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第2巻「風の犬の戦い」

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27.ノームの鍛冶屋

 翌日、西の空があかね色に染まる頃、シオン隊長の屋敷の前に一台の馬車が停まって、とても小柄な老人が飛び下りてきました。

「いよう、小さな勇者たち、待たせたな! 鎧と盾の修理がすんだぞ!」

 ノームの鍛冶屋のピランでした。一日中じりじりと待ち続けていたフルートとゼンは、歓声を上げると、部屋に老人を招き入れました。老人に続いて、数人のノームたちが防具を運び込んできます。

「うわぁ……!!」

 フルートとゼンはまた歓声を上げてしまいました。

 フルートの鎧は、どこに傷が付いたのかわからないくらい、跡形もなく復元されていました。しかも、銀色だった鎧兜は、光り輝く金色に変わっています。

「魔金で全体をメッキしておいてやった。これで強度はダイヤモンド以上になったぞ」

 とノームの老人は得意そうに言いました。

「それから、風の魔法も組み込んでおいた。もう風の攻撃には、びくともせんはずだ。むろん、地の魔法と火の魔法も前と変わらず組み込んであるから、どんな攻撃にも無敵だ」

 フルートは、さっそく魔法の鎧を着込んでみました。以前と同様、身につけると吸い付くように体にぴったりの大きさになって、重さを少しも感じません。全身金色になったフルートを見て、ゼンがうなずきました。

「いいな。いかにも金の石の勇者って感じだぜ」

 金の兜をかぶると、フルートの顔だけがのぞきます。それを見て、ポチがちょっと心配そうに言いました。

「ワン、やっぱり顔は見えるんですね……。ぼく、顔も守られるようになればいいのに、って思ったんだけど」

 魔法の鎧の唯一の弱点は、むき出しになっている顔の部分です。暑さ寒さを防ぐことはできても、剣や打撃といった直接の攻撃は防ぐことができないのでした。

 すると、ノームの老人が答えました。

「むろん、顔も強化できるぞ。なにも飲み食いできず、呼吸もできなくてかまわん、と言うのであればな」

 皮肉っぽい言い方でした。少年たちが思わず顔を見合わせると、ノームの老人は続けました。

「強化すると言っても、それぞれの武器や防具にはそれぞれの特性があり、限界というものがあるんだ。なんでもかんでも、むやみに強化できるというわけではない。兜の守りを完璧にしてしまえば、外からは何も入ってこられなくなる。つまり、空気も、食べ物も水も、まったく入らなくなるんだ。そんな状態で人間が生きていけるはずがあるまい?」

 それを聞いてポチはしゅんとなり、フルートとゼンは困ったような顔になりました。魔法の鎧の弱点は十分わかっていましたが、改めて、どうすることもできないのだと言われると、なんだか不安な気持ちがしてきます。

 すると、ノームの老人は、ふん、と鼻を鳴らしました。

「顔をふさぐことはできんが、兜を外れにくくはしておいたぞ。作ってからずいぶん時間が経ったんで、留め具が甘くなっとったからな。それだけでもだいぶ違うだろう」

 フルートは深く頭を下げてノームに感謝しました。確かに、これまで何度も兜が脱げては危ない目にあってきていたからです。

 

「お、もしかして、これは俺のか!?」

 ゼンが、部屋に運び込まれてきた胸当てを見て声を上げました。細かい細工模様が入った鋼の胸当ては、鮮やかな青に染め上げられていたのです。続けて運ばれてきた丸い小さな盾も、同じ青い色に染まっています。ノームの鍛冶屋は、また得意そうな顔になりました。

「おまえの防具は魔法のサファイヤでメッキしておいた。元がなかなかいい防具だったからな。そっちの鎧ほどじゃないが、ずいぶん強度が上がったぞ。それと、今回の敵には役に立たんかもしれんが、ちょっとしたおまけも付けておいたわい」

 ゼンは青い胸当てを身につけ、青い盾を持つと、部屋の鏡の前で何度もポーズをとりました。

「へへへっ。かっこいいぞ、これ! 最高だ!」

 金色に輝く鎧のフルートと、鮮やかな青の胸当てのゼン、二人が並んで映る鏡の中は、ほれぼれするほど美しい眺めでした。

 

 最後に部屋に運び込まれてきたのは、フルートの盾でした。鏡の盾という名の通り、銀の鏡のように磨き上げられた丸い盾です。先に風の犬に付けられた傷はすっかり消えていましたが、盾全体がさらにガラスのような透明なものにおおわれているのを見て、ゼンが驚いた顔をしました。

「じいさん、これ、もしかして……聖なるダイヤモンドか?」

「おう、わかったか! さすがに見る目があるな、ドワーフの坊主」

 とノームの鍛冶屋は上機嫌になりました。

 うひゃぁ、とゼンは声を上げると、フルートにしがみつきました。

「おい、すごいぞ。聖なるダイヤモンドってのはな、魔金よりもっと希少価値の高い、すごい魔法石なんだ。はっきり言って、ものすごく高い! ちっぽけなかけらひとつで、魔金が山ほど買えるんだぞ。それを、こんなに惜しげもなく使ってるなんて……!」

「わしがこれまで集めてきた聖なるダイヤモンドを、ありったけ使ったわい。それに盾に細工をして、大きさが変わるようにしておいた。戦いに合わせて適当に大きさが変えられるぞ」

 と誇らしそうに老人が言います。

 フルートはとまどってしまいました。

「すごく嬉しいです……でも……どうして、そこまでぼくたちにしてくださるんですか?」

 フルートたちは確かにエスタの人々のために風の犬と戦おうとしていますが、老人は、国王から少年たちの力になるように命じられたわけではありません。誰かから頼み込まれたわけでもありません。それなのに、老人は材料も手間も全部無償で提供して、防具を強化してくれているのです。

 すると、ノームの鍛冶屋は、にやっと笑いました。

「わからんのか? おまえたちには、道具たちの声が聞こえんのだな」

「道具たちの声?」

 少年たちは思わず聞き返しました。

「そうとも。道具には皆、心がある。そして、ことばも持っている。まあ、わしらが話すこのことばとはまるで違っているがな。わしにはそれが聞こえるのよ。おまえたちの防具は口を揃えて言っておったぞ。もっと強くなりたい、おまえたちを守りたいんだ――とな」

 フルートとゼンは、思わず自分たちの防具を見ました。鎧や胸当ては、窓から差し込む夕日に、ただ静かに光り輝いています。

 老人が続けました。

「久しぶりだったな、主人をそこまで気に入っている道具たちに出会うのは。正直言えば、わしには国も世の中もどうでもいいんだが、道具どもの声にだけは応えてやりたいんでな。ちょいと奮発してやったのよ」

 フルートたちは、ことばを失ってしまいました。思いもかけない場所に自分たちの味方を見つけた気分でした。

 かっかっ、とノームの老人は声を上げて笑いました。

「わしが手がけた防具は強いぞ。戦ってみれば、すぐわかる。楽しみにしとれよ!」

 

 そこへ、部屋のドアを叩いて、ポポロが顔をのぞかせました。ポポロは、ノームの鍛冶屋が到着する前から自分の部屋にひとりでいたのでした。

「まあ……!」

 ポポロはフルートとゼンの防具を見ると、顔を輝かせて部屋に入ってきました。

「素敵ね! ふたりとも、すごく強そうになったわ!」

 ところが、そう言うポポロ自身がいつもの服ではなく、裾の長い黒い衣を着ていたので、少年たちは目を見張りました。トーガと呼ばれる長衣で、夜を思わせるような真っ黒な生地が、光の加減で小さな輝きを放っています。……フルートが初めて花野でポポロに出会ったときに着ていた服、旅立ちの日にエルフが「忘れ物だ」と言って手渡してきた服でした。

「それ……」

 とフルートが見つめると、ポポロは、ちょっと恥ずかしそうにほほえみながら答えました。

「うん、あたしの本当の服。魔法使いの正式な衣装なのよ」

「へぇ。なんかかっこいいぞ、おまえも」

 とゼンが言うと、フルートも大まじめでうなずきました。

「やっぱり、すごくきれいだよ。とてもよく似合ってる」

「え……」

 ポポロはふいに真っ赤になりました。フルートが黒い服のことをほめたのはわかっていたのですが、なんだか自分をきれいだと言ってもらったような気がしてしまったのでした。

 すると、ノームの鍛冶屋がずんずんと進み出てきて、黒い衣に顔を押しつけんばかりにして眺めました。

「ほぉぉ……こりゃ珍しい。星空の衣じゃないか。おまえさん、天空の民だったのか」

「天空の民!?」

 と子どもたちが驚いたので、老人も驚いた顔をしました。

「なんだ、知らなかったのか? 天空の国の魔法使いたちが着る魔法の服だぞ。ひとりずつに合わせて仕立てられるから、他の者が着ることはできないと聞いとるが」

 ポポロは両手を頬に当てました。

「ええ……ええ、そう……! この服は、あたし専用なの……。おじいさん、天空の国って……!?」

「ポポロは迷子なんです。自分の国がどこなのか、今まで全然わからなかったんです」

 とフルートが説明しました。

 老人はますます驚いた顔になると、長い灰色のひげをしごきました。

「そうさなぁ、わしも詳しいことはよく知らんのだが……なんでも、この世界には空を漂う魔法の国があって、そこには魔法使いだけが住んでいるんだそうだ。空を漂うと言っても、魔法の結界で守られているから、地上から見ることはできんし、例え空を飛び回っても見つけることはできん。だが、天空の民は空からこの世界を見守っていて、地上に悪しきものが迫ってくると、空を飛んで救いにやってくる、という話だ」

 ポポロはとまどいました。

「でも……あたしは森を歩いていたら、いつの間にかこの世界に来ていたんです。あたしたちの国は、空を飛んでなんていないし……」

「だから、わしは詳しいことは知らんのだ。だがな」

 ノームの老人は、今までとはちょっと違った目で子どもたちを見上げながらいいました。

「わしにこれほどの防具を作らせる勇者たちが、世の中に現れたんだ。世界に何かが迫っているのは間違いないんだろう。だとしたら、嬢ちゃんが天空の民だとしても、まったく不思議はないと、わしは思うがな」

 なんだか不思議な論理でしたが、ノームは大まじめでした。

 フルートはじっと考え込みました。その顔は、ノームに劣らず真剣です。

 

 やがて、フルートは目を上げると、仲間たちに向かって言いました。

「もうすぐ日が暮れる。町に怪物が現れるかもしれないよ。準備に取りかかろう」

 子どもたちはうなずき返すと、それぞれに、戦いの支度を始めました。防具の留め具を締め直し、武器を取り上げて身につけます。

「小さな勇者たちの上に、鍛冶の神と大地の女神の守護あれ」

 ノームの鍛冶屋が、低い声でそう祈ってくれました。

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