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第2巻「風の犬の戦い」

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34.再戦

 「あんた、天空の国の魔法使いだったのね!」

 とレィミ・ノワールがポポロに向かって金切り声を上げました。

「どうして気がつかなかったんだろう!? あんたは星空の衣を着ていたのに! 魔法を使う瞬間まで気配を隠していられるだなんて……ガキのくせに!!」

 美しい顔を怒りに醜く歪めて叫び続けます。夜の魔女とまで呼ばれて、自分の魔法に絶対の自信を持っていた女は、ちっぽけな魔法使いにプライドを砕かれて怒り狂っていたのでした。

 ポポロが青くなって後ずさりました。ポポロは一日に一度しか魔法が使えません。今日の分の魔法はもう使い切ってしまったのです。フルートとゼンが、彼女をかばうように素早く前に立ちました。フルートは炎の剣を、ゼンは魔法の弓矢を構えます。

 レィミ・ノワールが両手を高く差し上げて呪文を唱え始めました。手の先が光に包まれ、先より大きな光の塊が作られていきます。

 すると、ゼンが叫びました。

「フルート、盾だ! 盾を構えろ!」

 フルートは、とっさにダイヤモンドの盾を構えました。ゼンが手を伸ばしてきて一緒にそれをつかみます。

 魔女が光の球を打ち出してきました。まっすぐに子どもたちめがけて飛んできます。

 バシィィィ……!!!

 激しい音を立てて光は盾に激突し、砕けて飛び散りました。盾にものすごい衝撃をくらいましたが、ゼンが一緒に支えていたので吹き飛ばされずにすみました。子どもたちは無傷です。

 レィミ・ノワールは目を見張りました。

「な、何故……? どうして光の球を跳ね返せるのよ!?」

 ゼンが、へへっと笑いました。

「こいつは聖なるダイヤモンドで強化されてるからな。聖なる石は魔法に強いんだぜ」

 魔女は、ぎりぎりと歯ぎしりをすると、再び腕を高く差し上げました。指先に光が集まり、どんどん黒く染まり始めます。

 とたんに、オーダが言いました。

「おい、やばいぞ! あれはきっと夜の魔女の黒い魔法だ! 街ひとつが跡形もなく吹っ飛ぶと聞いたことがあるぞ……!」

「よ、よせ!」

 と魔女の足下でライオネルが叫んでいました。傷ついた顔を蒼白にして、魔女を見上げています。

「ここでそんなものを使うな! 我々まで消し飛んでしまうではないか!」

 すると、魔女はにっこりと笑いました。見るものを心底ぞっと震え上がらせるような、冷たい微笑でした。

「ごめんなさいね、ライオネル様。でも、あたくし、自分が負けるなんて絶対に許せませんの。ご安心なさって。あなたの代わりに金の石の勇者になる人間は、他にもいくらでもいますもの」

「な、なんだとォ! この女……!!」

 同じく倒れていたドワーフが、口汚くののしります。

 けれども、魔女は仲間だった男たちに目もくれずに、また呪文を唱え始めました。指先の黒い光がどんどん大きくなっていきます。

 フルートは叫びました。

「やめろ! カルティーナの街を吹き飛ばすつもりか!?」

 それでも、魔女は呪文を止めません――。

 

 そのとき、ポチが吠えだしました。

「ワンワンワン……! また風の音がします! 風の犬です!!」

 フルートたちは、ぎょっと空を見上げました。

 夜空の彼方から、白い幻のようなものがすごい勢いで迫っていました。フルートたちは思わず目の前の魔女のことも忘れて立ちすくんでしまいました。

「なんだよ、ありゃ! あんな数、一度に相手にできるか!!」

 とゼンが叫びます。

 風の犬は、何十頭もの大群で、こちらに押し寄せてきていたのでした。

 

 魔女も手を差し上げたまま空を見上げていました。大声でわめきだしたのは、ライオネルでした。

「私をだましたな!? 風の犬があんなにいると、エラード公もおまえも一言も言わなかったではないか! この女狐め!!」

「冗談じゃあない。わしはさっさとおさらばさせてもらうぞ。命あっての物種だ」

 とドワーフのバリガンが傷ついた体を引きずって逃げ出そうとします。

 レィミ・ノワールは大きく頭を振りました。

「あたくしも知らなかったんですのよ、ライオネル様。確かに、あんな数の風の犬を相手にするのは、利口じゃありませんわね。この場は本物の勇者たちにお任せいたしましょう」

 魔女が差し上げた手をさっと振り下ろしたとたん、ライオネルとドワーフと魔女の姿が通りから消えました。後には子どもたちと、オーダと、ライオンの吹雪だけが残されます。

 風の犬の大群は、彼らめがけてまっすぐに突進してきました。

 

「みんな、袋小路に逃げ込むんだ!」

 とフルートが叫んでダイヤモンドの盾を構えました。フルートの防具は風の犬の攻撃にも平気ですが、仲間たちは無防備です。どうやってみんなを守ればいいのか、正直、フルートには見当もつきませんでした。

 ポポロとポチ、オーダ、吹雪、そしてさすがのゼンも、今度ばかりは袋小路に向かって走りました。あれだけの数の風の犬にいっせいに襲いかかられたら、間違いなく即死してしまいます。

 そのとき、ポポロが勢いよく転びました。あわてるあまり、自分の衣のすそを踏んづけてしまったのです。

「ワン! ポポロ!」

 ポチがとっさに駆け戻って来ました。フルートも、はっと振り返りました。

 ポポロめがけて、先頭の風の犬が迫ってきました。白い霧のような体に銀の毛が混じった、ひときわ大きな犬です。ポポロは犬を振り返り、恐怖に目を見開きました。

「ポポロ!!」

 フルートが叫びます。

 

 そのとたん、ポポロの寸前まで迫っていた風の犬が、突然向きを変えて、ごうっと空に駆け上がりました。子どもたちの頭上に留まります。攻撃しようとした瞬間に、思い直してそれをやめたように見えました。

 それにつられるように、他の風の犬たちが勢いを弱め、子どもたちの周囲を飛び回り始めました。まるで何かに驚きとまどっているようです。

「な、なに……?」

 フルートとポポロとポチは、驚いて風の犬を見上げました。

 犬たちは、そのまま、ぐるぐると空を回り続けています。牙をむき、うなり声を上げてフルートたちを威嚇してきますが、一向に攻撃をしかけてくる様子がありません。

 すると、最初の銀毛の風の犬が、いきなり上空まで飛び上がって声高く吠えました。

 アオーーオォォーン……

 とたんに、他の犬たちはいっせいに向きを変え、銀毛の犬に向かって飛び始めました。銀毛は仲間たちを引き連れて、そのまま、今来た方角へ飛び去っていきました。

 

 風の犬は姿を消し、街にはまた月の光だけが音もなく降り注ぎ始めました。

 ゼンとオーダが駆け寄ってきました。

「おい、大丈夫か!?」

「風の犬が逃げていったぞ。どうしてだ?」

 フルートは首を横に振りました。どうしてか、なんてことは、フルートのほうが聞きたいくらいでした。

「ワン。あの銀毛は風の犬の群れのリーダーですね。仲間たちに引き上げを命令したから、みんな、それに従ったんです。でも、本当に急にどうしたんだろう……?」

 とポチが首をひねりました。いくら考えても、理由はわかりませんでした。ポポロは、青ざめた顔のまま、風の犬が飛び去った空を見つめていました。

 ゼンがため息をつきました。

「ちぇっ。せっかくうまくいったと思ったのにな。ライオネルたちには逃げられちまったし、風の犬も結局退治できていなかったわけか」

 フルートは考え込むような顔をしました。

「風の犬の後ろに黒幕がいるのはわかってた。そいつは、他にもまだたくさん風の犬を抱えていたんだ……」

「とにかく、シオンのおっさんたちを呼ぶぜ。報告しなくちゃな」

 とゼンは銀の呼び子を取り上げると、勢いよく吹き鳴らしました。

 夜のカルティーナに、鋭い笛の音が響き渡りました……。

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