「闇大陸? 聞いたことがないな」
とクリスが言いました。
ザフも思い出すような顔をしながら言います。
「確かに、トムラムストは大昔は海の上にあったけどね。それが闇大陸って名前だったって話は、聞いたことがないなぁ」
「やっぱり、トムラムストは昔は陸だったんだね。あたいは、ずっとただのおとぎ話だと思ってたんだよ」
とメールが言うと、ペルラが答えました。
「トムラムストの陸地は、大半がこっちの東の大海に沈んでいるのよ。ずっと東の大海の管轄だったから、西の大海の海の民は、トムラムストをあまり知らないのね」
ペルラはクリスやザフ、フルートたちと一緒に、崖の上の岩場に無造作に腰を下ろしていました。十四になってドレスを着るようになっても、まだまだ行動は以前と変わりません。
「呪われた海域っていうのは、沈んだ陸地の部分にあるのか?」
とフルートが尋ねました。
「そうだよ。大きさは様々で、岩場ひとつ分くらいの狭い場所もあれば、すごく広いところもある。一番大きな呪われた海域は、このすぐ近くさ」
とクリスは言い、急に、ぐっと声を低めて言いました。
「でも、ここには入り込まないほうがいい。ここは古い戦場跡なんだ。たちの悪い魔法が使われたらしくて、それが痕跡になって、今も呪われた海域を生んでいるんだよ」
フルートたちはいっせいに、はっとしました。
「それだ!!」
とゼンとメールが顔を見合わせて叫びます。
「それって?」
と驚く三つ子たちに、フルートは説明しました。
「ぼくたちは光と闇の戦場跡を探していたんだよ。その闇大陸に、えぇと――デビルドラゴンを倒す手がかりがあるかもしれないから。呪われた海域が古い戦場跡だとしたら、条件にぴったり当てはまるんだ。一番大きな海域は、ここから近いと言ったな? どっちの方角だ?」
「あっちだよ。北東だ。でも、本当にまずいって。呪われた海域には、ものすごく危険な怪物がいるんだ。ぼくたちだって海域の中には入るな、と父上や兄上から言い渡されているんだからな。海域の外で、そこから出てくる奴を見つけて退治するのが任務なんだ」
とクリスは言い続けました。普段はちょっと自信過剰なくらい強気な彼が、真剣な顔でフルートたちを引き止めます。
「そういう場所だからこそ、調べに行かなくちゃいけないんだよ。あたいたちはデビルドラゴンを倒す一行なんだからさ」
とメールは言い張り、ポチとルルは黙ったままうなずいていました。その怪物は、きっと闇の怪物に違いありません。闇の怪物を生む場所ならば、あの竜の宝も隠されている可能性が高いのですが、それは三つ子たちに話すわけにいかない秘密でした。
フルートは三つ子とシードッグへ言いました。
「ぼくたちをその海域まで運んでもらえないかな? 中までは入らなくていいから、海域の入口まで。海底まで距離がありそうだから、どうやって潜ろうか、って相談していたんだ」
「本当に行くつもりなのか!?」
「よせって。絶対に危険だぞ! ものすごい怪物がいるのに!」
「ねえ、父上や兄上にわけを話して、協力してもらいなさいよ。父上たちが一緒なら、きっと大丈夫よ」
三つ子は口々に言いましたが、フルートは首を横に振りました。
「ぼくたちだけで大丈夫だよ。怪物なら今までに本当に数え切れないくらい戦ってきたし、なんと言っても、ぼくたちにはポポロと金の石がついているからな」
そう言ってフルートは片手でポポロを引き寄せ、もう一方の手で胸当てからペンダントを引き出しました。金の透かし彫りの真ん中で、守りの魔石が静かに光っています。
すると、ペルラが急に、ふんと顎を上げました。
「いいわ、それじゃ、あなたたちをシィで呪われた海域まで運んであげる! その代わり、あたしも一緒に中まで連れていってよ! あたしもその古い戦場跡ってのを確かめてみたいわ!」
ペルラの声には何故か棘(とげ)がありました。怒ったように言って、フルートをにらみつけてきたので、フルートはびっくりします。
驚いたのはクリスとザフも同じでした。あわてて妹を説得しようとします。
「だめだったら、ペルラ! 父上の命令にそむくことになるぞ! 父上に知れたら大目玉だ!」
「呪われた海域ではぼくたちの魔法も充分使えないって話じゃないか! あまりにも危険だよ!」
ペルラはまた、ふん、と笑いました。
「クリスやザフに一緒に来いなんて、あたしは一言も言ってないわよ。フルートたちを運ぶのなんて、シィ一匹いれば充分だもの。あなたたちは臆病者らしく、安全な海域にいて、見たこともない怪物に震えていればいいんだわ」
「なんだと!?」
「ぼくたちは臆病者なんかじゃないぞ!」
クリスとザフはたちまち顔を赤くして怒りました。生まれながらの戦士を自負する彼らは、臆病者呼ばわりされることが絶対に許せないのです。
ペルラは、してやったりという表情で、にんまりしました。
「じゃあ、あなたたちも一緒に来る?」
「もちろんだとも!!」
海の王子たちが声を揃えて答えます。
ゼンは肩をすくめてメールに言いました。
「ったく。ホントにおまえら海の民は単純だよな。すぐその気になりやがるんだからよ」
「単純だ、なんて、他の誰に言われても、ゼンだけには言われたくないね。しょうがないじゃん。彼らが一緒に来たいって言うんだからさ」
とメールは口を尖らせます。
フルートは心配そうな顔をしていました。呪われた海域に三つ子たちを連れていくことも、竜の宝を巡る謎に彼らを巻き込むかもしれないことも、どちらも危険だと考えていたのです。
すると、横にいたポポロが、フルートに言いました。
「彼らにも来てもらったほうがいいと思うわ……。北東の海を見ていたんだけれど、海底にものすごい闇の気配が淀(よど)んでいるの。あたしの魔法は二回しか使えないし、金の石の光だって水の中では少し弱ってしまうでしょう? 彼らが一緒のほうが心強いわ……」
それを聞いて、ペルラはまた、ふんっと顔をそむけました。ポポロが自分たちの側についてくれたというのに、喜ぶどころか悔しそうな顔をしています。その青い瞳は、視界の端にフルートとポポロの姿を捉えていました。フルートはまだポポロの肩を抱き続けています――。
「あぁぁ」
とポチは溜息のようにつぶやきました。人の感情を匂いでかぎわけられる小犬は、ペルラがポポロにひどく嫉妬していることに気がついていたのです。なんだかややこしいことになっていきそうな気配です。
すると、ルルが頭を寄せてポチにささやきました。
「いいから一緒に連れていきましょうよ。そして、フルートとポポロがどのくらい固い絆で結ばれてるか、思いきり見せつけてやるのよ。もう二度と横恋慕(よこれんんぼ)する気持ちが起こせないくらい、徹底的にね!」
こちらは感情の匂いなどかがなくても、ペルラの気持ちに気がついています。
雌犬の怒った声と顔に、ポチはたじろぎました。
「ワン、なんだか怖いですよ、ルル……」
「よし、それじゃ頼む。ぼくたちと一緒に、呪われた海域まで行ってくれ」
とフルートが言ったので、よし! と全員は立ち上がりました。ペルラがまたフルートとポポロをにらみましたが、彼らは海のほうを見ていたので気がつきませんでした。
「出発だ!」
フルートの号令と共に、全員の姿は島の上から消えていきました――。