馬に乗って現れた大人たちは、草原の中に立つフルートの、ほんの数メートル手前で立ち止まりました。背の高い草の海の中、馬は緑の波に浮かぶ小船のようです。その上に、軽装に革の防具をつけただけの、ひげ面の男たちが乗っています。
ところが、男たちは、待ち受けていたフルートを見てあきれ顔になりました。
「おいおい、なんだい。やっと追いついたと思ったら、お出迎えはこんなガキだけか?」
「本当にこんなチビが金の石の勇者なのか? 何かの間違いじゃないのか?」
「おまけに、かわいいお姫様まで馬に乗せてるじゃないか。俺たちゃ子どもの勇者ごっこにつきあってるんじゃないんだぜ」
男たちが口々に自分たちの後ろの方に向かって文句を言います。
すると、男たちの馬の間を通って、ぶち馬が進み出てきました。派手な黄色い服を着た、細身の中年女が乗っています。額に服と同じ色の宝石を鎖でたらしています。
「あんたたちの目には見えないんだろうねぇ」
と黄色い服の女があざ笑うように言いました。
「この坊やは、本物の金の石の勇者さ。この子からものすごい金の光がほとばしっているのが、あたしには見えるのさ。周り中を真昼のように照らしているよ。これだけはっきりしてりゃ、どこにいたって見逃しっこないね」
この女が、エルフの言っていた占者に間違いありませんでした。
「だがよぉ、こんなチビをひねりつぶすのなんて、わけない話だぞ。いくら金の石の勇者だと言っても、ただのガキじゃないか。なんでこんなのを殺すのに、これだけの人数が必要なんだ? エラード公も焼きが回ったな」
と別の男が言って笑いました。その手には抜き身の大剣が握られています。
「馬鹿をお言い」
と黄色い服の女がぴしゃりと言いました。
「そんなことを言ってると、あんたが一番最初に命を落とすよ。そら、あんなところに銀の光と小さな星が隠れている。ウド、あんたを弓矢で狙っているよ」
大剣の男は、ぎょっと飛びのくと、女が示した場所に向かってどなりました。
「で、出てきやがれ!」
背の高い茂みの中から、馬に乗ったゼンが出てきました。手にエルフの弓矢を持っています。今まさに矢を放とうとしたところで気づかれたので、ゼンは渋い顔をしていました。
「ちぇっ、占者ってのはホントに目がいいんだな」
すると、黄色い服の女は声高に笑いました。
「誉めてくれてありがとう、ドワーフの坊や。あたしは占者の中でも特に目がいいほうなのさ。占うのに鏡やらカードやらの媒体がいらないからね。おかげでエラード様からご贔屓(ひいき)にされているんだよ」
「シナ。これで全員か?」
と今まで黙っていた男が占者に尋ねました。男たちの中でもひときわ貫禄のある、黒いひげの男です。女占者はうなずきました。
「ああ、勇者の一行は全員顔を揃えているよ。まったく、あきれた話だよね。こんな子どもや犬ころが、ロムド中を飲み込んだ闇の霧を追い払ったって言うんだから。だけど、確かにそれだけのことをする『力』が、この子たちには備わっているのさ」
「安心しろ。俺は油断はせん。敵が見た目によらないことは、今まで嫌と言うほど経験してきているからな」
と黒ひげの男は答えると、他の男たちに向かって言いました。
「おい、こんなガキどもを始末し損ねたとなれば、それこそ公に合わせる顔がなくなるぞ。全員、確実に息の根を止めてやれ!」
とたんに、今まで笑っていた男たちが真顔になりました。手に手に剣を持ち、馬を走らせてフルートとゼンの馬を取り囲みます。
「フルート……」
ポポロがまた泣きそうな声を上げました。馬の上で身をすくませて震え続けています。
その手の中に馬の手綱を渡しながら、フルートは言いました。
「このまま、進行方向はまっすぐ東。手綱をしっかり持っていて――」
そして、フルートは素早くロングソードを鞘に戻すと、もう一本の剣を抜いて両手に構えました。それを行く手に向かって振ろうとしたとたん、シナという女占者が金切り声を上げました。
「危ないよ、グン、バート! そいつは炎の魔法の剣だ! 火だるまにされちまうよ!」
行く手をふさいでいた男二人が、大あわてで飛びのきました。
フルートはポポロの腰に片腕を回すと、両足で強く馬の横腹を蹴って叫びました。
「走れ! 森へ逃げ込むんだ!」
馬がいななき、全力で走り始めます。ポポロは悲鳴を上げました。後ろからフルートが抱き支えてくれていなければ、危なく振り落とされるところでした。
ゼンも黒馬を走らせて、包囲網の切れたところから外に出ました。
「逃がすな!!」
男たちが後を追ってきます。占者の女も男たちにぴったり並んでついてきます。
フルートがポポロから腕を放して、また剣を両手で構えました。そのまま、振り向きざま、剣を勢いよく振ります。
ゴォッ
うなりを立てて剣の先から炎が飛び出しました。追っ手の目の前の草原に、たちまち火の手が上がります。
「おおっ!?」
男たちが驚いて二の足を踏みました。炎の剣はその切っ先から炎の弾を撃ち出すことができます。草原は緑の草の根元に大量に去年の枯れ草を抱えていて、そこに火が燃え移ったのでした。
けれども、黒ひげの男は仲間をどなりつけました。
「ええい、これくらいの火を恐れてどうする!? 飛び越えろ!」
男たちが我に返り、すぐさま炎を飛び越えて後を追おうとします。
とたんに、またシナが叫びました。
「お待ち! 火の中にいるよ!」
けれども、勢いづいた男が、忠告を無視して炎を飛び越えていきました。とたんに、炎の中から剣がひらめき、飛び越えていく馬の腹を切り裂きました。馬が悲鳴を上げて地面に落ち、乗っていた男がその下敷きになります。
男たちはぎょっとすると、炎の中に目をこらしました。ごうごうと音を立てる炎の中に、光る鎧が見えます。それは、フルートでした。銀の鎧に赤い炎を映し、ロングソードを構えて、燃えさかる炎の中に立っています。フルートの鎧は、熱や寒さを完全に防ぐ、魔法の鎧なのでした。
「ほほぅ」
黒ひげの男が感心したような声を上げました。
「さすがに、金の石の勇者を名乗るだけのことはあるか。ただの子どもとは、わけが違うようだな。……よし来い、勇者! 俺が直々に相手をしてやる!」
黒ひげが馬から飛び降り、大剣を構えて呼びかけました。フルートが剣を手に、火の中から出てきます。他の男たちがいっせいにそれに飛びかかろうとすると、また黒ひげがどなりました。
「手を出すな! こいつは俺が倒す! おまえたちは逃げたガキどもを追え!」
フルートが、はっとして他の男たちの方へ切りかかろうとしました。
その剣を黒ひげの大剣が受け止めます。
「おっと、間違うな。おまえの相手はこの俺だ」
「こっちだよ!」
シナが馬を駆って、炎の薄い方向へ仲間たちを誘導していきます。フルートはあわててその後を追おうとしましたが、すぐにまた黒ひげに行く手をはばまれてしまいました。
「おまえが後に残って仲間を逃がす段取りだったのか? 見上げた心がけだな。だが、案ずるな。すぐにまとめてあの世に送ってやる。おまえも仲間も、みんな一緒にな」
そう言うと、黒ひげはうなりをたてて大剣を振り下ろしてきました。フルートはとっさに大きく飛びのくと、すぐに剣を構えて飛びかかっていきました。
激しく剣を切り結ぶ音が、燃える草原に響き渡りました。
「キャァァァ……!!!」
ポポロは悲鳴を上げながら、疾走する馬の背中にしがみついていました。フルートが、草原に火をつけるなり、馬から飛び降りて馬の尻を叩き、「走れ!」と叫んだのです。馬はそこからまっすぐに全力疾走を始め、ポポロには止めようがなくなっていました。振り落とされないように手綱にしがみついているのがやっとです。
そこへゼンの馬が追いついてきました。
「手綱を引け、ポポロ! 手綱だ!」
とどなっていますが、ポポロにはそれさえする余裕がありません。
すると、ゼンの馬の上にいたポチが、声高に鳴き出しました。
「ワンワンワンワンワン!!」
とたんに、疾走する馬が脚をゆるめ、ドッドッド……と蹄の音を立てて立ち止まりました。ポチが犬のことばで「止まれ」と伝えたのでした。
ようやく止まった馬の上で、ポポロはあえぎ、泣きじゃくっていました。
「いやよ……もうイヤ……助けて、お母さん……」
とたんに、ゼンが乱暴にどなりました。
「泣くのは後にしろ!! 敵が追いかけてきてるんだぞ!!」
ポポロは、びくりと身をすくませ、おびえたようにゼンを見ました。ゼンは渋い顔になると、行く手を顎でさし示しました。
「森は目の前だ。先に行ってろ。それぐらいならできるだろう? 俺は追っ手を片づけて、フルートを助けに行ってくる」
「あ……」
ポポロは今来た草原の方向を振り返りました。草原は火が燃え広がって、あちこちで大きな火の手が上がっています。その中のどこかで、フルートが戦っているのです。そして、火のこちら側の草原には、彼らを追いかけて馬を走らせてくる者たちの姿が見えていました。
「ポチ」
ゼンが鞍の前の籠から子犬を抱き上げて言いました。
「ポポロを道案内してやれ。森の中の安全な場所で、俺たちが来るのを待ってるんだ」
「ワン、わかりました」
ポチはゼンの腕から地面に飛び降りると、ポポロに向かって言いました。
「さあ、ついてきてください。こっちです」
それから、ポチはワンワンと馬にも呼びかけました。馬はポポロを背に乗せたまま、ポチの後について歩き出しました。彼らのすぐ目の前には、大きな森が広がっていました。
動き出した馬の背中からポポロが振り返ると、ゼンが草原に駆け戻っていくところでした。追っ手の馬が迫ってきています。ゼンはまっすぐそちらに向かって、馬を走らせていました――。