消えた大陸のことを思い出そうとしたメールが、突然、トムラムストだ! と言いだしたので、仲間たちは驚きました。これまで聞いたことのない単語だったのですが、ルルだけは知っていました。あら、とメールに言います。
「トムラムスト、って、もしかしてトムラムスト諸島のこと?」
「そうさ! あそこは島がたくさん連なった諸島なんだけど、大昔は大陸だったって言われてるんだよ! 一晩で海に沈んだ、って伝説があるんだ!」
とメールが言ったので、仲間たちはますます驚きました。フルートはあわてて世界地図にトムラムストという名前を探しましたが、なかなか見つけることができません。すると、メールがやってきて地図の右端を指さしました。
「トムラムストはここ。西の大海と東の大海の境目にあるんだ。でも、この地図には載ってないんだよ。この縁飾りの下に隠れちゃってるからさ」
「そうね……。そういえば、初めてこの地図をもらったときにも、メールとそんな話をしたわよね。トムラムスト諸島がない、って」
とルルも話しながらやってきて、ポポロに言いました。
「ねえ、私たちの部屋にある地図を使いましょうよ。私が地上を覚えるのに使ったやつ。あれになら、トムラムストも載っているわ」
「わかった。持ってくるわ」
とポポロは立ち上がって駆け出し、すぐに自分の部屋から大判の本を抱えてきました。それが地上の地形を描いた地図だったのです。
いかにも重そうな本をテーブルに置いて、ページを開いたとたん、フルートたちは、あっと声を上げてしまいました。
そこにあったのは、地上そのものを写し取って縮小したような眺めでした。上空から地上を見下ろした風景が、そのまま本になっています。
「すごく克明(こくめい)だな……これが天空の国の地図なのか」
と驚くフルートの横で、ポチがテーブルに上がり込んで地図をのぞいていました。こちらも感心したように言います。
「ワン、これは中央大陸の地図だけど、ものすごく正確ですよ。山も川も湖や海の形も……。まるで本物を縮めて貼り付けたみたいだ」
「こんなに正確だから、天空の国の地図は地上に持ち込めないんだ、っておじさんは言っていたのよ。危険だから、って」
とポポロが言いました。彼女が言う「おじさん」とは、白い石の丘に住む賢者のエルフのことです。
「だよなぁ……。こんなに何もかもはっきり描かれてたら、人間の連中が他の国へ攻め込むのに使うに決まってるもんな」
とゼンも納得します。
ルルはポポロの膝に上がり、身を乗り出してページをめくっていきました。魔法の地図は、ルルが鼻を押しつけただけで、ひとりでにめくれていきます。
「ほら、ここ。これがトムラムストよ」
と言ったページには、青い海原が広がっていました。フルートが自分の地図と見比べて言います。
「この北にあるのがイルダ大陸だな。トムラムストは大陸の南端から、ずっと南に向かって延びているのか」
「ワン、すごく長い諸島ですね。世界の南端くらいまで続いていますよ」
とポチが驚くと、メールが言いました。
「だから、沈んだ大陸の痕だって言われてるのさ。この諸島を境にして、西側が父上の西の大海、東側が海王の東の大海になってるんだ」
ふぅん、とフルートたちは地図を眺め続けました。蛇行して連なる島の形から、そこにあったかもしれない大陸を思い描こうとします。本当にそれが大陸ならば、かなり広大だったことになります。ひょっとすると、ムヴア族が住む南大陸より大きな陸地かもしれません。
「どうして沈んだんだろうな……。こんな大きなものが」
とフルートは考えながら言いました。どう考えても魔法の仕業(しわざ)のように思えます。
「沈んだ原因について伝説では言っていないの?」
とルルが尋ねると、メールは首を振りました。
「言ってたかもしれないけど、覚えてないよ。だって一晩で大陸が沈むなんてこと、普通はありえないだろ? ただのおとぎ話だと思ってたんだもん」
「ワン、おとぎ話が真実を伝えていることって、少なくないですよね。過去の歴史を消すデビルドラゴンの呪いから逃れているから」
とポチが言ったので、フルートはうなずきました。
「うん、これもかなり信憑性(しんぴょうせい)が高いような気がするな。二千年前まで、ここには本当に闇大陸があったのかもしれない。ここで光と闇の最終決戦が起きて、デビルドラゴンは捕らえられた。でも、奴の力はすさまじいから、その影響で大陸そのものが沈んでしまった――。考えられるよな?」
確かに、と仲間たちもうなずきました。全員で天空の地図のトムラムスト諸島を眺めます。
「行ってみようか?」
最初にそう言い出したのはメールでしたが、その時にはもう仲間全員が同じ気持ちになっていました。
「トムラムストのどのあたりに行くかで変わってくるけど、このあたりの風は、偏西風とは違う方向に吹くのよ。風向きを見る地図も別にあるから、確かめましょう。一緒に来て」
とルルはポチを連れてポポロの部屋へ向かいました。風の地図はそちらにあったのです。
フルートは他の仲間たちへ言いました。
「ここが光と闇の戦いの跡地だとしたら、古い魔法の痕や戦いの痕跡が残っているはずだ。それを確かめて、本当にここが闇大陸だったら、竜の宝の手がかりを探してみよう。天空王は確かに今も準備してくださっているけど、その前に手がかりが見つかったら、こっちを確かめるほうが先だからな」
「となると、装備していかなくちゃならねえな。修理は間に合わなかったか」
とゼンは残念そうにフルートの兜を差し出しました。
「留め具だけだから大丈夫だよ。気をつけるさ」
とフルートは答えて兜を受けとりました。他の防具や武器は客間に置いてあります。
すると、ポポロが立ち上がりました。
「あたし、お弁当の準備をするわね……。夕ごはんがまだなんだもの、みんな途中でお腹がすいちゃうわ」
「じゃあ、あたいも手伝うよ」
とメールもポポロと一緒に台所へ向かいます。
「できるだけうまい弁当を頼むぞ!」
とゼンは少女たちに声をかけると、フルートに向き直りました。
「どうする、レオンにも声をかけるか? 手助けがほしければいつでも呼んでくれ、って言ってたし、あいつの魔法は強力だから、一緒にいればかなり心強いぞ」
けれども、フルートは首を振りました。
「それをしようとすると、竜の宝のことを彼に教えなくちゃならなくなる。ポポロのお父さんにも言われたけれど、このことはやっぱりできる限り秘密にしておかなくちゃいけないんだよ。占者王が昔そう占ったわけだし、ぼくたちがそれを調べ回っていることをデビルドラゴンが知ったら、ただではおかないはずだしな」
それを聞いて、ゼンは思わず苦笑しました。フルートはなんだかんだと理由を言っていますが、要するに、レオンを危険に巻き込みたくないと考えているのです。本当に相変わらずのフルートです。
「ま、とにかく支度(したく)をしようぜ。沈んだ大陸を調べるには海に潜るんだろうから、そっちの準備もしねえとな」
とゼンが張り切り始めたので、フルートはちょっと笑いました。
「嬉しそうだな。また海に行けるからかい?」
「まあな。それに、海に行くとあいつがすごく喜ぶからな」
とゼンが照れながら答えます。あいつ、とはもちろんメールのことです。
フルートはまた笑うと、装備を整えるために、ゼンと一緒に客間へ向かっていきました――。