子どもたちはあっけにとられて、少しの間何も言えなくなりました。
刺客の頭がフルートたちを手伝うと言っています。とても信じられませんでした。
「馬鹿……言え!」
ゼンがようやく声を上げました。
「おまえはずっと俺たちの命を狙っていたじゃないか! どうして、そんなに態度を変えられるんだよ!?」
「さっきも言ったとおりだ。俺はエラード公からお払い箱にされたから、おまえらを殺す必要がなくなった。俺が誰を手伝おうが、もう俺の自由なのさ」
「冗談じゃない! そんなの信じられるか!」
すると、黒ひげの男はゼンをじろっとにらみました。
「俺はおまえと話しているんじゃない。そこの金の石の勇者に言っているんだ。――どうだ、俺を仲間に入れてみないか?」
そう尋ねられて、フルートは相手を見つめました。黒ひげの男は、ずぶぬれになった体から雨の滴をたらしながら、じっとフルートを見つめ返しています。
フルートは口を開きました。
「どうしてそんなことを考えるようになったのさ。ぼくたちが戦うのは謎の殺人鬼だよ。命の保証はないんだよ」
「いや、戦闘の方はおまえらに任せておく」
と黒ひげはあっさり言ってのけ、目を丸くした子どもたちにさらに言いました。
「俺にできるのは情報収集だ。蛇の道は蛇、と言ってな。普通ではまず耳に入らんようなことも、俺たちの間ではちゃんと伝わっていくのよ。……おまえら、ゼイールの町で殺人鬼と戦って追っ払っているだろう? あの宿の亭主は客から金目のものを巻き上げることで有名な悪党なんだが、そいつが紙みたいに青ざめて、すっかりおとなしくなっちまってるぞ。しかも、宿を壊したのは実は殺人鬼じゃなく一つ目の巨人で、その巨人は殺人鬼に殺された後、跡形もなく消えていったというじゃないか。これを聞けば、次の朝に旅立ったという子どもの一行がおまえらだったんだろうと予想はつく」
黒ひげの男は、微笑さえ浮かべながら、面白そうに話し続けていました。
「俺はな、おまえらが闇の森に入っていったときに思ったのさ。あの死の森を抜けてきたら、おまえらは紛れもなく本物の勇者の一行なんだろう、とな。そして、本当におまえらは闇の森を抜けてきた。おまけに、今まで誰ひとりかなわなかった謎の殺人鬼と戦って、そいつを撃退している。なかなか面白いぞ、本当に。俺はクビになって、とりあえずやることもないんでな、おまえらのすることに手を貸してみるのも一興だと思ったのよ」
「だから自分を信用しろ、と言いたいわけ?」
「そうだ」
フルートの青い目と男の黒い目が、真っ正面から見つめ合いました。
しばらくの沈黙の後、フルートはロングソードを鞘に収めました。
「わかった。入っていいよ」
「フルート!!」
ゼンとポチとポポロが同時に声を上げました。
すると、フルートは黒ひげの男を見つめながら続けました。
「ただし、おかしな真似は絶対に許さない。もし、少しでもぼくの仲間たちに危害を加えるようなそぶりを見せたら、そのときには遠慮なく炎の剣をお見舞いするよ」
「ふん。おまえじゃなく、おまえの仲間たちにおかしな真似をしたら許さないというわけか。本当に、おまえはあきれるくらい勇者だな、坊主」
と黒ひげが笑いました。特に不愉快に感じている様子も見えません。
「ぼくはフルートだ。そっちにいるのがゼンとポポロ、そしてポチ」
「俺はジズだ」
そう名乗って、男は窓の内側に滑り降りてきました。後ろ手に窓を閉めると、とたんに雨音が遠ざかって、部屋は静かになりました。
奇妙な取り合わせでした。
先に子どもたちの命を狙い、もう少しでフルートを殺すところだった男が、今は仲間として部屋の中にいます。
ポポロとポチは緊張した顔で男を見つめ続け、ゼンも弓矢を手放そうとしません。ただ、フルートだけは、荷物から手ぬぐいを取り出すと、それを放ってやりました。
「おお、ありがとうよ」
ジズはずぶ濡れた体のまま、どっかり部屋の椅子に腰を下ろすと、手ぬぐいで頭や顔を拭きました。ふてぶてしいほどの落ちつきぶりです。そうしながら、ジズは言いました。
「さあ、時間も惜しい。おまえらが調べてほしいことを言ってみろ。さっきも話したとおり、俺にできるのは情報収集だ。おまえらが知りたいことを調べてきてやる」
「風の犬について」
とフルートは答えました。
「風の犬? それがあの殺人鬼の正体なのか?」
「うん。ポポロのふるさとで飼われている、魔法の生き物だ。でも、彼女のふるさとがどこにあるのか、ぼくたちにはわからない。どんなことでもいいから、風の犬を倒す手がかりを知りたいんだ」
「ふぅん、魔法の生き物ねぇ」
とジズはつぶやくと、ふと、眉を寄せました。
「む……? どこかで聞いたことがあるような気もするな……」
そのまま、男はしばらく考え込んでいましたが、どうしても思い出せなかったようで、頭を振るとまた言いました。
「他には? 調べてほしいことはこれだけか?」
「うん」
フルートがうなずき返すと、ジズは立ち上がって窓に向かいました。
「何かわかったら知らせに来てやる。部屋の窓は鍵を開けておけ……俺を信用する気があるならな」
ついに弓矢を手放そうとしなかったゼンを見ながら、ジズは皮肉っぽく最後の一言を付け足しました。
フルートはジズに近寄ると、首から金の石のペンダントを外して男の体に押し当てました。ジズが、おっという顔をします。先に胸に受けたエルフの矢の傷が、たちどころに消えていったからです。
ジズは面白そうにフルートを見下ろしました。
「俺の傷を治したりしたら、俺がまたエラード公のところへ戻るとは考えなかったのか?」
フルートは男をまっすぐ見返しました。
「信用しろと言ったのはそっちだ。それに、調べるのには、体が自由になった方が何かと都合がいいだろう?」
それを聞くと、男は笑い出しました。
「違いない。確かに、これで身動きがとりやすくなった。礼を言うぞ。――じゃあな」
黒ひげの男は、入ってきたときよりもっと身軽に窓を乗り越えると、雨の降りしきる中へ姿を消していきました。
「あぁ……もう、まったく!!」
男の気配が遠ざかると、ゼンは弓矢を放り出して床にひっくり返りました。
「知るか、もう! おまえ、いつか必ずそのお人好しのせいで寝首をかかれるぞ!!」
「ごめん」
とフルートは言いました。さすがに今回はかなり危険な状況だったので、ちょっと小さくなっています。
「でもさ……ぼくたちにはどうしても情報が必要なんだよ。今のままでは、風の犬を倒すことができないんだもの。危ないと思っても、あえて信じなくちゃいけないときってあると思うんだ……」
「ああ、ああ、わかってるよ! リーダーはおまえだ、好きにしろよ! その代わり――」
ゼンはがばと起きあがると、フルートを引き倒すようにして、その首根っこをつかまえました。ドワーフのゼンに力ではまったくかないません。されるままでいるフルートに、ゼンはどなるように言い続けました。
「あいつが来たときには、絶対におまえひとりで会うな! 必ず、俺のいるところで会え! もしも、あいつがおまえに何かしようとしたら、その瞬間に、あいつの心臓をエルフの矢で撃ち抜いてやる!」
「ゼン……」
フルートは思わず何も言えなくなりました。刺客を部屋に招き入れて仲間たちを危険な目にあわせたのに、一言もそれを責めないどころか、フルートの身の安全だけを心配してくれる友人に、胸がいっぱいになります。
「……ありがとう」
フルートはゼンの首にしがみついて、やっとそれだけ言いました。
ゼンは渋い顔をしながらも、フルートの体に腕を回しました。
「ったく。もう少し自分のことも考えろよな。いつだって他人のことばかり心配しやがって。俺に言わせりゃ、一番危なっかしいのはおまえだぞ」
ポチとポポロは、ゼンとフルートが喧嘩のようになりかけたので、はらはらしながら見守っていましたが、その様子に胸をなで下ろして前に出てきました。
「ワン。ぼくもしっかり注意していますよ。ぼくは人間より耳がいいから、たくらみごとをしていたらきっと聞きつけます」
「あたし……あたしは、魔法でみんなを守りたいわ……」
ポポロが、ひどく思い詰めた顔でそう言ったので、少年たちは思わず彼女を見ました。ポポロが自分から、魔法を使いたい、と言ったのは初めてのことでした。
「ポポロ?」
とポチが見上げると、少女は真剣そのもので言い続けました。
「今も、あの人がいる間、ずっと考えていたの。あの人が襲いかかってきたら、どんな魔法を使ったらいいんだろう、どうしたらみんなを守れるだろう、って。初めてよ、こんなこと考えたの……」
それから、少女はちょっとためらい、自分の右手を見つめました。
「ホントは、魔法を使うのは今でもとても怖いわ。だけど、フルートもゼンもポチも、いつも、すごく一生懸命なんだもの。あたしも、守ってもらうだけじゃなく、みんなと一緒に戦いたいわ……。確かに、あたしは一日に一度しか魔法が使えないし、すごく下手くそで思い通りにもできないんだけど……でも、あたしは魔法使いなんだもの。きっと、あたしにだって、何かできることがあると思うの」
それを聞くと、ポチは嬉しそうに尻尾を振りました。
「ワン、そうですよ。ぼくたちにだって、きっと役に立てることはあるんです。自分にできることを探したら、きっとね」
「うん……。あたし、がんばってみるわ」
ポポロはひざまずいて、ポチの小さな体を抱きしめました。
フルートは、ゼンと笑顔を見合わせると、仲間たちに言いました。
「さあ、それじゃ、もう寝よう。明日にはこの雨も上がるんだ。明日の夜には、風の犬と対決になるかもしれないよ」
「おう。まずは食え、そして寝ろ――だ!」
ゼンのことばに子どもたちは声を上げて笑い、そして、それぞれの寝場所に横になりました。間もなく、静かな寝息が聞こえ始めます。
降りしきる雨の音は窓の外からいつまでも聞こえていましたが、子どもたちは眠りを妨げられることもなく、朝までぐっすり眠り続けました。