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外伝24「修道女」

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2.喧嘩

 修道女のマリガはゴーラントスと名乗った男を連れて、一瞬で教会の外へ移動しました。教会の敷地内では魔法司祭たちに気づかれるので、教会から離れた人気のない裏通りに出ます。

 ゴーラントスは目を丸くして周囲を見回しました。

「ここはどこだ? 私を連れてこんなに飛べる魔法使いがいたのか」

 以前にも魔法で移動した経験がある口ぶりです。

 マリガはあたりを透視してから言いました。

「ここは都の北西部の、城に近い場所です。問題の魔法使いたちがいる場所はどこでしょう? そもそも、何故魔法戦争なんてものが起きそうになっているのですか?」

「あなたは我々を人目につかないようにすることはできるか? 話し声も聞きつけられないように。――けっこう。まず、その魔法をかけてほしい。そうしたら、道々話して聞かせよう」

 とゴーラントスが言ったので、マリガはすぐにごく小さな結界で自分たちを包みました。それでもう、周囲からは彼らの存在がわからなくなります。

 ゴーラントスはさっそく裏通りから大通りに出ると、周囲を見ました。通りを大勢の人が歩いていますが、誰もゴーラントスやマリガを見ようとはしません。真っ正面から歩いてきてぶつかりそうになる人もいますが、直前で器用に避けて通り過ぎます。それなのに、やっぱり彼らに目を向けることはないのです。

 ふむ、とゴーラントスは感心しました。

「ここまで完璧に存在を隠すことができるとは、噂以上の力だな。これならば彼らの暴走も止めることができるだろう」

 噂? とマリガは首をひねりました。彼女はディーラの教会にやって来てから、教会の外に出たこともなければ、魔法を使ったこともありませんでした。その機会がなかったのです。いったい誰が自分を噂していたのか聞きたいと思いましたが、ゴーラントスが歩きながら話し始めたので、疑問はそのままになりました。

 

「争っているのは、城で最も力が強い二人の魔法使いだ。名をオーエンとレッカーという。王はロムド国の軍備に魔法を取り入れることを考えて、魔法使いを集めてきた。彼らはその中でも特に魔力が強く、しかも実力的にはほとんど同じだったので、普段からどちらが強いかで競い合っていた。やがてそれが行きすぎて、引くことのできない争いにまで発展してしまったのだ。強力な魔法を使うので、正規軍の兵士でも止めることはできないし、他の魔法使いたちも力が及ばなくて制止ができない。今は、二人が自分の屋敷にたてこもって、にらみ合いを続けている。魔法戦争まで一触即発の状況なのだ」

 そんな話を聞かされて、マリガは考え込みました。

 ロムド国王が魔法使いを積極的に雇用していることは、彼女も知っていました。彼女自身も、王に雇ってもらいたくて、地方の修道院からディーラへやってきたからです。

 けれども、魔法使いは個性が強く、自分の能力に大変なプライドを持っている者が少なくありません。魔法使い同士がどちらが強いかで争い、魔法合戦のあげくに町をひとつ住人ごと吹き飛ばしたという大惨事も、過去には起きていたのです。

 マリガは考えながら言いました。

「魔法使いは、力の大小に関わらず、協調することが苦手な者が多いのです。私が修道院時代に修業に行ったミコンのように、全員がユリスナイの教えと戒律に従っていれば、協力して戦う魔法使いの軍隊を作ることも可能ですが、戒律を持たない魔法使いが協力し合うことはかなり難しいはずです」

「そうらしいな。王はロムドにもミコンのような魔法軍団を作りたかったのだが、計画は難航している。魔法使いはすでに三十人ほど集まったのだが、全員がてんでばらばらで協力しようとはしない。今回、オーエンとレッカーが大喧嘩を始めても、我関せずと知らん顔でいる魔法使いも多いのだ」

 マントのフードを脱いだゴーラントスは、苦い顔をしていました。勝手気ままな魔法使いたちに、ほとほと手を焼いているのです。

 マリガはさらに考えて言いました。

「魔法使いの世界は実力主義です。飛び抜けて魔力が強い者を長に据え、しっかりした規則を作って皆を従わせなければ、俗世に魔法軍団を作ることは困難でしょう」

「王もそれは考えた。だから、オーエンとレッカーの二人を長に命じて、魔法使いたちを指揮させようとしたのだが、彼らは自分の役目をはたさずに、自分たちのどちらが上かで争い始めてしまったのだ」

 とゴーラントスは大きな息を吐きました。確かに溜息をつきたくなるような状況です。

 

 すると、行く手から気配が伝わってきました。まだ距離はありますが、かなり強力な魔法の波動を感じます。

 マリガは先を行くゴーラントスを引き留めました。

「ここまで来れば、私にも彼らの居場所はわかります。これ以上近づいては危険ですから、ゴーラントス様はここで待っていてください。争いを止めてきます」

「できれば二人は殺さないでほしい」

 とゴーラントスは真顔で言いました。

「彼らは非常に優秀な魔法使いだ。争いさえやめれば、きっとこの国の強力な守人(もりびと)になってくれるはずなのだ」

「わかりました」

 とマリガは即答しました。彼女は聖職者なので、無用な殺生をするつもりはなかったのです。

 

 マリガが一人で通りを歩いて行くと、魔法の気配はどんどん強くなってきました。彼女はそれを全身で感じながら分析していきました。光属性の魔法ですが、一部が闇属性に変わり始めています。ライバルへの憎しみが魔法の方向性を変えてしまったのです。光の魔法と闇魔法は裏表の関係なので、闇の想いに囚われてしまえば、光の魔法使いもたちまち闇魔法使いに堕落してしまいます。

「なるほど、これは看過できないな」

 とマリガはつぶやきました。男性の魔法使いたちと肩を並べて修行するうちに身についた男ことばですが、それをとがめる者はここにはいません。

 代わりに行く手の建物から声が聞こえてきました。

「よぉぉ、オーエンのふぬけ野郎! 貴様なんぞディーラには必要がないぞぉぉ!」

「何を言いおる、腰抜けのレッカー! 貴様こそ城から出て行け! 貴様に城が守れるものかぁぁ!」

 二人の男が言い合っている声ですが、話しているのは人間ではありませんでした。細い通りをはさんで向かい合って建つ二軒の家が、人のようにののしり合っているのです。

「これがオーエンとレッカーの屋敷か」

 とマリガは眺めました。屋敷と呼ぶには小さすぎる家でしたが、彼女の魔法の目には、建物がずっと奥の別空間まで続いているのが見えていました。中に入れば、屋敷と呼ぶのにふさわしい広さがあるはずです。

 二軒の家は生きているように壁や屋根を動かし、正面の玄関を口にして、悪口の応酬をしていました。

「オーエンの○○! おまえの△△は××だぁぁ!」

「何を言う、レッカー! 貴様こそ○○で××のくせにぃぃ!」

 マリガは顔をしかめました。聞くに堪えない下品な罵詈雑言(ばりぞうげん)でしたが、人々は平然と二軒の家の間を通っていました。魔法使いだけに聞こえる悪口合戦なのです。

 

 これはまずいな、と彼女は考えました。ディーラの住人は魔法使いたちが争っていることに気づいていません。知らないまま魔法に巻き込まれるかもしれませんでした。

「まず、住人の安全を確保しなくては」

 とマリガは片手を上げました。指先から飛んだ魔法が頭上ではじけ、光の弾になって通りへ降り注ぎます。通りには大勢の通行人がいますが、光の弾がぶつかるようなことはありません。

 すると、弾が通りの端に突き刺さり、弾と弾の間に光の壁が生まれました。普通の人間には見えない光の障壁ですが、通りを歩いていた人々は、何故か急に落ち着かない気分になって駆け出しました。通りから大通りへ飛び出し、不思議そうに振り向きます。細い通りにはすでに通行人の姿はありませんでした。ただ、白い長衣とベールを身につけた修道女が、一人きりで立っています――。

 

「人がいなくなったぞぉぉ、オーエン! 貴様のしわざかぁぁ!?」

 と右の家が言いました。

「貴様がやっておいて何を言う、レッカー! 何をたくらんでいるぅぅ!?」

 と左の家が言い返します。

 その間にマリガは進んでいきました。二つの家を交互に見て言います。

「魔法の余波で家が怪物になり始めている。何をやっているんだ、まったく」

 けれども、その声は家には届きませんでした。悪口がいっそう激しくなっていきます。

「貴様がわしを狙っているのはわかっているぞぉぉ! やられるまえにやり返してやろうぅ!」

「面白い、やれるものならやってみろぉ! こちらこそやり返してやるぅぅ!」

 二つの家がぐぅんと大きくなり、屋根がめくれ上がりました。次の瞬間、屋根瓦が相手の家へ飛び始め、瓦と瓦がぶつかり合って破裂します。

 ドン、ドン、ドン……!!!

 通りの外からのぞいていた人々は驚きの声を上げました。さすがにこの様子は彼らにも見えたのです。

 窓から顔を出した隣の住人は、飛びかう屋根瓦に肝を潰して悲鳴を上げました。そこへ、はじけた瓦が飛んでいきますが、光の壁がぐんと伸び上がったので、ぶつかって粉々に砕けました。命拾いした隣人があわてて家の奥に逃げ込んでいきます。

 それを確かめてから、マリガは言いました。

「おまえたちの喧嘩は迷惑だ。ただちにやめろ」

 けれども、飛びかう瓦の弾は止まりません。やがて、瓦だけでなく煉瓦(れんが)までが壁を抜け出して飛び始めます。

「やめろと言っている!」

 とマリガは言うと、両手を二つの家に突きつけました。

 ずん!

 地響きと共に砕けたのは、瓦や煉瓦ではなく、二軒の家そのものでした。建物は一瞬で土台から粉々になり、轟音(ごうおん)と砂埃をたてて崩れ落ちていきました――。

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