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第2巻「風の犬の戦い」

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第6章 風の犬

28.夜の街

 首都カルティーナに夜が訪れました。

 すっかり準備を整えた子どもたちは、ゼンの提案で、ビスケットとお茶の簡単な夕食をとりました。ドワーフの少年は、戦いに臨む前にはまず食べなくてはならないと固く信じているのです。

 食事の間、子どもたちはほとんど口をききませんでした。怖がっていたからではありません。どうやったら風の怪物を倒せるか、どうやったら仲間たちを援護できるか、それを考えるのに一生懸命だったのです。

 食事がすむと、フルートは立ち上がりました。静かですが、りんとした声で呼びかけます。

「さあ、行こう。みんなで風の犬を倒すんだ」

「おう!」

「ワン!」

「はい」

 ゼンとポチとポポロがそれぞれに答えます。

 そして、子どもたちは近衛隊長の屋敷から外に出て行きました。

 

 カルティーナの街は、異様なくらい静まりかえっていました。

 夜ごと現れる謎の殺人鬼を恐れて、誰も外を出歩こうとしないのです。まだ宵の口の時刻でしたが、家々は固く扉を閉ざし、窓には鎧戸を立てて、息を殺すように静まりかえっています。通りには灯りさえありません。空に上ってきた月の光だけが、さえざえと街を照らしていました。

「風の犬のヤツ、来るかな?」

 とゼンが言いましたが、フルートがきょろきょろ何かを探し回っているのを見て目を丸くしました。

「何やってるんだ?」

「戦うのに都合のいい場所を探してるんだよ」

 とフルートは裏路地をのぞきながら答えました。

「都合のいい場所?」

「うん。大通りでは広すぎて風の犬の攻撃を防ぎきれないから、もっと細い路地のほうがいいんだ。どこかに隠れられる狭い場所があると、なおいいんだけど」

「それなら、明るいうちに探しておくべきだったな。どうしてやらなかったんだ?」

 フルートは肩をすくめ返しました。

「思いついたのが、ついさっきだったからね。……風の犬は高速で飛びながら攻撃してくる。狭い場所では、それほどスピードが出せないと思うんだ」

「ふぅん。だが、あいつは宿屋の部屋の中でも飛び回って攻撃してきたぞ。よくよく狭い場所でなきゃダメなんじゃないか?」

「うん。どこかにそういうところはないかな……?」

 子どもたちがあちこちをのぞいて、条件に合う場所を探していると、通りに足音を響かせて、シオン大隊長と五、六人の隊員が駆けつけてきました。

「おお、ここにおられたか! 探しましたぞ!」

 と大隊長が駆け寄ってきたので、ゼンがあきれた顔をしました。

「何しに来たんだよ、おっさん。危ないぞ」

 自分たちの最高司令官を「おっさん」呼ばわりされて、隊員たちはもう少しでゼンに切りかかりそうになりました。それを押さえて、大隊長は苦笑いしました。

「我々は近衛隊だ。カルティーナの街を守るのが使命なのだ。勇者たちにばかり怪物退治をお任せしておくわけにはいかんよ」

 それを聞いて、ゼンはますますあきれ顔になりました。

「使命に燃えても、殺されちまったら、街を守ることもできないぜ。相手は風の怪物だ。いくら近衛隊でもかなわないって」

「それはやってみなければわかるまい。わしは近衛隊の大隊長として、そなたたちと命運を共にするつもりなのだ」

「ちぇ、勝手にそんなもん共にするなよ」

 とゼンは顔をしかめました。足手まといだ、と言わんばかりの調子です。

 大隊長はなおも何かを言おうとしましたが、それをさえぎって、フルートが声をかけました。

「ちょうど良かったです、シオン隊長。ぼくたち、戦う場所を探していたんですけど、適当な場所をご存じないですか?」

 場所の条件をフルートが言うと、隊員のひとりが思い当たって、子どもたちを一本の裏路地に案内しました。表通りから入った細い袋小路で、三メートル足らずの道幅しかなく、行き止まりにレンガ造りの薪(たきぎ)小屋がありました。

「いいね。これなら、一方向からしか攻めてこられない」

 とフルートが袋小路の入り口を見ながら言いました。

 小屋の戸を開けると、薪の間に大人ひとりがやっと入れるくらいの空間がありました。子どもならなんとか二人は入れそうです。

 フルートはうなずきました。

「最高だ。ありがとうございます、シオン隊長。あとはぼくたちに任せてください」

「いや、そういうわけには行かぬ。わしらも共に戦うぞ」

 と大隊長がきまじめに言い張ります。フルートはちょっと困ったように首をかしげました。

「ここは狭くて、みんなで戦うのは無理ですよ。大丈夫。助けが欲しいときにはきっと呼びますから」

「し、しかし……」

 しぶり続ける大隊長に、フルートは、ふいに真顔になりました。

「ぼくらは本物の金の石の勇者の一行です。それなのに、ぼくらの力を信じられないとおっしゃるんですか?」

 フルートの優しい顔が、戦士の厳しい表情に変わっています。大隊長は思わずことばに詰まりました。後ろでやりとりを聞いていた隊員たちも、驚いたような顔をしていました。隊員たちは、フルートたちがあまりに幼いので、本当に勇者なのかと心の中で疑っていたのでした。

「……あいわかった。わしらは詰め所で待機していることにしよう。これを」

 とシオン隊長が銀の呼び子を子どもたちに差し出しました。

「何かあったら、必ずこれを吹かれよ。わしらはすぐに駆けつけるから」

「ありがとうございます」

 とフルートは丁寧に頭を下げ、ゼンが呼び子を受け取って首にかけました。

「フルートはもう金の石のペンダントを下げてるからな。こいつは俺が担当してやる」

 とゼンが言いました。

 シオン隊長たちは、くれぐれもお気をつけて、と言い残し、何度も子どもたちを振り返りながら袋小路から出て行きました。

 

 近衛隊が行ってしまうと、ふふん、とゼンが笑ってフルートを見ました。

「ぼくらの力を信じられないんですか、か。言うじゃないか」

 フルートはまた肩をすくめました。

「だって、ああでも言わないと隊長さんが引っ込んでくれないんだもの。このうえ、あの人たちまで守って戦うなんて、できっこないよ」

 それを聞いてゼンは吹き出しました。天下のエスタ王国の近衛隊も、金の石の勇者にかかると形無しです。

「ワン。これからどうするんですか?」

 とポチが尋ねました。

「風の犬が現れたら、この袋小路に誘い込むんだ」

 とフルートは答え、仲間たちを改めて見回しました。

「この中で風の犬に攻撃されても平気なのは、ぼくだけだ。だから、道の入り口にはぼくが立つ。ゼンとポポロとポチは、薪小屋に隠れて、そこから風の犬を狙うんだ。……どうすれば風の犬を攻撃できるのかはわからないけど、でも、とにかく、できることをやってみよう」

 すると、ゼンが言いました。

「手応えは確かにあったんだ。あの怪物だって無敵じゃないってことだぜ。必ず、どこかに弱点はあるはずだ」

 ゼンは腰のショートソードに手をかけていました。今夜は弓矢でなく、この剣で勝負するつもりなのです。

「あたしは……風の魔法を使ってみるわ」

 とポポロが言いました。

「あれは風の生き物なんですもの。同じ風の攻撃なら効くかもしれないと思うの」

 夕食を食べながら、ポポロは一生懸命そんなことを考えていたのでした。

「ワン。ぼくはポポロにつきます。それから、同じ犬として、何か弱点が見つからないか、よく観察してみます」

 小さいポチも、自分にできることを精一杯考えていました。

 フルートはうなずき返しました。

「よし、配置につこう」

 子どもたちはいっせいに袋小路の中を動き始めました。

 ゼンが薪小屋の中の薪を寄せて足場をよくします。ポポロとポチが中に入り込んで、扉が閉まるかどうか確かめます。

 フルートは道の入り口に走り、大通りを見渡しながら炎の剣を抜きました。人気のない通りを、月が明るく照らしています――。

 

 すると、フルートの横にゼンが来て、並んで立ちました。

「俺もこっちにするぜ」

 フルートは驚きました。

「ダメだよ、ゼン! 君はポポロたちと一緒にいなくちゃ。ここはぼくの持ち場だよ」

 すると、ゼンはフルートをにらみ返しました。

「俺だってノームのじいさんが強化してくれた防具を着てるんだぞ。風の犬を迎え撃てるさ」

「だって、君のは胸当てじゃないか! 体は守られていても、他の場所は無防備なんだよ!」

「それがどうした。胴と首さえ切られなきゃ即死はしないんだ。なんとかなる」

「金の石が間に合わなかったらどうするのさ!? いくら金の石でも、死んでしまったらもう生き返らせることはできないんだよ!」

「うるせえ! 危険なのは、おまえも同じだろうが! 魔法の鎧だって完璧なわけじゃないんだ。おまえひとりにやらせられるもんか!」

「ゼン!!」

 二人の少年は激しく言い合いました。フルートは焦って必死でしたし、ゼンのほうも頑としてその場から引こうとしません。

 奥まった小屋の中では、ポポロとポチが、おろおろしながらその様子を見ていました。二人のところへ駆けつけたものかどうか、それさえよくわかりません。

 

 そのとき、ひょうっと通りを風が吹き抜けて、遠くから獣の声を運んできました。

 フルートとゼンは、たちまち言い争いをやめて、ばっと身構えました。

 獣の低いうなり声が、こちらに向かって近づいています。

 二人は手に手に剣を構えて、通りの向こうを見つめました――

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