情報を売りに来た男が金貨三枚、と言ったので、イリーヌは眉をひそめました。
「ずいぶんとふっかけて来るじゃない。いくらベンナの情報でも、ちょっと高すぎるわよ」
「これよりびた一文でも負けるな、と言われてきてるんだ。買わないなら帰るさ」
と太った男は答えました。本当に店を出て行こうとするので、ジズが呼び止めました。
「それだけの価値がある情報だって言うわけか。よし、買おう……。その代わり、大したことのない情報だったら命はないと思えよ」
それまで穏やかだったジズが、いきなりぎらりと抜き身の剣のような気配を放ったので、男は肩をすくめました。
「おいおい、剣呑(けんのん)なことは言いっこなしだぜ、ジズ。俺はベンナから言われて情報を運んできただけなんだからな。それに価値があるかどうかなんて、俺にはわからないんだ。で、買うんだな? 前払いで頼むよ」
ジズは店の奥から言い値通りの金を出してきました。それをポケットにしまって、男が言います。
「ベンナの情報はこうだ。『金の石の勇者たちを探して海軍がやって来る』――確かに伝えたぞ。じゃあな」
男は、ジズたちの返事を待つこともなく、あっという間に店を立ち去っていきました。絶句していたジズが、やがて、苦い表情になって腕組みをします。
「とうとう来るか……。あと二日、時間が稼げれば、フルートたちを南大陸に送り出せたんだがな」
フルートたちは赤の魔法使いが作った結界の中から次々に出てきました。ジズやイリーヌに駆け寄って尋ねます。
「海軍がぼくたちを見つけたのか!?」
「赤さんが俺たちを隠してくれてたのにか!? どうしてだよ!?」
「おまえたちが魔王や怪物と戦った後に、俺たちが船で迎えに行ったのを、見ていた奴がいたんだろう」
とジズが苦々しく答えると、イリーヌも言いました。
「ベンナっていう女は、表向きは占い師なんだけどね、実際には、占いなんてこれっぽっちもできないペテン師なのよ。金で情報を買い集めては、占いの結果ってことにして客に伝えているわけ。相談の客から聞いた情報を別の人間に売ることだって、平気でやらかすわ。たぶん、海軍に坊やたちがここにいると教えたのは、ベンナ自身ね。その上で、こっちからも稼ごうと思って、海軍の動きを知らせてきたんだわ」
それを聞いて、ゼンとメールは思いきり顔をしかめました。自然の中で素直に生きる種族の彼らには、こういう人間の裏表ぶりは、どうしても理解できないことのひとつです。
「どうするの? 船が港に入ってくるのは明日なんでしょう? きっと、その前に海軍がここに来るわよ」
とルルが言い、フルートは考え込みました。これ以上ここにいればイリーヌたちに迷惑がかかると思うのですが、だからといって、勝手のわからないこの街で、出航まで隠れていられる場所を見つけることも困難です。どうしたらいいのか、とっさにはわからなくなってしまいます。
ジズがテーブルの周りの木鉢を指さして尋ねました。
「この結界は、海軍が団体で乗り込んできても、中の人間を守り切れるものなのか?」
「ラバ、ル。ガ、イデ、ル、ツワ、ゲナイ」
「ワン、普通の人間なら近寄らないけれど、軍人みたいに命令で調べに来る人は追い返せないそうです。命令の力のほうが上だから」
うぅん、とフルートたちはうなってしまいました。海軍は店内をしらみつぶしに調べることでしょう。きっと結界を破られて、発見されてしまいます。
「うまく隠れたとしても、その後、船に乗るのが大変ね。港も海軍に見張られているでしょうから」
とイリーヌが言ったので、ますます困惑してしまいます。
すると、黙ったまま、ずっと考えていたポポロが、フルートの服の裾を引きました。ためらいながら話し出します。
「あの……あのね、フルート……。あたし、ひとつ方法を思いついたんだけど……聞いてくれる……?」
意外な人物の提案に、仲間たちは驚いて注目しました。どんな方法? とフルートが尋ねます。
ポポロは頬を紅く染め、一生懸命話し続けました。
「あたしたちを探す時、兵隊たちはきっと、手配書を持っているわよね……。そこには、あたしたちの特長が書いてあると思うんだけど、それとは違う恰好をすれば、きっとあたしたちが金の石の勇者の一行だとはわからないと思うの。だって、あたしたちって防具や武器を外すと、いつも全然勇者の一行には見られないんですもの……」
ふぅむ、と一同はまたうなりました。それは確かにポポロの言うとおりだったのです。
フルートが考えながら言いました。
「手配書にはどんなふうに書かれるだろうな? ぼくは金の鎧兜を着て剣を背負った少年、かな。ゼンはきっと、青い胸当てと弓矢の少年だ。防具や武器を外して私服になれば、気づかれなくなりそうだな。メールは――」
「あたいは絶対にこの髪の色さ。染め粉で色を変えれば、きっとわからなくなるよね」
とメールが自分の緑の髪を引き寄せてみせると、ポチも考えながら言いました。
「ワン、ぼくとルルは、白い小犬と茶色の雌犬って感じじゃないかな。やっぱり毛色を変えれば、なんとかなりそうですね」
「あたしはあの時、黒いコートを着ていたから、お下げをほどいて、星空の衣を全然違う色の服にすれば、わからなくなると思うの……」
とポポロ自身も言います。
「だけど、そっちの魔法使いさんは? その姿だもの、変装したってすぐばれるんじゃないの?」
とイリーヌが尋ねると、黒い肌に猫の瞳の小男は答えました。
「ツ、クナル、ガ、ワ、ニ、レル」
「ワン、魔法は使えなくなっちゃうけれど、普通の人間の姿に変身できるんだそうです。どうやらうまくいきそうですね」
とポチが尻尾を振ります。
ところが、ジズが難しい顔のままで言いました。
「俺たちは丘の上から、おまえらが海軍と戦う様子を見ていたが、途中でゼンとフルートは海軍の船に下りたんじゃなかったか? あの時に海軍に顔を見られていたら、私服になったくらいじゃごまかせないだろう」
あ、とフルートとゼンは顔を見合わせました。言われた通り、ゼンは戦いの最中に海軍のガレー船へ墜落し、それを助けるためにフルートも甲板に飛び下りました。その時に、彼らはしっかり顔を見られていたのです。
「俺たちを探しに来るなら、あの船に乗ってたヤツを絶対に連れてくるよなぁ……」
とゼンが弱り切った顔で言います。
一同はまた考え込んでしまいました。どうやったら捜索の目をごまかせるだろう、と頭をひねり続けます。
すると、ルルが急に、ぴんと耳を立てました。
「そうだわ。あれを使えばいいじゃない!」
あれ? と皆はルルを見つめました。彼女が何を思いついたのか、仲間たちにはわかりません。
「あれと言ったら、あれよ……! きっとまたうまくいくわよ」
自信たっぷりに言い切って、ルルはくすくすと笑い出しました。