「第二次戦争と呼ばれる二度目の光と闇の戦いは、九十年間も続いたから、世界各地で戦いがあった」
とフルートは仲間たちへ話し始めました。
「それは本当に世界中のあちこちで起きていたし、闇の民や怪物が村や町を襲うような小さな事件もあれば、何十万人もの死者が出るような大規模な戦争もあったんだ。あんまり数が多いから、概論ではただ戦いの名前が羅列(られつ)されてるだけで、詳しいことはあまり書かれていないんだけどね、どうやら初めのうち、デビルドラゴンは姿を見せていなかったみたいだ。陰から闇の軍勢を操って、地上の各地に戦いを拡大させていったんだな。それぞれの場所で光と闇が戦う、混戦状態がずっと続いていたらしい――」
そう話すフルートの手元には、いつも持ち歩いている世界地図が広げられていました。賢者たちの戦いの直前に、白い石の丘のエルフからもらったものです。
「――ところが、戦争が始まってから八十八年目に、要の国の皇太子だったセイロスが、金の石の勇者として登場した。その直後から、光の戦士たちが各地から集結を始めたんだよ。セイロスにそれだけの求心力があったんだな。集まってきた中には、天空の民も、ドワーフやノームやエルフも、光の側の生き物たちも、大勢いたらしい。ロズキさんの名前も概論の人名リストにあったよ。彼は要の国の領主で、ずっとセイロスの大事な補佐役だったんだ」
「ワン、ロズキさんが自分で言っていたとおりだったんですね」
とポチが言い、全員は火の山で出会った古(いにしえ)の戦士を思い出しました。炎の剣の元の主人で、剣も魔法も得意なのですが、少しも偉ぶらない気のいい青年でした。今は、火の山の地下で、巨人クフの鍛冶仕事の手伝いをしているはずです。
懐かしい人を思い出してから、フルートはまた戦いの話に戻りました。
「セイロスが総大将になってから、光の軍勢は闇に対して連戦連勝するようになった。中央大陸の西海岸から出発して、どんどん東へ闇を追い払っていったのさ。それを見て、誰もが闇に勝てると思った、って概論には書いてあったよ。そのくらい、セイロスたちは強かったんだな――。ところが、その状況に、とうとうデビルドラゴンが直接姿を現した。そして、セイロスに対抗して闇の側の総司令官になると、闇の陣営を立て直してしまったんだ。それから後、光と闇の勢力はまた五分と五分になってしまった。光が勝つこともあったけれど、闇が優勢になって光の軍勢が大きく後退することもあった。闇に大敗して、南大陸の近くまで押し戻されたこともあったらしいよ――。概論にはカルデラの海戦っていう海の戦いも出てくるんだけれど、ものすごい戦闘で、死者が大勢出たらしい。海の民の軍勢が総力挙げて駆けつけて、やっと闇を押し返したって書いてあった」
その話を聞いて、お、とゼンは声を上げ、メールはとても得意そうな顔になりました。海の民は、その当時からやはり光の軍勢の頼りになる味方だったのです。
「ワン、カルデラの海戦って、もしかしたら、ぼくたちがマモリワスレの戦いのときに訪ねたカルドラ国のことじゃないかなぁ。名前が似てるもの。セイマの港ではタコ魔王を退治したり、津波を追い返したりしたけど、ひょっとしたら、大昔にはそこが海戦の戦場だったのかもしれないですね」
とポチが言ったので、フルートはうなずきました。
「そうだな。ぼくもそんな気がしている。で、ここから先はぼくの推理なんだけれど、その海戦をきっかけにして、セイロスたちは、闇の軍勢を倒すためには光の魔法以外の魔法も必要だ、と考えたんじゃないかと思うんだ。そっちの魔法は闇に直接効くからな。そこで、すぐ近くにある南大陸へ行って、ムヴアの魔法使いたちに協力を求めたんだけれど、彼らは南大陸が戦乱に巻き込まれるのを恐れて、ムヴアの術で大陸を閉じてしまった。それでセイロスたちは、遠い東の果てのシュンの国と手を結ぶことを考えついたんだ――。きっと、この頃のことなんだろうな。中央大陸と南大陸の間にあったお台の山に、マモリワスレの罠が仕掛けられたのは。あれは、セイロスを光の総大将から引きずり下ろすために、デビルドラゴンがムヴア族の黒男に作らせた罠だ。ところが、ロズキさんがいち早くそれを見つけて知らせたから、セイロスは罠から逃れることができた。罠はそのままお台の山に残り続けて、結局二千年後にぼくがひっかかっちゃったんだ」
そこまで話して、フルートはきまりが悪そうな顔になりました。自分のことも仲間のこともすっかり忘れてしまったマモリワスレの戦いから、もう二カ月あまりが過ぎましたが、その時のことを思い出すと、今でも申し訳ない気持ちになるのです。とても恥ずかしいような気もします。
すると、ポポロがそっと寄り添ってきました。フルートの腕に自分の腕を絡め、目が合うと、にっこり暖かく笑ってみせます。フルートは思わず赤くなると、すぐに同じように笑い返しました。彼が罠にかかってすべてを忘れても、それでも強く信じてくれたのは彼女でした……。
「で? それで、戦いはどうなっていったのさ!?」
とメールが先を急かしました。
これまで断片のように聞いてきた光と闇の戦いが、概論とフルートのおかげで、ひとつの流れとして理解できるようになっていました。まるではめ絵のピースがはまっていくように、いろんな出来事や事実が過去の時間の中に収まっていきます。
フルートはまた話し始めました。
「ここから先は、ぼくたちも知っていることさ。ペガサスや風の犬に乗ってシュンの国にたどりついたセイロスたちは、シュンの琥珀帝と無事に連合を結ぶことができた。シュンの国は、今のユラサイと同じように、まわりの国々にとても影響力があったから、他の国からもどんどん参戦してきた。最終的に、ユウライ砦(さい)には実に百万を超す戦士たちが集まったらしいよ。それをセイロスが率いていたんだ」
百万! と一同は驚きました。ことばで言うのは簡単ですが、百万の軍隊となると、本当にすさまじい数です。それを率いた総大将のセイロスに、並ならない統率力を感じてしまいます。
「光の軍勢はユウライ砦で、デビルドラゴンが率いる闇の軍勢を迎え撃った。激戦は五カ月間続いたけれど、その間に西から光の軍勢の地上部隊が駆けつけてきた。光の軍勢が闇の軍勢を挟み撃ちにして、あと一歩と言うところまで追い詰めたんだ。そして、本当にもう少しで闇に勝てる、というところで――」
「セイロスが願い石に負けたのか」
とゼンが重々しく言ったので、仲間たちは、はっとしました。誰からともなくフルートを見つめてしまいます。二代目の金の石の勇者の彼も、やっぱり身の内に願い石を持っています。そして、闇に討ち勝つために光になれ、と常にささやきかけられているのです。
フルートは苦笑しました。
「ぼくはセイロスのようにはならないよ。光にもならない。君たちと約束したからな」
けれども、仲間たちはやっぱり安心した顔にはなりませんでした。ポポロはフルートの腕を抱く手に力を込めます。
フルートはまた苦笑して言いました。
「ぼくの話も、これでだいたい終わりだよ。この後のことは、いくら概論を読んでも、やっぱりよくわからないんだ。新しい情報としては、闇大陸でパルバンの戦いがあったことがわかったくらいさ」
「ワン、闇大陸? パルバンの戦い? ユウライ砦の戦いの後にそんな戦いがあったんですか?」
とポチが驚いたので、あ、そっか、とメールが言いました。
「図書館で概論を見つけたとき、ポチは一緒にいなかったんだもんね。まだ知らなかったんだ」
「ポポロ、ポチにその部分を読んであげてくれるかい?」
とフルートが言ったので、ポポロは自分の前にあった本のページをめくり、声に出して読み始めました。
「天空歴千百二十四年、西の海の闇大陸で戦闘が起き、ここが最後の決戦地となった。闇大陸の戦いは、別名パルバンの戦いとも言う。大陸に広がる荒れ地がパルバンと呼ばれていたからである。この地で光の軍勢は闇の竜を捕らえて世界の果てに幽閉することに成功した。その後、闇の軍勢は散り散りになり、ある者たちは地下に潜って闇の国を創り、ある者たちは地上に留まって闇の怪物となった――」
「これだけなのよねぇ。パルバンなんて荒野がある大陸はないし、どこのことなのか全然わからないのよ」
とルルが溜息をつきました。
ポチは首をかしげて考え込みました。
「ワン、その闇大陸が、ユウライ戦記にあった暗き大地なんですね。そこに竜の宝を隠してデビルドラゴンを捕まえたんだ。でも、本当にどこのことなんだろう? 西の大海にそんな大陸、あったっけ?」
「ないよ。それはあたいが断言できる」
とメールは答えました。彼女は西の大海を治める渦王の娘なのですから、間違うはずがないのです。仲間たちはいっせいに溜息をついてしまいました。
ところが、そのメールが急に、あれっ? と首をひねりました。
「ねえさぁ、あたいたち、前にここを読んだときに、何か話し合わなかったっけ? 闇大陸についてさ」
「あん? そんな大陸、聞いたこともねえ、ってか?」
とゼンが言いました。
「そうね、私は風の犬だから、仕事柄よく世界の地図を見るけど、そんな名前の場所は全然知らない、って話はしたわよね」
とルルも答えますが、メールは釈然としない顔をしていました。懸命に何かを思い出そうとします。
ゼンは肩をすくめました。
「昔あったけれど今はねえっていうなら、大陸が消えたってことだよな。だが、大陸が消えるなんてこと、実際にあるのかよ?」
いかにも疑っている声でしたが、とたんにメールが叫びました。
「それだぁ!」
「それって?」
目を丸くしたゼンたちに、メールは身を乗り出しました。
「あたいたち、あの時、消えた大陸の話をしてたのさ! そうだよ! あたい、なんか聞き覚えがあったんだ!」
「聞き覚えがあるって、消えた大陸のことを?」
とフルートは驚いて尋ねました。その話をしていたとき、フルートは考え事をしていて、メールたちのやりとりを聞いていなかったのです。
「そうさ! ちょっと待ちなよ。今度はなんだか思い出せそうなんだ。えぇと……」
騒ぎ出そうとする仲間たちを抑えて、メールは考え込みました。仲間たちは息を詰めてそれを見守ります。
すると、メールはすぐにまた顔を上げました。
「そうだ、トムラムスト――! トムラムストだよ!」
「トムラムスト?」
聞き慣れない単語に、フルートたちは思わず聞き返してしまいました――。