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外伝20「トムラムスト」

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8.遺跡

 「さあ、着いた。ここが遺跡だよ」

 とクリスが言ったとき、一行は海をだいぶ深く潜ってきていました。日の光はまだ届いていますが、海底は夕暮れのように薄暗くなっています。

 日光が弱いので、このあたりに珊瑚は生えていませんでした。ごつごつとむき出しになった岩や砂利の斜面に海藻が生えていますが、それも先ほどの場所よりは少なくなっていました。その分、海底の様子がよく観察できます。

 その海底に妙な形の岩があることに、フルートたちは気がつきました。細い柱のような岩が何本も林立しているのです。

「ひょっとして――建物の跡か?」

 とフルートが目を凝らすと、クリスが言いました。

「そう。たぶん神殿だろうな。周囲には階段の跡ものこっているんだよ」

 シードッグたちがそこへ泳いで行ったので、フルートたちは遺跡をじっくり観察しました。円筒形の柱は、長い年月の間に折れて崩れたものもありますが、残った柱は海底を四角く囲んでいました。その周囲には、貝や海藻にびっしりおおわれた石の階段もあります。

「なんの神様の神殿だったんだろう……ユリスナイかな?」

 柱に囲まれた空間から、彼らは周囲を見回しました。大昔はここに神が祀られ(まつられ)、大勢の人が参拝に訪れていたのでしょうが、今はもうそんな光景は見られません。ただ魚の群れが柱の間を気ままに出たり入ったりしているだけです。祭壇の跡や神の象徴のようなものも、どこにも見当たりません。

「こっちにも遺跡があるよ」

 とザフが言って、一行をもう少し深い場所へ案内していきました。そこの海底には、石で四角く囲まれた区画がいくつも並んでいました。とても人工的な眺めです。

「ワン、こっちは町か村みたいですね。これ、家が建っていた跡ですよ、きっと」

 とポチが言いました。

「このあたりからは、ここに住んでいた人間たちの家財道具が見つかることも多いんだ。たまに金や銀の綺麗な装飾品や武器が見つかることもあるよ」

 とザフが説明を続けます。

 フルートはシードッグの背中から海底に飛び下りました。砂と砂利に半ば埋まった集落の跡を見回します。

 

 すると、その横にペルラが飛び下りてきました。

「これで、ここが昔は陸地だったってことが納得できた? こんな感じの遺跡は、トムラムストの海底のあちこちにあるのよ」

 と話しながら近づいてきます。歩くたびにマントのような上着がひるがえって、露出度の多い水着がのぞきます。

 けれども、フルートは足元ばかり見回して何かを探していました。ペルラがすぐ目の前まで来ても、やっぱり彼女のほうを見ません。

 何を探しているのよ? とペルラが尋ねようとすると、フルートはシードッグの背中の少女を見上げました。

「ポポロ、ここに住んでいた人たちの遺品は見つけられるかい? どんな人たちがいたのか、確かめたいんだ」

「わかったわ」

 とポポロは言うと、すぐに遠い目で周囲を見回し始めました。フルートはまた海底へ目を戻します。

 ペルラは歯ぎしりすると、フルートに迫りました。

「なによ、それくらい、あたしにだってできるわよ! 頼むなら、あたしに頼みなさいよ!」

 かんしゃくを起こしながらわめいて、両腕を振ると、周囲で急に砂煙が湧き上がりました。海底の砂の中から何かが飛び出してきたのです。次々と海中に舞い上がっては、フルートやペルラの足元に飛んできます。

 それは本当に大陸の住人の遺品でした。皿や器、カップやスプーン、丸いハサミ、ブローチや指輪……様々なものが集まってきては、積み重なっていきます。

 その様子に、ゼンやメールやポポロ、ポチやルルがシードッグから下りてきました。飛んでくる遺品を、目を丸くして眺めます。

 すると、古びた剣も砂の中から飛んできました。鞘に収まっていない刀身は、海中ですっかり錆びていました。海底にまた落ちたとたん、ばらばらに砕けて柄だけになってしまいます。

 ゼンは足元に飛んできた小さなものを拾い上げました。

「矢尻だ。弓矢を使ってやがったんだな」

 と三角形の金属を仲間に見せます。

「ってことは、やっぱりここで戦いがあったってことだね? ここも戦場になったんだ」

 とメールが言います。

 すると、フルートが首をかしげました。

「どうかな……? それにしては、武器がいやに少ない気がしないか? それよりは、食器や装飾品のような日用品のほうが多い。ここはやっぱり、普通の町だったんだと思うよ。普通の人たちがあたりまえに暮らしていた場所なんだ――」

 その手には細い三日月型の金属板が握られていました。錆びてぼろぼろになっていますが、フルートにはなじみのあるものでした。麦を刈り取るための鎌の刃です。

 

 そこへまた、少し大きなものが飛んできました。金でできた四角い板です。他の遺品は大半が錆びたり割れたりしていましたが、さすがに金の板は少しも朽ちていませんでした。貝殻やフジツボなどもほとんど付着していません。

「おっ。お宝発見か?」

 とゼンは金の板を拾い上げて、くるりと裏を返しました。

 とたんに、彼らは、はっと息を呑みました。

 両手に乗るくらいの長方形の板に、二つの手形(てがた)が刻まれていたのです。片方はほっそりした大人の手、もうひとつは本当に小さな子どもの手で、金色の窪みになって並んでいます。窪みの下には文字のようなものも見えます。

「これ、きっと女の人の手だよ」

 とメールが大きいほうの手形に自分の手を合わせて言いました。ほっそりと華奢な形の手は、確かに女性的でした。

「こっちの手はえらく小さいぜ。まるで赤ん坊だ」

 とゼンは小さな手形の大きさを確かめながら言いました。そちらはゼンの手の親指よりもっと小さかったのです。

 ポチがフルートの肩に飛び乗って金の板をのぞき込みました。

「ワン、商売をするときに、手形で確認し合って取引することがあるんだけど、これはそういうのとは違う気がしますね」

「その文字、なんて書いてあるのかしら?」

 とルルはゼンの肩から言いました。手形の下に刻まれた文字は、彼らのことばのどれとも違っていて、読むことができなかったのです。クリスやザフもやってきて、ペルラと一緒に手形をのぞきましたが、彼らにも読むことはできませんでした。

 すると、フルートが言いました。

「文字は読めないけれど、これがなんのためのものかは、なんとなく見当がつくな――。これはきっと、誕生記念だよ」

 誕生記念? と一同は聞き返しました。

「そう、子どもが生まれた記念品なんだ。あ、いや、この手の大きさだと、生まれてすぐじゃなく、一歳の誕生祝いなのかもしれない。お母さんの手と赤ちゃんの手を並べて、手形を取ったのさ。下の文字はお母さんと子どもの名前かもしれないな」

「それを金で作ったわけ? どんな金持ちの家なのさ!」

 とメールがあきれると、ゼンが首を振りました。

「いや、よく見たら、こいつは金じゃねえぞ。どういう材料なのか俺にはわからねえが、金みたいな色をした合金なんだ。ひょっとしたら、最初は柔らかくて、手形を取った後で、こんなふうに固まるのかもしれねえな」

「ワン、ということは、お金持ちの家じゃなくて、ごく普通の家庭で作られたものかもしれない、ってことなんですね。子どもの誕生日のお祝いに」

 一同は大小の手形が並ぶ板を見つめました。子どもの誕生日に集まる親戚や友人、板に手を押しつけられて泣き出した赤ん坊、それをあやす父親、それを心配しながら、他の家族に言われて自分の手形を押す母親――そんな場面が脳裏をよぎっていきます。何故か、全員が同じような光景を想像していました。

 

 彼らは改めて周囲を見回しました。遺跡に家の跡は残っていても、建物そのものはもう残っていません。そこに住んでいた人々も、その暮らしも、今は遠い時間の彼方です。ただこの海底に、暮らしの痕跡だけを残しています。

「この町は――大陸は、どうして海に沈んでしまったんだろうな?」

 とザフが言いました。

 わからない、と言うように、クリスとペルラが頭を振ります。

 フルートたちは何も答えることができませんでした。ただ互いに顔を見合わせると、また黙って手形の並ぶ金属板を見つめました――。

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