暮れていく春の夕空へ、花鳥が翼を広げて舞い上がりました。
星がまたたき始めた空にはデセラール山が黒々とそびえ、その麓にはリーリス湖が闇のように横たわっています。夜に染まっていく世界の中で、花鳥だけは水色の淡い光を放っていました。鳥の体を作る星の花が輝いているのです。背中に乗ったメールとゼンも淡い水色に照らされています。
「ああ、いい気持ち──! ちょっと寒いけどさ、でも、やっぱり外のほうがいいよね」
とメールは大きく伸びをしました。三月の夜空は冷え込んでいましたが、厚い毛皮のコートを着込んでブーツを履いているので、それほど寒そうではありません。
毛皮の上着をはおって弓矢を背負ったゼンが、へっと笑いました。
「俺たちは自然の民だもんな。狭苦しい建物の中より外の方が断然いいに決まってる」
メールは海の民と森の民の血を引いているし、ゼンは大地の子と言われるドワーフなのです。
花鳥はハルマスの砦(とりで)の上空を旋回しました。
北の防塁のそばには、彼らが飛び立ってきた作戦本部が見えています。日中、彼らは闇の軍勢相手に激戦を繰り広げ、どうにか敵を撃退して砦を守り切ったのです。砦のあちこちからは、兵士たちの話し声や歌声が聞こえていました。勝利を祝って酒盛りをしているのです。
ゼンたちも作戦本部の中でささやかな祝宴を開こうとしたのですが、フルートが「疲れた」と言って部屋に戻ってしまい、ポポロも後を追いかけていったので、ゼンとメールは彼らに気を利かせて夜空の散歩に出てきたのでした。
「ねえ、どっちの方角に行こうか? デセラール山にでも行ってみる?」
とメールが湖の向こうにそびえる山を示すと、ゼンは首を振りました。
「北にしようぜ。ちょっと遠くまで足を伸ばそう」
「遠くまで? どこさ?」
「北の峰だ。俺の故郷のな」
メールは目を丸くしました。
「それは確かにちょっと遠いね。お父さんに会いに行くのかい? この前ゼンはフルートたちと南大陸に行ってたから、お父さんに会えなかったもんね」
「いや、親父たちに会いに行くんじゃねえ。おまえに見せたい──いや、会わせたい奴がいるんだ」
メールはますます驚きました。それは誰かと尋ねましたが、ゼンは教えようとしませんでした。
「行ってからのお楽しみだ。おまえも会えば絶対に嬉しいはずだから行こうぜ」
「──?」
メールにはさっぱり見当がつきませんでしたが、ゼンがどうしても教えようとしないので、とにかく北へ向かうことにしました。北の峰はロムド国の北の国境の先にありますが、花鳥ならそれほど時間はかかりません。メールは花鳥に呼びかけました。
「行き先は北だよ。今夜は星がよく見えるから方角はわかるだろ? 北の極星を見ながら飛んでおくれ」
普段は気が強くておてんばな彼女も、花に話しかけるときにはとても優しい声になります。
キィッ、と花鳥は応えると、星を目印に飛び始めました。
「ありがと。気をつけて行こうね」
笑顔で花鳥に話しかけるメールを、ゼンは黙って見つめていました──。