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第2巻「風の犬の戦い」

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19.泥棒

 夜中の十二時少し前、フルートたちは宿の部屋の中で準備を整えていました。

 テーブルの上に一本だけ立っているロウソクを頼りに、フルートが鎧兜を身につけ、背中に二本の剣を背負います。普段はめったにつけない鏡の盾も、左腕に装備しました。

 ゼンはさっきからずっとカーテンの隙間から窓の外を眺め続けていました。窓は街道に面していますが、街道には灯りひとつありません。夜の闇に紛れて現れる殺人鬼を恐れて、どの家も早くから灯りを消して眠ってしまっているのです。

 ポポロはベッドに座ってフルートを見つめていました。心配そうなまなざしですが、声に出しては何も言いません。宿の中もしんと寝静まっていて、音を立てるのさえ気づかう雰囲気だったからです。

 装備の整ったフルートが、最後に魔法の金の石を確認しました。石は薄暗闇の中で柔らかく光っています。それを見ると、子どもたちは何だかほっとして、気持ちが落ち着いていくような気がしました。

 それじゃ行ってくるよ、と言うように、フルートは仲間たちにうなずいて見せました。この後、フルートは窓から外に出て、街道の真ん中で通り魔を待ち受けようというのです。ゼンが、気をつけろよ、と目でうなずき返します。その背中にはエルフの弓矢を背負っています。狙ったものは外さず、矢も尽きることがない魔法の武器です。

 ところが、いよいよフルートが抜け出そうと窓に手をかけたとき、ポチがぴくっと耳を動かしました。

「ワン、誰か廊下を近づいてきます」

 ごく低い声でポチが言いました。

 子どもたちははっとして動きを止めました。ゼンが素早くテーブルに近づいて、ロウソクの火を吹き消します。真っ暗になった部屋の中で、子どもたちは音を立てずに様子をうかがいました。

 

 三人の男たちが忍び足で子どもたちの部屋に近づいていました。二人は見知らぬ男ですが、もうひとりはこの宿の主人です。手にロウソクが立った台を持ちながら、他の二人を案内しています。

「本当にガキどもなのか? いくつくらいだ」

 と男のひとりが、やっと聞き取れるくらいの低い声で言っていました。宿の主人がそれに答えます。

「せいぜい十か十一というところだ。変に大人びたしゃべり方はするがな……。ありゃあ、親無しの子どもらだ。どこからか大金を盗んできてやがる」

「盗んだ金なら、いただかれても文句は言えねえな」

 と別の男が言いました。低く笑っています。

 すると、宿の主人が警告するように言いました。

「ガキのひとりは鎧を着て剣を持っている。もうひとりはドワーフだ。ガキだが、やたらと力が強い。あとは女の子と犬が一匹。犬はまだほんの子犬だ」

「ガキなんだろう? 寝込みを襲えばイチコロだ」

 と言って、先を行く男は腰の剣に軽く触れて見せました。剣呑な笑いが顔に浮かびます。もうひとりの男も同じように笑って、自分の剣をそっと叩いて見せました。

 廊下の途中で主人が立ち止まり、持っていた灯りと合い鍵を差し出しました。フルートたちの部屋の鍵です。剣を持った男たちは黙ってそれを受け取ると、一番奥の部屋に向かって、いっそう足音をしのばせて歩き出しました。

 

 けれども、このやりとりの一部始終を、ポチがしっかり聞き取って仲間たちに伝えていました。ポチは犬なので、人の何倍も耳が良いのです。

「やっぱりな。あの主人、絶対なにかたくらんでると思ったんだ」

 とゼンが息巻きました。が、それでも声は押し殺したままです。

 フルートは思わずため息をつきました。そういえば、北の街道を旅したときにも、大金を持った子どもだと目をつけられて、盗賊団に襲われたことがありました。今のフルートはあのときより数段強くなっているし、心強い仲間たちも一緒にいるのですが、できれば人間とは戦いたくありませんでした。

「ど、どうするの……?」

 ポポロが震えながら尋ねてきました。賊が廊下を忍び寄ってくる気配が、子どもたちにも感じられるようになっていました。

 フルートは、闇の中でポポロを見返しました。

「いい方法がある。ポポロ、魔法で幻は作れるかい?」

「ま、幻? 何の?」

「なんでもいいんだけど、できるだけ見た目が恐ろしそうなのがいいな。泥棒どもが見ただけで逃げ出すようなやつ」

 ははーん、とゼンがうなずきました。

「幻を見せて追っ払おうって言うのか。いいかもな。ポポロ、サイクロップスはどうだ? 闇の森で何度も見かけただろう」

 サイクロップスというのは、一つ目の巨人です。大人の倍以上の背丈があり、全身岩のような筋肉をしています。太い棍棒を手に闇の森をうろうろしていて、危険きわまりなかったので、子どもたちは見かけるたびに巨人が行き過ぎるまで隠れていたのでした。

「み、見たことがあるものなら、たぶんできると思うわ……」

 とポポロが言ったので、子どもたちはすぐにベッドの後ろに隠れて賊を待ち受けました。

 ドアの前で足音が止まりました。様子をうかがうような沈黙の後、鍵を差し込んで回す音が闇の中に響きます。

 キキィ……

 ドアがかすかにきしみながら開きました。

 

 男が二人部屋にすべり込んできました。後ろ手にドアを閉めて、部屋の中を見回します。

 すると、灯りを持っていたほうの男が声を上げました。

「ガキどもがいないぞ!」

 その瞬間、フルートはポポロにささやきました。

「今だ」

 ポポロがベッドの陰から右手を伸ばし、口の中で呪文を唱え始めました。

「ローデローデシロボマローデ……」

 その声に灯りが子どもたちに向けられました。

「そこか!」

 フルートとゼンはベッドの後ろから立ち上がりました。とたんに、男たちの笑い声が上がりました。

「なんだ、こんなチビどもか! 造作もないな」

「びびって剣も抜けないでいるぜ。ほれ、チビども。有り金全部よこしやがれ。そうしたら命だけは助けてやるぞ」

 フルートは男たちを見返すと、きっぱりと答えました。

「悪党にやるような金はないよ」

「なんだと!?」

 強盗たちがたちまち凶暴な顔つきに変わって剣を抜きます。そのとき、ポポロの呪文が完成しました。

「ローデンジョキメツトヒローデ!」

 たちまち、部屋の真ん中に淡い光がわき起こり、それがふくれあがって、見上げるような人の姿になっていきました。筋肉の盛り上がった半裸の体に毛皮の服をひっかけ、太い樫の棍棒を握った巨人が現れます。その顔の真ん中には、大きな一つ目がギョロリと光っていました。

「う、うわぁぁぁぁ!!!」

 男たちは腰をぬかさんばかりに驚いて、大あわてでドアに向かいました。その後を巨人がのそりと追いかけていきます。足音が響いてきそうなほどリアルな幻です。

「……え?」

 ふと、フルートは眉をひそめました。本当に巨人が歩くたびに地響きが体に伝わってきたのです。

 幻の巨人が太い腕を振り上げました。今まさにドアを開けて飛び出していこうとする男たちに向かって、樫の棍棒を振り下ろします。

 バキィ! ベキベキベキ……!!!

 すさまじい音を立てて、ドアと壁が木っ端みじんに砕けました。

 子どもたちは息をのみました。ポポロが真っ青になって立ちすくみます。

 フルートが剣を抜きながら言いました。

「幻じゃない! 本物だ!」

 ポポロは、幻ではなく、本物のサイクロップスを呼び出してしまったのでした。

 

 テーブルに置かれた灯りの中で、巨人がうごめいていました。男たちが棍棒をよけて窓に向かって走り出したのを見て、再びその後を追いかけます。

 フルートたちは、あわててベッドの陰に身を伏せました。

「どうしよう、どうしよう……!」

 ポポロは今にも泣き出しそうになっていました。

 巨人が追いつき、男たちに棍棒を振り下ろします。けれども、また狙いがはずれて、今度は窓が粉々に砕け飛びました。

 壊れた入り口に宿の主人が飛んできて、すっとんきょうな声を上げました。

「ななな……なんだこりゃあ!?」

 部屋を壊して大暴れしている巨人を見て、そのまま立ちつくしてしまいます。

 サイクロップスが振り返り、一つ目でギョロリと主人を見ました。

「いけない!」

 フルートはロングソードを構えて巨人の前に飛び出していきました。主人をかばうように立ちふさがります。

「ったく、あのお人好し! 悪党なんかほっとけよ!」

 ゼンはぷりぷりしながらベッドの上に飛び上ると、弓を構えました。今まさにフルートに振り下ろそうとしていた腕に、エルフの矢を放ちます。巨人の悲鳴が上がり、棍棒が床に落ちてめり込みました。

 その隙に、フルートは巨人に切りかかっていきました。手応えがあって、血しぶきが飛びます。巨人はまたすさまじい悲鳴を上げ、狂ったように腕を振り回しました。フルートと宿の主人は、あっという間に巨人に払い飛ばされて、部屋の壁に叩きつけられました。

「フルート!!」

「ワンワン! フルート!」

 ポポロとポチが声を上げます。

 

 ――その時です。

 壊れた窓の外から、たまげるような悲鳴が上がりました。

 いつの間にか部屋から外に逃げ出していた泥棒たちの声でした。絶叫が町中に響き渡り、尾を引いて消えていきます。

 そして、窓の外の夜の中を、なにかほの白いものがびゅんびゅんと飛び回るのが見えてきたのでした――

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