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外伝17「ワイン売り」

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6.戦士

 麦に続いて牧草の刈り入れやブドウの収穫が終わり、収穫祭も終わって冷たい秋風が吹き始める頃、風と共にひとつの噂がロムドの中に広がっていきました。

「国王や領主が兵士を大勢募集し始めた。間もなくエスタと戦争が始まるらしい」

 噂は口伝いに広まり、多くの男たちが都や領主の城がある街に集まってきました。鎧で身を包み剣を腰に下げた、見るからに頼もしそうな戦士たちです。収穫が終わったので、冬の間の出稼ぎ代わりに兵役に就こうとする農夫たちもいて、こちらは安っぽい革の胴衣に古物屋で買った剣を吊して、なんとかそれらしい恰好をつけていました。中には噂を聞きつけて外国から来た傭兵(ようへい)たちもいましたが、こちらは年季の入った鎧兜を身につけ、手入れの行き届いた剣を下げています。

 そんな人々が増えていったので、都の通りは大混雑になりました。兵役希望者たちは居酒屋に集まって情報を集めます。リーンズの働く店でも、夜更け過ぎまでテーブルはいつも満席でした。

 

「商売繁盛。楽でいいよね」

 とリーンズはテリーに言いました。石段に並んで座って頬杖をついています。そんな彼を横目で見て、テリーは言いました。

「そう言うわりには浮かない顔だな。何故さ?」

 リーンズは肩をすくめ返しました。

「俺が客引きしなくても客が集まってくるからだよ。こっちは一晩に何人客を案内したかで金をもらってるんだ。勝手に店に行かれたら、俺の儲けにはならないもんな。荒っぽい連中が集まるようになったから、これまでのお客は怖がって店に近寄らなくなっちゃったしさ……」

 かたわらにはワインの瓶が入った籠が置かれていましたが、中身はほとんど減っていませんでした。試飲につき合う人がいなくなってしまったからです。店は繁盛しているのに自分は儲からない状況に、つい溜息が出てしまいます。

「戦争が始まれば、みんな貧乏になるから、ますます商売あがったりになるんだ。俺もそろそろこの仕事に見切りをつけなくちゃいけないかもな。いっそ俺も兵隊になろうかなぁ」

 そうぼやいたとたん、テリーがいきなりリーンズの腕をつかみました。

「戦争に行くって言うのか? 君が!?」

「な、なんだよ急に――。だって、しょうがないだろう。戦争が始まれば、もうこの仕事はできなくなるんだからな」

「一般兵として戦場に行くのはたまったものじゃない、って君は以前に言ったじゃないか。それに、戦争になれば街は活気をなくすし、農村では働き手がいなくなるから、大変なことになるって。そんな戦争に君は行くって言うのか!?」

「それはそうだけど、こっちだって仕事がなくちゃ生きていけないもんな。戦争しか職場がないっていうなら、行くしかないだろう。……まあ、俺は戦いには全然自信がないんだけどさ。なにしろ、剣の練習も馬の稽古もしたことがない貧乏貴族なんだから。でも、実際に戦争が始まれば、そんな奴でもちゃんと兵隊として雇ってもらえるらしいからな」

「そんな――!!」

 とテリーがいっそう大声になります。

 

 すると、二人のすぐ後ろから太い声が話しかけてきました。

「やめとけやめとけ、若いの。そんな奴は真っ先に最前線に送り出されて、人間盾(にんげんたて)にされて終わりだぞ」

 振り向くと、戦士姿の大柄な男が石段の上に立っていました。リーンズに「若いの」と呼びかけたわりには、彼自身もまだ年若く、ひげの生えた口元に、にやにやと笑いを浮かべています。

「人間盾?」

 とテリーが聞き返すと、男は、おう、と言って彼らの上の段に腰を下ろしました。鎧でおおわれた両脚が、テリーとリーンズの間に投げ出されてきます。

「戦場で部隊の最前列に並ばされる歩兵どものことだよ。隊長の『進めぇ』の号令で前に走らされて、敵の矢の一斉射撃を食らうのさ。一応槍と木の盾ぐらいは支給されるんだが、矢は頭上から雨のように降りそそいでくるから、そんなもので防げるはずはない。みんな、矢に当たってばたばた倒れていくんだ。だが、指揮官としてはそれが目的でな、そうやって敵の矢を減らしたところで、おもむろに本命の騎兵部隊に突撃命令を下す。騎兵を守るために歩兵を盾にしているわけだ。戦闘訓練もしてない連中はここに回されることが多いから、やめておけ、と言っているのさ」

 テリーとリーンズは驚きました。大柄な戦士を見上げて尋ねます。

「あなたも軍人なのか?」

「どこの部隊の兵隊さんさ?」

「まだどこにも所属してない。今まで、故郷のグワンの部隊にいたんだが、隊長と馬が合わなくてな。辞めて都にやってきたところだ。――いいか、戦争を甘く見るなよ。今度の敵はエスタなんだ。エスタとはいつも猛烈な激戦になるから、おまえらみたいな素人が金目当てで行けば、たちまち死体になるのが関の山だ。戦場に掘った穴にまとめて放り込まれて、死んだって家族の元には戻れなくなるぞ」

 テリーは真剣な顔になり、リーンズは思わず震え上がりました。戦士の話には真実だけが持つ迫力と重みがあります……。

 

 そんな二人を見て、戦士は、ふふん、と笑いました。リーンズの籠から、ひょいとワインの瓶を取り上げて言います。

「これはおまえのか? ちょうどいい、一本もらうぞ。酒場に入ろうとしたら満員だったんだ。こいつを持って帰って宿で一杯やることにしよう」

 と銀貨をリーンズに渡してきます。

「あ、おつりを……」

 とリーンズが言うと、戦士は大きな手を振りました。

「いいから、今日の稼ぎの足しにしておけ。戦場は俺たち軍人に任せて、おまえらはおまえらの仕事をするんだ。……まあ、実際には戦争なんか起きないのが一番いいんだが、そうなると俺たち軍人は路頭に迷うからな。そのあたりは悩ましいところだ」

 そう言うと、戦士は、わっはっはっと陽気に笑って立ち上がりました。石段を登って去っていきます。リーンズはあわてて尋ねました。

「旦那さん! お名前は!?」

「ワルラだ! バリー・ワルラ!」

 大きな後ろ姿がワインの瓶を振りながら、通りの角を曲がっていきました――。

 

「面白い人だな」

 とリーンズがまた石段に座ると、テリーは膝に両肘をついて何かを考え込んでいました。またか、と思ったリーンズに、真剣な顔で尋ねてきます。

「戦争に反対している人たちはいるはずだ。彼らはどこに集まるんだろう?」

「そんな連中がおおっぴらに集まるかよ。あっという間に憲兵に逮捕されるじゃないか」

「でも、いるはずだよな? どこに行けば会えるんだろう?」

「さあ? まあ、教会にはいるんじゃないか? 聖職者たちはいつだって戦いに反対だし、今も戦争回避の礼拝を毎週やってるからな」

「教会か」

 とテリーはまた考え込みました。しばらくしてから、ひとりごとのように言います。

「あれをなんとかしないといけないな……」

 ちらりと通りのはずれへ目を向けます。

 つられてそちらを見たリーンズは、はっとしました。ほんの一瞬ですが、通りの端から建物の陰へ身を隠した人影が見えたのです。初めてテリーに出会ったときに見かけた人影によく似ています――。

 あれは? と聞こうとして、リーンズはまた驚きました。たった今まで自分の隣にいたテリーが、いなくなっていたのです。立ち上がって周囲を見回しますが、通りのどこにも姿は見当たりません。

「テリー……! テリー、どこだよ!?」

 リーンズは大声で呼びましたが、友人の返事はどこからも聞こえてきませんでした。

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