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第2巻「風の犬の戦い」

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29.オーダ

 すると、薪小屋の中からポチが言いました。

「ワン、違います! 風の犬じゃありません!」

 風が運んできた獣の声を、犬のポチが聞き分けていました。

 フルートとゼンは、肩すかしを食らったような気持ちになりながら、声の聞こえてきた方向を見つめました。剣はまだ構えたままです。

 すると、通りの角からのっそりと白いライオンが現れました。首に太い首輪をつけています。続いて黒い鎧の大男が姿を現しました。城の大広間で金の石の勇者を名乗っていたオーダでした。

 少年たちは剣を下ろしました。

「なんだ、おどかすなよ……」

 ゼンが口をとがらせると、オーダが声を上げて笑いました。

「こっちがいやに賑やかだと思ったら、おまえたちだったんだな! 本当に殺人鬼退治にやってきたのか!」

 相変わらずの大声が、通り中にびんびん響きます。

 それから、オーダは袋小路の奥をのぞき込み、小屋に隠れながら待ちかまえているポポロとポチを見て、意外そうな顔になりました。

「おいおい、本当にお嬢ちゃんたちまで連れてきたのか? やめとけ。おまえたちもだが、危険すぎるぞ」

 ごつい顔つきの男ですが、少年たちを見下ろす水色の目は、案外と人のよさそうな表情を浮かべています。

 フルートは、オーダの後ろにライオンしか控えていないのを見て首をかしげました。

「他の仲間はどうしたんですか? ノームのおじさんたちも二人いましたよね」

 すると、オーダはあっさりと答えました。

「ああ。あいつらなら逃げた」

「に、逃げたぁ!?」

 ゼンがすっとんきょうな声を上げると、男はまた笑いました。

「当然だろう! 謎の殺人鬼なんかまともに相手にできるか! どのみち、あいつらは俺が本当に殺人鬼退治に行くかどうかを見届ける監視役だったんだ。いなくなって、せいせいしたぞ」

 まるで、いやいや殺人鬼退治をさせられているような言いぐさです。

 フルートは目を丸くしながら聞いてみました。

「だって。あなたたちは金の石の勇者の一行なんでしょう?」

 とたんに、大男は大爆笑しました。

「ばぁか! 俺がそんなもんのわけがないだろう! 俺はただの傭兵だよ!」

 そして、またひとしきり大笑いをすると、少年たちの頭をぽんぽんと大きな手で叩きました。

「おまえたちだって、そうだろうが。金の石の勇者なんぞ本当にいるもんか! あれはただのおとぎ話だよ! 国王や貴族どもは本気で信じているがな!……俺たちはデルフォン卿から雇われて、あの場だけで結成した勇者の一行なのよ。俺は一応殺人鬼退治も請け負ったが、あのこびとどもは、最初からそんなもんをする気なんて、さらさらなかったのさ」

 それから、オーダは自分の足下に控える白いライオンを示して続けました。

「俺の本当の仲間はこいつだけだ。こいつは吹雪。子猫みたいに小さかった頃から俺が育ててきたヤツだ。頼もしい相棒だぞ」

 ライオンは主人になでられて、機嫌よさそうにのどを鳴らしました。今はもう首輪の鎖を外されていますが、それでも主人のそばから離れずについています。

 フルートたちはすっかりあきれかえってしまいました。

「そんなら、なんで殺人鬼退治なんか引き受けたんだよ? 金の石の勇者でもないのに」

 とゼンが尋ねると、オーダは面白そうな顔をしました。

「当たり前だろう。俺は傭兵だ。雇い主が戦えと言う相手と戦うのが仕事だからな。それより、俺のほうが聞きたいぞ。おまえたちこそ、なんで夜の街になんか出てきた? おまえたちにかなうような相手じゃないんだぞ。まさか、本気で自分たちを勇者の一行と思いこんでいるんじゃないだろうな?」

 ゼンとフルートは思わず顔を見合わせました。ゼンが肩をすくめ、フルートがうなずきます。

 おもむろに口を開いて答えたのはフルートでした。

「ぼくは泉の長老から金の石の勇者になる役目を言い渡されているんです」

 とたんに、オーダは大げさなため息をついて天をふり仰ぎました。

「やれやれ、かわいそうに……! 誰がそんなことを吹き込んだのか知らないが、無責任にもほどがある! おい、悪いことは言わん。早いとこ、ここを立ち去って逃げろ。おまえたちまで殺されるぞ」

 すると、ゼンが、ふんと鼻で笑いました。

「あんたこそ殺されるぜ、ニセ勇者。殺人鬼の正体は風の怪物だ。普通の武器や防具じゃ、まるで歯が立たないぜ」

「風の怪物?」

 オーダが驚きました。

「そう。風の犬という怪物です。ものすごいスピードで飛んできて、刃物のように切りつけてくるんです」

 とフルートが答えました。

 オーダはいっそう驚いた顔になると、少年たちをつくづくと見つめました。

「……それを知っていたのに、外に出てきたのか?」

 フルートは何もいわずに、ただほほえみ返しました。ゼンも何も言いませんでした。いくらこれまでのことを説明しても、どうせ信じてはもらえないとわかっていたからです。

 オーダは大きく肩をすくめました。

「馬鹿につける薬はない、か! まあいい、好きにしろよ。お互い怪物に殺されないように、せいぜい気をつけようぜ」

 オーダはライオンを連れて立ち去ろうとしました。その後ろ姿にフルートは言いました。

「この近くにいたほうがいいですよ。離れてしまうと、間に合わない」

「間に合わない? 何に?」

 オーダが不思議そうに振り返りました。

 フルートは答えました。

「ぼくが助けに行くのに、間に合いません」

 オーダは、ぽかんとフルートを見つめてしまいました。相手は自分の背丈の半分しかないような小柄な少年です。剣よりペンを持って学校で勉強している方が、ずっと似合っています。その子どもに「助けに行く」と言われて、黒い鎧の大男はあきれ果てて、なんと返事をしていいのかわからなくなったのでした。

 

 すると、袋小路の奥から、突然ワンワン! とポチが吠え出しました。

「フルート、ゼン! 風の音が聞こえます! 風の犬が近づいてきますよ――!!」

「お、な、なんだ!?」

 オーダは犬が口をきいたので驚きましたが、少年たちはもう、そんなことには構っていられませんでした。

「ゼン、引っ込め!」

 とフルートが言えば、

「やなこった!」

 とゼンが答えます。

 フルートは大きなため息をつきました。

「わかった。できるだけぼくの近くにいてくれ。風の犬が近づいてきたら、すぐに袋小路に誘い込もう」

「よし、任せろ!」

 少年たちは剣を構えなおし、大通りの上空を見つめました。オーダも、わけの分からない顔をしながら自分の大剣を引き抜きます。

「なんだ? 本当に殺人鬼が近づいているのか……?」

 

 そのとき、夜空の彼方に白い幻のようなものが見えてきました。みるみるうちに、こちらに向かって近づいてきます。犬のような頭と前足が、次第にはっきり見え始めました。細い体は彗星の尾のように長く伸び、闇の中に見えなくなっています。

「な、なんだありゃぁ! 犬の幽霊か!?」

 とオーダが叫びました。ライオンの吹雪が地面に低く身構えてうなっています。迫ってくるものに、ただならない気配を感じたのです。

「あれが風の犬です! エスタ中で百人以上もの人を殺してきた犯人ですよ!」

 とフルートは答えて、盾を構えながら前に飛び出しました。聖なるダイヤモンドでおおわれた盾です。

 ゴォォ……ッ!

 激しい風の音を立てて、風の犬が飛んできました。空の彼方からフルートたちの姿を見つけていたのでしょう。迷うことなく、まっすぐに迫ってきます。

「来るぞ!」

 フルートは叫んでダイヤモンドの盾を前に構えました。

 とたんに、ものすごい衝撃を食らって、フルートの体が後ろに跳ね飛ばされました。真っ正面から風の犬の体当たりを食らったのです。ガシャン! と派手な音を立てて、小柄な体が石畳に叩きつけられます。

 けれども、フルートはすぐに飛び起きました。魔法の鎧はあらゆる衝撃からフルートを守ってくれるのです。

「大丈夫か?」

 とゼンに聞かれて、フルートはうなずきました。

「盾には傷もついてないよ。風の犬をはね返したんだ!」

 風の犬は、切り裂くつもりで襲いかかった相手に跳ね飛ばされて、驚いたように空をぐるぐる回っていました。その動きにつれて風が巻き起こり、通りからゴミや砂埃を巻き上げます。

「か、風なのか……本当に……?」

 オーダがまだ半ば呆然としながらつぶやきました。

 

 風の犬が再び上空に飛び上がり、フルートめがけて襲いかかってきました。フルートはまたダイヤモンドの盾を構えます。

 と、風の犬は寸前で身をひねり、フルートの体をかすめるようにして飛びすぎていきました。ひゅうっ……と鋭い音が空を引き裂きます。人や巨人を瞬時に断ち切った風の刃の攻撃です。

 けれども、フルートは通りに立ち続けていました。激しい風が体をかすめていったのは感じましたが、金の鎧には傷ひとつついていません。風の犬の攻撃より、鎧のほうがずっと強力だったのです。

「やったぜ! 偉いぞ、ノームのじいさん!!」

 とゼンが歓声を上げました。

 とたんに、風の犬の目がそちらを向きました。ショートソードを持つドワーフの少年に狙いを変えます。

「ゼン、危ない! 逃げろ!」

 フルートは思わず叫びました――

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