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外伝22「黒い勇者」

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2.丘

 「あれだ。あそこが俺たちの聖なる丘なんだ。今はバオルの城が建っている」

 アマリル島の戦士のギーは、そう言って行く手を指さしました。上り坂になった雪野原の先に小高い丘があり、その頂上に建築物が見えます。石積みの壁が丘の周囲に巡らしてあるのですが、まだ一キロあまりの距離があるので、詳細まではよくわかりません。

 セイロスはギーの隣で黙って丘を眺めていました。黒い長衣を銀の鎖かたびらと紫水晶の鎧に替え、金茶色のマントをはおり、腰には剣を下げています。長い黒髪は邪魔にならないよう、後ろで一つに束ねていました。

 そんなセイロスを見て、ギーは言いました。

「変わった防具だな。氷の鎧なのか?」

「これはファラドで産出した紫水晶だ。守備力が非常に高いから、昔から愛用している」

 とセイロスは答えて、同じ紫水晶の兜をかぶりました。

「ほぉんと、昔も昔だよねぇ。二千年も前から、セイロスくんはこの恰好だったんだから」

 と幽霊のランジュールが、頭上をふわふわしながらつぶやいています。

 

 そこへ、ひときわ立派な防具で身を包んだ老人が、三人の娘を従えてやってきました。ギーたちカイル族の族長でした。空中のランジュールに気がついて、指先でたたりよけの印(いん)を切ると、セイロスに話しかけてきます。

「このたびは協力に心から感謝する、神官殿。昨夜も話したとおり、我々はバオルからあの丘を取り戻そうと、ずっと戦い続けている。だが、敵は城を造って守りを固めているし、人数も我々よりずっと多い。我々のほうが不利なのだが、それをくつがえして丘を取り戻してくれたら、神官殿にはわしの孫娘たちを差し上げよう」

 長老に言われて、従っていた三人の娘がいっせいにベールを頭から外しました。全員が豊かな金髪に青い目をしていて、なかなかの美人揃いです。

 あーらら、と頭上でランジュールがまた声を上げました。

「三人全員をセイロスくんのお嫁さんにあげるってわけぇ? この島って一夫多妻制なんだ。へぇぇ、うらやましい」

 けれども、そう言うランジュールの声は、特にうらやましそうにも聞こえませんでした。彼は魔獣使いなので、魔獣以外のものにはあまり興味がなかったのです。

 立派な容姿のセイロスを見て、三人の孫娘はぽうっと頬を赤らめ、興奮して互いに話し出しました。誰が第一夫人になるかの相談を始めたのですが、セイロスのほうは表情も変えずに言いました。

「謝礼の話は今はいい。それは丘を取り戻してからの話だ。それに、私は妻を求めていない。私には大きな目的がある。今は妻を持つ時期ではない」

「大きな目的? それはなんだ?」

 と族長が聞き返しました。せっかくの申し出を断られて少し気を悪くしていましたが、それ以上に、相手の話につり込まれたのです。ギーや孫娘たちも注目します。

 セイロスはかすかに笑うと、敵のいる丘へ視線を戻しました。

「それも丘を取り戻してから話す。今は敵をどうやって倒すかを考えるのが先決だ」

 おお、と族長やギーはうなずき、娘たちはいっそうのぼせた表情になりました。敵に勝った暁には、ぜひあなたの目的も聞かせてくださいな、とセイロスへ懇願します。

 上空ではランジュールがまた独り言を言っていました。

「うまいよねぇ、セイロスくんは。どんどん相手を自分のペースに引っ張り込んじゃうんだからさぁ。本体はデーちゃんだけど、これまでのデーちゃんのやり方とは、ちょっと違うかもねぇ。ふふふ……」

 

 やがて、族長や娘たちはカイル族の本陣へ戻っていき、後にはまたセイロスとギーとランジュールが残るだけになりました。

 セイロスが丘を眺めながら言います。

「さて、あの城の中にはどのくらいの人数がいるだろうな?」

 けれども、丘の上に石造りの堅固な建物は見当たりませんでした。丘を囲む石壁はよく見えるのですが、丘の頂上には低い建築物があるだけです。

 ランジュールがまた口をはさんできました。

「ねぇねぇ、昨日から何度も言ってるけどさぁ、あれを城とは言わないんじゃないのぉ? お城って言ったら、ロムド城とかザカラス城とかエスタ城みたいに、石で造られた高い建物と塔があってさぁ、周囲も高い石の城壁に囲まれててさぁ、さらにその周りにはお堀があって、跳ね橋があって――それがお城だろぉ? 言っちゃ悪いけど、あの丘に建ってるのは、ただの掘っ立て小屋(ほったてごや)。一応二階建てみたいだけどさぁ、小さいし木でできてるし。あんなの、どう見たって城じゃないだろぉ?」

 すると、セイロスは答えました。

「かつては、大半の城がこんな造りだったのだ。築山(つきやま)や小高い丘の上に塔を建てるが、そこはあくまでも戦いのときの砦(とりで)で、平時は城主も麓(ふもと)の館で暮らしていたし、家来や農民も同じ場所で暮らして、畑や牧場などを営んでいた。激戦が予想される場所では、火をかけられることを警戒して、砦の塔を石造りにすることもあったが、建築が大変だから、たいていは木造だ――。ギー、あそこにどのくらいの人間がいるか、わかるか?」

 金髪碧眼の戦士は即座に答えました。

「バオル族は全員があの城の中で暮らしている。戦士が百五十人、女と子どもが百五十人、年寄りが百人というところだ。だが、城の中に攻め込むと、年寄りも女子どもも襲いかかってくる」

「それはまた勇敢な敵だな」

 とセイロスが言ったので、ギーは不満そうな顔になりました。

「俺たちカイル族だって、攻め込まれれば女子どもまで勇敢に戦うぞ! 俺たちは戦士の民だ!」

「つまり、すごく野蛮な種族だってことだよねぇ」

 と空でランジュールがまた独り言を言います。

「こちらの人数はどのくらいだ?」

 とセイロスはまた尋ねました。

「カイル族は戦士が九十八、女子どもが百十二、年寄りが三十七」

 とギーがまた即座に答えます。敵のバオル族が四百名ほどいるのに対して、カイル族は二百五十名程度ということになります。戦力差はかなりのものです。

 

 ふむ、とセイロスは考え込み、おもむろにマントから片手を出しました。そこに小さな生き物が載っていたので、ギーは目を丸くしました。

「それはなんだ?」

 と気味悪そうに尋ねてきます。

 生き物は全身を黒い毛でおおわれ、鳥のような翼を持っていましたが、頭には大きな目が一つだけしかなかったのです。ぎょろぎょろと目玉を動かして、周囲を眺めています。

「私の目の代わりをする鳥だ。これで上空から偵察する」

 とセイロスは言って、生き物を空に放ちました。黒い鳥はまっすぐ上空へ上っていくと、そこに留まりました。羽ばたきながら、丘のほうを眺めます。

 ふぅん、とランジュールは言いました。

「ボクに偵察に行け、とでも言うと思ったんだけどねぇ。自力で偵察しようとするなんて、感心感心」

「おまえがそんな命令を聞くはずがないのはわかっている」

 とセイロスは言って目をつぶりました。こめかみに人差し指をあて、閉じた目で何かを凝視し始めます。

「思った通りだな……砦と住居を囲む石壁の外側を、さらに堀が囲んでいる。今は寒さで凍りついているが、春が到来しているから氷はゆるんでいる。氷に乗れば、割れて水に落ちるな。堀は居住区と丘の頂上の砦の間にも引き込まれていて、跳ね橋がかかっている。あそこに攻め込むには、まず外堀の跳ね橋を越えて居住区に入り、さらに内堀の跳ね橋を越えて丘を登らなくてはならないわけか……典型的な造りの城だな」

「今の典型じゃぁないけどねぇ」

 とランジュールがまた突っこみます。

 

「空から城を見ているのか!? 敵の様子も見えるのか!?」

 とギーが興奮して身を乗り出し、たたみかけるように言いました。

「バオルの族長は見つけられないか!? 族長さえ倒せば、あそこの連中は降伏してくる! バオルの族長は二年前の戦いで跡継ぎが戦死して、新しい跡継ぎがまだ四歳なんだ! あの鳥で族長を殺せば、丘は戦わずに俺たちのものになるぞ!」

 すると、セイロスは目を開けました。

「勇敢な戦士の一族が、そんな卑怯な方法で敵を倒すつもりなのか?」

 と皮肉っぽく言い、不思議そうな顔をするギーに話し続けました。

「そんな暗殺まがいのやり方では後々の混乱を招く。敵はずっと恨みを持ち続けるし、島の他の連中がやり口を真似てくるからな。後の反撃や奇襲を招かないためには、圧倒的な戦いを展開して、敵を粉砕して見せなくてはならないのだ」

「だが、我々はバオルより少ないんだぞ! 城を攻めようとすれば、矢で狙い撃ちにされるし!」

「わかっている。だからこそ、敵に圧勝してみせる必要があるのだ。少ない兵で敵を粉砕すれば、カイル族は一目も二目も置かれるようになるからな。島の他の連中を従えやすくなる」

 島の他の連中を従える? とギーは聞き返しました。これまでまったく考えたことがなかったことを聞かされて、きょとんとしてしまいます。

「そうだ。カイルはバオルを倒し、他の種族も従えて、この島を支配することになる」

 とセイロスは言いました。自信に充ちた声です。

 空からまたランジュールが言いました。

「ふぅん。つまり、キミはカイル族に島の天下統一をさせようとしてるわけかぁ。で、その最初の王様はやっぱりキミだよねぇ、セイロスくん? そぉいう目的だったんだ。うふふふ……」

 なに!? とギーは顔色を変えました。王、ということばは聞き慣れませんでしたが、話の流れから、島全体の族長をさすのだと察したのです。では我々の族長をどうするつもりだ!? と問いただそうとします。

 

 すると、セイロスは真面目な顔で言いました。

「私はこの島の王などにはならん。王になるのはカイル族の族長に決まっている」

 ギーはたちまち機嫌を直しました。

「それじゃあ、おまえは俺たちの族長を島全体の族長にしてくれるというのか、セイロス!?」

「そう聞こえなかったか? 私は最初からそのつもりでいた」

 とセイロスが微笑したので、ギーは両手を広げて歓声を上げました。

「あんたは我々の真の友だ! 未来永劫、我々はあんたと共に戦うぞ!」

 とセイロスを抱きしめ、紫水晶の鎧の背中をばんばんとたたきます。セイロスも決して小柄ではありませんが、ギーのほうが一回り大きな体をしています。

 セイロスは薄笑いのまま、低く言いました。

「こんなちっぽけな島の統治は原住民に任せておく。私の野望はもっと大きいのだ……」

 そのつぶやきは、感激しているギーには聞こえません。

 彼らの頭上をふわふわ漂いながら、ランジュールが透き通った肩をすくめていました。

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