食魔? と海王の三つ子は聞き返しました。これまで聞いたこともない名前でした。
メールが青ざめて言いました。
「ものすごく危険な怪物なんだよ! あたいたちはユラサイで戦ったんだけど、闇の中から現れて、何でもかんでも食べていくんだ! 闇の怪物や魔法さえ食べちゃうんだよ!」
「ワン、弱点は太陽の光です。でも、こんなところに太陽の光なんてない!」
とポチも叫びます。
ゼンは舌打ちしました。
「どうりで、このあたりに生き物がいねえわけだぜ。みんな食魔に食われたか、怖がって逃げ出したんだ。おい、どうする、フルート? 俺たち、あいつが嫌う芳枝(ほうし)も持ってねえぞ」
「あれは明るいところを嫌がる。とりあえず、光を強めてくれ」
とフルートが言ったので、クリスは急いで魔法を追加しました。光が強まり、海中や海底を明るく照らすと、泥の中の赤い目が飛びのくように消えました。ずっと離れた場所の泥の中から、またこちらを見ます。
「どうして食魔が海底なんかにいるのよ!? あれはユラサイの怪物じゃなかったの!?」
とルルが言いました。彼らはユウライ砦や、神竜を呼ぶ祭壇をしつらえた山で、食魔と死闘を繰り広げたのです。
「ワン、あれは大昔に戦争で死んで、黄泉の国へ行くことができなかった戦士の魂が変わったものだ、って術師のラクが言っていた。ユラサイだけの怪物じゃなくて、古い戦場跡に棲みつく怪物なんだ、きっと」
とポチが答えます。
「ということは、やっぱりここが光と闇の戦場だったということか……」
とフルートはつぶやいて、赤い目が光る海底を見つめました。一帯は黒い泥におおわれていて、その下がどうなっているのか確かめることはできません。
すると、ぶちのシードッグが、突然大きな悲鳴を上げて飛び跳ねました。ペルラとメールが背中から振り落とされそうになって、しがみつきます。
「シィ!?」
と仲間たちは振り向き、シィを見たとたん息を呑みました。魚の尾になったシィの下半身が、半ばから消えていたのです。尾の先が、尾ひれごと食い切られたようになくなり、シィが痛みにもだえています。
「食魔だ! 影から離れろ!」
とフルートは叫んでペンダントをかざしました。金の石が強く輝いて周囲を照らすと、シィのすぐそばにあった海底の窪みから怪物が飛び出してきました。真っ黒な人のような形をしていますが、顔には赤い二つの目があるだけで、鼻も口もありません。それが食魔でした。光が照らした窪みから、別の窪みの影に飛び込み、赤い目を光らせて耳障りに笑います。
同じ光は食魔に食われたシィの尾も癒していました。また生えてきた尾びれで懸命に水をかいて、影から離れます。
「あんまり逃げるな! 光から出るとまた襲われるぞ!」
とゼンがどなると、フルートも言いました。
「海底から離れろ! どうしても影ができる!」
そこで三匹のシードッグはあわてて上昇しました。すぐに海底は遠ざかりますが、周囲を暗闇に包まれてしまいました。そこへ無数の赤い目が集まってきて、笑いながら彼らの周囲を取り囲みます。
「ちょっと、嫌よ、こんな怪物に食われたりするのは!」
とペルラは顔を歪め、クリスとザフに言いました。
「三人でこいつらを追い払いましょう。大渦巻きの魔法、行くわよ」
「よし!!」
海の王子たちは即座に返事をすると、それぞれのシードッグの上で両手を上げました。声を合わせて呪文を唱えます。
「ラー・ラーイ・リィー……来たれ、大渦巻き!!!」
すると、彼らの目の前の闇で、ごごぅっと風のような音が湧き起こり、無数の赤い目がいっせいに動き出しました。海中に魔法の渦巻きが発生したのです。食魔が巻き込まれて、水と一緒に回転を始めます。
「行け! そいつらを全部巻き込んで吹き飛ばしてしまえ!」
とクリスが言っている間にも、渦はますます大きくなっていきました。本当に、まわりの食魔を全部巻き込んでしまいます。
「どこへ飛ばせばいいんだ!?」
とザフが大渦巻きを支えながら言いました。
「こいつらが太陽の光に弱いなら、このまま海上まで吹き飛ばしてやろう!」
とクリスは答え、渦を上昇させようとしました。ザフとペルラがそれに力を合わせます。
ところが、渦巻きは上昇を始めないうちに、何故か急に速度が落ち始めました。巻き込まれた赤い目の動きがみるみる遅くなり、やがて完全に止まってしまいます。
海王の三つ子は驚きました。
「馬鹿な! 渦が消えたぞ!」
「ど、どうしてだ!?」
「あんなに大きな渦を作ったのに!」
食魔の赤い目がまた彼らの周囲を取り囲みました。金属をひっかくような、耳障りな笑い声が響きます。
「食魔はなんでも食べるんだ、って言ったろ!? こいつらに渦を食われたんだよ!」
とメールは言いました。同時に彼女は周囲に助けを呼んでいました。近くに海藻があれば、それで水蛇を作って食魔と戦わせることができます。けれども、いくら呼んでも、海の草たちはやってきませんでした。聞こえていても食魔を恐れて近づかないのかもしれません。
すると、あたりがいきなり薄暗くなりました。クリスが、ぎょっとして言います。
「ぼくの魔法の光がひとつ食われたぞ!」
「闇の怪物のくせに光まで食べるの!? なんて奴よ!」
とペルラはまた金切り声を上げます。
「あれは闇の怪物じゃねえ。だから、太陽の光以外は効果がねえんだよ!」
とゼンはどなり返し、灰色のシードッグに乗ったフルートを振り向きました。
「おい、どうする!? 魔法の光はあとひとつだけだ! あれを食われたら、食魔がいっせいに襲ってくるぞ!」
「とりあえず、光をもうひとつ出してくれ! それが食われたら、もうひとつ! 絶対にここを暗闇にしないようにするんだ!」
とフルートは答え、また明るさを増した海中で、必死に考え始めました。食魔を消滅させる日光は、深い海底までは差してきません。ユラサイの食魔払いは太陽の石を使って連中を退治しますが、そんな石もここにはありません。どうしよう。どうすればいいんだ。解決策を探して海面の方向を見上げますが、そこには暗闇と食魔の赤い目しか見えません――。
けれども、とたんにフルートはひらめきました。自分の後ろを振り向いて言います。
「ポポロ、海面からここに太陽の光を呼び込むことはできるか!?」
「うん」
とポポロははっきりうなずきました。いつも泣いてばかりいる彼女ですが、今は泣き顔にもならずにフルートを見上げます。
「あたしの魔法はまだ二つとも残っているもの。これを同時に使って、ここに太陽の光を呼ぶわ……」
それを聞いて、三つ子たちは仰天しました。
「そんなのは無理だ! ここは水深三千メートル以上もある海底なんだぞ! 海面からどうやって日光を呼ぶんだ!?」
「見ての通り、ここは結界の中だ! 魔法で光を連れ込むことはできないよ!」
「あなた、フルートにいいところを見せたくて、できもしないことを言ってるんでしょう!? 真剣に考えなさいよ!」
口々に言う三つ子に、ゼンがぴしゃりと言いました。
「いいから、てめえらは黙ってろ!」
「ポポロはいつだって、やるときにはやるんだよ。見てなって」
とメールも言います。
騒ぎをよそに、ポポロはフルートへ話し続けていました。
「あたしの魔法のとばっちりで、まわりに何が起きるかわからないの。だから、フルートは金の石でみんなをしっかり守っていてね……」
「わかった」
とフルートがうなずくと、ペンダントが輝きを増します。
ポポロは華奢な両腕を頭上へ伸ばすと、声高く呪文を唱えました。
「レターキヨーリカヒノヒースラテオミーウ……!」