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外伝17「ワイン売り」

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8.城

 それから二日後、リーンズの自宅に突然憲兵がやってきました。教会での騒動の一件について話を聞きたい、と言われて、否応なしに連れていかれてしまいます。行き先は警備隊の屯所ではなく、都の中心にそびえるロムド城の中でした。あれよあれよという間に、城の地下牢に閉じこめられてしまいます。

「な、なんなんだよ、いったい……?」

 とリーンズがうろたえているところへ、また別の人物が連れてこられました。ひげを生やした大柄な男――バリー・ワルラです。ワルラはリーンズを見るなり苦笑いをしました。

「おまえもか。とすると、一昨日の件を聞きたいというのは口実で、国王は俺たちを処罰するつもりでいるな。おまえさんの友だちはどうした? まだ教会で乞食をやっているのか?」

「今はもういないよ。昨日訪ねて行ったら、前の晩のうちにどこかへ行ったと言われたんだ――。彼はどこかの御曹司だからな。家に戻っていれば、あの事件に関わっているとは思われないだろう」

 そうあってほしい、という期待を込めながらリーンズは言いました。教会でもめたごろつきの親分は、ドール侯爵といって、ロムド城で役人もしている大貴族です。その人物に逆らったことになるのですから、彼らがただですむはずはありませんでした。せめてテリーだけは無事でいてくれ、と願います。

 ワルラはあごひげをなでながら嘆きました。

「市民に手をかけようとしたのはあっちだ。その悪党を懲らしめた俺たちが処罰されるんだから、まったく世も末だよなぁ。こんなことがまかり通るようだから、国王も金がなくなるとすぐに外国に攻め込もうなんて思いつくんだぞ。大貴族の財布のために戦場に行かされる、俺たちの身にもなってみろって言うんだ」

「ワルラさん、城の中でそんなことを大声で言ったら」

 とリーンズは焦りました。

「かまうもんか。どうせ俺たちは死刑だ。それなら言いたいことを言ってから死んでやるぞ」

「俺はそこまで達観できないってば――!」

 

 彼らが言い合っているところへ、地下牢の入口が開いて、また別の人物が入ってきました。テリーが連れてこられたのかと思いましたが、それは黒いドレスを着て、トビ色の髪をきっちりと結い上げた、中年の女性でした。牢番の案内でリーンズたちの牢の前に来ると、ドレスの裾をつまんで深々とお辞儀をします。その優美さにリーンズたちがぽかんと見とれていると、女性は言いました。

「連絡の不行き届きから大変な手違いがあったようでございます。お客さまをとんでもない場所にご案内してしまいました。私が改めてご案内します。どうぞ、こちらへ」

 丁寧ですが、ぴんと筋の通った声には、自然と相手を従わせる力がありました。牢番があわてて鍵を開けて二人を出し、ワルラには剣を返して、頭が地面に着きそうなほど深くお辞儀をします。リーンズとワルラは何が何やらわからないまま、女性の案内で地下牢から城の上階へと連れていかれました。

 分厚い絨毯を敷き詰め、美しい装飾や調度品で飾られた城の中で、庶民姿のリーンズとワルラは場違いこのうえない存在でした。廊下ですれ違う人たちは、貴族はもとより、召使いでさえ上品な恰好をしています。ところが、彼らはリーンズたちに奇異の目を向けてきませんでした。何かもっと重要な用事があるようで、あわただしく廊下を走り、途中で出会った相手と何かを話し合っては、連れだって階段を駆け上がっていきます。

「城で何か起きているのか?」

 とワルラは前を行く女性に尋ねました。戦士はただごとでない気配を感じ取ったのです。女性は前を向いたまま答えました。

「陛下が都にいる主な貴族たちに召集をおかけになったのです」

 それきり口を閉じて、さっさと歩き続けますが、一瞬こちらを向いた女性の横顔が微笑を浮かべていたように見えて、リーンズは首をかしげました。この女性は誰なんだろう、と考えます。

「殿様に呼ばれて、どうしてみんなあんなにあわてるんだ?」

 とワルラも首をひねっています。

 

 二人が連れていかれたのは、城の奥の一室でした。豪華な家具や絵に囲まれた部屋で、白髪まじりの長身の貴族が待っていました。

「お連れいたしました、ドマ殿」

 と女性が言うと、貴族はリーンズとワルラに向かってお辞儀をしました。

「ロムド城へようこそ。手違いから大変な失礼をして、申し訳ありませんでしたな」

 いかにも立派な貴族から丁寧に謝罪されて、リーンズたちはまた面食らってしまいました。何がどうなっているのか尋ねることさえ、とっさにはできなくなってしまいます。

 すると、女性が貴族に話しかけました。

「陛下のおそばにいらっしゃらなくてよろしいのですか、ドマ殿? 今頃、広間は蜂の巣をつついたような大騒ぎでございましょうに」

 貴族はいかめしい顔つきをしていましたが、そう言われて、ちょっと笑いました。

「陛下ももう二十歳、立派な大人だ。いつまでもわしがおそばにいては、陛下の実力が疑われますからな」

 まあ、と女性も笑いました。この女性も、どちらかと言えば厳しい顔つきをしていますが、笑うと、ふわりと優しい雰囲気が広がります。

「間もなく誰も陛下の実力は疑えなくなるでしょう。陛下は大変賢いお方ですから――。それに、この後はもう、城の一番高い塔の窓から抜け出すような危険な真似もなさらないでしょうしね」

「ああ、あれだけはもうご勘弁願いたい。わしの寿命が十年くらい縮みましたからな」

 とドマという貴族は苦笑しました。なんだか、どこかで聞いたような話だ、とリーンズはまた首をひねります……。

 

 すると、外の通路から騒ぎが聞こえてきました。大勢の男たちが大声で話す声が近づいてきます。

「ですが、陛下!」

「オーギュ殿は――です――!」

「即刻、先ほどのご命令の撤回を――!」

 とたんに、その声をかき消すほど大きな声が響き渡りました。

「ならぬ!! 余をなんと思っているか!? 余は国王ロムド十四世であるぞ! 余の命令を即刻実行せよ! 命令に従わぬ者は、国王の名によって厳罰に処す!」

「陛下!!」

 批難めいた声がいっせい湧き起こります。

 ばたん、と大きな音を立てて部屋の扉が開き、またすぐに閉まりました。部屋に一人の人物が入ってきたのです。

「陛下」

 と貴族と女性は深々とお辞儀をしました。確かにその人物は国王の冠をかぶっていました。白テンのマントをはおって、手には錫杖(しゃくじょう)も握っています。リーンズとワルラはぽかんとしました。我が目を疑って、立ちつくしてしまいます――。

 若い王がそんな二人へ目を移して言いました。

「やあ、来たな、リーンズ、ワルラ。待っていたぞ」

 どんなに立派な恰好をしていても、その口調はまったく変わりません。リーンズとワルラは思わず声を上げました。

「テリー!」

「なんだ、その恰好は!?」

 そこにいたのは紛れもなくテリーでした。淡い銀髪に金の冠をかぶり、驚く二人を見て、にやにやと笑っています。

 すると、黒いドレスの女性が眉をひそめて頭を振りました。

「その口調。城の中ではなさってはいけません、と何度申し上げたらおわかりになりますか、陛下? それに、お友だちにまったく何も知らせずにおいでだったなんて。お二人に失礼でございましょう」

 と厳しい調子で言います。

 テリーは白テンのマントの下で肩をすくめました。

「彼らなら、そんなことで怒ったりはしないさ。ぼくが見込んだ二人だからな」

「ぼくではなく、余です、陛下」

 と女性がまたたしなめたので、テリーが苦笑します。

「それでは言い直そう。この二人は余が見込んだ者たちだ。そんな些細なことにこだわるはずがないから、心配する必要はない、ラヴィア夫人」

 今度はいかにも王らしい口調でした。やれやれ、と言うように女性がまた頭を振ります。

 

「広間ではどのようなやりとりになりましたか、陛下」

 とドマが尋ねました。とたんに、いたずらっぽく見えていたテリーの顔が、厳しいほど真剣な表情に変わります。

「余はエスタとの戦争を全面的に否決した。いかなる形でも、エスタと戦うことはありえない。オーギュが反対をして、強引に開戦に持ち込もうとしたので、宰相の地位から解任してロムド城から追放した」

 まあ、とラヴィア夫人は驚き、それはそれは、とドマも言います。

「皆、非常に驚いたでしょうな。これまで政治にまったく無関心に見えた陛下が、いきなり施政に乗り出したわけですから」

「無関心だったわけではない。ずっと自分の目でこの国を確かめていただけだ。真に国民が求めるものは何か、何をなすことがこの国のために一番良いのか――。それは、戦争で外国の富を奪い取って、自国を豊かにすることではない。この国は、これまでのやり方から抜け出さなくてはならないのだ」

 そういうことだったのか……と、リーンズは心でつぶやきました。友人の正体がロムド国王だったことは、まだ完全には受け入れられずにいましたが、それでも、テリーが何を考えて城の外にいたのか、やっと理解できたのです。リーンズのかたわらでは、ワルラがあきれたようにひげをかいていました。

「まったく信じられん王様だな。国の様子を確かめるために、自分ひとりで城下町に出かけていたのか? いくら自分の都の中でも、危険このうえないだろう」

 どうやらワルラのほうは、テリーが国王だったとわかっても、今までの調子を変えないことに決めたようでした。ラヴィア夫人が眉間にしわを寄せます。

 テリーはまた肩をすくめました。

「ひとりではなかったさ。じいが付けた護衛がいつも見張っていた」

「それをまいて、貧民街の子どもたちといらしたのはどなたです。まったく、陛下には、はらはらさせられどおしです」

 とドマが文句を言ったので、テリーは今度は首をすくめました。

「許せ、じい。どうしても自分の目と耳で都の貴族たちの本音を確かめたかったのだ。大半は過去のロムドの栄光にしがみついていて、今の現実を受け入れられずにいる者ばかりだった。彼らはオーギュと結託して、エスタとの全面戦争を推進しようとしている。戦争を止めて国を変えるには、オーギュを追放するだけではだめだ。オーギュの罷免(ひめん)を取り消すように意見してくる貴族を、財産没収の上、全員国外に追放しなくてはならない」

 さすがにこの話にはドマもラヴィア夫人も驚いたようでした。リーンズも、自分の立場や身分を忘れて、つい叫んでしまいました。

「オーギュ宰相に味方する貴族は多いんだぞ! それを全員国外追放にしたら、城に貴族がいなくなるじゃないか!」

「そう、城の顔ぶれを完全に替える。だから、君たちに城に来てもらったのだ。新しい宰相はリーンズ、国王軍の総司令官はワルラ。他の重臣たちも、すべて余が見込んだ者たちに入れ替える」

 リーンズとワルラは、ぽかんとしました。リーンズが宰相で、ワルラが国王軍の総司令官。テリーがそう言ったように聞こえたのですが、自分たちの耳がとても信じられません――。

 

 すると、テリーが続けました。

「半年前、グワン候の領地でエスタとの衝突が起きたときに、自軍の兵を一人も死なせることなく、激戦に勝利した小隊長がいた。グワンの英雄として城にも報告があったが、それが君のことだったのだな、ワルラ。戦争での君の指揮能力は天才的だ」

 ワルラは渋い顔になって、またあごひげをかきました。

「俺は、隊長やグワンの殿様が、俺の部下たちの命を使い捨てにしようとしたのが許せなかったんだよ。こっちの十倍もある敵に向かって正面から突撃しろ、なんて馬鹿な命令を下してきたからな。そんな真似をしたら、部下たちはたちまち全滅だ。隊長や殿様が安全な後方に引っ込んでいるのをいいことに、命令を無視した策略で敵を破ったんだが、隊長はそれが気に入らなかったらしい。殿様にあることないこと吹き込んで、俺をグワンから追い出したんだ」

「有能な人間を相応の場所に登用しないのは間違っている」

 とテリーは言い切り、さらに話し続けました。

「エスタとの全面戦争をやめれば、周囲の国々はこちらに戦闘能力がないと見て、必ず攻撃を仕掛けてくる。エスタ、ザカラス、サータマンもミコン山脈を越えて攻めてくるかもしれない。我々は攻撃を受ければ猛烈に反撃する。ロムドの侵略は絶対に許さないことを、諸外国に見せつけるのだ。その指揮を君に任せたい、ワルラ。ロムド軍の総司令官は君だ」

 テリーからそう言われて、ワルラはまた呆気にとられてしまいました。本当に、嘘のような大抜擢です。

 次に、テリーはリーンズを見て言いました。

「君をずっとだましていたのは悪かったと思っている。だが、君は余がずっと探していた人間だった。この国は侵略を捨てて、新しい政治を始めなくてはいけない。街道の整備、西部の灌漑(かんがい)事業と開拓、貧民層の救済……やるべきことは山積みだが、余ひとりでそれを実施していくことはできない。余の右腕となってくれ、リーンズ。新しい宰相は、君だ」

 リーンズも何も言えなくなりました。国王だった友人を見つめてしまいます。

 すると、ドマが言いました。

「お二人には陛下に協力していただかなくてはなりません。陛下はすでにオーギュ卿の罷免を命じられた。陛下の改革が成功しなければ、オーギュ派の貴族たちの手によって、陛下は暗殺されることになるのです」

 それに続けるように、ラヴィア夫人も言いました。

「この城で、陛下の本当の実力を存じあげているのは、陛下の目付役のドマ殿と、教育係の私だけです。城の中に他に味方はありません。ですが、陛下が見込んだ方ならば、身分に関わらず、必ず陛下の力になってくださることでしょう」

 テリーは黙ってリーンズとワルラを見つめていました。金の冠の下の瞳は、相変わらず深くて聡明です――。

 

 ふぅむ、とワルラがうなって、口を開きました。

「国王陛下のお命が危ないとなれば、家臣として、お守りしないわけにはいかないな。どうせ一度は死刑も覚悟した身だ。どうせ死ぬなら、陛下を守って死ぬほうがいいに決まっている。――あなたに従いましょう、陛下。国王軍の総司令官になれと言うのであれば、そのご命令拝受します」

 リーンズのほうはまだ困惑していました。彼は、貴族とは名ばかりの、下町の貧乏人です。そんな自分に宰相がつとまるわけはない、と考えてしまいます。

「えぇと――宰相は国の貴族たちの束ね役です。でも、俺、いや、私は、貴族のふるまいも宮廷のしきたりも、何も知らないんですが――」

 断るつもりでそう言うと、ラヴィア夫人がすかさず言い返しました。

「それならばご安心を。私は宮廷の礼儀作法の教師です。私が教えてさしあげましょう」

「これで決定だな。ラヴィア夫人は一流の教育係だ。余も幼少から非常に世話になってきた。リーンズも心配はない」

 とテリーにも言われて、リーンズは目を白黒させました。ラヴィア夫人が、自信に充ちた顔で、にっこりと笑います。

 

 テリーは白テンのマントをひるがえし、部屋の出口へ歩き出しました。

「行くぞ。この国の改革は始まったのだ。国と民を守り、幸福へ導くために、余は王の道を進んでいく。ついてまいれ」

 若いながらも、王としての威厳と信念に充ちた声でした。ドマが胸に手を当てて頭を下げ、ラヴィア夫人もドレスの裾をつまんで深々とお辞儀をします。

 リーンズとワルラも自然と頭を下げていました。すぐに頭を上げ、テリーの後を追いかけます。部屋の外に出ると、窓から城の中へ日差しが一杯に差し込んでいました。まぶしい光の中、通路はどこまでも続いています。

 足早に歩いていく三人の青年たちの後を、ドマとラヴィア夫人がゆっくりとついていきました――。

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