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外伝18「脱出」

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2.話し合い

 セイマの港から数えて八番目の通りに建つイリーヌ亭では、昼飯時の最後の客が引きあげていくところでした。

「まいどあり。またどうぞ」

 店の女主人のイリーヌは、愛想良く客を送り出して「準備中」の札を下げると、扉に鍵を下ろして店内を振り向きました。

「さあ、これで夕方まで気兼ねなく話せるわよ。でも、驚いたわね。あれだけ客がいたのに、誰一人そっちには近づかなかったじゃないの」

 と店の片隅のテーブルへ話しかけます。そこに座っていたのは、二人の少年と二人の少女と赤い長衣を着た黒い肌の小男が一人。テーブルの下には二匹の犬たちもいました。金の石の勇者の一行と、ロムド城の赤の魔法使いです。

 店の奥の調理場からは、黒ひげのジズが前掛けを外しながら出てきました。

「なにしろロムド城の四大魔法使いの一人がここにいるんだ。人目をくらますことくらい簡単なことだろう」

 すると、猫のような瞳の小男が口を開きました。

「ノ、ニ、カイ、ル。ノ、カ、ラバ、カ、ナイ」

 南大陸のことばなので、ジズたちにもフルートたちにも意味はわかりませんが、ポチだけは尻尾を振って言いました。

「ワン、テーブルの周りに結界を作ってあるから、他の人からはぼくたちの姿が見えなくなっているんだ、って赤さんが言ってますよ。それに、二階にいるより、ここにいるほうが騒がしさに紛れて怪しまれないから、って」

「結界ってこれだよね?」

 とメールがテーブルの周囲に置かれた木鉢を指さしました。中には石や木の葉や毛皮の切れ端などが入っています。どうしてそれが結界を作り出すのか、彼らにはよく分かりません。

 フルートが、いつもの穏やかな笑顔で言いました。

「ポチが赤さんのことばを理解できて、本当によかったよ。おかげで、ぼくたちも赤さんと話すことができるものね。ユラサイにいるオリバンたちにも、無事を知らせることができたし。これで一安心だな」

 

 すると、そんなフルートをゼンがにらみました。

「ったく、一番俺たちに心配かけたヤツが呑気なこと言いやがって。おまえがあのまま記憶を取り戻さなかったらどうしようと思ってたんだぞ。もうちょっと反省の色を見せろ」

「も、もちろん、それは本当に悪かったと思ってるよ。ずっと反省してる。心配かけたし迷惑かけたし……本当にごめん」

 フルートがあわてて謝り始めたので、ジズが肩をすくめました。

「罠と知っていて罠にはまる奴はいないんだ。フルートばかり責めるのは酷ってもんだろう。それより、記憶はすっかり取り戻したんだな? 自分が記憶をなくしていた間のことも覚えているのか?」

「覚えてるよ。少し曖昧(あいまい)なところもあるけど、だいたいはね」

 とフルートは答えました。何故か顔を赤らめています。

 あら、とルルが椅子に前脚をかけて伸び上がりました。

「忘れちゃってることもあるわけ? あなたは記憶をなくしてる間にポポロにキスしたのよ。それは覚えているの?」

 ルル! とポポロはたちまち真っ赤になり、フルートもいっそう赤い顔になりました。口ごもりながら答えます。

「よ、よく覚えていないよ……ぼくはそんなことをしたのかな」

「したのさ!」

 とメールも言い、ルルと顔を突き合わせて話し合いました。

「フルートったら薄情だよねぇ。こんな大事なことを忘れちゃうなんてさ」

「そうよ。この件に関してだけは、記憶をなくしていたときのほうが、よっぽど積極的で良かったわよ」

 女の子たちからそんなふうに言われて、フルートは、ますますしどろもどろになりました。

「キ、キスって言ったって、額にちょっとしただけじゃないか。あ、挨拶みたいなものさ。ポポロを泣きやませたかっただけなんだし……」

 とたんにゼンが噴き出しました。

「この野郎、忘れたなんて言って、しっかり覚えてるじゃねえか! さては全然忘れてなんていねえな!」

「ワン、それじゃ海上戦の最中に、ぼくの上でポポロにキスしようとしたのも、ちゃんと覚えているんだ!?」

「えっ、なになに!? それっていつのことさ!?」

「まともにキスしようとしたわけ!? それで? うまくいったの!?」

 仲間たちが身を乗り出して大騒ぎを始めたので、フルートは耳まで真っ赤になりました。

「い――いい加減にしろよ!」

 と仲間たちへどなってしまいます。ポポロのほうは恥ずかしすぎて声も出せなくなっていました。そんな様子にジズやイリーヌ、赤の魔法使いまでが笑い出します――。

 

 やがて、騒ぎが収まると、ジズが話題を変えました。

「おまえたちが希望していた南大陸行きの船だが、明日、港に入ってくることがわかったぞ。南西諸国各地を回ってきて、このセイマで水や食料を積んで、最終的に南大陸のルボラスへ向かう船だ。もちろん客も乗せる。出航は明後日だ」

 明後日! とフルートたちは目を輝かせました。マモリワスレの魔法やデビルドラゴンたちに邪魔をされましたが、ようやく目的地の南大陸へ向かうことができるのです。

 人間の世界の地理をよく知らないメールが、首をかしげました。

「ルボラスってのは、港の名前かい? それとも国の名前?」

「国の名前だよ。南大陸の北の端にある、南大陸で一番大きな王国なんだ」

 とフルートが答えると、ゼンが赤の魔法使いに尋ねました。

「南大陸は赤さんの故郷だけどよ、そのルボなんとかって国がそうなのか?」

「ヤ、ナイ。ト、ミノ、クダ」

 と赤の魔法使いは答えました。ポチがすぐに訳します。

「ワン、違うって。ルボラスよりもっと南の奥地が故郷だそうですよ」

「大型船が入れる港が、ルボラスにしかないんだ。だから、南大陸に渡る人間は、たいていルボラスから上陸するのさ」

 とジズが言うと、イリーヌも話に加わってきました。

「南大陸は大部分が未開の地で、外国とも全然交流していないけれど、ルボラスだけは別なのよね。あそこはとても大きな国で、中央大陸の国々と貿易をして栄えているのよ」

 ふぅん、とフルートたちは感心しました。まだ見たことのない遠い国に、それぞれ思いをはせます。

 

 すると、ポポロが、おずおずと口を開きました。

「あの……あたし、赤さんに聞いてみたいことがあったんですけど……」

「ダ?」

 と赤の魔法使いが答えました。つややかな黒い肌に金色の猫の瞳、子どものように小柄な体――異形の魔法使いですが、よく見れば、その表情はとても穏やかです。それに勇気を得て、ポポロは話し続けました。

「あの……赤さんたち四大魔法使いは、魔法の道を通って移動することができますよね? 白さんや青さんたちは、それでロムド城とミコンの間を行き来していました。赤さんもできるはずなのに、どうして魔法で南大陸へ渡らなかったんですか……?」

 赤の魔法使いは、クアロー王の間者ミカールが書き替えた手紙にだまされて南大陸へ向かったのですが、ザカラスで船に乗ろうとしたところ、港が寒波ですっかり凍りついていたので、もっと南のこのセイマ港までやってきて、フルートたちと出会ったのでした。

 フルートも首をかしげました。

「それは本当にそうだな。そのおかげで、こうしてぼくたちは赤さんに助けてもらえたけど、赤さんくらいの魔力があれば、船なんか乗らなくても直接南大陸に行けたような気がする……。何か理由があるんですか?」

「ガ、イ。レニ、ウ、ワ、レナイ」

「ワン、行けない距離じゃないけれど、南大陸まではやっぱり遠いんだそうですよ。それに、そもそも南大陸には魔法では渡れないんだって」

 とポチが通訳したので、フルートたちは驚きました。

「魔法では渡れない?」

「なんでだよ!?」

「あそこが原始の魔法に支配された場所だからだよ」

 とジズが言いました。原始の魔法? と一行はまた驚きます。

「原始の魔法、未開の魔法、自然魔法……まあ、いろんな呼び方はあるんだが、南大陸にはそこの住人が大昔から使ってきた魔法があって、よそから魔法で入り込もうとする奴を追い返すと言われているんだ。よそから魔法で大陸の様子をのぞくこともできない。それで、ついた仇名が『暗黒大陸』だ。だから、おまえたちもそこに行ってみる気になったんだろう?」

「ワン、なんだかユラサイの術みたいだけど、それよりもっと強力な感じもしますね」

「南大陸って、空から見ていると本当に大きいのよ。それ全部に上陸を拒否する魔法がかかっているわけ? ものすごい魔法じゃないの!」

 とポチとルルが話し合います。

「ノ、イオ、バム、ツダ。ブノ、ツシ、マ、タ」

 と赤の魔法使いが答えたので、ポチはまた訳しました。

「ワン、二千年前の戦いに巻き込まれないために、当時の魔法使いたちが大勢集まって、大陸全体に魔法をかけたんだそうです。……それ以来、船でなら上陸できても、魔法では行けなくなってしまったんですね」

「二千年前の――。となると、二度目の光と闇の戦いのことに違いないな。ここにも戦いの痕跡か」

 とフルートは言いました。彼らが気づいていなかっただけで、世界中の本当に様々な場所に、かつての戦いの痕が残されていたのです。

「今度こそ、何か見つけられるかな。デビルドラゴンを倒すための手がかりがさ」

 とメールが言いました。本当は、竜の宝が見つかるかな、と言いたいのですが、ジズやイリーヌがいるので、そんなふうにぼかします。竜の宝ということばは、人前ではむやみに口にしない約束になっていました。

 

 すると、赤の魔法使いが急に顔を上げました。猫の瞳を鋭く光らせて言います。

「カニ。カ、ル」

「ワン、みんな静かに。誰か来ますよ」

 とポチも言い、全員はすぐに口を閉じました。間もなく、店の裏口が外からたたかれ、イリーヌが戸を開けると、浅黒い肌の太った男が入ってきました。店の中にはフルートたちや赤の魔法使いがいるのですが、まったく気づいていません。

「ベンナ様からの情報だ。値段は金貨三枚。買うかい、買わないかい?」

 占い師の老婆が送りだした男は、ジズとイリーヌに向かって、そう切り出しました――。

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