乾いた荒野の真ん中に子どもたちは倒れていました。小さな体の上に、日の光がまぶしく降り注いでいます。
一番先に起きあがったのはゼンでした。顔をしかめながら頭を何度も振ると、仲間たちに呼びかけます。
「おい、フルート、ポチ、無事か?」
「うぅん……」
「ワン、なんとか」
フルートとポチも起き上がります。
二人と一匹は地面に座りこむと、顔を見合わせました。どの顔も砂埃にまみれて汚れていますが、かすり傷ひとつありません。
彼らはうなずき合いました。
「とうとうやったね……」
「ああ、やった」
「ワン、霧が晴れましたよ」
見上げると青空にはひとかけらの雲もなく、空の真ん中で太陽がまぶしく輝いていました。黒い霧はもうどこにも見あたりません。
「怪我はなかった?」
とフルートが仲間たちに尋ねました。左手にはまだ金の石のペンダントが握られています。
「大丈夫だ。そいつがしっかり守ってくれたからな」
「ワン、すごかったですよね。まわり中で、あらゆるものが崩れて消えていくんですから。もうダメかと思ったけど、金の光がぼくたちを包んで、守ってくれていたんです」
仲間たちの返事にフルートはほほえむと、ペンダントをまた自分の首にかけました。金の石は日の光を浴びてきらきら輝いています。
すると、ポチが耳をピンと立てて荒野の彼方を見ました。
「ワン、走り鳥です! こっちに向かって走ってきますよ! それから、あの足音は――」
ポチが眺める方角から、小さな砂煙と一緒に二羽の走り鳥が駆けてくるのが見えました。そのすぐ後ろを銀毛の馬にまたがった男性も駆けてきます。
「白い石の丘のエルフだ!」
と子どもたちは歓声を上げました。
エルフと走り鳥がフルートたちの前に立ち止まりました。鳥たちがクークー甘えてゼンに首をすりつけます。
エルフは馬から飛び下りると、子どもたちに言いました。
「よくやった、小さな勇者たち! 闇の卵は消滅し、世界をおおっていた黒い霧は打ち払われた。ロムド中の住人が大喜びしているぞ!」
あまり感情を見せないエルフが、手放しで嬉しそうな顔をしていました。
フルートはすぐにエルフへ深く頭を下げました。
「危ないところを助けてくれてありがとうございました。あなたに呼びかけてもらわなかったら、ぼくは闇の卵に勝てませんでした」
とたんにエルフから笑顔が消えました。急に厳しい表情になって、確かめるようにフルートを見つめます。
「私の声が聞こえたというのか? それは本当に私の声だったのか?」
フルートはとまどいながらうなずきました。何か気にさわることを言ってしまっただろうか、と心配しながら答えます。
「あれはあなたの声でした。金の石を信じて進め、と聞こえました」
すると、エルフはまた表情を和らげてほほえみました。優しい笑顔でした。
「私は何も話しかけてはいない。私に伝声の力はない。おまえ自身が私のことばを思い出したのだ」
フルートは驚きました。声は、空耳とは思えないほどはっきり聞こえてきたのですが……。
すると、エルフがまた言いました。
「あるいは、金の石自身が語りかけてきたのかもしれないな。我を信じよ、と石がおまえに言ったのだろう」
フルートは思わず胸の金の石を見つめました――。
そこへポチが口をはさんできました。
「ワンワン。闇の霧でおかしくなっていた人や動物も、元に戻りましたか?」
子どもたちが一番気にしていたことでした。フルートもまたエルフを見ます。
エルフは静かに答えました。
「すべてが元に戻るまでには、もうしばらく時間がかかるだろう。あれは生き物の心に潜む闇を呼び覚ます力を持っていたのだ。心の闇を鎮めることは、その当人にしかできないのだから、時間がかかる者もいる。だが、闇のささやきが聞こえなくなったからには、まもなく世界も落ちつくだろう」
「よぉし、これで家に帰れる!」
とゼンは嬉しそうに拳を空に突き出しました。
「へへへっ! この冒険を親父やじいちゃんに話して、びっくりさせてやる! なにしろ、俺たちはメデューサと闇の卵に勝ったんだからな!」
それを聞いて、フルートはエルフを見つめ直しました。ずっと疑問に思っていたことを思い出したのです。
「ひとつ質問です……。あの卵がかえったら、中から何が生まれてきたんでしょうか?」
「真の闇と絶望と破滅だ」
とエルフは謎めいたことを言いました。
「あれがかえれば、世界は間違いなく絶望のどん底に突き落とされただろう。そのときにはもう金の石でも防ぐことはできなかった。おまえたちは間に合ったのだ。かろうじてな」
かろうじて、ということばに、子どもたちは顔を見合わせました。今さらながら、とても危険な戦いだったのだと思い知らされて、微妙な表情になってしまいます。
エルフは青空の彼方を見上げると、ごく低い声で言いました。
「だが、力はまだ漂っている。どこへ行こうというのか……」
けれども青空には何も見えていませんでした。エルフのつぶやきも、フルートたちの耳には届きません。
そのとき、ポチが声を上げました。
「フルート、金の石が!」
ペンダントの真ん中で輝いていた金の石が、いつの間にか灰色の石に変わっていたのです。子どもたちが驚きあわてていると、エルフが静かに言いました。
「その石は世界に危険が迫ったときにだけ目覚めて、金の石の勇者を呼ぶのだ。世界から危険が去ったので、金の石は眠りについた。しばらくの間は、安心して暮らすがいい」
エルフのことばには含みがありましたが、フルートたちは気がつきませんでした。闇の卵は消滅し、黒い霧はちぎれて消え、空には太陽が輝いています。再び明るくなった世界がただただ嬉しく感じられます。
エルフは乾いた荒野を指さして話し続けました。
「半年後にこの地をまた訪ねるがいい。沼地は消え闇の神殿も崩れ去った。ここは見渡す限りの花野になるだろう」
「へえぇ」
子どもたちは荒野を眺めました。一面の花におおわれた緑の大地が、幻のように見えた気がします──。
やがてエルフがまた言いました。
「さあ、帰還だ、小さな勇者たち。おまえたちの大事な人たちが、おまえたちの帰りを待ちわびている」
「よし、俺は北の峰に帰るぜ。フルートも家に帰るんだろう?」
とゼンが言うと、フルートは首を横に振りました。
「その前にディーラに行かなくちゃ。国王様に今回のことを報告しなくちゃならないんだ」
「げ、国王ぅ? フルートは人間でもいい奴だけど、そういう奴らは苦手だぜ」
しぶるゼンに、フルートは言いました。
「大丈夫。ロムドの国王様はすごくいい方だよ。それに、君を会わせたい人がいるんだ。もちろん君も一緒だよ、ポチ」
それを聞いて、ポチは尻尾を振って喜びました。
「ワン、ぼくはフルートが行くところになら、どこにでも行きますよ。行きましょう、ディーラに!」
「ちぇっ、わかったよ、行くよ。だが、その前に――」
ゼンはまじめくさった顔で仲間たちを見回しました。
「――飯にしようぜ。俺はもう、死ぬほど腹ぺこだ」
フルートとポチは思わず吹き出しましたが、すぐに笑うのをやめました。自分たちが本当にひどく空腹だったことに気がついたからです。
エルフがほほえみながら言いました。
「私の家に食事がもう準備してある。それで元気をつけてから、王都に向かうといい」
子どもたちはいっせいに歓声を上げました。
花野になることを予言された荒野には、日の光が暖かく降り注ぎ、さわやかな風が吹き抜けていました――。