「つきました。あそこが金の石の勇者の家です」
旅人を案内してきた少年が、そう言って町はずれにぽつんと建つ一軒家を指さしました。家のすぐ向こうは、もう荒野です。
旅の男は眉をひそめました。
「なんと……金の石の勇者というのは、ずいぶんと質素な家に住んでおられるのだな。ロムドの国を黒い魔の霧から救った英雄だと聞いておるのに」
それを聞いて、少年がちらりと旅人を見上げましたが、口に出しては何も言いませんでした。
旅人は家の戸口に立ってノックしました。
「ごめん、金の石の勇者殿はご在宅か?」
けれども中から返事はありません。男は何度も戸を叩いて呼びかけ、弱り果てたような顔になりました。
「勇者殿はご不在らしい。どこへ行かれたのだろう?」
すると、少年が言いました。
「町に買い物に出かけたんです。お母さんに頼まれたものがあったから」
「勇者殿は母君と一緒にお暮らしなのか。して、その母君はどこへ行かれたのだろう」
「お父さんと一緒に隣町まで用事で出かけました。夕方には戻ります」
その返事を聞いて、旅の男は目を見張り、にらみつけるように少年を見ました。
「ここはおまえの家か……? 誰がおまえの家に案内せいと言った!」
すると、少年は大まじめな顔で男を見返して答えました。
「でも、おじさんは金の石の勇者に会いたかったのでしょう? ここは間違いなく金の石の勇者の家です。だって、ぼくがその勇者だから」
「……なに?」
たっぷり一分間沈黙した後、男は聞き返し、突然大きな声を上げて笑い出しました。
「こらこら、思わず本気にしてしまったではないか! そんな真剣な顔で冗談を言うものではない!」
すると、少年は子犬を腕に抱き上げながら言いました。
「冗談なんかじゃないですよ。ぼくはフルート。本当に金の石の勇者です」
とたんに男は笑いを引っ込め、険しい形相でにらみつけてきました。
「子ども! いい加減にしておかないと後悔することになるぞ! わしは本当に重大な役目を負ってここに来ているのだ! 金の石の勇者はどこにいる!?」
すると、どこからか、別の男の子の声が聞こえてきました。
「ワン。やっぱりこの人、ロムドの人じゃないですね。よその国の人なんだ」
「うん。貴族みたいだけど、ロムド国王に仕える人じゃない。それならぼくのことを知ってるはずだもの」
とフルートがその声に答えていました。旅の男は、フルートが話している相手を見て愕然としました。腕の中の白い子犬がしゃべっていたのです。
「ば、化け物……!!」
男が思わず叫んだとたん、子犬がびくりと身をすくませました。フルートはそれをかばうように抱きしめると、旅の男に向かって言い放ちました。
「金の石の勇者は少年、ドワーフの少年ともの言う子犬がその仲間――! そんなこともご存じなくてぼくを探しに来たなんて、あなたはいったいどなたなんですか!?」
男は思わずたじろぎ、そんな自分に驚きました。相手はまだ声変わりもしていない少年です。そんな子どもに本気で圧倒されたことが信じられませんでした。しかも、少年は自分が金の石の勇者だと言います。とても信じられない話です。……ですが。
その時、フルートと子犬のポチが同時に今来た方向に目を向けました。
「誰か来る」
「ワン、剣と弓矢の匂いがします。敵です!」
ポチがフルートの腕から飛び降り、フルートが家の入り口の戸を開け放ちました。すばやく旅の男の腕をつかむと、戸の陰に引っぱり込みます。男が前のめりによろめき込んだとたん、戸の外側に二本の矢が音を立てて突き刺さりました。
畑の間の道を四、五人の男たちが走ってくるのが見えました。手に持った抜き身の剣が日の光にきらめき、弓につがえた矢の先が鈍く光っています。
それを見たとたん、旅の男が叫びました。
「エラードの手の者だ! わしがここに来ると踏んで見張っておったな!」
ぼろぼろのマントを跳ね上げ、腰に下げていた剣を抜きます。その鞘帯に銀の百合の紋章が刻まれているのに、フルートは気がつきました。隣国、エスタ王国の紋章です。
敵がすぐそばまで迫っていました。弓矢を持っていた者も、武器を剣に持ち替えています。
家の奥に走り込んでいたポチが、口にロングソードをくわえて戻ってきました。
「ワンワン! フルート、剣です!」
「ありがとう、ポチ!」
フルートはすぐさまロングソードを背負って体の前で鞘帯を止めました。細身の剣をすらりと抜きます。
「お、おい……」
男は思わず目をぱちくりさせました。少女のように優しかった少年の顔が、いきなり鋭い戦士の顔つきになったからです。
フルートは男に向かって言いました。
「あなたがどなたで、どんなご用件で来たのかはわかりません。でも、あなたはぼくのお客様だし、あの人たちは問答無用であなたを殺そうとしている。ぼくは、あなたに助太刀させてもらいます」
そして、次の瞬間フルートは戸の陰から飛び出すと、そこまで来ていた敵に切りかかっていきました。
「おっ……!?」
賊は思いがけない敵の出現にたじろぎ、それがまだ年端も行かない子どもなのを見て、また驚きました。その隙を逃さず、フルートは先頭の男の間合いに飛び込んで剣を繰り出しました。血が飛び散り、男の悲鳴が上がります。さらに、返す刀で次の男の脇腹を貫きます。目にもとまらない早業です。
ぽかんとそれを見ていた旅の男が、我に返って自分も飛び出していきました。敵を相手に剣をふるいます。こちらもかなりの腕前で、たちまちひとりが切り伏せられ、残るひとりも深手を負いました。
その時、突然、少し離れた茂みの中から悲鳴が上がって、太った男が転がり出てきました。その尻にポチががっぷり食いついています。ポチは男が弓矢でフルートたちを狙っていることに気づいて、後ろからかみついていったのです。
フルートが男の前に跳んで、弓の弦を剣で断ち切りました。さらに剣を構え直して、男をにらみつけます。
「ひっ、ひっ、退け! 退けーーっ……!」
弓の男は真っ青な顔で叫ぶと、深手を負った男たちを担いだり、仲間に担がせたりして、畑の間の道を逃げていきました。
「ふぅ」
フルートは小さく息を吐くと、ロングソードを背中の鞘に収めました。ポチが足下に駆け寄ってきます。
「ワンワン。フルート、大丈夫でしたか?」
「うん、何でもないよ。あいつら、ぼくに油断してくれていたからね」
とフルートは笑って答えると、またぽかんとした顔になっている旅の男へ言いました。
「これでぼくが金の石の勇者だって信じてもらえましたか? ぼくは魔の森に住む泉の長老から魔法の石をいただいて、金の石の勇者になる役目を負っているんです……。今度は、あなたが話してくれる番ですよね。その剣の紋章を見ると、あなたはエスタ王国の方みたいだ。どうして、ぼくに会いに来られたんですか? エスタとロムドは敵同士のはずなのに。それに、さっきの人たちはいったい何者なんですか?」
男は目をぱちくりさせて、フルートを見つめ続けていました。
そこにいるのは、まだ背も伸びきっていない、まるで少女のような子どもです。なのに、言うことも自分を見る目つきもいっぱしで、大の大人を相手にしているような気持ちになるのです。
「こ、ここで話すわけにはいかぬ……家の中で話したい……」
と男はようやくのことで言いました。
フルートはうなずくと、旅の男に向かって入り口の戸を大きく開けてやりました。
「どうぞ、お入りください」
そこで、男は金の石の勇者の家へ入っていきました。が、足下にポチがやってきて一緒に中に入ろうとすると、わっと声を上げて飛びのきました。ものいう犬が怖かったのです。
「い、いや、これは失礼……」
あわてて取りつくろって謝る男に、フルートとポチは思わず苦笑いしました。エスタの国からの旅人は、どうやら、あまり頭の柔軟な人物ではないようでした。