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第2巻「風の犬の戦い」

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38.扉の間

 子どもたちがシオン隊長に連れられてエスタ城の謁見の間に入ったのは、もう夜の十時も回った頃のことでした。

 王座に座るエスタ国王は、一度ベッドに入ったところを起こされたようで、眠そうな目でさかんにあくびをしていました。立派なガウンの下からは寝間着がのぞいています。謁見が終わったら、またすぐにベッドに戻るつもりなのでしょう。

「お休み中のところ、まことに申しわけございません。なれど、火急の件なれば、ご無礼を承知の上で――」

 シオン隊長が頭を低くして話し始めると、エスタ国王は面倒くさそうに手を振りました。

「ああ、よいよい。そちが夜中にわしを呼ぶときは、いつだって急ぎの用事なのはわかっておる。で、なんだと言うのだ? 勇者の一行がそこに控えているようだが、……なにかあったというのか?」

 言いながら、国王はまた、大きなあくびをしました。でっぷりと太った体や顔つきのせいもあって、この王様はどうも今ひとつ緊迫感に欠けるところがあります。

 シオン隊長は、ますます頭を低くすると、片手を胸に当てて、きっぱりと言いました。

「おそれながら、ここにいる勇者たちのために、陛下に天空の国への扉を開けていただきたく存じます」

 

 謁見の間に沈黙が流れました。シオン隊長は床を見たまま、冷や汗を流しています。「なんのことだ、無礼者!」と叱られるか、「何故それを知っている!?」と問いつめられるか……いずれにしても、王の怒りをかう可能性は高いのです。

 ところが、エスタ国王は眠たそうにぱちぱちとまばたきすると、のんびりした声で言いました。

「天空の国への扉? はて……そんなものが城にあったかのう?」

「天の国より王が降りて来る、という言い伝えのある扉のことでございます

!」

 とシオン隊長は必死で言い続けます。

 すると、ふいに国王がうなずきました。

「ああ、わかったわかった……。東の塔の、扉の間のことじゃな。だが、あそこにあるのはただの扉じゃぞ? どこにもつながってはおらんし、開けることもかなわんのだが」

 シオン隊長は、はじかれたように顔を上げました。

「本当に扉があったのですね……! 陛下、おそれながら、その扉までこの勇者たちをお連れください! 彼らならきっと、扉をくぐって天空の国へ行き、風の犬を退治してまいるに違いありません!」

 すると、国王は、きょとんと目を丸くし、それからようやく考える顔つきになりました。

「ああ……そういえば、そちは日中、殺人鬼の正体が風の犬だと言っておったなぁ……。風の犬は天空の国の生き物だとは、わしも聞いたことがある。では、あの怪物は天空の国から来ているというわけか。なるほど」

 子どもたちでさえすぐに思いついたことを、エスタ国王は、今になってようやく納得したようでした。

 それから、国王はフルートたちに目を向けて言いました。

「そちたちを扉の間に連れて行くのは簡単じゃ。そう遠い場所ではないしの。だが、あれが天空の国への扉というのは、何かの間違いではないかと、わしは思うぞ。そもそも、開けることのかなわん扉なのじゃ」

 どうやら魔法で閉じられている扉のようです。フルートは思い切って国王に向かって言いました。

「お願いです。ぼくたちをそこへ連れて行ってください。風の犬を倒すためには、天空の国へ行くしかないんです。ぼくたちに扉が開けられるかどうか、試してみたいと思います」

 それでも国王は、とても無理だと思うが……とぶつぶつ言い続けていましたが、フルートとシオン隊長に熱心に頼み込まれて、とうとう王座から立ち上がりました。

「やれやれ。それほどにまで言うのなら、自分でやってみるが良かろう。ついてきなさい」

 

 扉の間というのは、城の東の塔の、ちょうど真ん中あたりにありました。入り口の小さな扉には錠前がついていましたが、国王が金の鍵を差し込むと、ぴーんとかすかな音を立てて錠が外れました。

「これは普通の扉じゃ。例の扉は、この奥にあるんじゃ」

 と言いながら、王は扉を開け、太った体をやっと押しくぐすようにして、部屋の中に入り込みました。

 続いて中に入った子どもたちは、部屋の中を見たとたん、思わず目を見張ってしまいました。

「なんだこりゃ!?」

 とゼンが思わず声を上げます。

 床も壁も石でできた部屋の真ん中に、扉がありました。けれども、その周りには壁もなにもありません。ただ、部屋の真ん中に、分厚い木の扉が一枚、ぽつんと立っているだけなのです。国王が近づいてノブを引いて見せましたが、扉は床にしっかりと留めつけられているようで、これっぽっちも動きませんでした。

「見ての通りじゃ」

 とエスタ国王は言いました。

「ただ扉が立っているだけじゃ。押しても引いても、倒すことさえできん。確かに亡くなった先王からは、この扉から天空の王が現れるという伝説は聞かされたが、この手の言い伝えは城中に数え切れないほど残されておるからのう。地下室には、地底の闇の国に続く、封印された井戸というのもあるぞ。見てみるかな?」

 フルートは首を横に振ると、そっと扉に近づいてみました。なんの変哲もない、普通のドアに見えます。一方の面に、三十センチ四方くらいの金の板が小さな金の釘で打ちつけてあって、そこに一面何かの模様が刻まれていました。それを見て、シオン隊長が首をひねりました。

「これは文字ですかな?」

「なんて書いてあるんでしょう?」

 とフルートも国王に尋ねました。これまで見たこともなかった文字です。

「わしにもわからんよ。歴代の城の賢者が解き明かそうとしたが、誰にも読めなかったのじゃ。たぶん、いにしえの時代に地上から失われた、古代文字なんじゃろう」

 そう言いながら、国王はまた、大きなあくびをひとつしました。

 

 すると、フルートの隣に立って金の板を見上げていたポポロが、はっきりした声で言い始めました。

「やがて来る時代 世界を風のわざわいが襲いしとき 真の勇者が来たりて この扉を開かん――」

 ポポロは金の板の上の文字を読んでいました。

「ポポロ、読めるの!?」

 とフルートが驚くと、魔法使いの少女はうなずきました。

「ええ。だって、これはあたしたちの文字だもの。ちょっとことばづかいは古めかしいけど、でも、ちゃんと読めるわ」

「天空の国の文字か! ってことは、やっぱりこれは天空の国につながる扉なんだな!」

 とゼンが歓声を上げました。

「ワン! ポポロ、続きは? 他にはなんて書いてあるんですか!?」

 とポチも尻尾を振りながら駆け寄ってきました。ポポロは少し背伸びをしながら――扉はとても大きくて、金の板は子どもたちの頭より高い位置に打ちつけられていたのです――文字の続きを読み始めました。

「勇者はきざはしを登り 高みの国に至り 義の心をもちて敵を倒さん。 天と地に再び平和が訪れしとき 天より光の王が下りて 地に祝福を与えん。――これで全部よ」

「きざはし……ってなんだ? 義の心って?」

 とゼンが尋ねました。金の板には本当に古いことばがたくさん使われていて、ゼンにはわかりにくかったのです。

「きざはしというのは階段のことだ。義の心というのは、正義の心という意味だな」

 とシオン隊長が解説して、改めて、つくづくと子どもたちを眺めました。

「まことに、ここは勇者殿たちが来るべき場所だったのだな。風のわざわいというのは、風の犬のことだろう。風の犬が地上を襲ったら、真の勇者が現れてこの扉を開く、と予言されていたのだ」

「そして、この扉の奥には、本当に天の国へ続く階段があるというのか? ぜひ開けて見せてくれ、フルート殿!」

 と国王が子どものように目を輝かせながら言いました。眠気など、どこかに吹っ飛んでしまったようです。

 フルートは、促されるままに、扉に手をかけようとしました。扉のノブは金色でした。

 

 すると、突然扉の間の入り口が開いて、どやどやと数人の人間が入り込んできました。

「兄上! なにゆえ兄上はこの場所を卑しき民に知らせるのです!」

 開口一番国王に向かってどなったのは、王弟のエラード公でした。その後ろには、銀の鎧のライオネル、ドワーフのバリガン、そして、黒いドレスを着た魔女のレィミ・ノワールが立っていました。ニセ勇者の一行は、魔法医に治療されたのか、怪我ひとつない姿に戻っていました。

 彼らの姿を見たとたん、フルートたちは思わず飛び下がり、自分たちの武器に手を伸ばしました。けれども、国王たちの前なので、ライオネルたちはつんとすましたまま、フルートたちには目も向けませんでした。

 エスタ国王が驚いたように弟を見ました。

「何をそんなに怒っておるのだ、エラード……? ここには扉があるだけじゃ。王家の秘宝があるわけでなし、別に見せるくらいかまわんではないか」

 おっとりとそんなことを言う王に、エラード公はくってかかりました。

「冗談ではありません! ここは城の中でも特に大切に守るようにと言われている部屋ではないですか! 天より王が下りてエスタを訪ねると約束されている場所です! それを、このような者たちに汚させるとは――」

「だが、エラードもそちの勇者たちを連れてきているではないか」

 と国王が答えました。かっかと来ている弟に比べて、こちらはどこまでものんびりした調子です。

「これは、兄上がシオン殿のニセ勇者を連れていかれたと聞いて、あわてて後を追ってまいったのです。兄上に何事かあっては取り返しがつきませんからな」

 とエラードが答えます。熱くなっているように見せかけた表情の陰に、抜け目のないところがちらりとのぞきました。

 シオン隊長が、まるで国王の命を狙っているように言われて激怒の表情になりましたが、相手は王の弟なので、拳を震わせてこらえていました。

 そこへ、今度は入り口の外からこんな声が聞こえてきました。

「おそれながら、陛下、公爵様――なにとぞ、わたくしがお連れした勇者にも、等しい機会をお与えくださいますよう、お願い申し上げます」

 シオン隊長に代わる近衛大隊長の座を狙っているデルフォン卿でした。フルートたちやライオネルたちが王の城に行ったことを、どこからか素早く聞きつけたのでしょう。後ろには黒い鎧のオーダを従えていました。オーダには白いライオンの吹雪が付き従っています。

 デルフォン卿とオーダたちは、王の許しもないうちに、扉の間に入り込んできました。エラード公がひどく嫌な顔をしましたが、自分たちも同じように入り込んできた身なので、何も言えないようでした。

「よう。これでまた三組の勇者たちが勢揃いしたな!」

 黒い鎧のオーダが、フルートたちを見下ろしながら、面白そうに言いました――。

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