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第2巻「風の犬の戦い」

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24.回廊

 「ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう!!」

 大広間の外の回廊に出るなり、ゼンが地団駄を踏んでわめき始めました。

「なんだってんだ、まったく! なにが三人の勇者だ。人を馬鹿にしやがって! おい、フルート! なんであんなヤツらに好き勝手言わせておくんだよ!?」

「落ちつけよ、ゼン」

 フルートは苦笑しながらたしなめましたが、それがまたゼンを怒らせました。

「おまえは、どうしてそんなに平気な顔をしてるんだよ!? おまえこそ、本物の金の石の勇者なんだぞ! それをあれだけコケにされて、悔しくないのかよ!? こんな国のヤツら、助けてやる必要なんかないぞ――!」

「ゼン!」

 たちまちフルートの顔と声が鋭くなりました。

「ぼくたちは、何をしにここまで来た? 怪物とそれを操っているやつを倒して、エスタの人たちを救うためだよ。金の石の勇者とたたえられて拍手してもらうためなんかじゃない!」

 思いがけなく厳しいフルートの調子に、ゼンは面食らってひるみました。

「で、でも……だけどよぉ……」

 弱々しい声になるゼンに、フルートは言い続けました。

「あの人たちが偽物なのはわかってるさ。だって、世間で語られてる金の石の勇者の一行にそっくりだもんね。あのライオネルって人たちに至っては、ぼくらの上を行くように仕立てられてる。きっと、エラード公が刺客からぼくたちのことを聞いて、わざとやったんだよ」

 エスタの国では、金の石の勇者は怪力の大男で、こびとたちや巨大なライオンやオオカミを従えている、と噂されているのです。オーダたちは噂とそっくりの一行でしたが、銀の鎧のライオネルたちの方は、むしろフルートの一行を真似てさらに格好良くしたように見えました。

「それだけわかってるんなら、なんで――!?」

 とまたゼンが抗議すると、フルートはあっさり言いました。

「別にいいじゃないか、誰が怪物を倒したって。敵はものすごく強いんだからさ、立ち向かう人数は、多い方がいいに決まってるよ。あの人たちだって、金の石の勇者を名乗るくらいだから、腕に自信はあるんだろう」

「それであいつらが怪物を倒してしまったら、どうするんだ? あいつらの方が、本物の金の石の勇者になっちまうんだぞ!」

 とゼンがさらに食い下がると、フルートは急ににっこり笑って、自分の鎧の胸に手を当てて見せました。

「忘れてるよ、ゼン。勇者を決めるのは人じゃない。これなんだよ」

 鎧の奥には魔法の金の石があります。

「あの人たちが金の石の勇者を名乗るんなら、それでもいい。怪物や敵を倒してくれるなら最高さ。それでまたエスタは平和になるもんね。ただ、本当の金の石の勇者は、魔法の金の石が決めるものだ。それだけは誰にも変えられない。ぼくは、それだけで十分だよ」

 それを聞いて、ゼンは頭を抱えてしまいました。

「ったく……ほんと、おまえって変なところ潔癖で頑固だよな!」

「勇者だなんてたたえられるのが苦手なだけだよ。だって、ぼくはただの子どもだもの」

「どこが『ただの』子どもだ。全然子どもらしくないぞ!」

 とゼンはわめきましたが、フルートが相手では分が悪すぎました。ワン、とポチが吠えて口をはさんできました。

「しょうがないですよ、ゼン。フルートはこういう人なんだもの。だからこそ、金の石から勇者に選ばれたんだと思いますよ」

「ちぇ、わかったような口をきくな!」

 ゼンは子犬に飛びつくと、ギュッとはがいじめにして八つ当たりをしました。

 

 そこへ、大広間の扉からようやくシオン大隊長が出てきました。

 大隊長は居並ぶ子どもたちを見ると、これ以上ないくらい深く頭を下げて言いました。

「すまぬ……本当に、すまぬ! そなたたちには本当に不愉快な思いをさせてしまった!」

「別にいいけどよ。フルートがかまわない、って言ってるから」

 とゼンが不機嫌そうに答えました。

「あの二人の勇者は、数日前に相次いでこのカルティーナに現れたのだ。それぞれ、デルフォン卿とエラード公に招かれた、と言ってな。見ての通り、噂通りの姿をしているものだから、陛下もカルティーナ市民もすっかり信じてしまってな……。陛下が、二人ともを金の石の勇者と認めて、殺人鬼退治を命じる、とおっしゃっていたばかりだったのだ」

 そう言って、シオン大隊長は、ぎりぎりと歯ぎしりをしました。

「特に、あのデルフォンめ! 自分が連れてきたニセ勇者に殺人鬼を退治させて、自分が近衛大隊長になろうとしておる! 冗談ではない! 机の前に座って書類にサインばかりしてきたような奴に、隊員たちがついてくるものか! カルティーナの守りまで総崩れになってしまうぞ! 断じて、そんなことを許すわけにはいかんのだ!」

 それを聞いて、ゼンが肩をすくめました。

「まあ、おっさんたちにはいろいろ都合とかあるんだろうけどさ……俺たちは子どもなんだよな。そういう話はわかんねえや。それよか、殺人鬼って呼ばれてる怪物をどうやって倒すか、その相談のほうがしたいぜ」

「怪物に、ぼくたちは会ったんです。ゼイールという町で」

 とフルートも声を低めて言いました。シオン大隊長は目を見張りました。

「なんと……! では、その鎧の傷は……!?」

「その時に受けたものです。あれは風の怪物です。ここにいるポポロが正体を知っていました。風の犬という生き物なんだそうです」

「風の犬……?」

 シオン隊長が眉をひそめて、けげんそうな顔をしました。

「はて……どこかで聞いたことがあるような……?」

「彼女のふるさとで偉い人に飼われている魔法の生き物なんだそうです。本当はとてもおとなしいのだけれど、何者かに操られて人を襲うようになったみたいです」

「なんと。で、その操っている者というのは?」

「それはわかりません。風の犬を倒せば、本当の敵が姿を現すかもしれません」

 一同の間に緊張が走りました。

 そう、今は金の石の勇者が本物だ、偽物だと騒いでいる時ではありませんでした。謎の殺人鬼と呼ばれる怪物の陰には、さらに得体の知れない敵が潜んでいるのです。

 うぅむ、と大隊長がうなりました。

「これは容易ならぬことだな。エスタは怪物だけでなく、もっと大きな敵にまで狙われておったのか。フルート殿、近衛隊にできることがあれば何なりと言われよ。我々は力の及ぶ限り、そなたたちに協力するぞ」

「援軍はいりません。……とても普通に戦える敵じゃないんです」

 とフルートは風の犬が巨人や泥棒たちを襲った様子を簡単に話して聞かせました。大隊長はますます考え込む顔になりました。

「だが、それではフルート殿たちも危険ではないか。剣や矢がまるで効かず、魔法の鎧まで切り裂くような相手では、命の保証もない」

「風の犬の弱点が見つかるといいんですけど……でも、やるしかないです。今夜、ぼくらは城下町に出て、風の犬を待ち受けます。それまでに、なにかいい作戦がないか考えてみます」

「いや、それは無理であろう。今宵は大雨が降る」

 とシオン隊長が言いました。

「大雨?」

「そうだ。城の占い師が言っておる。他のことはともかく、天気だけはよく当てる占い師だから、間違いなかろう。雨が強く降るときには、殺人鬼はまず現れんのだ」

 それを聞いて、フルートはつぶやきました。

「風の犬は雨が苦手なのかな……?」

 

 そのときです。ふいにポチが背中の毛を逆立てると、回廊の壁に向かって、ウーッとうなり出しました。

「そこに隠れているのは誰だ!? 出てこい!」

 皆は、はっとしてポチのにらむ先を見ました。彼らの目には何も見えません。けれども、ゼンはすぐさま背中から弓を下ろして矢をつがえました。

 すると、ただの壁と見える空間から、甲高い声を聞こえてきました。

「待て待て、ちょっと待て、あわてるな……! 今出て行くから、撃つんじゃない!」

 そんな声と共に、壁からしみ出してくるように現れたのは、不思議な緑色の服を着た、小さな老人でした。身長はたった六十センチ足らず。灰色のひげは床に届くほど長く、しわだらけの顔をしていますが、その黒い瞳は意外なくらい強く輝きながら子どもたちを見上げていました。

 こびとの老人を見たとたん、シオン隊長が声を上げました。

「ピラン殿ではないか! こんなところで何をしておられる?」

 すると、ピランと呼ばれたこびとは、頭をそらして威張って答えました。

「何をとはごあいさつだな。わしは鍛冶屋だ。大勢の勇者が城に来たというので、その武具を鑑賞しにまいったのよ」

 シオン隊長は冷や汗をかきながらフルートたちに言いました。

「いやはや、失礼つかまつった。これにいるのは、城の鍛冶場の長でな、ノームのピラン殿と言われる。……ピラン殿、隠れて立ち聞きとはよろしくありませんぞ」

「失敬な。わしは立ち聞きなどしてはおらんぞ。わしはただ、そこにいる小さな勇者の鎧がよく見たかっただけだ。おぬしらの話など、興味もないわい」

 そして、こびとの鍛冶屋はつかつかとフルートに近づいてくると、魔法の銀の鎧を眺め回して言いました。

「やっぱりそうだ……これはわしが作った鎧だぞ! 先代がまだご存命の頃、となりのロムド国と和平を結ぶというので、友好のしるしとしてロムドの皇太子に献上した品だ。鎧の強度を上げるのに、えらく苦労してな、完成させるまでに丸一年以上かかったんだ」

 こびとは愛しそうに鎧をなで回すと、じろりとフルートを見上げました。

「おまえは皇太子ではなかろう。何故おまえがこれを着ているのだ。しかも、この傷はなんだ。この鎧を傷つけられるものがこの世にあったというのか?」

 フルートは、ノームの鍛冶屋に急にいろいろ言われて、すぐには返事ができないでいましたが、ようやくこれだけ言いました。

「ロムド国王が、ぼくにこれをくださいました……この鎧は、あなたが作ったものだったんですか?」

「そうだ。火の魔法と地の魔法を組み込み、ありとあらゆる攻撃から主人を守るようにしてある。その鎧に傷がついていたんで、本当にわしが作ったものかどうか疑っておったんだが、やはり、間違いなかったな。これに傷をつけたのはどこのどいつだ?」

 ノームの鍛冶屋にとって、鎧が皇太子から別の者に与えられたことなどは大したことではなく、最強の鎧が傷ついた理由だけが一番の関心事のようでした。

 フルートは答えました。

「風の犬です。風の怪物です」

「風か!」

 ノームが天を仰ぎました。

「そうか……そう言えば、風の守りは組み込まなかったな! うーむ、そうか! よし、わかった!」

 そう言うと、ノームはちょこちょこと小走りに廊下を走り始め、すぐに立ち止まって子どもたちを振り返りました。

「おい、何をやっとる! 早くついて来んか!」

「ど、どこへ行かれるのです、ピラン殿?」

 シオン隊長が目を白黒させながら尋ねると、ノームはどなるように答えました。

「決まっているだろう! わしの仕事場だ! 鎧を修理しなくちゃならん。ついでに強化だ。わしの鎧が風に負けるなど、断じて許せんからな!」

 子どもたちは顔を見合わせました。ノームの鍛冶屋がまたどなります。

「さっさと来んかい、チビども!」

「はいっ!!」

 子どもたちは笑顔になって返事をすると、自分たちの半分の背丈もないこびとについて走り出しました。防具が強化されるという話に、急に目の前が明るくなってきた気がしました――。

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