「お、そ、いっ!!」
絨毯(じゅうたん)を敷き詰めた部屋に座っていたメールは、力を込めてそう言うと、どん、と床をたたきました。びっくりして振り向いた仲間たちへ、堰(せき)を切ったようにまくしたてます。
「今日でもう一週間だよ! 運行局での事件が解決して、天空王があたいたちに竜の宝の秘密を教えてくれる、って言ってから、もう一週間! そりゃ確かに天空王は準備に少し時間がかかるって言ってたけどさ、それにしたって時間がかかり過ぎじゃないか! いったいいつまで待たせるつもりなのさ!?」
「相変わらず、気の短いヤツだな。相手はあの天空王だぞ。約束を忘れたりするかよ。準備が整ったら、ちゃんと迎えをよこしてくれらぁ」
とゼンがあきれたように言いました。やはり床に座り込んで、膝にフルートの金の兜(かぶと)を抱えています。傍らには金物屋(かなものや)が使うような工具がありました。兜の修理中だったのです。
すると、横に座っていたポチが心配そうにゼンに言いました。
「ワン、兜の留め具は直せそうですか? 失敗したら、フルートが兜をかぶれなくなっちゃうんだから、注意してくださいよ」
ゼンはむっとしました。
「そんなこと、言われなくてもわかってらぁ。だけど、しょうがねえだろうが。こいつの留め具がまたゆるんできたから、町の鍛冶屋に修理に出そうとしたら、魔法の留め具じゃないから直せねえ、なんて言われたんだからよ」
「あら、でも、ゼンだって鍛冶屋じゃないでしょう?」
と言ったのはルルでした。暖かな暖炉のそばに腹ばいになっています。
「ああ。だが、俺だって鍛冶の民のドワーフだ。傷んだ道具や防具の修理は、いつも自分でやってるんだから、留め具の修理だってできらぁ。……たぶんな」
急に自信なさそうになったゼンに、ポチはいっそう心配しました。
「ワン、たぶんじゃ困るんですよ! それはフルートの命を守る大事な兜なんだから!」
「わかってるって言ってるだろうが! 手に負えなかったら、修理はあきらめらぁ!」
「ワン、それなら最初から何もしないほうが――」
「いや、できれば直してほしいんだよ。留め具がゆるんで、兜がまた脱げやすくなってきたから、いざというときに心配なんだ」
とテーブルに向かって座っていたフルートが、口をはさんできました。その横にはポポロが座っていて、やはりゼンの手元を見つめています。
仲間たちが誰も自分の話を聞いていないので、メールはかんしゃくを起こしました。
「あたいを無視するんじゃないよ!! あたいたちはいつまで待てばいいんだろう、って言ってんじゃないか!!」
すぐそばにいたゼンは、片手で耳を押さえました。
「耳元でわめくな、馬鹿。焦る猟師からは獲物が逃げる――俺たちドワーフ猟師のことわざだ。待つときには待つしかねえんだよ」
「ああもう、みんなして! どうしてそんなにのんびりしてられるのさ!? このままあと一ヵ月も待たされたとしたら、どうするつもりなのさ!? それまで何もしないでいるわけ!?」
メールは、きゃんきゃんとわめき続けます。
レオンや犬のビーラーとも協力して、この天空の国からデビルドラゴンを追い出してから、一週間が過ぎました。
騒動の中でめちゃくちゃにされたポポロの家は、ポポロの両親が魔法で直し、引き裂かれていた番人の木のラホンドックも元に戻り、天空の国は落ちつきを取り戻していました。貴族ではない一般の人たちは、自分たちの国がどんなに危険な状況だったかまるで知らないので、何事もなかったように、いつも通り暮らしていました。天空城の学校の副校長が亡くなって交代になったらしい、という噂は流れてきましたが、それも町や村の人々にはそれほど重要なことではなかったので、ほとんど話題になりませんでした。
なんとも穏やかな時間の中、フルートたちはポポロの家の居間に集まっていました。ポポロの両親が買い物に出かけたので、留守番をしながら、思い思いのことをしています。本や地図を眺めたり、修理をしたり、暖炉の前で居眠りしたり。ところが、短気なメールだけは、天空王からの呼び出しがなかなか来ないので、待ちきれなくなって爆発したのでした。
「ねえさぁ、やっぱりまた天空城に行こうよ! そして、天空王に早くしてほしいって頼むのさ!」
とメールが言ったので、ポポロは困ったように答えました。
「それは無理だと思うわよ……。天空王様は、とても大きな魔法をお使いになろうとしているんだもの。そういうのって、手順通りに時間をかけて準備をしないと、とんでもない事故が起きてしまうのよ。いくらお願いしても、その時が来るまでだめだと思うわ……」
だぁってぇ! とメールはわめき続けました。とにかくじっとしているのが嫌いなので、これ以上ただ待たされたら、体も頭もどうにかなってしまいそうだったのです。
すると、フルートが言いました。
「ぼくたちは無駄に待っているわけじゃないよ。これでも、ちゃんと次の段階のための準備をしているんだ――。休息をとって体力を回復しておくのも大事な準備だし、ぼくとポポロは、さっきから概論の本で過去の戦いを確かめている。ゼンだって、ぼくの防具を修理してくれてるしな」
おう、とゼンが工具を持った手を挙げて返事をしました。
メールは口を尖らせながら立ち上がり、フルートとポポロの間のテーブルに広げられた本や地図を眺めました。
「それって光と闇の戦いの概論だったんだ。図書館から借りてきたわけ?」
「そう。戦いに関する他の本はリューラ先生がどこかに持ち出してしまって、まだ見つかっていないから、とりあえずこの概論を貸してもらったんだ。昔の戦いの名前がたくさん出てくるから、その戦場が今のどの場所なのか、世界地図を見ながら考えていたんだよ」
「ワン、見当はつきましたか?」
とポチが興味をひかれて立ち上がりました。
「あら、でも、その本にあった戦場の名前って、聞いたことがない場所ばかりじゃなかった?」
とルルは首をひねります。
ポポロが答えました。
「うん、知ってる名前はほとんどないわ。でもね、なんとなく、今の地名に似た場所が出てくるのよ。例えば西の国のザッカラの戦い、ってのがあるんだけれど――」
「ワン、西の国っていったら、今のザカラスのことじゃないですか。ザッカラだなんて、いやに似た名前だなぁ」
とポチが言ったので、フルートはうなずきました。
「ザッカラっていうのは、西の国の高原の名前だったらしい。ユウライ砦(さい)がユラサイ国の名前になったみたいに、戦場になった高原の名前がザカラスって国の名前になったのかも、ってポポロと話していたのさ」
「他にも場所がわかる地名はあるの?」
とルルも興味が湧いてきて尋ねました。
「あるよ。ザッカラの戦いの次には、要(かなめ)の国のジナとデセラン川で戦いが起きてる。要の国っていうのはロムド国のことだ。ロムドには本当にジーナって町があるし、デセラール山からリーリス湖に注ぎ込む、デセラール川って名前の川もある。ジーナとデセラール川はけっこう近い場所にあるんだ」
「あ、その場所は覚えているわ……。私が魔王になってしまったときに襲った町と、私が迷宮を造った山よ……」
とルルは言って、急に身震いしました。彼女は闇に負けた罰として、自分が魔王になったときのことを決して忘れることができません。今も、その当時に自分がしたことをまざまざと思い出して、罪悪感に襲われてしまったのでした。
ポチは急いでルルに駆け寄って、こぼれ出した涙をなめてやりました。
「ワン、それはもう昔のことだよ、ルル。あの時から、ルルはずっとぼくたちと一緒に光のために戦っているんだもの。もう泣かなくていいんだよ」
ポチ……とルルは言って、いっそう涙をこぼしました。ポチはせっせとそれをなめてやります。
メールは思わず溜息をつくと、腰に両手を当てて言いました。
「でもさ、その概論には、竜の宝の正体は何なのかとか、どうやってデビルドラゴンを捕らえて幽閉したのか、とか、あたいたちが知りたいことは何一つ書いてないんだろ? ただ戦場になった場所を追っかけてって、何か役に立つのかい?」
「二千年前の光と闇の戦いが、地上をどんなふうに進んでいったのかはわかったよ。特に、金の石の勇者のセイロスが現れてからの動きは、だいたいわかった気がする」
とフルートが答えたので、どんな? と仲間たちは身を乗り出しました。
「二度目の光と闇の戦いは、天空の国では第二次戦争と呼ばれてる。それはこんなふうに進んでいったんだよ」
とフルートは話し始めました――。