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第2巻「風の犬の戦い」

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40.金の階段

 フルートとポポロとポチは、ゆっくりと開いていく魔法の扉を、声もなく見つめていました。

 すると、ゼンが気づいて声を上げました。

「扉が開いてる!?」

 部屋中の人間の目が魔法の扉に集まりました。誰もが驚きに目を見張り、声も出せなくなります。開いた扉の向こう側には、真っ青な空が広がっていたのです。

 ゼンがすぐさま飛んできて、扉の向こう側をのぞき込みました。

上も下も目の前も、見渡す限り青空です。ぽっかりと白い雲が浮かんでいますが、いくら下に目をこらしても地上らしいものは見えませんし、上を見上げても、天空の国らしい場所は見あたりません。

「天空の国への階段ってのは、どこにあるんだよ!? 何もないぞ!」

 とゼンが大声を上げました。

 すると、その隣にフルートが立って、空を見上げながら言いました。

「ううん、あるよ……。透き通っていて、ほとんど見えないけど、でも確かに階段がある。ずっと上まで続いているよ……」

 そして、フルートは扉の内側にそっと手を伸ばしました。青空の中に、しっかりした段の手応えを感じます。とたんに、フルートの手元から金の光がひらめき、稲妻のように駆け上がっていきました。居合わせた者たちは、思わず声を上げました。空の中に、長い金の階段が現れたからです。階段は、扉のすぐ先から始まって、はるか上空の白い雲の中に見えなくなっていました――。

 

「これは面妖! 扉のこちら側からは何事もなく見えるのに!」

 とエスタ国王が扉の横に立って、裏から表から交互に眺めました。魔法の扉は、裏からはただ開け放されているだけにしか見えなかったのです。扉を支える外枠の向こうに、石造りの部屋と、立ちつくすフルートとゼンの姿が見えています。エスタ国王は裏側から扉をくぐってみましたが、表から見ていると、青空の中から突然国王が現れて、フルートたちの間に割り込んできたようになりました。

「ううむ、実に不思議じゃ。では、こちらから入ったらどうなるのであろうな?」

 国王は、まるで子どものように夢中になって、正面から空の階段に踏み出そうとしましたが、すんでの所でシオン隊長に止められました。

「お、お待ちを、陛下! 危のうございます!」

「何故じゃ。こんなにしっかりした階段が見えているではないか。わしも天空の国とやらに行ってみたいぞ」

 と国王が文句を言います。シオン隊長は冷や汗をかきながら、必死で言い続けました。

「この先に待ち受けるのは、風の犬とそれを操る謎の敵でございます。そのような危険な場所に陛下を行かせるわけにはまいりません! 近衛大隊長の名にかけて、私は陛下をお止めさせていただきます!」

「なんじゃ、つまらぬのぅ」

 国王はがっかりした顔になると、自分の両脇に立っていたフルートとゼンを見下ろしました。

「しかたがない。そなたたち、上へ行ったら、しっかりと天空の国を見てまいるのだぞ。そして、天空の国がどのような場所であったか、わしに詳しく伝えるのじゃ」

 エスタ国王にとっては、風の犬や敵を倒すことよりも、天空の国を物見遊山したい気持ちのほうが強いようでした。フルートとゼンはあきれて、思わずそっと顔を見合わせてしまいました。

 

 ところが、子どもたちが扉をくぐろうとすると、ドワーフのバリガンが追いかけてきて、無理やりに押しのけました。

「どけ、小僧ども! 天空の国へ行くのはライオネル様だぞ!」

 またしてもです。ゼンが腹をたててバリガンにつかみかかろうとすると、その手の先で、突然ドワーフの体が消えました。すさまじい悲鳴が上がります。

「ひゃぁーーーっ!! た、助けてくれぇーーーーっっ!!!」

 バリガンは扉の外枠の下に手をかけたまま、青空の中に宙ぶらりんになって、じたばたしていました。金の階段に踏み出したとたんに、足の下から階段が消えて、空を落ちていきそうになったのです。

 ひとり、空の階段から遠く離れたところに立っていた魔女のレィミ・ノワールが、つぶやくように言いました。

「行けるわけがないわよ。あれは光の階段。心に悪しき思いを持っているヤツに登れるはずがないじゃない……」

「なにやってんだよ。ドジだな、おっさん」

 とゼンがあきれたようにバリガンを見下ろしました。単純に階段を踏み外したと思ったのです。そこへフルートが合図をしたので、ゼンは嫌な顔をしました。

「ちぇ。こんなヤツ、落っこちていってくれたほうがせいせいするんだけどなぁ」

 とぶつぶつ言いながらも、フルートの指示するとおり、バリガンの手をつかんで引き上げました。ドワーフの戦士は、背は低いものの、どっしりした体型をしています。それを重い鎧や戦斧もろとも軽々と引っぱり上げたので、大人たちはのけぞって驚きました。

 バリガンは真っ青になって飛んで帰ると、ライオネルに耳打ちをしました。すると、ライオネルも顔色を変え、その後は自分から階段に踏み出そうとはしませんでした。

「さあ、オーダ殿!」

 デルフォン卿が、最後のチャンスとばかりに、黒い鎧の勇者に呼びかけました。

「あなたこそが真の勇者であることを証明するのだ! 階段を登られよ!」

 と必死で言います。けれども、オーダは大きな肩をすくめて答えました。

「いいや、やめておこう。本物の勇者じゃないヤツが行けば、どうせ空を落っこちるに決まってるんだ。俺も命は惜しいからな」

 そして、怒りのあまり何も言えなくなっているデルフォン卿を尻目に、フルートたちに向かって言いました。

「さあ行けよ、小さな勇者ども! 行って、敵をぶっ倒してこい!」

 

 とたんに、エラード公が部屋中に響くような声を上げました。

「行かせるものか! この扉をくぐるのは、エスタの真の勇者のみ。ロムドの泥百姓になど汚させてなるものか! やれ!!」

 エラード公の命令と共に、銀の鎧のライオネルとドワーフのバリガンが飛び出してきました。手に手に剣や戦斧を構えています。フルートとゼンは自分たちの武器に手をかけました。ポチがポポロの前に走り出て身構えます。

 すると、子どもたちの前に二つの影が飛び出してきました。黒い鎧のオーダと白いライオンの吹雪です。襲いかかってくる男たちに向かって、吹雪がすさまじい声で吠えます。

 思わず立ち止まったライオネルたちに、オーダが自分の剣を構えながら笑いました。

「きっと、こうなると思っていたのさ! 俺はおまえたちの相手をするためにここに来たのよ! ――さあ、早く行け、ちびども! ここは俺たちに任せろ!」

 言いながら、オーダが自分の剣を大きく振ります。とたんに、ゴウッと部屋の中に激しい風が巻き起こり、ライオネルとバリガンを吹き倒しました。オーダの武器は疾風の剣と呼ばれる魔法の剣なのです。

 エラード公が歯ぎしりをしながら自分の剣を抜きました。氷のように光る細身の剣です。フルートたちの後を追って切りつけようとしますが、素早く吹雪が飛び出して、行く手をふさぎました。その目の前にオーダが剣を突き出します。

「お下がりを、公爵。勇者の旅路を邪魔するヤツには、天空の国から天罰が下りますぜ」

「無礼者!!」

 エラード公の目の中に怒りがひらめきます。が、子どもたちが扉をくぐって行こうとするのを見ると、自分のお抱え魔女を鋭く振り返りました。

「行かせるな、ノワール!」

 言われて夜の魔女が両腕を高く差し上げました。呪文に合わせて白い指先に淡い光が集まり始め、どす黒い色に染まり始めます。

「お、おい……」

 オーダが、ぎょっとした顔になりました。魔女が、街をも吹き飛ばす黒い魔法を使おうとしているのに気がついたのです。この部屋の中には、国王や自分の主人もいるというのに……。

 床に倒れていたライオネルが、悲鳴のように叫びました。

「やめろ、ノワール!! 城がなくなる!!」

 けれども、魔女はかすかにほほえみ返しただけで、そのまま呪文を唱え続けました。指先の光がどんどん黒く濃くなっていきます――

 

 すると、突然鋭い声が響きました。

「レマート!」

 とたんに、部屋の中のすべてのものが動きを止めました。エラード公も、オーダも吹雪も、床に倒れているライオネルもバリガンも、剣を抜いて駆けつけようとしているシオン隊長も、びっくりした顔で立ちつくす国王も、入り口近くで今にも逃げ出しそうにしていたデルフォン卿も……そして、腕を差し上げて呪文を唱え続けているレィミ・ノワールも……部屋にいたすべての人たちが、凍りついたように動かなくなります。

 彼らに向かって右手を差し出していたポポロが、顔色を変えて口を押さえました。

「やだ……! また巻き込んじゃった……!」

 ポポロは魔女だけに魔法をかけたつもりだったのに、その周囲にいた全員の動きまで止めてしまったのでした。

 すると、ゼンが笑い出しました。

「いや、上出来だぞ。これで静かになった」

 フルートもうなずきます。

「魔法は二、三分たてば切れるんだから、ちょうどいいよ。この隙に出発しよう」

「ワン。それに、ぼくたちには魔法がかからなかったですよ。やっぱりポポロは魔法が上手になってきてるんですね」

 とポチが尻尾を振ります。ポポロは驚いたような顔をして、思わず自分の右手を見つめました。

 フルートはほほえんで、仲間たちに呼びかけました。

「さあ、行くよ。天空の国を目ざすんだ」

 子どもたちはいっせいにうなずくと、フルートの後に続いて魔法の扉をくぐりました。金の階段を踏みしめながら、空の上に向かって登り始めます。

 

 子どもたちが空の高みへ遠ざかっていくと、扉がひとりでに閉まり、部屋の中の人々がまた動き出しました。ポポロの魔法が切れたのです。

 レィミ・ノワールは黒く染まった腕を差し上げたまま、大きく目を見張り、悔しそうに顔を歪めました。

「こんちくしょうめ!」

 美しい顔に似合わない悪態をつくと、魔女はかき消すように姿を消していきました。

 オーダは後ろを振り返り、魔法の扉が閉じて子どもたちがいなくなっているのを見ると、満足そうに、にんまりしました。

「行ったな。……がんばってこいよ」

 部屋の中では、呆然と立ちつくすエラード公に、シオン隊長が迫っていました。

「公よ! 公の魔女は、あろうことか、陛下のおわしますこの城を魔法で吹き飛ばそうとしたのですぞ! この責任、どうお取りになられますか――!!」

 嵐のように怒る近衛大隊長の前では、さすがのエラード公もことばを失っていました。ライオネルとドワーフのバリガンも、青ざめて座りこんでいます。デルフォン卿はすでに部屋を逃げ出して、いなくなっていました。

「あとは隊長さんに任せればよさそうだな」

 とオーダはつぶやくと、その場にどっかり腰を下ろして、白いライオンを抱き寄せました。

「あいつらはきっと敵を倒すぞ、吹雪。その場面を見られないのだけが残念だなぁ」

 そう言って、魔法の扉を見上げます。

 扉は、金の文字板とノブを光らせながら、静かに部屋の中にたたずんでいました。

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