王都ディーラの街壁の門は、たくさんの旗で飾りつけられていました。日の光がまぶしく降り注ぐ中、大通りも色とりどりの花や緑の枝で飾られています。もう秋も終わりでしたが、まるで季節が逆戻りして、街中に春がやってきたようです。
走り鳥に乗って大通りを通りながら、ゼンはきょろきょろあたりを見回していました。
「ずいぶん賑やかだな。祭りでもやってるのか?」
「どうだろう? 今頃開かれるお祭りってあったかな?」
とフルートは首をひねりました。
通りには大勢の人がいて、皆、笑顔で話し合いながら、通りの向こう側とこっち側で手を振り合っていました。普段着の人も晴れ着姿の人もいます。祭りともちょっと違うようでしたが、人々が明るく楽しそうな表情になっているのが、フルートにはとても嬉しく感じられました。黒い霧が消えたので、みんな喜んでいるのかもしれません。
やがて、フルートたちは王の城の前に到着しました。城門の上にも大きな国王の旗がひるがえり、入り口の周囲はたくさんの花と人で埋めつくされていました。
華やかな門の下にロムド国王と灰色の衣の人物を見つけて、フルートは声を上げました。
「陛下! ユギルさん!」
「おお、到着したな、勇者殿」
国王と占い師のユギルが、フルートを見てにこにこしました。
フルートはあわてて走り鳥から降りると、国王にひざまずいて頭を下げました。
「ただいま帰りました。あの……これから何があるんでしょうか? 街中がすごく賑やかなんですけど」
とたんに居合わせた人々が、どっと笑いました。国王と占い師も声を上げて笑っています。
すると、とても懐かしい笑い声も聞こえてきました。
「やれやれ、おまえときたらまったく……。ディーラ中の人間が、勇者の一行を歓迎して出迎えているのに、気がつかなかったのか?」
白髪まじりの中年の男性が人々の後ろから出てくるところでした。黒い服を着て腰には大剣を下げています。
「ゴーリス!」
とフルートは歓声を上げ、すぐにとまどった顔になりました。
「え、勇者の一行を歓迎って……それじゃ……」
「みんな、俺たちを出迎えてくれてたのかよ!?」
ゼンも走り鳥の上で目を丸くして驚きます。
ゴーリスはまた笑顔になりました。
「そうか、君が北の峰のドワーフか。噂は聞いているぞ。ビスクの町で、ならず者や雪猿を相手に大活躍したそうだな」
ゼンはちょっと驚いた顔をすると、すぐに、にやっと笑って鳥の背から飛び降りました。
「ゼンっていうんだ。よろしくな」
「俺はゴーラントス。ゴーリスでいい」
ドワーフの少年と人間の剣士は堅く手を握り合いました。
「ゴーリス、こっちがポチ。人間のことばを話せるんだよ」
とフルートは子犬を抱き上げて見せました。ポチはフルートの腕の中で身を固くしましたが、ゴーリスは笑顔のままのぞき込んで言いました。
「おお、もの言う犬か。珍しいな。で、こいつもおまえの仲間だというわけだな?」
「うん。ゼンとポチ。ぼくの大事な友だちだよ」
とフルートは誇らしそうに答えました。フルートは、ゴーリスにこそ自分の仲間を紹介したかったのでした。
ゴーリスはそんな愛弟子に目を細めると、ゼンとポチの頭を大きな手で撫でました。
「フルートと一緒に戦ってくれてありがとう。感謝するぞ」
そこへ、国王と占い師が近づいてきました。
「本当によくやってくれた、フルート。それに、ゼンとポチ。小さな勇者たちが大きな敵を打ち破り、闇の霧を払ってディーラに戻ってくる、とユギルが占ったので、こうして街中で迎えに出ていたのだ」
占者のユギルは一礼してから、青と金の色違いの瞳で子どもたちに笑いかけました。
「占いの結果を知ったときのわたくしの喜びをご想像できますか? 部屋を飛び出して、陛下のお部屋までまっしぐらに走りました。あんなに走ったのは子どものとき以来です。おかげで城中の皆様から『韋駄天(いだてん)の占い師』などと呼ばれるようになってしまいました」
冗談のように言う占い師のことばには、暖かい響きがありました。
フルートとゼンとポチは胸がいっぱいになりました。感謝のことばを期待して戦ってきたわけではありません。でも、こんなふうに自分たちがしたことを喜んでくれる人がいると、ことばに表せないくらい嬉しい気持ちがしました。
「さあ、城に入りなさい、勇者たち。歓迎の宴はもうすっかり準備が整っているぞ」
と国王が子どもたちに呼びかけました。城の城門の上で角笛が高らかに吹き鳴らされ、人々がさっと両脇に退いて、城への道をあけます。
拍手と歓声に包まれて、フルートとゼンとポチは照れながら国王についていきました……。
それから二日間、フルートたちは国王の城にとどまりました。
国王をはじめ城の人たちは心から彼らを歓迎してもてなしてくれたのですが、さすがに三日目になると、子どもたちは家族が恋しくなってきました。そこで、彼らは国王のところへ行き、自分たちの家に帰りたいと告げました。
国王は残念そうに言いました。
「わしとしては、フルートたちにはこのまま城に残ってもらいたいのだがな。そなたたちはまだ子どもだが、すばらしい才能を持ち合わせている。ぜひ、この国のために働いてはもらえないだろうか。むろん、そなたたちの家族も城に招いて、一緒に暮らせるよう取り計ろう。どうかな」
けれども、フルートとゼンは首を横に振りました。
「敵がいなくなったので、金の石は眠りにつきました。ぼくはもう金の石の勇者じゃありません。シルの町に住む、ただの子どもなんです」
「俺もだ。俺はドワーフだし猟師だからな。とてもじゃないけど、城でなんか暮らせないぜ」
「そうか……」
国王はまだ残念そうな顔をしながら、子どもたちに言いました。
「では、約束してくれないだろうか。この国や世界に再び危険が迫ってきたときには、ぜひまた、そなたたちの力を貸してほしいのだ」
どんなに幼くとも、フルートたちを子ども扱いしないのがロムド王です。口調も表情も真剣そのものでした。
「それならば、必ず」
とフルートは答えました。ゼンもうなずきます。
「頼まれなくても、フルートが行くと言えば、俺はいつでもついていくさ。おいフルート、忘れるなよ。今度また冒険に出ることがあったら、必ず俺を呼ぶんだぞ」
「うん、わかった」
フルートは笑顔で答えました。
「それで、もの言う犬殿はどうするつもりかな?」
と国王がポチを見ました。ポチだけは、何かを考える様子で、ずっと黙り込んでいたのです。
「わしの末の王女は大の犬好きだ。もの言う犬殿がこのまま城に残って王女の遊び相手になってくれれば、わしとしても非常に嬉しいのだがな」
フルートとゼンは驚きました。なんとなく、ポチはいつまでも自分たちと一緒のように思っていたのですが、考えてみればポチは飼い犬でもなんでもありません。どこで誰と暮らしても、それはポチの自由なのでした。
ポチは少しの間黙っていましたが、やがて頭を上げて国王を見ました。丁寧な口調で答えます。
「ありがとうございます、陛下。ぼくみたいなものにも優しいことばをかけていただいて、本当に嬉しいです。でも……」
ポチは隣のフルートを見上げました。
「ぼくはずっと前から決めていたんです。フルートのそばにいて、フルートが困ったときにはいつでも助けに駆けつけようって。フルートがまた冒険に出るときには、ぼくもまたついていきます。もしかしたらフルートは迷惑に思うかもしれないけど、でも、ぼくがどうしてもそうしたいから……だから……」
ポチの声が揺れました。黒い大きな瞳をうるませると、突然フルートに飛びつきます。
「だから、一緒に連れて行ってください、フルート! ぼく、なんでも言うとおりにしますから。ずっと……ずっと、フルートと一緒にいさせてください!」
「ポチ……!」
「馬鹿だな、フルートが迷惑がるもんかよ!」
フルートとゼンが同時に声を上げ、フルートは、ぎゅっとポチを抱きしめました。
「結局、陛下は勇者たちを全員勧誘しそこなわれましたね」
と占い師のユギルがほほえみながら言いました。
国王を挟んだ反対側から、ゴーリスも言います。
「勇者を雇い入れることはできません、陛下。天と地の下、限りなく自由だからこそ、彼らは真の勇者なのですから」
「確かにその通りだな」
と国王はうなずくと、声を張り上げて言いました。
「では、勇者たちを家まで送り届けよう! ロムドの国と民を守り、闇を打ち払ってくれた勇者たちに、国王として心から感謝をする!」
広間に居合わせた人々がいっせいに拍手をしました。フルートとゼンとポチは、国王直々の感謝のことばに、ただただ照れていました。
それから後のできごとには、もうあまり書くことはありません。
ゼンと走り鳥は北の峰のドワーフの洞窟へ、フルートはポチを連れてシルの町の自分の家へ、それぞれ帰っていきました。子どもたちが元気な姿で帰ってきたので家族は大喜びしましたが、馬車が運んできた金銀財宝を見ると目を白黒させました。二人の家族が何年間も裕福に暮らせるくらいの金額だったのです。ロムド王が子どもたちに贈ったご褒美でした。
フルートたちが冒険を全部語るのには何日もかかりました。けれども、ドワーフの洞窟でもシルの町でも、人々は飽きることもなく子どもたちの冒険談を聞き、口伝えに町や村に広めていきました。吟遊詩人はこの物語に『黒い霧の沼の戦い』という題名をつけて、外国にまで伝えました。
そして、季節は緩やかに移り変わり、冬がやってきました。
「あ、雪だ……!」
学校からの帰り道、フルートは声を上げました。空から、ひらひらと白いものが舞い落ちてきます。
「ワン、寒いと思ったら。初雪ですね。積もるかしら?」
と学校までフルートの迎えに来ていたポチが言いました。
「どうかな? でも、ゼンたちのいる北の峰には、もうたくさん雪が積もっているね」
とフルートは言って、小雪の中に遠くかすんで見える北の山脈を眺めました。一度は黒い雪に染まった山々の峰も、今は純白に戻っていました。
「ワン、ゼンは元気かしら」
とポチが言いました。あの陽気でざっくばらんな口調が懐かしく思えます。
「きっと雪の中でもお父さんと一緒に狩りをしてるよ。それとも、洞窟の中の学校で、あくびしながら勉強してるかな?」
フルートはちょっと笑いながら言うと、ポチにかがみ込みました。
「暖かくなったら一緒に北の峰に行こう。ゼンに会いに行こうよ」
「ワン、ほんとですか!? 素敵だな!」
ポチは大喜びして尻尾をいっぱいに振りました。
フルートは子犬に手招きして駆け出しました。
「さあ、急いで帰ろう。父さんが牧場を手伝ってほしいって言っていたんだ。牛たちを別の囲いに移すんだよ」
「ワン、それなら任せてください! たくさんお手伝いしますよ!」
ポチは張り切って答えると、フルートを追って走り出しました。駆けていく子どもたちの後ろ姿を、白い雪のカーテンが包み込んでいきます。
雪のカーテンは、次第に濃く白くなっていき──
やがて、何も見えなくなりました。
The End
(2005年4月22日初稿/2023年12月14日最終修正)