オリバンの一行が加わってからさらに一時間ほど後、フルートたち勇者の一行は会議室を出て、城の廊下を歩いていました。話し合いはまだ続いていましたが、フルートたちはザカラスでの戦闘が終わったばかりだったので、ロムド王から、休んで疲れをとるように、と言われたのです。部屋への案内役には青の魔法使いが立っています。
先を歩く武僧に、フルートが言いました。
「ぼくたちばかり、すみません。青さんや白さんや赤さんだって、ザカラスで戦ってきたからお疲れのはずなのに」
青の魔法使いは笑って振り向きました。
「相変わらず勇者殿はお優しいですな。だが、心配はご無用。我々はロムドの魔法軍団の将ですからな。戦闘中であれば、一週間以上不眠不休で戦い続けることだってできます」
うへぇ、とゼンは声を上げました。
「四大魔法使いってのは、そんなに体力あるのかよ。俺なんて、もう眠くて眠くて、上のまぶたと下のまぶたがくっつきそうだぞ」
ゼンが本当に眠そうな様子をしていたので、メールが肘で小突きました。
「ちょっと、こんなところで寝ちゃダメだよ。ゼンったら見た目より重いから、寝ちゃったら誰にも運べないんだからね」
「そうなったら、青さんに運んでもらわぁ……あぁあ、部屋にはまだ着かねえのかよ?」
とゼンが大きなあくびをします。
「その階段を二つ上がって間もなくですが、それこそ魔法でお連れした方が良いですかな? 一瞬で着けますが」
と青の魔法使いに言われて、フルートは首を振りました。
「けっこうです、歩いていきます。距離は短くても、魔法の通り道をくぐっている間にデビルドラゴンに干渉されたら、大変ですから」
それはそのとおりだったので、ゼンも仕方なく歩き続けました。寝ちゃだめだよ! とメールにまた小突かれます。
すると、階段の上のほうから、ぱたぱたと誰かが駆け下りてくる音が聞こえてきました。
「今の声! もしかして、金の石の勇者の皆様方ですの?」
かわいらしい声と一緒に階段から姿を現したのは、銀に近いプラチナブロンドの巻き毛にピンク色のドレスの少女でした。フルートたちの姿を見ると、ぱん、と両手を打ち合わせて、それは嬉しそうに笑います。
「やっぱりそうでしたわ! お兄様たちがお城にお戻りになったと聞いたので、メーレーンはご挨拶に行くところでした。勇者様たちもご一緒だったのですね! ああ、ポチ、ルル、お久しぶり! また会えてメーレーンはとっても幸せですわ!」
少女はロムド国の王女のメーレーン姫でした。自分のことを名前で呼ぶのが、この王女様の癖です。犬が大好きなので、人間のフルートたちより先に犬たちのほうに挨拶をしています。
フルートたちはちょっと苦笑しながら王女に近寄っていきました。久しぶりで会った王女は、背が伸び、顔つきも少し大人っぽくなっていましたが、その天真爛漫な表情は以前と少しも変わっていませんでした。ピンクのドレスと髪飾りを着けているところを見ると、ピンク色が好きなのも相変わらずのようです。
すると、そこへまた階段を駆け下りてくる音がして、今度は黒い肌と縮れた黒髪の娘が飛び出してきました。子どものように小柄ですが、大人の女性の体つきをしていて、侍女の服を着ています。
「だめだよ、王女様! 階段で急に駆け出したりしちゃ! 途中でつまずいたら、下まで転げ落ちて大怪我しちゃうじゃないか――」
黒い肌の侍女は、王女の前にいるフルートたちに気がついて目を丸くしました。次の瞬間には、顔中に大きな笑みを広げて駆け寄ってきます。
「フルートたちじゃないかぁ! いつお城に着いてたんだい!?」
彼女はムヴア族の娘のアマニでした。同じムヴア族である赤の魔法使いの婚約者で、火の山の巨人の戦いの後、赤の魔法使いと一緒にロムド城に来ていたのです。彼女とは別れてからまだ一ヵ月ちょっとしかたっていなかったので、とても久しぶりの再会というわけではありませんでした。
ゼンは眠そうな顔のまま、笑って肩をすくめました。
「ロムド城には俺たちの知り合いが勢揃いだよな。挨拶するだけでも大忙しだぜ」
「あれ、アマニが着てるのって、お城の侍女のドレスじゃないか。アマニったら、侍女になったのかい?」
とメールに聞かれて、アマニはまた笑いました。
「王女様の護衛だよ。それと話し相手。王女様は南大陸の話を聞くのが大好きなのさ」
王女に仕えているというのに、アマニの口調は以前と少しも変わっていませんでした。メーレーン王女のほうでも、そんな彼女の態度を少しも気にしていません。どうやら、王女とアマニはうまくいっている様子です。
すると、青の魔法使いが大きな体をかがめて、王女にお辞儀をしました。
「後ほどお知らせに上がろうと思っていましたが、お会いできたので、ここでお知らせいたしましょう。メーレーン様からお預かりしたお手製の肩掛けは、確かにザカラスのトーマ王子へお渡しいたしました。王子は大変お喜びで、王女様にくれぐれもよくお伝えしてほしい、とおっしゃっておいででした。そして、これをメーレーン様に――」
と武僧は空中に手を伸ばし、現れたものを取ってメーレーン姫へ差し出しました。それは綺麗にたたまれたハンカチでした。上等の白い絹の片隅に、青い糸で文字が刺繍されています。
王女は目を輝かせました。
「まあ、この文字はトーマ王子のお名前のイニシャルですわ! トーマ王子はメーレーンにご自分のハンカチをくださったのですね?」
「王子とは戦場でお別れしてきたので、王子はメーレーン様にお渡しできる物をお持ちではなかったのです。何か姫にお渡ししたい、せめてこれを、とご自分のハンカチを預けてこられました」
と青の魔法使いは言い、王女が嬉しそうにハンカチに頬ずりするのを見てほほえみました。トーマ王子が、こんなつまらないものを渡してはメーレーン姫からあきれられるのではないか、と心配していたことを思い出したのです。
アマニが身を乗り出すようにして尋ねてきました。
「ねえ、青さんがここにいるってことは、モージャもお城に戻ってきてるってことかい? モージャはどこにいるのさ?」
モージャというのは赤の魔法使いの本名です。
「会議室だよ。白さんやオリバンたちと一緒に、ロムド王にいろいろ報告してるのさ」
とメールが答えると、とたんにアマニは飛び上がりました。黒い顔を真っ赤にしてわめき始めます。
「あの人と一緒にいるだってぇ!? 冗談じゃない、モージャはあたしの旦那様だよ! モージャと二人きりになんてさせておくもんか!」
「いやいや、会議室には他にも大勢います。別に白と二人きりというわけではありませんぞ」
と青の魔法使いが取りなしましたが、アマニはまったく聞いていませんでした。まだハンカチを頬に押し当てていた王女をぐいぐい引っぱって言います。
「行こうよ、王女様! モージャたちは会議室にいるんだ! 急がなくっちゃ!」
「あら、お兄様たちはご自分のお部屋ではなかったのですか? そうですわね、急いでおかえりなさいませと言って差し上げなくては。西部視察の長旅からお戻りなのですもの。勇者様、皆様、また後ほどお会いいたしましょうね。ポチ、ルル、後でたくさん遊びましょうね――」
アマニに引っぱられて、メーレーン王女は廊下の向こうへ行ってしまいました。残された一同は、つむじ風が去っていった後のような気分で顔を見合わせました。
「なぁに、今の? アマニはどうしてあんなに白さんを気にしてるわけ?」
とルルに聞かれて、青の魔法使いはひげの生えた顎をかきました。
「いやまあ、なんというか――赤の婚約者殿は実に情熱的な方でしてな」
強面(こわもて)の武僧が、かなり困った顔をしています。
「白さん、なんだか大変そうね……」
アマニと王女が去っていったほうを眺めて、ポポロはそうつぶやきました。