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外伝22「黒い勇者」

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4.激戦

 「いよいよ始まったぁ。バオルの人たちったら、見事にセイロスくんの策にはまっちゃって、まぁ」

 雄叫びと剣の音が響き渡る戦場の上空で、幽霊のランジュールはふわふわと高見の見物を決め込んでいました。

「バオルの人たちは、隣の丘から火矢が飛んでくるから、敵はみんなそっちにいると思い込んだんだろうねぇ。ところがどっこい、セイロスくんはカイルの戦士たちと一緒に、黒い布をかぶって身を隠しながら、跳ね橋がおりてくるのを今か今かと待ちかまえていた、と。ここまではほぉんと、セイロスくんの作戦の通りだよねぇ。ただ、ここから先はどうなるかなぁ。なにしろ、敵のほうがこっちより数が多いんだからさ。セイロスくんのお手並みを、もうしばらく拝見といこうかなぁ。うふふふ……」

 楽しそうに笑いながら、炎に照らされた地上の様子を眺めています。

 

 跳ね橋の上で、カイルとバオルの戦士が激しく戦い合っていました。

 彼らの剣は大きくて重く、切れ味はあまりよくないので、力任せに振り下ろしては、敵の体や首をたたき切っていきます。そこここで血しぶきが上がり、体の一部を失った戦士が橋から堀へ落ちました。堀を流れる激流に飲み込まれて、たちまち見えなくなっていきます。

「橋から落ちるな! 落ちたら助からんぞ!」

 とバオルの側から声が上がりました。普段は流れのほとんどない堀が、今はきわめて危険な場所になっています。

 カイル勢の先頭ではセイロスが戦い続けていました。彼の剣には研ぎ澄まされた刃があるので、剣がひらめくたびに敵の首や手足が飛び、突けば敵の心臓を貫きます。

 セイロスの前に死体の山ができていくので、ギーが感心して言いました。

「ものすごい腕前だな、セイロス! 戦神バラのようだ!」

「連中の守備は隙だらけだし、体が大きい分、狙える場所も広いからな」

 とセイロスは言って、またバオル兵の腕を切り落としました。ところが、敵が負傷した体で踏みとどまり、一本だけになった腕で切りかかってきました。セイロスを脳天から真っ二つにしようとします。

「危ない!」

 ギーはとっさに剣を振って、バオル兵の剣を跳ね返しました。セイロスは身をかがめ、バオル兵に足払いをかけます。バランスを崩した戦士は、仲間の戦士と共に堀へ落ちていきました。大きな水音がして、男たちの悲鳴がたちまち遠ざかります。

「ありがとう。助かった」

 とセイロスが礼を言ったので、なんの、とギーは得意そうに笑いました。

「おまえの背中は俺に任せろ! 敵には指一本触れさせないからな!」

 と豪語します。それを聞いて、セイロスも満足そうに笑いました。燃える城から届く光が、その笑顔に影を落として黒く彩ります――。

 

 すると、上のほうからカイルの戦士たちの間に矢が飛んできました。跳ね橋の両脇の石垣に数人のバオルの戦士がいて、カイルの陣営目がけて矢を撃ち込んできたのです。矢は当たりませんでしたが、カイルの戦士たちは大きく後退しました。セイロス自身も盾をかざして橋のたもとまで下がります。

「よし、連中を倒すぞ!」

 バオルの戦士たちは勢いづいて橋を駆け出しました。一気に城の外へ飛び出し、堀の外で敵と戦おうとします。

 ところが、そこにはまだセイロスが残っていました。押し寄せてきた敵を次々切り捨て貫いて、死体に変えていきます。敵の血しぶきを浴びて、紫水晶の鎧兜が夜目にも紅く染まりました。敵は橋を渡りきることができません。

「撃て撃て!」

「こっちも矢だ!」

 橋の外まで下がったカイルの戦士たちが、口々に言いながら剣を弓矢に持ち替えました。放たれた矢は火矢ではありませんでしたが、狙いの通り石垣の上の戦士に命中しました。矢を受けた射撃兵が叫び声を上げて堀に落ちていきます。

「当たったぞ!」

 とカイルの戦士たちはどよめきました。彼らはセイロスに教わったとおりに弓矢を改良したのですが、その結果、精度も飛距離も格段に上がったので、自分たちで驚いてしまったのです。逆に、バオルの射撃兵たちはたじろぎます。

「そのまま射撃を続けろ! 敵に橋を渡らせるな!」

 とセイロスは叫び、自分自身は橋の上を駆け出しました。押し寄せる敵を次々に切り倒し、敵の間をぬって橋を渡りきると、跳ね橋の横の建物に飛び込みます。そこには跳ね橋を昇降させる鎖と、それを巻き上げる装置があって、大柄な戦士が番をしていました。いざとなったら橋を上げて敵を侵入できないようにしよう、と待機していたのです。

「邪魔だ」

 とセイロスは冷ややかに言いました。とたんに巨体の戦士は風にあおられたように吹き飛び、壁にたたきつけられて潰れました。セイロスの後を追って飛び込もうとした敵の戦士が、ぎょっと入口で立ちすくみます。

 すると、誰も触れていないのに、橋の昇降機がひとりでに動き出しました。カラカラカラと軽い音をたてながら鎖が巻き取られ、それに合わせて外堀にかかった橋が上がっていきます。立ちすくんだ戦士は、ますます目を見張ります――。

 

 外堀にかかった橋が急に上がり始めたので、カイルとバオル両方の戦士たちは驚きました。橋の上にはまだ大勢のバオル兵がいたので、あわてて駆け戻り、滑り落ちるように城内に飛び込みます。

 堀の外ではギーが顔色を変えていました。

「セイロスが! あいつがまだ中にいるんだ――!」

 上がっていく橋に飛びついて城内へ行こうとしますが、橋はもう頭上のはるか上へ跳ね上がっていました。ギーは堀に飛び込もうとして、仲間たちから引き止められました。闇の中、堀はごうごうと不気味な水音をたてています。泳ぎ切ることはとても不可能です。

「セイロス! セイロス!!」

 ギーが呼びかける城から、大きなどよめきが聞こえてきました――。

 

 跳ね橋が上がった城内では、セイロスが大勢の敵に取り囲まれていました。橋の昇降機がある建物に十数人の戦士が飛び込んできて、セイロスへ剣を突きつけたのです。

 そこにバオルの族長もやってきました。見慣れない紫水晶の防具を着た男を、いぶかしそうに眺めて尋ねます。

「貴様はカイルの人間ではないな? 何者だ? なんのために連中に手を貸している?」

「それに答えてやる義務はないな」

 とセイロスは言いました。周りは敵だらけだというのに、怯えるどころか、余裕の表情で笑っています。

 バオルの族長はますますいぶかしい顔になりました。この男は頭がおかしいのだろうか、だから城の跳ね橋を上げて、わざわざ自軍を不利にしたのだろうか、と考えます。

 すると、今度はセイロスが尋ねました。

「様子からして間違いないと思うが、おまえはバオル族の族長だな?」

 その口調がひどく生意気に聞こえて、族長は男をにらみつけました。

「それこそ、貴様に答えてやるような義務はない。貴様はここで切り殺されるのだからな。早まったことを心底後悔するがいい」

 そう言って、族長はセイロスとの話し合いを打ち切りました。やれ、とセイロスを囲む戦士たちに命じて、自分は背を向けて歩き出します。

 隣の丘から火矢が飛ばなくなったので、城内の火事はどうにか鎮静に向かっていました。跳ね橋が上がったので、敵が城内に攻め込んでくる危険ももうありません。ふいを突かれて一時は混乱しましたが、なんとか持ちこたえることができた、と族長は安堵します。

 

 ところが、族長は背後が妙に静かなことに気がつきました。戦士たちが男を串刺しにしたはずなのに、男の悲鳴も戦士たちの歓声もまったく聞こえてこないのです。何事? と振り向くと、そこには十数体の屍(しかばね)が転がっていました。たった今まで剣を構えて立っていたはずの戦士たちが、全員干からびたミイラになって倒れ、真ん中には紫の鎧の男が一人で立っています。

「貴様、何を――!?」

 と言いかけて、族長はぎょっとしました。男の兜の後ろからのぞいていた黒髪がほどけて、背中でうねうねと動いていたのです。まるで無数の黒い蛇のような動きです。族長は思わず悲鳴を上げました。自分が非常に危険なものと向き合っていることに気づいて、あわてて建物から逃げ出そうとします。

 すると、悲鳴を聞きつけて、一人の戦士が外から飛び込んできました。

「どうした、族長!?」

 とたんに、族長のすぐ後ろにセイロスが姿を現しました。

「族長と呼ばれたな? やはりおまえがバオルの族長か」

 と薄笑いをしながら手にした剣を振り上げます。

「族長、逃げろ!」

 と戦士は自分の背後に族長をかばいましたが、次の瞬間、血をまき散らして床に倒れました。セイロスに切り殺されたのです。

 セイロスは逃げようとする族長を後ろから捕まえて引き戻しました。剣を構えて冷ややかに言います。

「死ね」

 剣が再び振り下ろされました――。

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