フルートは川の中に駆け込んでいくと、迫ってくるグールに真っ正面から立ち向かいました。剣をふるうたびに怪物が燃え上がります。ゼンはエルフの弓矢で後ろから援護します。フルートのすぐ近くに射ているのですが、魔法の矢はゼンの狙い通り、怪物にだけ命中していきます。
……が、グールはあまりにも数が多すぎました。いくら切っても、いくら射倒しても、次々現れて襲いかかってきます。
「ちきしょう! きりがないぞ!」
とゼンが悪態をつきました。フルートも、次第に息が上がってきます。いくら魔法の剣でも、ふるい続けるうちに腕が重くなり、手がしびれてきました。
と、そのとき、フルートは突然水の中から伸びてきた手につかまれました。川底を這ってきたグールが、フルートの足首をわしづかみにしたのです。そのまま引っぱられて、フルートは水の中に勢いよく倒れました。
「フルート!」
仲間たちが叫びました。
グールがフルートの上にのしかかり、頭を水の中に沈めようとします。フルートは必死で抵抗しますが、怪物の力が強くてかないません。がぼり、がぼりと何度も顔が水に沈みます。
そのとき、白い羽根のついた矢がグールの背中に突き刺さり、グールは声も上げずに川の中に倒れました。ゼンの矢を食らったのです。
フルートは必死で水の中から立ち上がると、激しく咳き込みました。
「あ、ありがとう、ゼン……」
「なんの」
ゼンが矢を射続けながら応えました。
すると、岸辺からポポロの悲鳴が上がり、ポチが激しく吠え出しました。見ると、いつの間にか数匹のグールが岸に這い上がって、ポポロたちに迫っていました。
「ワンワン! グールが火を消そうとしています!」
ポチが叫びました。グールたちは頬を驚くほどふくらませて水を含んできて、たき火に向けて吐きかけていたのです。
火が消えてしまえば、フルートやゼンたちは敵が見えなくなってしまいます。フルートは急いで剣の鞘を外すと、それをゼンに投げました。
「これを火のそばに!」
「ポポロ、これを火のそばに置け!」
ゼンが中継して鞘を投げ渡します。ポポロは目を丸くしながらも、それをたき火のわきに置きました。
とたんに、ゴォッと音を立ててたき火の炎が大きく燃え上がりました。あたりが真昼のように照らし出されます。炎の剣には、切ったものを燃やし、炎の弾を撃ち出し、鞘には燃えている火をいつまでも大きく燃え上がらせる魔力があるのでした。
ポポロは驚きましたが、それ以上に驚き惑ったのはグールでした。今まさにポポロやポチに飛びかかろうとしていたものが、悲鳴を上げて水の中に逃げ込んでいきます。水の中のやつらもいっせいにあとずさり、押しあいへしあい、ぶつかり合って大騒ぎが起こります。
その様子を見て、ゼンが声を上げました。
「光を怖がってるぞ! こいつら、闇の怪物だ!」
フルートはうなずくと、即座に首から金の石のペンダントを外しました。左手に持って、高くかざします。とたんに金の石が輝き、たき火の炎よりも明るく強く、あたり一面を照らし渡しました。
すると、光を浴びたグールたちが、みるみるうちに溶け出しました。土砂降りの雨に叩かれて崩れていく泥人形のように、どんどん形を失って流れていきます。中から白い骸骨が現れましたが、それも光の中で崩れていきました。
「きゃーっ、いやぁーーーっ!!!」
ポポロが悲鳴を上げて目をおおいました。
そして――
川辺には何もいなくなりました。
ゼンが弓を下ろしてため息をつきました。
「失敗したな。川で血を洗ったりしたから、匂いをかぎつけてグールが集まってきたんだ」
「グールはどこからでも現れるさ。ヤツらは獲物の匂いをかぎつけると、わいて出てくるんだ。ゼンたちのせいじゃない」
とフルートは言うと、ポポロに近寄りました。
「もう大丈夫だよ。怪我はなかった?」
たき火の炎は、まだ勢いよく燃え続けていました。ポポロは顔をおおっていた手を外すと、グールが消えた岸辺を眺め、燃え上がる炎を眺め、それからまじまじとフルートを見ました。
「フルート、あなた……本当に魔法使いじゃないの?」
フルートは剣を鞘に収めながら苦笑いをしました。
「違うってば。全部金の石や炎の剣の力なんだよ」
炎の剣の鞘が離れたとたん、たき火の炎は小さくなり、また穏やかに燃え始めました。
岸辺ではゼンがポチと一緒に落ちている矢を拾い集めていました。たった今ものすごい戦いを繰り広げたばかりなのに、少年たちはもう普段と同じ様子です。フルートも兜を脱いで、濡れた髪を拭いています。ポポロはまた、つくづくと少年たちを見つめてしまいました。
すると、ふいにゼンが声を上げました。
「ありゃっ! なんだこりゃ!?」
ゼンは拾い集めた矢を矢筒に戻そうとして、矢筒の中の矢が少しも減っていないのに気がついたのでした。白い矢羽根のエルフの矢が、最初と同じように三十本ほど、きちんと詰まっていたのです。
「すげぇ、これ、魔法の矢筒だぞ! いくら使ってもまた矢が増えるんだ……! すごいものをもらっちまったなぁ!」
ゼンは小躍りしていました。いくら撃っても矢が尽きず、狙ったものは外さない魔法の弓矢。これほど頼りになる武器はありません。フルートたちは白い石の丘のエルフに心から感謝しました。
ゼンが上機嫌で言いました。
「さあ、フルートもポポロも寝ろよ! 夜明けまではまだ時間がある。今度は俺が夜の番に立つからな。ちきしょう、嬉しくって眠れないぜ!」
フルートは笑ってうなずくと、鎧を脱いで火のそばに横になりました。川に沈められたときに全身ずぶぬれになったので、乾かす必要があったからです。
すっかり普通の少年のような姿になったフルートを見て、ポポロが尋ねてきました。
「フルート……あなたはどうして金の石の勇者になったの?」
一度目を閉じていたフルートは、目を開けてポポロを見上げました。
「さあ、どうしてかな? 何故ぼくが選ばれたのかは、自分でもわからないんだ。でも、今はもう寝ようよ。明日もまたたくさん歩かなくちゃならないからね」
そして、フルートは目を閉じると、そのまますぐに眠ってしまいました。そのかたわらには、炎の剣とロングソードが並べて置かれています。ポチはすでに寝息を立て、ゼンは魔法の弓矢を背に、川に向かって立ち続けていました。
ポポロはフルートのわきに座りこんだまま、じっと考える顔でフルートを見つめ続けていましたが、やがて、静かに自分も横になると目を閉じました。
再び静寂に戻った森の中で、夜はゆっくりと過ぎていきました……。