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第1巻「黒い霧の沼の戦い」

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40.荒野

 乾いた荒野の真ん中に子どもたちは倒れていました。小さな体の上に、日の光がまぶしく降り注いでいます。

 一番先に起きあがったのはゼンでした。顔をしかめながら頭を何度も振ると、仲間たちに呼びかけます。

「おい、フルート、ポチ、無事か?」

「うぅん……」

「ワン、なんとか」

 フルートとポチも起き上がります。

 二人と一匹は地面に座りこむと、顔を見合わせました。どの顔も砂埃にまみれて汚れていますが、かすり傷ひとつありません。

 彼らはうなずき合いました。

「とうとうやったね……」

「ああ、やった」

「ワン、霧が晴れましたよ」

 見上げると青空にはひとかけらの雲もなく、空の真ん中で太陽がまぶしく輝いていました。黒い霧はもうどこにも見あたりません。

「怪我はなかった?」

 とフルートが仲間たちに尋ねました。左手にはまだ金の石のペンダントが握られています。

「大丈夫だ。そいつがしっかり守ってくれたからな」

「ワン、すごかったですよね。まわり中で、あらゆるものが崩れて消えていくんですから。もうダメかと思ったけど、金の光がぼくたちを包んで、守ってくれていたんです」

 仲間たちの返事にフルートはほほえむと、ペンダントをまた自分の首にかけました。金の石は日の光を浴びてきらきら輝いています。

 

 すると、ポチが耳をピンと立てて荒野の彼方を見ました。

「ワン、走り鳥です! こっちに向かって走ってきますよ! それから、あの足音は――」

 ポチが眺める方角から、小さな砂煙と一緒に二羽の走り鳥が駆けてくるのが見えました。そのすぐ後ろを銀毛の馬にまたがった男性も駆けてきます。

「白い石の丘のエルフだ!」

 と子どもたちは歓声を上げました。

 エルフと走り鳥がフルートたちの前に立ち止まりました。鳥たちがクークー甘えてゼンに首をすりつけます。

 エルフは馬から飛び下りると、子どもたちに言いました。

「よくやった、小さな勇者たち! 闇の卵は消滅し、世界をおおっていた黒い霧は打ち払われた。ロムド中の住人が大喜びしているぞ!」

 あまり感情を見せないエルフが、手放しで嬉しそうな顔をしていました。

 フルートはすぐにエルフへ深く頭を下げました。

「危ないところを助けてくれてありがとうございました。あなたに呼びかけてもらわなかったら、ぼくは闇の卵に勝てませんでした」

 とたんにエルフから笑顔が消えました。急に厳しい表情になって、確かめるようにフルートを見つめます。

「私の声が聞こえたというのか? それは本当に私の声だったのか?」

 フルートはとまどいながらうなずきました。何か気にさわることを言ってしまっただろうか、と心配しながら答えます。

「あれはあなたの声でした。金の石を信じて進め、と聞こえました」

 すると、エルフはまた表情を和らげてほほえみました。優しい笑顔でした。

「私は何も話しかけてはいない。私に伝声の力はない。おまえ自身が私のことばを思い出したのだ」

 フルートは驚きました。声は、空耳とは思えないほどはっきり聞こえてきたのですが……。

 すると、エルフがまた言いました。

「あるいは、金の石自身が語りかけてきたのかもしれないな。我を信じよ、と石がおまえに言ったのだろう」

 フルートは思わず胸の金の石を見つめました――。

 

 そこへポチが口をはさんできました。

「ワンワン。闇の霧でおかしくなっていた人や動物も、元に戻りましたか?」

 子どもたちが一番気にしていたことでした。フルートもまたエルフを見ます。

 エルフは静かに答えました。

「すべてが元に戻るまでには、もうしばらく時間がかかるだろう。あれは生き物の心に潜む闇を呼び覚ます力を持っていたのだ。心の闇を鎮めることは、その当人にしかできないのだから、時間がかかる者もいる。だが、闇のささやきが聞こえなくなったからには、まもなく世界も落ちつくだろう」

「よぉし、これで家に帰れる!」

 とゼンは嬉しそうに拳を空に突き出しました。

「へへへっ! この冒険を親父やじいちゃんに話して、びっくりさせてやる! なにしろ、俺たちはメデューサと闇の卵に勝ったんだからな!」

 それを聞いて、フルートはエルフを見つめ直しました。ずっと疑問に思っていたことを思い出したのです。

「ひとつ質問です……。あの卵がかえったら、中から何が生まれてきたんでしょうか?」

「真の闇と絶望と破滅だ」

 とエルフは謎めいたことを言いました。

「あれがかえれば、世界は間違いなく絶望のどん底に突き落とされただろう。そのときにはもう金の石でも防ぐことはできなかった。おまえたちは間に合ったのだ。かろうじてな」

 かろうじて、ということばに、子どもたちは顔を見合わせました。今さらながら、とても危険な戦いだったのだと思い知らされて、微妙な表情になってしまいます。

 エルフは青空の彼方を見上げると、ごく低い声で言いました。

「だが、力はまだ漂っている。どこへ行こうというのか……」

 けれども青空には何も見えていませんでした。エルフのつぶやきも、フルートたちの耳には届きません。

 そのとき、ポチが声を上げました。

「フルート、金の石が!」

 ペンダントの真ん中で輝いていた金の石が、いつの間にか灰色の石に変わっていたのです。子どもたちが驚きあわてていると、エルフが静かに言いました。

「その石は世界に危険が迫ったときにだけ目覚めて、金の石の勇者を呼ぶのだ。世界から危険が去ったので、金の石は眠りについた。しばらくの間は、安心して暮らすがいい」

 エルフのことばには含みがありましたが、フルートたちは気がつきませんでした。闇の卵は消滅し、黒い霧はちぎれて消え、空には太陽が輝いています。再び明るくなった世界がただただ嬉しく感じられます。

 エルフは乾いた荒野を指さして話し続けました。

「半年後にこの地をまた訪ねるがいい。沼地は消え闇の神殿も崩れ去った。ここは見渡す限りの花野になるだろう」

「へえぇ」

 子どもたちは荒野を眺めました。一面の花におおわれた緑の大地が、幻のように見えた気がします──。

 

 やがてエルフがまた言いました。

「さあ、帰還だ、小さな勇者たち。おまえたちの大事な人たちが、おまえたちの帰りを待ちわびている」

「よし、俺は北の峰に帰るぜ。フルートも家に帰るんだろう?」

 とゼンが言うと、フルートは首を横に振りました。

「その前にディーラに行かなくちゃ。国王様に今回のことを報告しなくちゃならないんだ」

「げ、国王ぅ? フルートは人間でもいい奴だけど、そういう奴らは苦手だぜ」

 しぶるゼンに、フルートは言いました。

「大丈夫。ロムドの国王様はすごくいい方だよ。それに、君を会わせたい人がいるんだ。もちろん君も一緒だよ、ポチ」

 それを聞いて、ポチは尻尾を振って喜びました。

「ワン、ぼくはフルートが行くところになら、どこにでも行きますよ。行きましょう、ディーラに!」

「ちぇっ、わかったよ、行くよ。だが、その前に――」

 ゼンはまじめくさった顔で仲間たちを見回しました。

「――飯にしようぜ。俺はもう、死ぬほど腹ぺこだ」

 フルートとポチは思わず吹き出しましたが、すぐに笑うのをやめました。自分たちが本当にひどく空腹だったことに気がついたからです。

 エルフがほほえみながら言いました。

「私の家に食事がもう準備してある。それで元気をつけてから、王都に向かうといい」

 子どもたちはいっせいに歓声を上げました。

 花野になることを予言された荒野には、日の光が暖かく降り注ぎ、さわやかな風が吹き抜けていました――。

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