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外伝24「修道女」

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3.ユリスナイの天使

 オーエンとレッカーの家はマリガの魔法で一瞬のうちに崩れ、あたりは煙のような砂埃で包まれました。やがて砂煙が消えると、二つの大きな瓦礫の山が現れます。喧嘩をしていた家は、完全に崩れてしまったのです。

 瓦礫の上にそれぞれ男が立っていました。一人は短い赤毛の若者、もう一人は肩までの金髪にひげを生やした中年の男です。

 二人はマリガではなく相手の男をにらみつけていました。家と家がやっていたように、ののしり合いを始めます。

「何をするんだ、オーエン! ぼくの家を壊すなんて、どういうつもりだ!?」

 と赤毛の若者が言えば、金髪の中年が言い返します。

「それはこっちの台詞だ、レッカー! 自分の家を巻き添えにしてまで、わしの家を壊したかったのか!?」

「ぼくより魔力が強いと誇示したかったのか!? あいにくだったな! 貴様の家だって壊れているじゃないか!」

「だから、それは貴様のしわざだろう! 何を考えている、青二才め!」

「なんだと、この老いぼれ!」

「わしはまだそんな歳ではない――!」

 悪口の内容は家の口喧嘩とほとんど変わりません。

 

 若者の足元で瓦礫の山が崩れて、中から不気味な怪物が現れてきました。猪(いのしし)に似ていますが、熊より巨大で、牙が何十本と生えた口をしています。

 一方、中年の足元の瓦礫からも、奇妙な怪物が這い出てきました。大猿のような姿ですが、腕が長く、赤く血走った目をしています。

 それは相手を憎む気持ちが生み出した怪物でした。瓦礫から抜け出すと、互いに飛びかかろうと身構えます。

 すると、二匹の怪物の間に修道女が割り込んできました。怪物がにらみ合う真ん中へ進んできて、立ち止まります。

 オーエンとレッカーはどなりました。

「どけ、女! 邪魔だ!」

「今すぐそこをどけろ! 食い殺されても知らないぞ!」

 けれども、マリガは動こうとはしませんでした。冷ややかな目で二人の魔法使いを見て言います。

「あなたたちの魔力は、そんなことのためにあるのか。くだらない」

「なんだと――!?」

 興奮していた男たちはたちまち逆上しました。瓦礫の山でうなっている怪物に命じます。

「あの女からやれ!」

「あいつから食い殺すんだ!」

 猪の怪物が突進を始め、猿の怪物が飛びかかっていきます――。

 

 すると、マリガは空中に手を伸ばしました。何もなかった場所から、すんなりとしたトネリコの杖を取り出すと、剣を振るように宙を切ります。

 とたんに二匹の怪物は吹き飛びました。杖は怪物に触れていなかったのに、まるでなぎ倒されたように大きく飛んで、瓦礫の中に突っ込んでしまいます。

 男たちは驚きました。

「貴様も魔法使いか!?」

「女のくせに生意気な――!」

 今度は二人の攻撃魔法が修道女に襲いかかります。

 マリガは杖を立てて、ドンと足元を突きました。たちまち光の壁が立ち上がって攻撃を防ぎます。

「こいつ、強いぞ!」

「負けるか! ぼくたちはこの国で一番強い魔法使いなんだ!」

 再び二人から魔法が飛びました。先より強烈な攻撃です。

 けれども、それも障壁を破ることはできませんでした。マリガは修道女のベールの陰から冷ややかに言います。

「こんなことにばかり協力し合うのか。まったく馬鹿馬鹿しい。いいかげん目を覚ませ」

 そこへまた猪と猿の怪物が襲いかかりました。左右から同時に飛びかかっていったので、片方は防げても、もう一方は防ぎきれないタイミングです。

 マリガは身をかがめ、周囲に円を描くように体を回転させました。杖の先から魔法の波動が広がり、二匹の怪物が吹き飛ばし、オーエンとレッカーまで倒してしまいます。

「よくも……!」

「よくもよくも……!」

 二人の魔法使いは怒りに顔を真っ赤に染めて跳ね起きました。また攻撃魔法をくり出そうと両手を挙げますが、その魔法が黒く染まり始めていました。周囲に巡らした光の障壁の上で、ばちばちと火花が散り始めます。

 一方、二匹の怪物もまた起き上がってきました。猪と猿の体が見る間に大きくなって、醜く変化し始めます。猪は頭が三つに増えて全身の毛が針のように逆立ち、猿は血走った目がつながり合って大きな一つ目に、腕が四本に増えます。

 マリガは厳しい顔と声になりました。

「それは闇魔法だ! おまえたちは魂まで闇に落ちるつもりか!?」

 けれども、二人の魔法使いも二匹の怪物も攻撃を止めようとはしません。

 マリガは杖を手放すと、祈るように両手を握り合わせました。声高く言います。

「ユリスナイよ、彼らに哀れみと許しを与えたまえ――消浄!!」

 魔法のことばと共に、白く輝く魔法があふれて広がっていきました。それは攻撃の魔法ではありませんでした。二人の魔法使いと二匹の怪物に絡みつくと、光の中に呑み込んでいきます――。

 

 白い光が消えると、その痕に怪物の姿はもうありませんでした。魔法使いたちが掲げていた黒い魔法も消えて、二人は呆然と立ちつくしていました。圧倒的な魔法に、怪物も攻撃も打ち消されてしまったのです。彼ら二人の力を合わせたものより、はるかに強力な光の魔法でした。

 マリガは足元から杖を拾い上げると、とんと地面を突きました。とたんに、オーエンとレッカーが目の前に現れます。

 二人はマリガを見たとたん、わぁっと飛びのき、魔法で逃げようとして尻餅をつきました。魔法が発動しなかったのです。

 青ざめて後ずさる二人に、彼女は言いました。

「あなたたちの魔法軸を破壊した。当分魔法は使えない。これを機会に、もう一度正しい魔法軸を立て直すがいい」

 オーエンとレッカーは真っ青になって自分たちの両手を見ました。懸命に魔法を使おうとするのですが、まるで発動しないので、また呆然とします。

 

 すると、大通りから拍手をしながら通りに入ってきた人物がいました。黒っぽい服に黒いマントをはおった男性です。

「見事だな、マリガ。二人の魔法の暴走を打ち消して争いを止めただけでなく、適切な罰まで与えるとは」

「ゴーラントス様。こちらに来ては危ないと言ったのに」

 とマリガはあきれましたが、男は平気な顔で言いました。

「これほど興味深い戦いを見逃すことはできぬからな。いや、まったく、噂以上の逸材だった」

「噂?」

 また出てきたことばに、マリガは首をひねりました。やっぱり意味がわかりません。

 すると、オーエンとレッカーがまた、うわぁっと大声を上げました。マリガが何事かと振り向くと、二人は尻餅をついたまま震えだしていました。

「へ、へい……」

 何かを言おうとしますが、声も震えていてことばになりません。その顔は青を通り越して蒼白です。

 何をそんなに怯えているのだろう、とマリガが驚いていると、今度は大通りから新たな集団が駆け込んできました。立派な服を着た中年の男性と、それを守るように周囲を固めた兵士たちです。立派な格好の男性がゴーラントスに駆け寄って、いきなりどなりつけます。

「お姿が見えなくなったので、どちらにおいでになったのかと思えば! こんなところで何をしておいでです、へいか!?」

 マリガは目をぱちくりさせました。自分の耳が聞いたことばの意味がわからなくて、頭の中で繰り返してしまいます。へいか、へいか――陛下――?

 

 彼女は息を呑みました。思わず飛びのいて立ちつくしてしまいます。ゴーラントスの正体にようやく気づいたのです。

 そこへ、大通りからまた別の人物が駆け込んできました。全身黒ずくめの服を着て腰に大剣を下げた、黒髪ひげ面の青年です。ゴーラントスに駆け寄ると、力が抜けたように、その前にひざまずいてしまいます。

「ご、ご無事でなによりでした、陛下……。私のすぐ後ろをいらしていたはずなのに、いつの間にかお姿が見えなくなっていたので、肝を潰しました。どうやって教会から抜け出されたのです? 誰にも気づかれずに……」

「心配をかけてすまぬ、ゴーラントス卿」

 とゴーラントスは自分の名前で青年を呼びました。いえ、ゴーラントスを名乗っていた人物の正体は、他でもないロムド国王でした。家臣の名前を拝借していたのです。

 立派な服の男性が、また王に食ってかかりました。

「最近はこのような真似もなさらなくなったと思っていましたのに! 王と知られずに教会を訪問したい、とおっしゃっていたのは、このためだったのですね!? そうとわかっていれば、協力などいたしませんでした!」

「怒るな、リーンズ。こうでもしなければ、例の魔法使いには出会えなかったのだ」

 とロムド王が言いました。叱られて苦笑いしていますが、声には真剣なものがあります。

 立派な服の人物は、ロムド国の宰相のリーンズでした。彼も真剣な顔になると、まだ呆然としていたマリガへ目を向けました。

「では、こちらが噂の」

「そう。リバー修道院のユリスナイの天使だ」

 ロムド王はマリガが育った修道院の名前を言っていましたが、彼女にはまだ意味がよくわかりませんでした。人々の顔を見回していると、ゴーラントス卿と呼ばれた青年が、王に言いました。

「彼女が驚いています。正体をお知らせにならなかったのですか、陛下?」

「陛下はまたそのようなことを――! それは人が悪い、と何度も申し上げたはずですよ!」

 とリーンズ宰相がまた王を叱ります。

 

 そこへ今度はマリガもよく知っている人々が到着しました。教会の司祭長や司祭たちです。ロムド王の無事な姿に安堵しますが、その近くにマリガを見つけると、顔色を変えてどなりつけてきました。

「おまえが何故ここにいるのだ、マリガ!? まさか、国王陛下を城下に連れ出したのは、おまえではないのだろうな!?」

 厳しく問いただされて、マリガは思わず後ずさりました。言われた通り、ロムド王を教会の外へ連れ出したのは彼女です。正体を知らなかったのだ、という言い訳が通用するとは、とても思えません。

 すると、ロムド王がさえぎって言いました。

「余が彼女に命じたのだ。城の魔法使いの暴走を止めなくてはならなかったからな」

 王に振り向かれて、オーエンとレッカーの二人の魔法使いはひれ伏しました。そのまま頭を上げなくなります。

 それを見て、リーンズ宰相が言いました。

「どうやら、やっと争いが収まったようですね。これをユリスナイの天使が?」

「そうだ。屋敷を一瞬で破壊して、中に隠れていた彼らを引き出し、魔法で呼び出した怪物もろとも光の魔法で抑え込んでしまった。この国のどの魔法使いより強力な魔法の使い手だ」

 まさか、と言ったのは司祭長たちでした。信じられないようにマリガを見ます。

 ロムド王は厳しい声になりました。

「余はリバー修道院からユリスナイの天使と呼ばれる魔法使いを招くように、と伝えたはずだ! 当人は半年も前にディーラに来ていたのに、何故これまでそれを知らせなかったのだ! こちらから探しに来なければ、永遠に引き合わせなかったつもりか!?」

 通り中に響き渡るような声に、司祭長たちは青くなってすくみ上がりました。しどろもどろになって言います。

「か……過剰な評判だろうと思っていたのです……た、ただの修道女がそのような魔法を使えるとは、とても……。現に、彼女は教会で魔法をほとんど使わなかったので……」

「ユリスナイにお仕えするには、魔法ではなく自分の手と足で行うこと! それがリバー修道院の決まりでした!」

 とマリガは思わず口をはさみ、急にまたとまどって、王を見ました。ロムド王は思慮深い灰色の目で、彼女をじっと見つめていたのです。

 

 王は静かに話し出しました。

「あなたをだまして試すような真似をしたことは、すまなかったと思っている。だが、我々がオーエンとレッカーの争いに手を焼いていたのは事実であるし、余が強力な魔法使いを求めていたことも真実だ。現在、ロムドと隣国エスタの関係は悪化の一途をたどっていて、明日にも大規模な戦争が起きそうな状況になっている。余はこの国を守るために強力な魔法軍団を作りたいと考えているのだ――。ユリスナイの天使、あなたはたぐいまれな才能にめぐまれた魔法使いだ。しかも、そのことにうぬぼれることなく、謙虚に精進してきている。余はあなたにロムドの魔法軍団の長になってもらいたいと思う。引き受けてもらえるだろうか?」

 マリガはあっけにとられました。国王から「城に来てほしい」と直々に頼まれている状況が、とても信じられません。しかも、王は彼女に、魔法軍団の長になってほしい、とまで言っているのです――。

 かなり長い時間考えてから、彼女は目を伏せました。首にさげたユリスナイの象徴を見ながら言います。

「私は自分が『ユリスナイの天使』などと呼ばれていたことを知りませんでした。陛下が私をご存じでいてくださったことは光栄ですが、その通り名はあまりにもユリスナイに失礼です。私が城で働く際には、別の名で呼んでいただきたいと存じます」

 それは事実上の承諾でした。ロムド王は笑顔になりました。

「あなたは大変真面目で敬虔(けいけん)な方らしいな。それではなんと呼ぶことにしようか?」

「どうぞ、白の魔法使いと。白は私にとって一番なじみのある色なのです」

 そう言って、彼女は白い修道女の服に触れてみせました――。

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