匹は、空の上に続く金の階段を登り続けていました。

 周りは澄み切った青空です。空の高みから太陽の光がまぶしく降りそそぎ、時折ひんやりした風が吹き抜けていきます。登っていくにつれて、階段が白い霧に包まれることがありましたが、さらに登っていくと、また晴れてきます。そのときに目を下に向けると、自分たちが雲の中を通り抜けてきたことがわかるのでした。

「ひゅう。ずいぶん高いところまで来たな」

 とゼンが立ち止まって声を上げました。彼らが出発してきた魔法の扉は、雲の下になって、もうどこにも見えません。

「ワン。それにしても変ですよね。もうかなり登ってきたのに、全然疲れた感じがしませんよ」

 とポチが不思議そうに言いました。階段はかなり急な勾配になっているので、普通なら少し登っていくだけで息が切れて疲れてくるはずなのに、そういう苦労が全くないのです。まるで平地の道を通っているように、どこまでも楽々と歩けてしまいます。

 すると、フルートが言いました。

「お父さんに聞いたことがあるんだけど、高い場所って空気が薄いから、慣れない者が行くと息が苦しくなって、病気になることさえあるんだって。でも、ここはそんな感じも全然ないよね。きっと、天空の国につながる階段だから、魔法の力が備わっているんじゃないのかな」

 ふぅん、と子どもたちは感心しました。

 空の階段が魔法の光で作られていて、悪い心の持ち主が登ろうとするとたちまち消えてしまうことを、子どもたちは知りません。疑うこともなく、また階段を登っていきます。降りそそぐ日の光にフルートの鎧や金の石が輝き、ゼンの青い胸当てが光り、ポポロの赤い髪やポチの銀の首輪がきらめきます。

 

 だいぶ登った頃、ゼンがまた口を開きました。

「そういや、俺たちが出発してきたのって真夜中だったよな。なのに、どうしてここは昼間なんだ?」

 登っても登っても青空が広がるだけの景色なので、おしゃべりでもしないと退屈でしょうがなかったのです。

 フルートはちょっと考え込みました。

「もうどのくらい登ってきたかな……一時間……二時間くらい? たぶん、エスタではそろそろ空が白んでくるころだよね。こことエスタでは、時間が全然違うんだ」

 すると、ポポロも言いました。

「あたしが森を抜けて、白い石の丘の花野に出たときもそうだったわ……。森に入ったのは夕方近かったのに、花野に出たら、まだ太陽が頭の上にあったの。きっと、天空の国って、花野やエスタとは全然違う場所にあるのね」

 それを聞くと、ゼンは腕組みをしました。

「じゃあ、ポポロの魔法はどうなるんだろうな? エスタでは間もなく夜が明けるから、ポポロはまた魔法を使えるようになるはずだろう? でも、ここではまだ昼間だ。どっちの時間で使えるようになるんだ?」

 さすがに、フルートもポポロも、この疑問には答えることができませんでした。ポポロはとまどった顔をしました。

「わからないわ……魔法が使えるかどうか、実際にやってみるしかないんだけど……」

「使えるとしても、今はまだいいよ。何かあったときのために取っておいて」

 とフルートが言いました。実際、ポポロの魔法はフルートたちの攻撃の切り札になっていたのです。

 

 さらに一時間あまりも階段を登り続けたとき、突然ポチが立ち止まりました。階段の上の方を見上げながら、ウーッとうなり出します。

「なにかいますよ……大きな生き物だ」

 階段の上の方を見ると、確かに何か大きなものがうずくまっていました。それは、白い羽根の塊のように見えました。

 ポポロが目を見張りました。

「金虹鳥だわ! でも、どうして……?」

「天空の国の生き物?」

 とフルートが尋ねると、ポポロはうなずきました。

「国の守り鳥よ……めったに姿は見られないけれど、ときたま、空を横切って飛んでいくの。あたしたちの国を守っている鳥だ、って言われているんだけど……でも、本当はとてもきれいな金色の羽根をしてるのよ。どうして真っ白になってるのかしら?」

 すると、その声が聞こえたように、鳥が頭を上げました。巨大なワシに似た姿の鳥です。4メートル以上もある大きな翼を広げて、ふわりと空に舞い上がると、そのまま、子どもたちめがけて急降下してきました。

「危ない!」

 子どもたちはとっさに階段に身を伏せました。そのすぐ頭上を、鳥がかすめすぎていきます。鉄の塊のようなくちばしが、たった今までフルートの立っていた場所を突き抜けていきました。

「こいつ、俺たちを狙ってやがるぞ!!」

 ゼンが叫びました。

 とたんにポポロが立ち上がり、鳥に向かって右手を伸ばしました。扉の間で使った停止の魔法を唱えます。

「レマート!」

 ……けれども、何も起きませんでした。星のような淡い光も起こらなければ、鳥の動きも止まりません。金虹鳥は空で大きく輪を描くと、子どもたちに向かって舞い戻ってきました。ポポロの魔法は、今いる、この世界が明日の朝にならなければ、再び使えるようにならないのでした。

 フルートはポポロを階段の上に押し倒すと、体を投げ出してポポロとポチの上におおいかぶさりました。ゼンが飛ぶような勢いで階段を駆け上がっていきます。

 金虹鳥が空から襲いかかってきました。翼を激しく打ち合わせながら、爪とくちばしでフルートの背中を引き裂き、頭を食いちぎろうとします。が、攻撃は魔法の鎧の上を滑って、かすり傷一つつけることもできません。鳥は鳴きわめくと、さらに激しく襲いかかりました。

 フルートの体の下で、ポポロが震えていました。

「フ、フルート……大丈夫……?」

「大丈夫。絶対に動かないで」

 とフルートがささやき返します。ポチも、フルートの胸の下で、じっとうずくまっています。

 すると、突然鳥が甲高い声を上げました。

 ギアァァァ……!!

 のけぞるように舞い上がり、空の上に離れていきます。その背中には、白い羽根の矢が2本突き刺さっていました。

「へへっ、見たか! 今度はその目にお見舞いするぞ!」

 と階段の上の方でゼンが歓声を上げました。手に構えた弓の弦が震えています。

 

 フルートはすばやく立ち上がると、左手にはダイヤモンドの盾を、右手には炎の剣を構えました。そのまま、金虹鳥をにらみながら、背後のポポロたちに言います。

「すぐ後ろにいるんだ。離れちゃダメだよ!」

 金虹鳥がまた空から襲いかかってきました。背中に矢を受けて、怒り狂っています。鋭いかぎ爪のついた足で、いきなりフルートをわしづかみにしようとします。

 フルートは盾で爪を防ぐと、剣をふるいました。とたんに白い羽毛が飛び散り、ぼっと火を吹いて散っていきます。

 そこへ、またゼンが矢を撃ち込みました。翼の付け根に矢が刺さり、鳥がまた悲鳴を上げます。狂ったように翼を打ち合わせると、激しい風がどうっと起こり、子どもたちは思わずよろめきました。

「きゃあっ!」

 ポポロが階段の端から落ちそうになって悲鳴を上げました。

 フルートが思わず振り向きます。

 すると、その隙を狙って、鳥がくちばしを突き出してきました。きわどいところでフルートは向き直り、盾で受け止めましたが、激しい一撃をこらえることができませんでした。突き飛ばされて、後ろに立っていたポポロやポチもろとも、階段を転げ落ちます。

「きゃぁぁぁ……!!」

 またポポロの悲鳴が上がりました。金の階段から今にも空に落ちそうになって、縁石にしがみついています。

「ワン、ポポロ!」

 ポチが飛び出していって、ポポロの黒い衣のすそをくわえました。必死で引き戻そうとします。フルートもすぐに駆けつけようとしましたが、体勢を立て直さないうちに、また金虹鳥が襲いかかってきました。不安定な姿勢のまま、盾で鳥を防ぎます。

「ポポロ! フルート!」

 ゼンが階段を駆け下り、ショートソードを抜いて鳥に切りつけました。鳥がまた激しく羽ばたいて、風が巻き起こります。

 とたんに、その風にポポロの衣があおられました。

 ポポロは風に巻き込まれ、そのまま階段の上から姿を消しました。

「ワン、ポポロ!!」

 階段に倒れたポチが、すぐに跳ね起きて階段の縁に駆け寄りました。ポポロが空をまっさかさまに落ちていくのが見えます――

 とたんに、ポチが階段から身を躍らせました。ポポロに向かって、まっすぐに飛び下りていきます。

「ポチ!!」

 フルートとゼンは、思わず叫びました。

「こんちくしょう!」

 ゼンがどなりながら、思い切りショートソードで鳥に切りつけました。白い羽根が舞い散り、血が飛び散って、鳥がまた上空に離れていきます。

「ポポロ! ポチ!」

 少年たちは真っ青になって縁に駆けつけました。青空を落ちていく少女と子犬の姿が、はるか下の方に遠ざかっていきます。空はどこまでも果てしなく、雲の切れ間には地上さえ見あたりません。

「ポポロ……ポチ……!!」

 フルートたちはまた叫びました。

 

 すると、そのとき、小さな緑の光が空の中でまたたきました。その光は、落ちていく子犬のあたりで起こったようでした。

 少年たちが、はっと見つめていると、緑の光はどんどん大きくなり、やがて子犬の体を光の中にすっかり飲み込んでしまいました。そして、その光が吸い込まれるように小さく消えていくと――

 

 後には、一頭の風の犬が姿を現していたのでした。

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