「見えたわ。あれがトムラムストよ!」
風の犬になって空を飛んでいたルルが、後ろを飛ぶポチや背中の仲間たちへ言いました。頭上には薄い雲が広がった空、眼下には青い海が広がり、海の中に緑におおわれた岩場が連なっています。
「あの岩が全部島なのかよ。ずいぶんあるな」
とゼンが言いました。海から顔を出している島々は、見えているだけでも数百を下りません。
「ワン、それはそうですよ。大海の北から南まで、ほとんどずっとつながっている島なんだから。ルルと詳しい地図で確かめたけど、とても全部なんて数え切れなかったですからね」
とポチがゼンの下から言いました。今日はルルがフルートとポポロを、ポチがゼンとメールを乗せて飛んでいるのです。
目を細めて海の中の島々を眺めていたフルートが、考えながら言いました。
「島は全体が緑の植物でおおわれている。なんだか、どこかで見た景色に似てるような気がするな。どこだろう……?」
いくら考えてもなかなか思い出せずにいると、ゼンが言いました。
「ユラサイの山脈じゃねえのか? あそこには緑の山がつながっていたけどよ、あの山の間に海の水を入れたら、こんな景色になる気がするぞ」
ああ、そうか、とフルートは納得しました。ゼンの言うとおり、緑のトムラムストは、まるで海から顔を出した山脈の頂上のように見えていたのです。
「ってことは、やっぱりトムラムストは沈んだ大陸の一部ってことだね? 大陸の山脈が海の上に出て、島になってるんだ!」
とメールが言って身を乗り出しました。すぐにも海に飛び込みそうに見えたので、ゼンがあわてて引き戻します。
「早まるな、馬鹿。こんな高さから飛び込んだら、怪我するぞ!」
「馬鹿とはなにさ。いくらあたいでも、こんなところからは飛び込むもんか。ゼンはホントに心配性だね!」
とメールが言い返します。
「どのあたりへ下りることにしましょうか?」
とルルに聞かれて、フルートはちょっと考え、見えている中で一番大きな島を指さしました。
「まず、あそこに降りてみよう。そして、島に何も手がかりがなかったら、海に潜ることにしよう。ポポロ、あの島は安全かな?」
「ええ、大丈夫。鳥はたくさんいるけれど、危険そうな生き物は見当たらないわ。人もいないみたいよ……」
とポポロが島を透視して言ったので、一行は島へと下りていきました――。
島に近づいていくと、緑の森の中に無数の白い斑点が見えてきました。まるで木の実が鈴なりになっているようでしたが、さらに近づいていくと、それがいっせいに羽ばたき始めました。木の実ではなく、枝に留まった鳥たちだったのです。数え切れないほどの羽ばたきがうなりになり、鳥たちが空に飛びたちます。
「ワン、危ない!」
「みんなつかまって!」
ポチとルルは叫んで、大急ぎで身をかわしました。舞い上がった鳥たちが、うんかの群れのように押し寄せて、彼らのすぐそばを飛びすぎていきます。大きさはカラス程度の鳥ですが、本当に何十万羽もいるので、直撃を食らったら弾き飛ばされてしまいそうでした。犬たちは必死で鳥をよけながら、島に向かって降下していきます――。
やがて、彼らは鳥の群れを抜けました。振り返ると、鳥は黒雲のような集団になって飛んでいました。海上を飛び回るだけで、飛び去ってしまおうとはしません。この島は彼らの住処(すみか)なので、離れることができなかったのです。
「鳥たちを驚かせちゃったな」
とフルートは申し訳なさそうに言いました。
「天敵がいねえから、島が鳥の楽園になってるんだろう。あれだけ数がいたら、どんな下手くそなヤツが矢を撃っても当たりそうだが、食える鳥じゃねえみたいだったな」
とゼンのほうはいかにも猟師らしいことを言います。
その間にも犬たちは降下を続けました。やがて島の端に切り立った、崖のような岩場に舞い下ります。そこの上からは周囲の景色がよく見えたのです。
「ふわぁ」
足元を見下ろしてメールは声を上げました。その場所から海までは、何十メートルもの高さがありました。海原は綺麗な青色をしていますが、島の周辺には波が打ち寄せているので、海は白く泡立っています。島の間には水が勢いよく流れているようで、海面が白く渦巻いている箇所もあります。全体的にとても荒々しい雰囲気の場所でした。
いくら目を凝らしても、緑の木々や植物にさえぎられて、島の様子がわからないので、フルートはポポロとルルに言いました。
「もしもここが闇大陸なら、どこかに光と闇の戦いの痕跡があるはずだ。そういうものは見つからないかな? 闇の気配が残っている場所はないか?」
そこでポポロは遠いまなざしになって透視を始め、ルルは鼻面を上げて闇の匂いを見つけようとしました。ルルはこの時にはもう犬の姿に戻っていたのですが、その場所ではよくわからなかったので、また風の犬に変身しました。
「ちょっと島全体を調べてくるわ」
と言って飛び出したので、ポチもあわてて変身して追いかけました。
「ワン、ぼくも一緒に行くよ! ぼくは目で見て調べるから――」
風の音と犬たちの声が遠ざかっていきます。
すると、メールがフルートとゼン相手に話し出しました。
「ねえさぁ、今いるここって、昔は山の頂上あたりだったかもしれないんだろ? だったら、こんなところに人は住んでなかったと思うし、戦いだってもっと低い場所で起きたんじゃないかい? もっと低いところを調べなくちゃ」
「低いところってことは、要するに海ン中か」
とゼンは言いました。フルートのほうは心配そうに海面を見下ろします。周囲の海があまり荒れて見えるので、無事に海中に潜れるだろうか、と考えたのです。水中に入ってしまえば、波の影響はほとんど受けなくなりますが、安全に潜るためには、島からずいぶん離れなくてはなりません。島の下のほうを確かめるために、かなりの距離を泳がなくてはならないでしょう。
ところが、それを話すと、メールが言いました。
「大丈夫だって。この下に沈んでるのは大陸だよ。島からずっと離れたって、そこもきっと昔の陸地の痕さ。ただ、かなり潜らなくちゃいけないとは思うよ。この海の色からすると、海底まではかなり深そうだもんね」
幼い頃から海で暮らしてきただけに、彼女には海の中の様子が具体的に想像できるのです。
ふむ、とフルートはまた考え込みました。ポポロはまだ透視を続けていますが、島に戦いの痕らしいものは見つからないようです。どうやって深い海の底まで調べに行こう、とフルートは考え続けます。
その時、海の別の方向から、おぉい、と呼ぶ声が聞こえてきました。少年や少女の声ですが、ポチやルルではありません。
フルートたちが驚いて振り向くと、泡立つ海の中に大きな獣が三頭浮いていました。巨大な犬そっくりの頭が、波をかぶりながら揺れています。その頭の上には二人の少年と一人の少女が立っていました。少年たちは丈の短い服を着て短髪、少女はドレスのような服に腰まである長髪という恰好ですが、その服も髪も鮮やかな青色をしています。
少年少女たちは、フルートたちに向かって、おぉい、おぉい、と大きく手を振っていました。とても嬉しそうな声です。フルートたちはびっくりして叫びました。
「クリス、ザフ、ペルラ――!?」
東の大海を治める海王の三つ子が、シードッグに乗ってそこにいたのです。
「ちょっと! あんたたち、どうしてこんなところにいるのさ!?」
とメールが大声で言いました。海王の三つ子は彼女のいとこに当たるのです。
すると、シードッグの上から少年少女の姿が消えました。次の瞬間にはフルートたちがいる崖の上に現れます。魔法で移動してきたのです。
「それはこっちの台詞(せりふ)さ、メール! ぼくたちは父上の命令でこの近辺の調査をしていたんだ。そしたら、ペルラが、近くに君たちがいるって言い出してね」
と、たくましい体つきのクリスが言うと、ひょろりと背の高いザフも言いました。
「こんなところに君たちがいるはずがないって言ったんだけど、ペルラがあんまりがんばるから、様子を見に来たら、本当に君たちがいたのさ」
「あら、あたしは風の精のシルフィードから聞いたんだもの、間違うはずないじゃない。どうして疑うのよ、失礼ね」
とペルラはむくれました。少し気は強そうですが、かなりの美人で、女性らしい体つきに裾の長いドレスがよく似合っています。
「あたいたちはここに調査に来たんだよ。でも、まさかあんたたちに会えるとは思わなかったなぁ! みんな元気だったかい!?」
メールは笑顔でそう言うと、久しぶりで再会したいとこたちへ飛びついていきました――。