金の石の勇者が三人いる、とエスタ国王に言われて、フルートたちは驚いて何も言えなくなりました。
壇上に立つ他の勇者たちは、見るからに立派な、鎧姿の大人たちです。大広間に居合わせる人々が子どものフルートたちを見てあざ笑ったはずでした。
すると、シオン隊長がまた声を上げました。
「恐れながら陛下……! そこにいる者たちは金の石の勇者などではございません! ここにいる少年たちこそ、まことの金の石の勇者! お信じくださいませ!」
「見苦しいぞ、シオン殿!」
壇上から罵声が飛びました。くすんだ緑の服を着た男の人です。
「そちらこそ偽物なのは一目瞭然ではないか! 自分の立場を守りたいばかりに、苦しまぎれにどこの馬の骨ともわからぬ子どもを連れてくるとは、近衛大隊長も地に落ちたものだな。恥を知れ、恥を!」
たちまちシオン隊長は真っ赤な顔になると、歯ぎしりしながらどなりかえしました。
「恥を知るのはそなたの方だ、デルフォン卿! 偽の勇者をぬけぬけと陛下の御前に連れ込みおって! そんなに、この近衛大隊長の地位がほしいのか!?」
フルートとゼンは思わず顔を見合わせました。
これは大人同士の喧嘩です。身分とか地位とか名誉とか、そういったものが欲しいばかりに、国王に自分の方を引き立ててもらおうとして、おまえの勇者は偽物だ、いや、そっちこそ偽物だ、と言い合っているのです。子どもたちには、はっきり言って無縁の世界のできごとでした。
ゼンが顔をしかめてフルートにささやきました。
「ここを出ようぜ。これ以上こんな馬鹿騒ぎにつきあってられるか」
フルートもうなずきました。自分たちをここまで案内してくれたシオン隊長には悪いのですが、大人の権力争いに自分たちが使われるのはいやでした。自分たちは、こんなことのために来たのではないのですから。
ところが、子どもたちが立ち去ろうとしたとき、大広間中を揺るがすような男の声が上がりました。
「いい加減にしろよ、おふたりさん! 子どもらがあきれているぞ!」
デルフォン卿のすぐ後ろに立っていた黒い鎧の大男です。あまりの音量に、デルフォン卿とシオン隊長が驚いて黙ります。すると、大男が近づいてきて子どもたちにかがみ込みました。全身筋肉の塊のような、たくましい男です。
「これはまた、本当にかわいらしい勇者たちだな! 俺はオーダ! おまえたちと同じ、金の石の勇者だ。よろしく頼むぞ!」
体中がびりびりと震えるような大声で、あっけらかんと大男が言います。フルートたちは言い返すことも忘れて、男を見つめ返してしまいました。
すると、大男の後ろからふたりの小さな人たちがやってきて、キイキイと甲高い声を上げました。
「ご主人、ご主人、そんなことを言ってはなりませんぞ!」
「金の石の勇者が何人もいるわけがないではありませんか! まして、こんな子どもらが勇者のはずがない!」
黒い小さな鎧を身につけた、灰色のひげのこびとたちでした。ドワーフのゼンも「こびと」と呼ばれることがありますが、このふたりの男たちはゼンよりずっと小さくて、半分くらいの背丈しかありません。
「ノームだ……」
とフルートがつぶやくように言いました。ドワーフと同じように地の底に住み、鉱物を掘り出しては細工物を作ると言われている種族です。
さらに、のっそりと大きな白いライオンが近づいてきて、大男の足下にたたずみました。太い鎖がついた首輪をはめていて、鎖の端は大男が握っています。
ライオンが近づいてくると、ポポロが悲鳴を上げて後ずさりました。ポチがかばうように前に飛び出して、ライオンに向かってうなります。それを見て、オーダが笑いながら鎖を引きました。
「おお、すまんすまん。驚かせてしまったな。こいつは見た目は凶暴だが、俺の命令がなければ悪さはせんから安心しろ」
そう言って、オーダは、にっと笑って見せました。笑うと、恐ろしげな顔が愛嬌のある表情に変わります。
フルートは首をかしげて言いました。
「あなたは本当に金の石の勇者なんですか?」
「おい、フルート! なに馬鹿なことを言ってるんだ?」
ゼンがあわてたようにフルートの腕をつかみました。
オーダは愉快そうに声を上げて笑い出しました。
「おお、そうだとも! 俺たちは金の石の勇者の一行だ! このエスタの国を謎の殺人鬼から救うために、デルフォン卿に呼ばれてやって来たのだ!」
すると、壇上の奥から、また別の男の声が上がりました。
「だから、冗談はいいかげんにしてもらいたいと言うのだ。金の石の勇者が二人も三人もいるはずはないのだからな。偽物に金の石の勇者を名乗られるのは、はっきり言って不愉快なのだぞ」
物静かですが、ぴんと張りのある、よく通る声です。フルートと同じような銀の鎧を身につけた青年が近づいてくるところでした。背が高く、腰には見事なロングソードを下げています。
フルートは青年を見上げました。
「あなたも金の石の勇者だとおっしゃるんですね?」
「失礼な。私こそが、唯一の金の石の勇者だ」
と青年は、つんと答えました。気取っているように見えますが、とても美しい顔をした人なので、そんなしぐささえとても格好よく見えてしまいます。
「私は金の石の勇者ライオネル。エラード公の招きで、殺人鬼を倒すため、ここへやって来たのだ」
エラード公、と聞いてフルートたちは、はっとしました。刺客を放ってフルートたちの命を狙ってきた、国王の弟です。
壇上のさらに奥に、とても立派な服を着た男の人が立っていました。国王と同じ灰色の目をしていますが、王より引きしまった体つきをしていて、もっと堂々として見えます。それが、王弟エラード公でした。
「こんなに人目が多くなかったら、あいつにエルフの矢をお見舞いしてやるのに」
とゼンが歯ぎしりをして物騒なことをつぶやきました。
すると、銀の鎧のライオネルの後ろから、背の低い男が出てきました。がっしりした体つきをしていて、とげのついた鎧兜を身につけ、大きな戦斧(せんぶ)を背負っています。大人ですが、身長はゼンと同じくらいです。その姿を見たとたん、フルートとゼンは目を丸くしました。それは、まぎれもなく、本物のドワーフだったのです。
すると、ドワーフの方でも子どもたちをじろじろと見回し、ゼンに目を留めました。
「ほほう、坊主、おまえもドワーフか。どこの里の出身だ?」
「里?」
ゼンは思わず聞き返しました。ゼンが暮らしているのは険しい山の中です。「里」という言い方はあまりしません。
「俺は北の山脈の猟師のゼンだ」
と答えると、相手のドワーフは突然声を上げて笑い出しました。
「なぁるほど、自分の里を知らんとはおかしいと思ったら、臆病者の北の山のドワーフか! 地下の穴蔵に縮こまって暮らしていて、全然外に出ようとせんと聞いとったが、どうやら噂ほどではなかったらしいな」
「なに!?」
自分の町を侮辱されて、ゼンはかっとなりました。相手は自分の父親ほどの大人なのですが、面と向かってどなり返します。
「おまえは誰だ!? それこそ、どこの『里』のヤツなんだ!?」
「わしはイシアードの南にある、鋼の里のドワーフのバリガンよ。おまえのような世間知らずの山のドワーフには、聞いたこともなかろうな。傭兵稼業をしながら大陸中を転々と渡り歩いておったが、ここにおられるライオネル殿に出会って、金の石の勇者の一行に加わったのだ」
どうやらこの大陸の他の国には、ドワーフが住む別の「里」がいくつもあって、そこのドワーフたちは外の世界にも出かけているようです。ゼンにしてみれば初めて聞く他のドワーフの話でしたが、それよりも何よりも、偽物たちが金の石の勇者をかたっていることのほうが我慢できませんでした。
ゼンがさらにどなり返そうとすると、そこへ黒い毛並みの巨大なオオカミが割り込んで、いきなりゼンにかみついてきました。
「危ない!」
フルートはとっさにロングソードを抜いてゼンの前に飛び出しました。ポチも飛び出してきて、ワンワン! と激しく吠えたてます。ゼンは飛びのいて背中の弓矢を構えました。
「こら、ノワール」
銀の鎧の美青年がたしなめると、オオカミはすぐに牙をひっこめて、おとなしく青年の足下に戻っていきました。
「これこれ。勇者同士が喧嘩などするでない」
とエスタ国王が王座から声をかけてきました。状況がわかっているのかいないのか、相変わらず、ひとりだけのんびりした口調です。
シオン大隊長とデルフォン卿がほとんど同時に声を上げました。
「陛下、お信じください! あそこにいるフルート殿たちこそ、本物の金の石の勇者です!」
「陛下、こちらのオーダ殿がまことの金の石の勇者。惑わされませぬよう!」
すると、王の弟のエラード公も、重々しく口を開きました。
「いかさま。ここにおられるライオネル殿こそ、真の金の石の勇者であるぞ。エスタ国民を救うために、はるばるやってこられたのだ」
三人の重臣が連れてきた三組の勇者たちが、壇上で対立し合っています。
すると、エスタ国王は太った体を椅子の中でゆすって笑い出しました。
「はてさて、まことに面白い状況じゃのう……! 正直、わしにも誰が本物の金の石の勇者か、とても見分けがつかん。そうじゃな……では、こういうことにいたそう。三組の勇者は、それぞれ謎の殺人鬼に立ち向かってみるがよい。みごと殺人鬼を捉えたり、やっつけたりした者が、真の金の石の勇者じゃ。これでどうじゃ? 名案じゃろう?」
「ちっ。国王なんかが勝手に金の石の勇者を決めるなってんだ」
ゼンが不愉快そうにつぶやきましたが、フルートはすぐに片膝をついて頭を下げました。
「けっこうです。さっそく今夜、町に出て殺人鬼を待ち受けることにします」
殺人鬼の正体が風の犬の怪物だということを、フルートは言いませんでした。なんとなく、この場でそのことは言わない方がいいような気がしたのです。
黒い鎧のオーダも、銀の鎧のライオネルも、深々と頭を下げて言いました。
「承知した」
「陛下の御意のままに」
わーっと大広間中からまた歓声が上がりました。謎の殺人鬼を倒そうとする勇者たちを、口々に誉めたたえ、拍手を送っています。……けれども、人々の期待は二人の大人の勇者たちの方に向けられていて、誰も子どもたちに向かって拍手をする人はいませんでした。
拍手と歓声はいつまでも続いています。子どもたちはそっと壇上のはずれの扉をくぐると、大広間から抜け出しました――。