「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第2巻「風の犬の戦い」

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11.苦戦

 キン、キン、ガキーン!!

 剣と剣が激しく打ち合わされる音が続いています。

 フルートと黒ひげの男は、切り込み、受け止めては飛びのくことを繰り返していました。お互いにかなりの剣の使い手なので、一瞬も気を抜くことができません。

 フルートは子どもなので、力はあまりありません。けれども、身が軽く反射神経も良いので、スピードで相手に勝っています。隙を見ては飛び込んでいって、鋭く切りつけます。やがて、ロングソードの切っ先が男の革の胸当てをまともになぎ払いました。

「ほう」

 黒ひげの男は感心したように、自分の胸当てに残った深い傷跡を眺めました。革が分厚かったので、体まであと数ミリというところで、傷は止まっていました。

「なるほど。金の石の勇者は確かに一流の剣士らしいな。この俺に刀傷を残すとは。だが……やはり子どもだな。甘すぎる!」

 そう言うなり、男は突然フルートの頭上に大剣を振り下ろしてきました。フルートはとっさに剣を構えましたが、大の男の力任せの一撃を受け止め切れませんでした。思わずよろめいて前のめりになったところに、また男の剣が突き出されてきました。大剣がまともにフルートの胸に突き立てられます。

 と思った次の瞬間、大剣がまっぷたつに折れました。フルートの魔法の鎧の方が、剣よりはるかに強力だったのです。

「むっ!?」

 男は一瞬愕然とした顔になりましたが、次の瞬間、折れた剣を投げ出すと、吠えるような声を上げてフルートに飛びかかっていきました。フルートの小柄な体を押さえ込み、銀の兜をはぎ取ります。

「しまった!」

 フルートは思わず声を上げました。少女のような幼い顔と金髪の頭がむき出しになります。

 黒ひげの男はフルートを地面に押し倒すと、馬乗りに押さえ込んで笑いました。

「だから甘いというのだ。魔法の剣で戦っていれば、さっきの一撃で俺を焼き殺せていたはずだぞ。人間相手に魔法の剣を使っては卑怯だと考えているのか? 甘い甘い! 命がけの修羅場をくぐり抜けてきていないヤツの綺麗事だ! おのれの甘さを思い知って、死んでいくがいいわ!」

 そう言うなり、男はフルートの咽をぐいぐいと締め上げてきました。

 フルートは必死になって男を引き離そうとしました。が、相手は大人です。とても押し返せません。

 フルートは右手にまだロングソードを持っていました。必死で剣を握り直し、男の横腹に突き立てようとしたとたん、男の片手ががっしりとそれを受け止めました。

「無駄だ。おまえのしようとすることなどお見通しだわ」

 と黒ひげは笑い、咽を絞める手にいっそう力をこめてきました。

「ぐ……」

 フルートは息ができなくなってもがきました。けれども、それでも男を振り切ることができません。男がますます力をこめてきます。息の根を止めるまで、手をゆるめる気がないのです。

 フルートの意識がもうろうとしてきました……

 

「ぎゃあっ!」

 馬に乗っていた若い男が、大きな叫び声を上げて草原の中に転落しました。その胸には、革の防具を貫いてエルフの矢が突き刺さっています。

 草原の中で追っ手を迎え撃っていたゼンは、たった今矢を撃ったばかりの弓を、驚いたように眺めました。

「ホントに狙ったとおりに当たったぞ。エルフが言っていたとおりだ」

 魔法の弓矢は、数十メートル離れた敵にも、ゼンが狙いをつけたとおりに飛んでいって突き刺さったのでした。

 追っ手の男たちが馬を駆ってこちらへ向かってきます。残りはあと二人です。ゼンはすぐに次の矢を構えながら、気がかりそうに草原の向こうへ目をやりました。

「フルートのやつ……大丈夫かな」

 そこからでは、草原の草丈が高すぎて、フルートたちの戦っている様子が見えません。ただ、ところどころで火の手が上がり、草が燃え上がっているのが見えるばかりです。

 ふいに、追っ手の男たちの姿が草の中に消えました。馬上に身を伏せたのです。ゼンは目を細め、馬が草の海をかき分けて走る軌跡を追いました。敵は二手に分かれてこちらに迫ってきています。

 と、ちらりと片方に人の姿がのぞきました。草丈が低くなった場所にさしかかって、背中が上に出てきたのです。ゼンはエルフの矢をつがえると、慎重に狙いをつけて放ちました。矢は緩やかな放物線を描きながら、吸い込まれるように男に向かって飛んでいき、その肩先に突き刺さりました。男が悲鳴と共に落馬します。

「あとひとり」

 とゼンがつぶやいて次の矢をつがえようとしたときです。

 炎の向こうに広がる草の中から、突然、金の光がわき起こりました。かげろうのような淡い輝きのなかで、金の星がまたたいて、たちまち消えていきます。

 ゼンは目を見張り、ふいに、ぞっとなりました。金の石の光に違いありません。が、今まで見たことのない輝き方です。ゼンにはそのきらめきがフルートからのSOSに見えました。

「南無三……届けよ!」

 ゼンは光が消えていったあたりを狙って、エルフの矢を放ちました。矢が大きく弧を描いて草の海の中に消えていきます。

 その時、背後の草の中から、蹄の音と共に馬に乗った男が飛び出してきました。勝ち誇った声が響きます。

「取ったぞ、ドワーフ!」

 はっと振り返ったゼンの背中に、男の剣が深々と突き刺さりました。

 ゼンは悲鳴を上げると、弓もろとも馬上から転がり落ちていきました。

 

 ポポロはフルートの馬に乗ったまま、ポチについて森に入り込んでいました。森の中はしんと静かで、物音ひとつしません。草原でフルートやゼンが戦う音も聞こえてきません。ポポロは何度となく後ろを振り返っては、フルートたちが追いついてこないかと確かめていました。

 すると、先を行くポチが困ったように立ち止まりました。

「クーン……この森は下生えの木や植物が多すぎますね。通れそうなところが全然ない」

 ポポロは、どきりとして前に向き直りました。森は入り口から十メートルほどの間は木と蔓草が生えているだけで、馬でくぐり抜けてくることができましたが、その先になると、突然大小さまざまな木がぎっしりと生い茂り、隙間という隙間に太い蔓草が絡みついていて、馬が進めそうな空間が全く見あたらなくなっていました。

 それでもポチはあたりを見回し、ポポロに言いました。

「ちょっとここで待っていてください。どこかに抜け道がないか探してきます」

 後には、ぽつんと馬に乗ったポポロだけが残されました。

 相変わらず森は静かです。ポポロは急に心細くなってきて、馬の手綱を握りしめました。小さなポチでも、そばにいるだけで心強かったのだと思い知らされます。ポポロはまた、後ろを振り返りました。フルートたちはまだ来ないのでしょうか……。

 すると、ふいに蔓草のカーテンが揺れて、ぶち馬が頭を出しました。続いて蔓草をくぐり抜けてきたのは、派手な黄色い服を着た女占者でした。

 ぎょっとしたポポロに、シナは笑いながら言いました。

「ほーら見つけたよ、お嬢ちゃん! あたしの目から逃れようとしたって無駄なんだよ。どこに隠れたって、あたしにはちゃんと見えるんだからね」

 それから、シナは森の奥の方を眺めて、ふん、とつぶやきました。

「ワンちゃんは向こうに行ってるんだね。まあいいわ、後でゆっくり狩り出してやるから。まずはあんたの始末が先だわねぇ」

 ポポロは真っ青になると、思わず身を引きました。それに合わせて、馬も二、三歩後ずさります。シナは腰の帯に差していた杖を引き抜きました。先端に鋭い刃がついた仕込み杖です。

 ポポロはとっさに馬を駆って逃げようとしました。が、馬はポポロの下手な指示には従いません。とまどったように数歩進み、すぐに混み合った森にぶつかって立ち止まってしまいました。ぶるる……と抗議するように鼻を鳴らします。

 シナがまた笑いました。

「あんただけは本当に何もできないんだねぇ。どうして普通の女の子が勇者たちと一緒にいるのやら。でも、勇者の一行を皆殺しにしろと言うのが公のご命令だからね。悪く思わないでおくれよ」

 シナが握る仕込み杖の刃が、ぎらりと光りました。ポポロは思わず馬のたてがみにしがみついて悲鳴を上げました。

「いやぁぁっ! あっち行って……!」

 とたんに、森の奥から激しい吠え声が聞こえてきました。ポチが、悲鳴を聞いて駆けつけてきたのです。

 ポチはポポロの前に飛び出すと、シナに向かって激しく吠えたてました。

「ワンワンワン……!! ポポロに手を出すな! ぼくが相手だ!」

 シナは目を丸くすると、笑い出しました。

「おやまぁ、面白い騎士のご登場だこと。あんた、もの言う犬なんだね。なるほど勇者の仲間だけあって勇敢じゃないの」

 けれども、その声は小さなポチを馬鹿にしきっていました。

 ポチはうなり声を上げると、勢いをつけて馬上のシナに飛びかかっていきました。牙をむいてかみついていきます。

 が、牙が届く前に、シナは馬を引いて身をかわしました。ポチは地面に落ちると、すぐにまたジャンプして飛びついていきました。けれども、それもかわされます。

「かわいいわねぇ、豆犬ちゃん。でも、残念ね――あたしは犬が大嫌いなのよ!」

 そう言うなり、シナは仕込み杖をポチに向かって突き出しました。ちょうどシナに飛びかかろうとしていたポチは、腹をまともに刺されて地面に転がりました。

「キャウン!!」

「ポチ!」

 ポポロが悲鳴を上げると、シナが鋭い目を向けました。

「さあ、次はあんたの番よ。無事天国に行けるように、お祈りでもしてなさい」

 笑いながらそう言うと、仕込み杖をポポロめがけて突き出そうとします。

 ところが、その瞬間、ポチがシナの馬の足にかみつきました。馬が高くいなないて棒立ちになり、シナは鞍から地面に転げ落ちました。

「よくも……! このクソ犬!!」

 シナが罵りながら、また仕込み杖でポチを突き刺します。ポチは悲鳴を上げてよろめきましたが、血を流しながら踏ん張ると、ポポロに言いました。

「に、逃げて、ポポロ……早く逃げて……!」

「ポチ! ポチ!!」

 ポポロが悲鳴のように叫び続けます。その馬に向かって、ポチはワンワン……と吠えました。馬は心得て、すぐに森の中を逃げ出しました。奥へは進めないので、森の縁に沿って走っていきます。

「お待ち!」

 シナが、したたかに打った腰をなでながら自分の馬に飛び乗り、後を追って走り出しました。もう一度足にかみつこうとしたポチを、ぶち馬が蹴り飛ばします。

「キャーン……!」

 ポチは悲鳴を上げて転がりました。

 二頭の馬が森の中を走っていきます。シナの馬が、ぐんぐんポポロの後ろに迫ってきます。ポポロは、青ざめて死人のようになった顔で振り返りました――

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