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外伝19「闇の灰」

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5.闇の灰

 ロムド城の王の執務室では、白と青の二人の魔法使いが一連の出来事の報告をしていました。

 話を聞き終わったロムド王とリーンズ宰相が、青ざめて言います。

「火の山からザカラスの南部を経て我が国へ流れていた噴煙には、闇が含まれていたというのか! それが国のあちこちで闇の被害を引き起こしていたと言うのだな!? なんということだ!」

「しかも、この城内にまで闇が侵入していたとは……。確かに一番占者のユギル殿は不在ですが、これだけ魔法軍団が守っているのですから、その隙を突くというのも難しいはずです。いったいどのようにして侵入したのでしょう?」

 そこへ温室から深緑の魔法使いが飛んできました。王や宰相に一礼してから、質問に答えます。

「どうやら、闇は灰の姿で城に入り込んだようですじゃ。城に出入りする人の服や靴底に付いたり、荷馬車の隅に溜まったりしたものが、障壁に守られた城の内側に運ばれ、風の吹きだまりに集まって、闇の虫に変化していったようですの」

「つまり、闇の灰は一定量集まると、そこから闇の怪物を生み出すということか。国内に増えた怪物も、そうやって生まれてきたのだな?」

 とロムド王が深刻な表情で言うと、白の魔法使いが答えました。

「闇の灰は新たに闇の怪物を生むだけでなく、従来おとなしいはずの生き物を狂わせて、凶暴にすることもあります。中には怪物へと変貌していくものも出てきます――。城内の闇の灰に関しては、これから魔法軍団を総動員して、大至急確認、除去します」

「ですが、国内は? 火の山の噴煙はすでにロムド国の全体に広がり、雲のように上空に留まって、ひっきりなしに灰を降らせています。地上にはかなりの量の灰が降ってしまったのですよ? いかがいたします?」

 とリーンズ宰相が尋ねました。やきもきしながら、王と魔法使いたちの顔を見比べています。

「それも大至急対策を考えねばならん。だが、城の重要な者たちが足りない。ユギルやオリバンたちはユラサイへ行っているし、ワルラ将軍は怪物を退治に北の街道へ出動している。ゴーラントス卿も、皇太子代行として西部へ向かっているところだ」

 と王はいっそう難しい顔で言いました。特に、城の一番占者の不在は、こういう場面では本当に痛い損失です。

 

 そこへ、キースが魔法で執務室にやってきました。ゾやヨやグーリーを部屋に置いて、代わりに長い黒髪に薄緑のドレスの美しい少女を連れてきています。人間の姿をした闇の民のアリアンです。

 アリアンは部屋に降り立つなり、ロムド王の前に駆けつけて足元に身を投げ出しました。

「申しわけありません、国王陛下! 私は毎日火の山を見守っていましたのに……! 噴き上げられた煙もずっと見張っていましたのに、そこに闇が混じっていたとは気がつかなかったのです! 本当に申しわけありません!」

 涙声でひれふしてしまったので、長い黒髪がその回りで渦を描きます。

 キースが癖で頬をかきながら言いました。

「しかたなかったんだよ、アリアン。噴煙に混じっていた闇はほんの少しだったからね。ぼくたちは闇の民だから、わずかな量の闇なんかは感知できないんだ」

 深緑の魔法使いもうなずきます。

「そう。それに関してはわしも同罪じゃ。真実を見ぬく目を持ちながら、闇がロムドに入り込んでいたことに、全然気づけずにおったんじゃからな。まったく、勇者殿たちと赤が火の山の敵に気づいて倒してくれなんだら、本当に、とんでもないことになるところだったわい」

 すると、ロムド王が言いました。

「アリアンも深緑も、毎日本当によく勤めてくれている。そなたたちは噴煙が引き起こす冷害の状況を見張っていたのだから、それ以外の出来事に気づく余裕がなかったことは致し方ないことだ。まして、この状況はそなたたちの責任ではないのだからな。そなたたちが気に病むことはない」

 寛大な王のことばに、魔法使いたちとアリアンは思わず深く頭を下げました。

「それで、現在の闇の灰の状況は、どのようになっているのでしょう? この後はどのように動いていきそうですか?」

 と言ったのはリーンズ宰相です。責任を感じている家臣たちを王が許し、今後の対策を立てるための状況確認を宰相が切り出す。長年連れ添ってきた王と宰相は、何も言わなくても、ぴったり息が合っています。

 

 宰相から再度促されて、アリアンは立ち上がって話し始めました。

「火の山は昨日の朝から煙を出さなくなって、静かになりました。何故急に噴火が停まったのか不思議だったのですが、それはフルートたちのおかげだったのですね……。ただ、その直前に、山は何度も大きな噴火を起こして、大量の煙を吐き出しました。これはまだ火の山の上空にあって、これからこのロムドへ向かって来ます。とても大量の煙なので、今までに降った何倍もの灰が、これから降ってくることになると思います」

「今までの何倍もの灰が――。では、闇も同じように大量に降りそそいでくる、というわけだな」

 とロムド王が言いました。王もその家臣たちもいっそう深刻な表情になっています。

 深緑の魔法使いが、アリアンの話を引き継ぎました。

「火の山の噴煙が立ち上ったあたりの空には、たいてい西から東へ風が吹いとります。もっと上空へ行けば、風もかなり強くなるのですが、そのあたりの風は弱いので、噴煙はゆっくりとしか移動しません。山から火山灰がザカラス国にたどり着くのは約半月後、このロムド国までやって来るのは約三ヶ月後ですじゃ。ただ、まだ時間があるからと言って、安心することはできません。先に吐き出された灰はすでにこのロムド上空に到達して、太陽の光をさえぎっているので、今年の冬は例年になく寒さが厳しくなっとります。それがまだあと三ヶ月は続いて、とどめにこれまでにないほど大量の灰が降ってくるわけですからな。灰の被害が収まるまでに、あと半年はかかることでしょう。夏は大冷害になってしまいますぞ」

「秋の感謝祭でアリアンが冷害を予言してくれたので、そちらの準備は国内で着実に進んでいる。問題は闇の被害だ」

 とロムド王は考え込みました。食糧を備蓄したり、寒さに強い作物を畑に植えることで、冷害はなんとかしのいでいけますが、闇の灰に対しては、前例がないだけに、何をどうすればよいのかすぐには見当がつきません。いないことはわかっているのに、一番占者のユギルがいつも控えていた場所を、つい眺めてしまいます。

 

 すると、執務室に今度は赤の魔法使いが現れました。どうにかアマニを説得することができたのでしょう。アマニは同行していませんでした。

「タ、ガ、ミ」

 と遅れたことを詫びるように王へ頭を下げると、すぐに仲間たちのところへ行き、ひとしきり、ムヴア語で何かを話します。

「あの、赤の魔法使い殿はなんと……?」

 と宰相が尋ねると、武僧の魔法使いが答えました。

「赤が言うには、火山から出た噴煙はかなりの密度で塊をつくっているそうです。それを魔法で散らせば、灰は風に紛れて吹き飛ばされて、地上に落ちる量が少なくなるのではないか、と言っています」

 ふむ、と女神官は考え込んでいました。

「このまま何もせずに手をこまねいていれば、三ヶ月後にはロムドに大量の闇の灰が降りそそぐ。やれることは、なんでも試してみなくてはいけないだろう」

「じゃが、火山の噴煙というのは、べらぼうな量じゃぞ。火事の煙を吹き飛ばすのとはわけが違う。非常に大きな魔力が必要になるし、そのためには大勢の魔法使いが必要になるじゃろう。ロムド城の魔法軍団全員を引き連れていっても、やりきれるかどうか怪しいぞ」

 と老人の魔法使いが言うと、キースが口をはさみました。

「やるというなら、ぼくももちろん協力するけれどね。少しは力の足しになるだろう」

 それを聞いて、ロムド王は言いました。

「ザカラス王にも協力を求めよう。両国で集められるだけの魔法使いを集め、闇の噴煙を吹き飛ばして地上を守るのだ。その代わり、これから半月以内にそれを実行する。それより遅くなれば、大噴煙はザカラス国に達して、闇の灰を降らせるからだ。良いな。半月以内に準備をして、噴煙を散らせ」

 王の声は老いても強く、人を従わせる力に充ちていました。四人の魔法使いと宰相のリーンズ、それに、キースとアリアンまでが、御意、といっせいに頭を下げてしまいます。

 

 その後、女神官はすぐに仲間たちへ言いました。

「まず、城内から闇の灰を取り除くぞ。わずかな灰でも、寄り集まれば思いがけない敵を生む。それぞれに部下を率いて、城内くまなく調べて回るんだ」

「了解!」

 返事を残して、四大魔法使いたちが執務室から消えていきます。

 リーンズはロムド王とザカラス王の会談の手はずを整えに、執務室を出て行きました。この城には、ザカラス王が妹のメノア王妃を通じて預けてよこした伝声鳥がいるので、遠くにいる王同士が直接話すことができるのです。

 執務室に残ったロムド王は、同じく後に残っていたキースとアリアンに話しかけました。

「そなたたちは本当にロムドの助けになってくれているな。今回の一件も、そもそもはゾとヨが温室で闇の虫を見つけたことから発覚したと聞いた。実にありがたいことだ」

「ぼくたちは陛下のご恩に報いているだけです。闇のもののぼくたちに、この地上での居場所を作ってくださったのは陛下ですから。いつも心から感謝しています」

 とキースは答え、その横でアリアンもうなずきました。それが彼らの本心でした。

 王は穏やかに笑いました。

「そう言ってもらえて、本当に嬉しく思う。ゾとヨにも、後で何か褒美をやらなくてはな」

「それならば、温室の実芭蕉が良いと思います。彼らはあの実がとても気に入ったようですから」

「ほう? ならば、あの木は二匹の専用にしよう。実芭蕉は、実を全部収穫すると枯れてしまうのだが、庭師がせっせと手入れをしているので、いつも温室のどこかで実をつけているのだ」

「あいつらはきっと飛び上がって喜ぶと思います。食べ過ぎないように注意してやらなくちゃ」

 とキースが言ったので、王とアリアンは思わず笑いました。

 城や国は決して安心できる状況ではありませんでしたが、つかの間、執務室になごやかな空気が漂いました――。

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