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第2巻「風の犬の戦い」

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39.魔法の扉

 「なんだよ。あんた、また来たのか? 俺たちが本物だって思い知ったんじゃなかったのかよ?」

 ゼンがオーダの腕を引いて、あきれたようにささやきました。身長は倍以上違う二人ですが、ドワーフの怪力に引っぱられて、オーダは思わずよろめきました。

「とっとっ……。しかたあるまい。俺はまだデルフォン卿に雇われの身なんだ。それに、俺にはすることがあるしな」

 とオーダがささやき返します。

「すること?」

 ゼンが聞き返しましたが、そのとき、エスタ国王が皆に向かって話し出したので、やりとりはそこまでになりました。

 エスタ国王はにこにこと楽しそうに言っていました。

「これはまったく好都合と言うものじゃぞ、皆のもの。これまで歴代の賢者が読み解けなかった扉の文字を、そこの小さな魔法使いが解読してくれたのじゃ。この扉は、真の勇者であれば開けられるらしい。しかも、その奥には、天空の国に続く階段があるという。ここに三人の勇者が勢揃いしたのも何かの計らい。ぜひ、勇者たちにこの扉を開けてみてもらおうではないか」

それを聞いて、居合わせた者たちは三人の勇者に注目しました。部屋の中には銀の鎧の美剣士、黒い鎧の大男、そして金の鎧の少年の、まったく姿形が違う三人の勇者が集っています。

「フルートにしか開けられないに決まってる! 本物の金の石の勇者はフルートだからな! さっさと開けちまえよ、フルート!」

 とゼンが声を上げました。ドワーフの少年は、国王の前だろうがなんだろうが、遠慮するような性格ではなかったのです。

 すると、デルフォン卿が王の前に進み出ました。

「おそれながら、オーダ殿にまず試させていただきとう存じます」

 とうやうやしく頭を下げ、オーダに、行け、と合図をします。

「行けと言われてもなぁ……」

 オーダはぶつくさ言いながら部屋の真ん中の扉に近づくと、渾身の力をこめてノブを引きました。

「ふんっ!!」

 けれども、扉はびくともしません。オーダは押したり引いたり、しまいには扉の板を直接つかんで、力任せに床からむしり取ろうとさえしましたが、扉は床に根を下ろしてでもいるように、まるで動きもしませんでした。

「だぁめだ、こりゃ」

 オーダは万歳をしながら扉から離れました。

「ど、どうしたのだ、オーダ殿! そなたの力でも動かせぬとは、どういうことだ……!?」

 青くなったり赤くなったりしながら憤慨するデルフォン卿に、オーダは冷めた目を向けました。

「いくら力があっても、魔法の扉にゃかないませんさ。俺は本物の勇者じゃないしな」

「な、な、なにを――……!?」

 デルフォン卿は危なく息が止まって卒倒しそうになりました。

 それを見てシオン隊長が吹き出しました。

「なかなか正直な勇者をお持ちだな、デルフォン卿! これはよい。扉を開けられるかどうかで、勇者が本物かどうかを確かめることができるわけだ!」

 

 すると、次にエラード公が進み出てきました。

「ライオネル殿に試していただこう。彼こそが真の勇者であると証明できるだろう」

 言われて銀の鎧の剣士が扉に近づいていきました。仲間のドワーフと魔女は後に残って、ライオネルを見守っています。

 と、ふいにポポロが青ざめて、そばにいたフルートの腕にしがみつきました。

「あの人……!」

 と魔女を見ながらささやきます。

「闇の魔法を使おうとしてるわ。魔法の力で扉を開けようとしてる……!」

 フルートも、はっとして魔女のレィミ・ノワールを見つめました。魔女はひそかに片手を開き、手のひらをまっすぐ魔法の扉に向けていました。ライオネルが扉のノブに手をかけます。そのとたん、淡い光が魔女の手からほとばしり、扉にかすかに光のかけらが散りました。ライオネルがノブを引きました――

 扉は動きませんでした。

 ライオネルは目を見張り、ちょっと魔女を振り返りました。魔女が再び魔法の光を扉へ送ります。けれども、何度試しても、やはり同じでした。扉にかけられた天空の国の魔法は、魔女の闇の魔法よりもはるかに強力だったのです。

「へっ、見たか! ニセ者なんか、お呼びじゃないんだよ!」

 ゼンは自分のことのように得意になって言うと、友人に向かって声を上げました。

「そら行け、フルート! みんなに扉を開けて見せてやれ!」

 フルートは扉に近づくと、そっと金のノブに手をかけました。扉に鍵穴などはありません。フルートは思い切って、ノブを引っぱってみました。

 

 扉は開きませんでした。

 

 フルートは驚いて、ノブを回しながら押してみました。やはり、扉は動きません。押したり引いたり、扉に手を押し当ててみたりしましたが、扉はフルートの前で固く閉ざしたまま、まったく開く気配がありませんでした。

 子どもたちは立ちつくしました。シオン隊長やオーダも驚いて、声も出せずにいます。

 すると、突然エラード公が笑い出しました。

「なんたることだ……! 結局、誰もこの扉を開けられなかったのか! 大騒ぎするようなことではなかったな!」

 フルートは真剣な目で扉を見上げていました。天空の文字が刻んである金の板を眺め、ふいに思いついて、魔法使いの少女を振り返りました。

「ポポロ、君がやってみて! これは天空の国への扉だ。もしかしたら、同じ天空の国の人でなければ、開けられないのかもしれないよ!」

 そこで、ポポロがおずおずと進み出てきました。フルートに促されて、思い切って金のノブに手をかけます。

 ところが、扉を開けようとした瞬間、まばゆい光の塊が突然後ろから飛んできて、ポポロを打ちのめしました。

「キャァァ……!」

「うわっ!」

 わきに立っていたフルートにも光のかけらは飛び散り、雷に打たれたような激しい衝撃と痛みが全身に走ります。

 二人はその場に倒れました。

「ポポロ! フルート!」

 ゼンとポチが駆け寄り、振り返りました。夜の魔女のレィミ・ノワールが、ポポロたちに向かって白い腕を伸ばしていました。魔法の光の球を打ち出したのです。

「きさま……!!」

 ゼンが激怒しながらエルフの弓矢を構えました。シオン隊長も腰の剣を抜いて飛んできます。

「魔女め! いきなり何をするのだ!?」

「ワンワン! ポポロ! フルート! しっかり……!」

 ポチが必死になって呼んでいると、フルートが体を起こしました。まだしびれるような感じが体に残っていますが、金の石の力で、急速に痛みは薄れていました。

「ポポロ! ポポロ……!」

 フルートはポポロを抱き起こしました。

 すると、魔女は黒いドレスの裾をつまんで、国王に向かって優雅にお辞儀をして見せました。

「突然のご無礼、お許しくださいませ。そこにいる小さな魔法使いが、陛下のお命を狙って魔法を使おうとしているのがわかったものですから、とっさに魔法で阻止いたしましたの。お許しを得ないうちに神聖な場所で魔法を使ってしまって、本当に申しわけございませんでした」

「な、な、なんだとぉ……!!?」

 ゼンは怒りのあまり、鬼のような形相になりました。

「ポポロが国王の命を狙っただと!? でたらめ言うな!」

 けれども、それを打ち消すように、エラード公が歓声を上げました。

「これはあっぱれ、忠臣の鏡! 兄上! 私の家臣が兄上のお命をお守り申し上げましたぞ!」

 白々しいこと、この上ありませんが、エラード公は大まじめな顔で言っています。エスタ国王は目を丸くして、とまどったように魔女とポポロを見比べていました。

「わしは命を狙われていたというのか……? そこの魔法使いに……?」

「陛下!!」

 シオン隊長がたまりかねて声を上げます。

 

 けれども、フルートはそんな騒ぎを無視して、ポポロを抱いていました。星空の衣は最大限ポポロを守っていましたが、それでも顔や手に火傷したようなひどい痕がいくつも残っています。おそらく、服の下にも傷があるのでしょう。ぐったりと目を閉じたまま、死んだように動きません。

 フルートは唇を血がにじむほどかみしめると、ポポロの胸に耳を当てて心臓が動いているのを確かめ、ペンダントを首から外しました。魔法の金の石をポポロに押し当てます。

 すると、みるみるうちにポポロから傷が消えていきました。本当にあっという間に顔や手がきれいになっていき、弱々しかった息づかいがしっかりしてきます。すぐに緑の瞳が開きました。

「フルート……」

 とポポロに呼ばれて、フルートは思わず少女を抱きしめました。

「ごめん、ポポロ。油断した……。本当にごめん……」

 自分が隣にいながら、ポポロをレィミ・ノワールに攻撃されてしまったことが、自分自身で許せなかったのでした。

 魔女はすました顔で立っています。エラード公がその前に立って、激怒しているゼンやシオン隊長に向かってことばたくみに言い逃れをしています。エスタ国王は、ぽかんとそれを聞いています。

 フルートは、また唇をかみました。怒りに体が震えます。

「ポポロ、ここにいて――!」

 フルートはそう言い残すと、炎の剣に手をかけて立ち上がろうとしました。

 ところが、その瞬間、少女がフルートの腕をつかんで引きとめました。

「待って、フルート! 見て……!!」

 少女は、フルートが手に持ったままだったペンダントを見つめていました。ペンダントの中心で、魔法の金の石がどんどん光を増していたのです。

 フルートとポポロ、そしてそばにいたポチは、驚いて石を見守りました。金の光はますます強くなり、きらきらと輝きながら周りを照らし始めます。レィミ・ノワールが突然こちらを振り返り、ぎょっとしたように目を見張りました。

「まさか……!」

 魔女が金切り声を上げたとたん、石から光がほとばしり、光の束になって、まっすぐ魔法の扉を照らしました。金の光が扉に当たってまぶしくきらめきます。

 すると――

 ガチャリ。

 ひとりでにノブが回って、魔法の扉が開き始めたのでした。

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