一時間後、ロムド王やフルートたちは会議室で軽い食事を取りながら、報告と話し合いをしていました。
王が護衛も召使いも全員下がらせたので、部屋にはよく知った人たちしかいませんでした。四大魔法使いが盗聴防止の魔法もかけたので、全員が安心して本音で話をしています。
「では、デビルドラゴンの正体というのは、実は二千年前に金の石の勇者だったセイロスという人物で、幽霊のランジュールが、そいつをこの世に復活させてしまったというのか! なんたることだ!」
と言ってテーブルをたたいたのは、ロムド軍総司令官のワルラ将軍でした。老いてもたくましい体を濃紺の鎧で包み、食事の席でも腰に剣を下げています。
リーンズ宰相が眉をひそめてたしなめました。
「あまり興奮なさらないでください――。将軍はずっと北部で怪物の掃討作戦を展開されていて、今朝方、城に戻られたばかりです。ザカラスの西での出来事を知らなかったのですから、驚かれるのは当然ですが」
すると、キースが肩をすくめて言いました。
「無理はないさ。アリアンに呼ばれて鏡をのぞいたぼくたちだって、自分の目を疑ったからね。闇の総大将のデビルドラゴンが実は人間で、しかも初代の金の石の勇者だったなんて、闇王だって知らなかった事実だよ」
彼らはロムド城からアリアンの透視力で魔法使いやフルートたちを見守っていたのです。
それを聞いて、フルートは心配そうな顔になりました。
「ぼくたちはザカラスでとても大きな戦いを繰り広げてきました。たぶん、世界各地の優秀な占者たちが、みんな感じ取ったと思います。奴の正体は、そういう人たちにも知られてしまったでしょうか?」
「ヤ、ワ、ナイ」
と赤の魔法使いが答え、白の魔法使いが通訳しました。
「それはないでしょう。あの戦いは非常に濃い闇の中で行われていました。ユギル殿くらいの力ある占者であれば、それでも真実を見抜くかもしれませんが、通常の占者には、とても見通すことはできなかったでしょう」
「私に見ることができたのは、私が闇の民だったからよ。人間には見えなかったはずだわ――」
とアリアンも言うと、小猿の姿のゾとヨが、テーブルの上で宙返りをしながら口々に言いました。
「闇の仲間でも、普通のヤツらはやっぱりよく見えなかったと思うゾ」
「オレたち、一緒に鏡を見てたけど、フルートや魔法使いが使う光がまぶしくて、とっても目を開けていられなかったんだヨ。何が起きていたのか、オレたちにはよくわからなかったんだヨ」
ロムド王は重々しく言いました。
「多くの者たちに事態を見極めることができなかったのは、不幸中の幸いだった。この真実はあまりに深刻で重い。先ほどフルートも言っていたが、どうするのが最も良いのか、すぐには判断がつかない。皆で相談して、対応を考えなくてはならんな」
そして、王はふと、視線を部屋の片隅に向けました。そこには誰もいませんでしたが、側近たちは、王が誰の姿を探したのか、すぐに察しました。
道化姿のトウガリが言います。
「一番占者殿はどこにおいででしょうな。皇太子殿下とセシル様も。一刻も早く城にお戻りいただかなくてはなりませんが、私にも、殿下たちがどこにおいでなのか把握できていないのです」
ロムド城の人々は思わず溜息をつきました。皇太子のオリバンがユギルとセシルを伴って、和平交渉のために東方のユラサイへ向かってから、もう四カ月以上が過ぎていました。無事にユラサイの竜子帝と盟約を結ぶことができた、と知らせは入っていましたが、その後、彼らがどこでどうしているのか、さっぱりわからなくなっていたのです。
すると、鴨(かも)の丸焼きと格闘していたゼンが、骨付き肉をかじりながら言いました。
「うん? オリバンたちならもうテトの近くまで戻ってきてたぞ。竜子帝の命令をひっさげて、あの辺の国々を仲間にしていたんだ」
王や側近たちは驚いて身を乗り出しました。
「勇者殿たちは殿下にお会いになったのか! いつ、どこで!?」
とワルラ将軍に聞かれて、フルートは答えました。
「半月くらい前のことです。ユラサイの南西にある、スーウという国に、竜子帝の名代のハンという人と一緒にいました。ユギルさんは、真実の窓をくぐって手がかりを探していたぼくたちに、重要な占いの結果を教えてくれたんです」
「スーウならば、テト国やミコン山脈はもう目と鼻の先です。今頃はもう山脈を越えて、こちら側へおいでになっているでしょうか」
とリーンズ宰相が期待するように言います。
その時、一緒にテーブルに着いていた深緑の魔法使いが、急に声を上げました。
「なんじゃと? どういうことじゃ?」
それは部屋にいる人々に向かって言ったことばではありませんでした。老人の鋭い目は空中に向けられています。
青い長衣の武僧が言いました。
「部下から連絡が入りましたか。何事です?」
老人は頭を振りました。
「ようわからん。北の門を守っている連中からじゃが、ひどくあわてていて要領が得ん。敵襲などではないようなんじゃが。部屋のバルコニーの窓を開けてほしい、などと言ってきおった」
バルコニーの窓を? と一同はいっせいに同じ方向を見ました。東側に面した部屋には大きな窓があり、その外には木製のバルコニーがあったのです。
とたんにポポロや四大魔法使いが椅子から立ち上がりました。
「あれは……!」
「窓を開けます! 皆様方はお下がりください!」
女神官が言ったとたん、ばん、と両開きの窓が内側へ開き、一同が座っている椅子がテーブルごと大きく動きました。床の上を滑っていって、部屋の片隅で停まります。
一同は、テーブルや椅子にしがみついたまま、目をぱちくりさせました。いったい何が始まるのだろう、と開放された窓を見つめます。
すると、窓の外で大きな影が飛び跳ねました。灰色の毛並みの生き物に変わって、窓から部屋の中へと飛び込んできます。窓や部屋を壊しそうなほど巨大な獣ですが、前脚が部屋の床に着いたとたん、その体が弾け散りました。手のひらに載るような五匹の小狐に変わって、部屋の壁を蹴り、床に降り立ちます。その中央に、三人の人物が立っていました。見るからに堂々とした鎧姿の青年と、白い鎧兜の若い女性、それに、灰色の長衣に流れるような銀髪の青年です――。
フルートたちは椅子を蹴って立ち上がりました。
「オリバン、セシル、ユギルさん!」
「うっそ! 今、噂をしてたばかりなのにさ!」
「ワン、どうしてそんなところから入ってきたんです!?」
「そうだぜ! びっくりするだろうが!」
口々に言うフルートたちや、逆に呆気の取られて何も言えずにいる人々を見回して、オリバンは言いました。
「驚かせてすまん。皆が城に集まって会議中だとユギルが言ったので、遅れてはならんと思って、城の門からここまで管狐(くだぎつね)に運んでもらったのだ」
悪びれる様子もないオリバンの横では、セシルが兜を脱いで、恐縮したように王たちに頭を下げていました。腰に剣を下げて戦姿をしていますが、輝く長い金髪の絶世の美女です。小狐になった管狐が、彼女の腰の銀の筒へ次々に戻っていきます。
さらに、その隣では、ユギルが王たちへ深々とお辞儀をしていました。
「大変な不作法をお許しいただきたく存じます。陛下がわたくしたちをお呼びくださっている、一刻も早く登城して会議に参加するように、とわたくしの占盤が告げたので、最も早いルートを通って参上いたしました」
美しい占者の青年は、相変わらず、丁寧すぎるほど丁寧なもの言いをします。
唖然(あぜん)としていたロムド王は、それを聞いて笑い出しました。
「確かに、わしたちは、そなたたちに早く戻ってきてほしい、と話し合っていた。それを占いで先取りして、はせ参じてくれたか。よく戻った、オリバン、セシル、ユギル。そなたたちの席も準備するから、話し合いに加わるがいい」
予想していなかったような出来事でも、すんなり受け入れて、すぐに対応できるのが、ロムド王です。魔法使いたちが皇太子たちの椅子や食事を準備します。
その間に、オリバンはフルートたちに話しかけました。
「無事にたどり着いていたな。ザカラスの西で起きたことについては、ユギルが占いを通じて我々に知らせてくれていた。おまえたちが奴を追い払ったのもわかっていたが、おまえたちが無事かどうか、ずいぶん心配したのだぞ」
フルートたちは微笑しました。彼らはセイロスと絶体絶命の死闘を繰り広げてきたのですが、そんなことはひとことも言わずに、ただ、大丈夫だよ、とだけ答えます。
すると、そこへキースもやってきました。オリバンの前に立って言います。
「やあ、お帰り。君もセシルもユギルさんも、元気そうでなによりだね」
「あ、ああ。な、長い間、本当に世話になったな、キース――」
とオリバンは答えました。いつも堂々としている彼が、珍しく、焦ったように言いよどんでいます。
キースは腕を組み、自分より背の高いオリバンを横目で見上げました。
「それだけか、オリバン? 他にもっと、ぼくたちに言うことがあるんじゃないのか? ぼくたちは、君たちの代役を半年近くもさせられたんだぞ。最初の話では、救援要請に来たテトの女王のために、フルートたちを白い石の丘から呼んでくるだけだったはずだったのに、そこからフルートたちとテトの国へ行ってしまって、その後ははるか東のユラサイへ行って、しかも、周りの国々まで回って帰ってきたんだからな。こんなに長期に渡るなんて、約束違反もいいところじゃないか!」
キースに糾弾(きゅうだん)されて、オリバンはあわてて弁明しました。
「し、しかたがなかったのだ。テト国の安定やユラサイとの同盟は急務だったし、一度城に戻っては、それだけ時間がかかって、事態が悪化する可能性があったのだから」
「いいや、聞けないね。ぼくだけじゃなく、アリアンだって本当に大変な想いをしたんだ。ずっとユギルさんの恰好をさせられて。彼女は女性だぞ! なのに、半年もの間、男になっていなくちゃいけなかったなんて、とんでもないことだろう!」
「それは……い、いや、すまん。それについては、本当に悪かったと思っているが、しかし……」
大柄なオリバンが体を小さくしてしどろもどろになっているので、ゼンやメールがあきれながら応援に加わってきました。
「んなこと言ったって、しょうがねえだろうが、キース」
「そうだよ。デビルドラゴンと戦うのには、ユラサイの協力がどうしても必要だったんだしさ」
「ワン、キースはアリアンがずっと男の恰好だったのが、面白くなかったんじゃないですか? そんな匂いがするけれど」
とポチも言ったので、なんだって!? とキースがいっそう怒ります。
一方、ユギルはアリアンに話しかけていました。
「長い間、わたくしの代役をしていただいて、本当に申し訳ありませんでした。いろいろご苦労もおありだったようですが、アリアン様のおかげで、ロムドは安全を保つことができました。城の一番占者として、心から感謝いたします」
ユギルに深々と頭を下げられて、アリアンは真っ赤になりました。
「頭を上げてください、ユギル様……! 私は自分の力を陛下やこの国のために役立てることができて、とても嬉しかったんです。ユギル様にはとても及びませんが、代役ができて、とても光栄だと思っていました……」
真剣な口調で話すアリアンに、占者は顔を上げて色違いの目を細めました。
「ありがとうございます、アリアン様」
その笑顔がとびきり美しかったので、アリアンはいっそう赤くなりました。は、はい……と言ってうつむいてしまいます。
床の上ではゾとヨが話し合っていました。
「オレ、なんだか、アリアンはキースよりユギルさんを好きになったほうがいいような気がするゾ」
「オレもそう思うヨ。キースは浮気者だから、すぐに綺麗な女の人に声をかけて、アリアンを泣かせるんだヨ。ユギルさんなら、きっとそんなことはしないと思うヨ」
「今からでも遅くないゾ。これからユギルさんのほうを応援することにしようか?」
「うん、キースがあんまりアリアンを泣かせるようなら、そのほうがいいかもしれないヨ」
二匹は声をひそめて、こそこそと話し合っていたのですが、四大魔法使いには会話の内容が全部聞こえていました。おやおや、と顔を見合わせてしまいます。キースのほうは、まだオリバンに文句を言い続けていて、ゴブリンたちが妙な相談をしていることに気がつきませんでした。フルートやルルまでオリバンの弁護に回ったので、部屋の中はいっそう騒々しくなっています。
ロムド王は苦笑しながら言いました。
「どれ、ではまた会議の続きに戻るとしよう。オリバン、キース、勇者たちも、全員席に着きなさい」
鶴の一声。
今まで大騒ぎしていた若者たちは、たちまち口を閉じ、大あわてで自分の席へ駆けていきました――。