やがて、一行はまたシードッグに乗って遺跡を離れました。
遺跡から見つかった品々は、そのままその場所に残していきました。
「あれはみんな、この場所に住んでた連中のモンだからな」
とゼンが言ったので、仲間たちは黙って遺跡を振り向きます。
けれども、間もなく海は急に暗くなって、見通しが悪くなってきました。彼らは斜面になった海底の大陸に沿って潜っているので、海上の光が届かなくなってきたのです。
「よく見えないな」
とクリスが言って、魔法で光を呼ぶと、彼らの周囲だけがまた明るくなりました。岩と泥の積み重なった海底が、なだらかな斜面を描きながら延々と続いています。日光が少ないので、海藻や魚の数もぐんと減っていました。海底を足の長いカニが這い回っています。
「もしかして、呪われた海域はこの近く?」
とルルが言いました。ひどく嫌な匂いをかいでいるように、顔をしかめています。天空の犬の彼女は、闇の気配が急激に強まっているのを感じていたのです。
ザフがそれに答えました。
「もうすぐそこだよ。でも、本気で海域の中に入るつもりなのかい? あそこは本当に危険な場所だぞ。父上や兄上だって足を踏み入れないのに」
「ぼくたちはどうしても手がかりを見つけなくちゃいけないんだよ。この大陸から」
とフルートは言いました。何があっても絶対に考えを変えない、あの頑固な声です。
ザフやクリスは肩をすくめると、もう何も言わなくなりました。ペルラは、フルートがちっとも自分のほうを見ようとしないので、またぷりぷりと腹をたてています。
一行がさらに潜っていくと、やがて海の中は本当に真っ暗になって、夜のように何も見えなくなってしまいました――。
「止まって! 結界よ!」
とポポロが急に声を上げたので、シードッグたちは急停止しました。
クリスとザフも言いました。
「うん、到着したのさ。この先が呪われた海域だよ」
「他の海域もそうなんだけれど、自然の結界になっていて、その中に闇が淀んでいるんだ。たまにこの結界を越えて出てくる奴がいるから、ぼくたちがそれを退治するんだけどね」
そこへ、巨大な魚が姿を現しました。行く手の暗闇から抜け出すように、急に出てきたのです。形はサメに似ていますが、皮膚病にでもかかっているように、全身を大きないぼでおおわれていて、どこに目や口があるのかわかりません。
「言っているそばからだ。これが呪われた海域の魚だよ」
とクリスが言って、魚へ手を向けました。魚がシードッグのカイに襲いかかろうとしていたのです。とたんに海水が鋭い銛(もり)になって飛び、魚を串刺しにしました。ばっと黒い血が海中に広がります。
けれども、いぼだらけのサメが身を震わせると、海水の銛は砕けて見えなくなりました。魚の体の傷がたちまち治っていきます。
「まったく、闇の生き物ってのはやっかいだよな。いくら傷つけても、すぐに治っていくんだから」
とザフが文句を言いながら魔法を繰り出しました。とたんにいぼザメが動けなくなります。
「だから、あたしたち海の王族でないと、退治ができないのよね。――そら、消滅おし、闇の魚! 東の大海はあんたたちの来る場所じゃないわよ!」
とペルラが両手を振ったとたん、海中に光がわき起こりました。爆発するように広がってサメを呑み込み、さらに明るく輝きます。
すると、どっと大量の泡が湧き起こって、シードッグたちを押し返しました。おっと、とクリスが急いで魔法で防ぎます。泡が広がって消えていった痕には、もういぼザメはいませんでした。ペルラの魔法の光を浴びて、消滅してしまったのです。
ザフは肩をすくめてフルートに言いました。
「この中にはこんな連中が山ほどいるんだ。気をつけなくちゃな」
「大丈夫だよ。金の石が守ってくれるから」
とフルートは言って、首から下げたペンダントに触れました。魔石が明るさを増して、金の光で一行を包みます。三頭のシードッグも一緒です。
「さあ、行こう」
とフルートは言い、彼らは暗闇の海域へと入り込んでいきました――。
真っ暗な海を、彼らは進み続けました。
魔法の光は周囲を照らし続けますが、その外側は本当に完全な闇で、何も見えません。
「もう少し潜れるかい? 底の様子が見たいんだ」
とフルートが言ったので、シードッグたちは慎重に潜っていきました。暗闇を見回してルルが言います。
「本当に、ものすごい闇よ。金の石が私たちを守っていなかったら、たちまち闇に呑み込まれて、気が変になってしまっているかもしれないわ」
「そのせいで、ここの生物は闇の怪物に変化しているんだな。どこかにこの闇の元があるはずだ。それを見つけよう」
フルートは、闇を生み出す大元にあの竜の宝があるのではないか、と考えていました。デビルドラゴンが自分の力を分け与えたという宝なのですから、その闇の力は相当強力なはずです。それが呪われた海域を作り出し、海の生き物を闇の怪物に変えているのではないか……そんなふうに予想します。
勇者の一行もフルートと同じことを考えていました。シードッグの背中から周囲の暗闇を見回して、竜の宝を探し続けます。
すると、彼らの下に海底が見えてきました。黒い泥が沼のように淀んでいて、得体の知れない生き物が太い長虫のようにのたうっています。
と、その中の一匹が泥から飛び出してきました。一行を包む光を見つけて襲いかかってきたのです。けれども、その奥に金の光があるのに気づくと、長虫はすぐに離れていきました。闇の生き物だけに、聖なる光は苦手だったのです。
「海底はあんな生き物でいっぱいなのか……。降りて探すのは大変かな」
とフルートが言ったので、三つ子たちは驚きました。
「冗談じゃない! そんなことをしたら、連中にどうぞ食べてください、というようなものだ!」
「このあたりの泥は深いんだ! 下手をしたら、全身沈んでしまうかもしれないぞ!」
「それに、こんなところに降りたら汚れるじゃない! そんなのごめんよ!」
けれども、フルートは返事をしませんでした。闇を生み出している大元を見つけたら、それを確かめに自分は海底に降りようと考えていたからです。
すると、ポポロが行く手を指さしました。
「見つけたわ! あっちにものすごい闇が発生している場所があるわよ……!」
周囲は闇ですっかり閉ざされていましたが、ポポロはそれでも懸命に魔法使いの目を使って、闇が特に濃い場所を探していたのでした。
よし、とフルートは言い、クリスと一緒に先頭になって進み始めました。他の仲間たちはそれに従います。
やがて、周囲が静かになりました。暗闇の中から音がまったく聞こえなくなったのです。海底には相変わらず泥沼が広がっていますが、巨大な長虫が這い回る姿も見当たらなくなっていました。
あたりに鋭く目を配りながら、ゼンが言いました。
「近くに、どえらくやばいヤツがいるぞ。だから、やたら静かなんだ」
「ワン、やばいヤツって怪物ですか?」
とポチは尋ねました。背中の毛を逆立てて身構えていますが、ここは海中なので、ポチもルルも風の犬に変身することはできません。
「怪物かどうかはわからねえ。ただ、そいつのせいで、この近辺から生き物が逃げ出している。だから、物音が聞こえねえんだよ」
とゼンは言って、首筋の後ろをなでました。ゼンの野生の勘は、さっきからずっと危険を知らせ続けているのです。
フルートたちはいっそう慎重に進み続けました。泥沼の海底は、緩やかな斜面になって、まだずっと先まで続いています――。
すると、ふいに静寂の中に音が聞こえてきました。金属をひっかくような、ひどく耳障りな音です。
フルートたちは、ぎょっとしました。その音に聞き覚えがあったのです。竜が棲む国ユラサイでの戦いを、唐突に思い出します。
「やだ。これ、なんの音?」
「いったいどこから聞こえてくるんだ?」
と三つ子たちは顔をしかめて見回しました。音はするのに、その出所がわからないのです。
すると、行く手の泥の中に赤い光がいくつも現れました。金属をひっかくような音が、いっそう大きくなります。
「いやがった!」
「気をつけろ、食魔(しょくま)だ――!」
ゼンとフルートは、声を張り上げました。