フルートとゼンは地底湖から町に戻ろうとして、通路の途中でグラージゾ討伐隊と出会いました。討伐隊は屈強のドワーフたちで、先頭にはゼンの父親が立っていました。子どもたちが力のルビーを抱えているのを見て、口をあんぐりさせます。
「俺は夢でも見ているのか? こんな馬鹿げた光景が現実だとは、とても思えん」
「現実だぜ、親父」
ゼンがにやにやして答えました。
「グラージゾは湖の中で燃え尽きて灰になってる。フルートと俺でやっつけたんだ」
討伐隊は仰天して地底湖へ駆け下りていきました。フルートとゼンも、それにつきあってもう一度湖に行き、どうやってグラージゾを倒したのか、戦いの様子を話して聞かせました。その命がけの戦いに大人たちは驚嘆して、子どもたちの勇気を褒めました。ゼンの父親も感心してフルートに言います。
「おまえは本当に金の石の勇者だったんだな。よし、ではこのルビーを源の間に戻そう。洞窟中に力が戻ってくるぞ!」
そして一時間後、ドワーフの洞窟には光が照り渡りました。
源の間に力のルビーを戻したので、大天井を支える大柱の真ん中で太陽の石が輝きだしたのです。それは本当に太陽に似た明るい光でした。洞窟の中のドワーフの町や、町を取り囲んで広がる畑や牧場をあまねく照らします。
太陽の石を支える大柱も、光を浴びて様々な色合いに輝いていました。ルビー、サファイヤ、エメラルド、かんらん石、紫水晶、紅水晶……様々な宝石が柱に埋め込まれていて、複雑な模様を浮き上がらせています。それは、いつまでもうっとり見とれていたいような美しい眺めでした。
数時間後には、光の柱の下で盛大な祝宴が開催されました。
お椀を伏せたような家に囲まれた広場に、何百というテーブルや椅子が持ち出され、食べ物や酒瓶がところせましと並びます。ドワーフたちはみんな晴れやかな顔で、笑いしゃべり、料理をほおばっては酒をくみ交わしました。洞窟には光や力が戻ったし、恐ろしいグラージゾも退治されたので、誰もが浮かれて上機嫌です。あちらこちらで乾杯になるたびに、ドワーフたちは口々にこう言いました。
「金の石の勇者、万歳! フルートとゼンの勇気に乾杯! ドワーフの洞窟に永遠に平安あれ!」
祝宴の真ん中の席ではフルートとゼンがたくさんのドワーフに囲まれていました。やれ食べろ、飲め、と料理や菓子やジュース、果ては酒まで勧められてきます。人間だ、人間の血を引くドワーフだ、と言って彼らをのけものにする者はもういません。二人はドワーフの洞窟の英雄でした。
たくさんの人たちがグラージゾを退治したときの様子を聞きたがったので、ゼンがみんなの前で冒険譚(ぼうけんたん)を語りました。フルートがどんなに勇敢に行動したかを特に熱心に話したので、ドワーフたちはフルートにすっかり感心しました。
とうとう一番年配の長老が皆の前で宣言しました。
「金の石の勇者よ。我々はめったなことでは人間を招き入れない種族だ。しかし、おまえはドワーフにも匹敵するような勇気と正義の心を持っておる。今後、いつまでもおまえはドワーフの仲間じゃ。おまえがこの洞窟を訪ねてきたとき、我々はいつでも扉を開けて、おまえを町に招き入れるじゃろう」
フルートは立ち上がって深く頭を下げました。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
すると、すぐ近くに立っていたゼンの祖父が笑ってフルートに耳打ちしました。
「我々六人の長老で話し合って決めたのだ。協議は三分で終わった。歴史に残る短時間の決定だったぞ」
祝宴はいつまでも続きました。誰もが浮かれて楽しそうです。
でも、フルート内心焦っていました。フルートにはまだやらなくてはならないことがありました。話を切り出そうとするのですが、そのたびに誰かが食べ物や飲み物を勧めにきたり、グラージゾを退治したときの話を聞きたがったりするので、なかなか話し出す機会がありませんでした。
すると、どこからかひとりのドワーフの少女がやってきて、フルートの目の前に立ちました。ドワーフは人間より背が低いので年齢がわかりにくいのですが、顔つきから見て、まだ五、六才くらいの小さな女の子のようでした。黒い服を着て三つ編みにした髪に黒いリボンをつけています。
少女が青ざめた顔にひどく真剣な表情を浮かべていたので、フルートはびっくりしました。
「ぼくに何か用?」
と尋ねると、少女はうなずいて口を開きました。
「勇者様、あたしのお父さんがグラージゾに殺されたの。勇者様は不思議な力のある石を持ってるんでしょう? お葬式の手伝いに来たおばさんたちがそう言ってたわ。お願いです、勇者様。お父さんを生き返らせてください!」
とたんに広場はしんと静まりかえりました。周囲のドワーフたちが、なんとも言えない顔つきになります。
「源の間で死んでいったドルーンの、一番上の娘だ」
とゼンの父親に言われて、フルートははっとしました。痛みに似たものが胸の中を走り抜けていきます。金の石でドルーンを癒そうとして間に合わなかった記憶が、まざまざとよみがえってきたのです。
少女はすがるようにフルートを見つめていました。お父さんを生き返らせてください、とまなざしでも訴えています。
フルートは両手を握りしめると、かすれる声で言いました。
「金の石は、死んでしまった人を生き返らせることはできないんだよ……ごめんね」
「だって!」
少女は必死で叫びました。
「勇者様はグラージゾを退治したんでしょ!? 魔法の石があるんでしょ!? お父さんのことだって生き返らせることができる、っておばさんたちが言ってたわ! お願い、あたし、なんでもします! どんなことでもするから――お父さんを生き返らせて!!」
少女の目から涙がどっとあふれ出しました。それでも少女はフルートをひしと見つめています。
そこへ、少女を追って、数人の大人たちが駆けつけてきました。
「これミリー、やめなさい! うわさ話を本気にするんじゃない! 勇者様は困っておいでだぞ……!」
「お父さんは鍛冶の神様に招かれて、地下の宮殿に仕事に行ったのよ。そこへ行った人は、もう戻っては来られないの」
そして、彼らはフルートに詫びると、少女を連れて広場を出て行きました。少女は大泣きしながら連れられていきました。
「フルート……おまえのせいじゃないよ」
隣に座っていたゼンが、フルートの表情を見て言いました。
「おまえはあのとき、ドルーンのことを助けようとしたんだからさ」
けれどもフルートは自分の膝を見つめていました。黙って唇をかんでいます。
すると、今度は太い男の声が響きました。
「そうだ! 勇者はドルーンを助けようとしてくれていたんだ!」
ひとりのたくましい男がフルートの前に立っていました。それは、源の間でフルートがドルーンに駆け寄ろうとしたとき、「汚らわしい人間のくせに!」とフルートを突き飛ばしたドワーフでした。
「おまえはあいつを助けようとしてくれていたんだ……! なのに、俺はそれをはねのけた! ドルーンを死なせたのは、この俺だ! 悪いのはみんなこの俺なんだ!」
深い後悔と自責の声でした。
「すまない、金の石の勇者! すまない、ドルーン……!」
男は声を上げて泣き出すと、よろめきながら広場を出て行きました。
祝宴の席は水を打ったように静まりかえりました。
ゼンの父親が低い声でフルートに言いました。
「あいつはドルーンの友人だったんだ……。わかっていたら、あいつだって邪魔したりはしなかった。許してやってくれ」
フルートは唇をかみしめたまま、また自分の膝を見つめました。広場はしんと静まりかえったまま、誰の話し声も聞こえてきません。堅く重苦しい空気が包み込んでいます。
すると、フルートが立ち上がりました。広場中のドワーフが注目する中、大きく息を吸って声を張り上げます。
「ぼくの話を聞いてください! 大切な話をしたいんです……! 確かにグラージゾは退治されました。でも、ロムドの国の南からは黒い霧が湧き起こっていて、それがどんどん広がっています。黒い霧は北の峰に来ると黒い雪になるんです。邪悪な気配がする雪で、グラージゾもこの雪の影響で凶暴になりました。このままでは、またグラージゾのような危険な敵が現れるかもしれません。ドワーフの洞窟だけでなく、世界のいろんなところで、同じような危険が起きてくるはずなんです――!」
そこでフルートはちょっと息をつぎ、自分を見つめるドワーフたちを見回しました。
「ぼくはその霧の源へ行って霧を打ち払わなくちゃいけません。でも、ぼくひとりじゃできないんです──。お願いです。ぼくと一緒に、霧の源まで行ってくれる人はいませんか!? ぼくは仲間を捜しているんです!」
とたんにフルートを見つめる目が宙を泳ぎ、広場のあちこちでざわめきが起きました。ドワーフたちが口々に話し合いを始めたのです。その顔はどれも恐怖と不安の表情を浮かべていました。
ドワーフは元来とても勇敢な種族です。けれども、この洞窟に住んでいるドワーフは、生まれてこの方、洞窟から一歩も外に出たことのない者がほとんどでした。彼らにとって洞窟の外は、死後の世界にも似た、未知で恐怖の世界でした。そこへ飛び出していくというのは、いくら勇敢な彼らでも、なかなか思い切れないことなのでした。
どこからも返事がないので、フルートはがっかりして肩を落としました。
城の占い師のユギルは、北の峰に行けば仲間が見つかる、とフルートに告げました。でも、よく思い出してみれば、ドワーフが仲間になる、とは言っていなかったのです。
どこか別の場所を当たらなくちゃいけなかったんだろうか、とフルートはうつむきながら考えました。
それとも、あの占い自体が何かの間違いだったんだろうか……?
その様子に、ゼンの父親が、やれやれ、というように首を振りました。ドワーフにしては大柄な体を起こして口を開こうとします。
ところが、その隣から元気な声が上がりました。
「俺が行くさ! 俺がフルートと一緒に行く! 決まってるじゃないか!」
ゼンが椅子の上に立ち上がって叫んでいました。
ゼンの父親は驚き、すぐにあきれた顔になりました。
「おい、ゼン。俺が今それを言おうとしていたんだぞ。フルートと行くのは俺だ。おまえみたいな半人前が一緒に行って、なんの手助けになると言うんだ」
すると、ゼンは父親へ下唇を突き出して言い返しました。
「いくら親父の言うことでも、これだけは聞けないぜ。地底湖でこいつと一緒に戦ったときから決めていたんだ。俺が行く! フルートの仲間は、この俺さ!」
ゼンの父親は、また、やれやれというように首を振りました。
「しかたがない。では、我々親子でフルートについていくとするか。ゼンも、いれば少しは役にたつこともあるだろう」
「いや、おまえは行ってはいかん、ビョール」
とゼンの祖父が自分の息子に言いました。
「さっきフルートも言っていたように、北の山脈に降った黒い雪が、虫や獣を狂わせている。おまえたち猟師がいなければ、とても対抗できん。おまえは猟師の組頭(くみがしら)だ。おまえが金の石の勇者についていくと言えば、猟師たちの大半はおまえについていく。今のこの状況で、それは許されんことだ」
「し、しかし、じいさま──」
とゼンの父親は不満そうに言い返しました。その表情は、さっき彼に不満を唱えたゼンと瓜二つでした。
「ゼンはまだ十一歳だぞ。こんな子どもに何ができると言うんだ」
「それは、やらせてみなくてはわかるまい。少なくとも、この子たちは二人だけでグラージゾを倒した。定めを証明しているのかもしれんぞ」
それを聞いてゼンは大喜びしました。
「そうそう! 子どもだからって、馬鹿にしちゃいけないんだぜ! それに俺はフルートと同い年だ。フルートが金の石の勇者なら、俺だって立派にその仲間になれるさ!」
ゼンの父親は面白くなさそうな表情になると、椅子にどっかと腰を下ろしてフルートを見ました。
「仲間を選ぶのは金の石の勇者だ。フルートに決めてもらおう」
「俺だったら! 俺、俺! なあ、フルート!?」
とゼンが椅子から飛び降りて言いました。
フルートは真剣な顔で彼を見つめ返しました。
「ゼン、ぼくが行くのは本当に危険な場所だよ。正体はまだわからないけど、ものすごく邪悪なものが潜んでいるところなんだ。正直、死ぬのかもしれないって考えてるよ。金の石の力だって間に合わないかもしれない……。それでも一緒に行ってくれるの?」
すると、ゼンもフルートに負けないくらい真剣な表情になりました。
「俺がいいかげんな気持ちでこんなこと言ってると思うのか? 誰がなんて言おうと――たとえ、おまえが俺を選ばなくても、俺はおまえと一緒に行くぞ。もう決まってるんだ」
「ゼン……」
フルートは、通路でゼンがフルートを追いかけてきたときと同じように、胸が熱くなって何も言えなくなりました。ゼンはまっすぐな目でフルートを見つめています。揺るぎのない信頼の目です。
フルートはついに答えました。
「ありがとう、ゼン……。一緒に行こう。霧の源へ……」
「ぃやったぁ!!」
ゼンは両手の拳を頭上に突き上げると、フルートの肩を抱いて笑いました。
「へへへっ! おまえは放っておくと、どんどん自分から危険なほうに飛び込んでいくもんな。俺がしっかり援護してやらぁ。頼りにしてろよ!」
「ゼン……」
フルートが泣き笑いの顔になったので、ゼンのほうは急に心配そうな顔になりました。
「子どもの俺が仲間だと不安か、フルート……?」
フルートはあわてて首を横に振りました。
「ううん、嬉しいんだよ。君が仲間になってくれて、すごく嬉しいんだ。本当はぼくも君が来てくれたらいいなって、ずっと思っていたんだ。君が追いかけてきてくれたときから、ずっと……」
「フルート」
ゼンも思わず涙ぐむと、あわてて鼻をすすって父親に言いました。
「ってことだ、親父。ちょっとフルートと行ってくる。行って、黒い霧の中のヤツをぶっ飛ばしてきてやる!」
「行ってこい、ゼン」
息子に負けた父親は、苦笑いを浮かべながら言いました。
「精一杯やってこい。これでもう、おまえも一人前だ。ドワーフの猟師として立派に戦ってこい」
おぉぉっ!! と、どよめくような歓声が湧き起こりました。広場に居合わせたドワーフたちが、いっせいに声を上げたのです。
ゼンの祖父が立ち上がって、ひときわ通る声で言いました。
「では、我々はビョールの息子ゼンを、金の石の勇者の仲間として送り出すことにする。二人の上に鍛冶の神と大地の女神の守護があらんことを!」
「鍛冶の神と大地の女神の守護あれ!!」
と広場のドワーフたちがいっせいにそれに唱和しました。
その後、祝宴がすっかり終わってから、ゼンの祖父がゼンとフルートにこっそり言いました。
「本当はな、わしがフルートと一緒に行こうと思っとったんだ。わしもビョールも、ゼンに出し抜かれてしまったなぁ」
「へへん。いくらじいちゃんでも、こればっかりは絶対に譲れないね」
ゼンは祖父にそう言い返すと、得意そうに笑いました――。