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外伝27「王の樹」

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2.冬の山

 二時間ほどかけて花鳥がたどり着いたのは、北の峰の中腹の岩場でした。谷川にそそり立つ崖の上が、夜の中で淡い水色に光っています。

 崖が花鳥と同じ色に光っていたので、メールは、そっか! と声を上げました。

「あそこって、あたいが昔、星の花の花鳥で降りたところだね? この鳥の花が咲いてた場所だ!」

「ああ、そうだ。あの花は一年中ああして咲いてるからな。俺たち猟師のいい目印になってるぜ。あそこに降りよう。で、その先は歩きだ」

 メールはまた目を丸くしました。ゼンはこの場所に案内したかったのだろうと思ったのですが、どうやら違っているようです。

「ねえ、どこさ? 誰に会いに行こうっていうんだい?」

 花鳥を崖に下ろしながらメールはせっつきましたが、やっぱりゼンは教えてくれません。

「いいから、ついて来いって。こっちだ」

 と奥の森へと歩き出します。

 メールはあわてて花鳥を元の花に戻しました。青と白の星の花は崖の上に咲く花と一緒になって、小さな花畑に変わりました。淡い光を夜の中に散らしながら、気持ちよさそうに風に揺れ始めます。

「久しぶりだよね? 友だちと一緒にここで待っておいでね──。ゼン、待ちなってば! ひとりで勝手に行くんじゃないよ!」

 花たちにはとても優しく、ゼンにはどなるくらい元気な声で言って、メールも森の中へ駆け込みます。

 

 ハルマスの砦は雪もほとんど消えて、春の気配が漂っていましたが、ここ北の峰ではまだ冬が頑張って居座っていました。森の中には雪が分厚く積もって凍り、木の枝にも降り積もった雪が凍りついています。月のない夜でしたが、満天の星空だったので、星明かりが雪と氷に反射して、森中がきらきらと光り輝いています。

「うわぁ……綺麗!」

 メールは歓声を上げました。日中の日射しで少しだけ溶けた雪が再び凍ったのでしょう。木々の枝の先では小さなつららが輝いていました。まるで木の枝から無数に垂れ下がるシャンデリアのようです。声を発するたびに白く凍る息までが、光を反射して輝きます。

 ゼンは得意そうな顔になりました。

「だろう? 山は冬には殺風景になって春まで眠るだけだなんて言う奴がいるけどよ、実際には夏に負けねえくらい、いろんな顔を見せるんだぜ。生き物だって数え切れねえくらい動き回ってるしよ──。でもな、ここがおまえを連れてきたかった場所でもねえんだ。こっちだ。足元に気をつけてついて来い」

「もう! ホントにどこに行こうってのさ、ゼン!?」

 メールは文句を言いながらゼンの後を追いかけましたが、じきにまた森に夢中になってしまいました。冬の夜の森は、それくらい珍しいものでいっぱいだったのです。

 凍りついて氷の彫刻のようになってしまった滝。ビロードのような雪の上に点線模様を描いている野ウサギの足跡。それが途中で突然途切れて見えなくなっている理由──「別に狐や鷲(わし)に襲われたわけじゃねえ。ウサギの奴が賢いだけなんだ」とゼンは言いました──。木々が少ない斜面では、雪が風に押されて転げ落ちた雪玉が、直径一メートルほどにも育って、絶妙なバランスで斜面の途中に並んでいました。なかなか奇妙な光景です。

 メールは、ふぅっと満足そうな息を吐きました。

「ここってホントにいい場所だよね。夏に歩いたときにも思ったんだけどさ、冬でもやっぱり変わらないよ。深くて豊かで、厳しいけど暖かいんだ。なんかさ、この山自体が生きてるような気がするよ。で、あたいたちを見守ってるんだ」

 ゼンはうなずきました。

「北の峰のドワーフはみんなそう思ってるぜ。俺たち猟師は特にそうだ。山の上を駆け回って、山の恵みを分けてもらってるからな。俺たちは神様を信じてねえけど、言ってみりゃ、この山そのものが俺たちの神様だ。だから、山に猟に出るときにはしっかり川で身を清めるし、山の恵みの一部はまた山に返す。それがドワーフ猟師の掟(おきて)だ」

「なんかわかるな、それ。海もそんな感じだよ。あたいたちも海からいろんなものを分けてもらって生きてるんだ。だから、あたいたちも海のことは心から信じてるし、あたいたちが死んだらまた海に還っていく……。海と山って全然違うようなのにさ、なんでか似てるところがたくさんあるよね」

「まあ、同じ世界にあるものなんだから、似ていて当然なのかもしれねえけどな。というところで、そろそろ近づいてきたぞ。何か感じねえか?」

「えっ?」

 メールは驚き、あわてて周囲を見回しました。

 

 そこは再び深い森の中でした。大きな木々が冬でも葉のついた枝を広げているので、足元の雪は少なめですが、代わりに星明かりもあまり差し込まなくて、見通しが効きません。メールはその中に懸命に目をこらし、やがて、あれ? という顔になりました。

「声が聞こえる──誰かが呼んでるよ」

 今度はゼンが驚いた表情になって、すぐに笑いました。

「やっぱりな。そいつがおまえに会わせたかった奴なんだよ」

「え? だって、この声……」

 とメールは言いかけ、急に口をつぐんで唇を結ぶと、改めてあたりへ頭を巡らしました。さらに両耳に手を当てて声のする方角を確かめると、そちらへ歩き出します。今まで後ろを歩いていたメールが先になり、ゼンが後についていく格好になります。

 迷いもなく歩いて行くメールの背中を見ながら、ゼンはつぶやきました。

「おまえには声が聞こえるんだな。さすがだよな」

 メールはつぶやきに気がつきませんでした。聞こえてくる声を追うのに夢中だったからです。

 そして、ゼンにはその声が聞こえていないのだということにも、メールは気がつきませんでした──。

2021年3月15日
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