「今回の賢者たちの戦いでは、本当に大規模な戦いが何度も起きたよね――」
とフルートは話し出しました。出来事を振り返るような、静かな声です。
「ガウス候は、自分の兵士だけでなく、金で傭兵(ようへい)も集めて、総勢一万一千人でこのマヴィカレの都に攻め上ってきた。それをまずガウス川のあるフェリボで迎え撃って、それから、マヴィカレの城壁のすぐ外で防衛戦をして……。どっちの戦いでも、ポポロが大きな魔法を使ってくれたから、最悪の事態は避けることができた。そうしなかったら、きっと、何万、何十万というテトの人々が死んでしまったんだろうと思う。オリバンやゼンたちだって、無事じゃなかったかもしれない」
「特に、オリバンはそうだ。フェリボの戦いでも、マヴィカレの防衛戦でも、常に最前列にいたのだから」
とセシルが言いました。非常時にオリバンの危機を知らせるエルフの指輪を、そっと指先でなでます。
うん、とフルートは言いました。仲間たちから城壁の外へと目を向けると、とうとうと流れていくテト川を見つめながら続けます。
「どちらの戦いでも、ポポロは川に魔法をかけた。それが一番効率よく敵を排除できたからだ。でも、その結果、どうなったかと言えば、本当にたくさんのガウス兵が川を流されていくことになった。どちらの川も激流になっていた。そのまま水に呑まれて、力尽きて死んだ人も大勢いたんだ……」
とたんにポポロが小さく息を呑みました。見張った目が、みるみる涙でいっぱいになっていきます。自分の魔法が大勢を死に追いやってしまったことを思い出してしまったのです。こらえようと思うのに、大粒の涙がこぼれだしてしまいます。
すると、フルートがポポロを振り向きました。優しい目で少女を見ながら言います。
「泣かなくていいんだよ、ポポロ。川に魔法をかけるように言ったのは、このぼくだ。君は言われた通りにしただけなんだから……。もちろん、ぼくだって、敵を殺したかったわけじゃない。ただ、オリバンやゼンやみんなを助けたい一心だったんだ。そして、その狙いの通りに、みんなは助かった。だけど――」
フルートがまたテト川を見ました。少しの間、黙り込み、いっそう低い声になって言います。
「人を助けるためには、人を殺さなくちゃいけない。これはどうしてなんだろうな? すごく矛盾しているのに。ぼくは、誰であっても、人には死んでほしくないと思うのに……。ずっと考え続けているのに、答えがどうしても見つからないんだ」
彼らに背を向けて流れを見つめるフルートは、なんだかひどく淋しげに見えました。静かすぎる声が、その奥に秘められた深い悲しみを伝えてきます。
ゼンが大きな溜息をつきました。まったくこいつは、という表情をしますが、それは口に出さずにこう言います。
「しょうがねえだろうが。殺したくねえからって敵を倒さずにいたら、何も悪いことをしてないヤツらが、みんな殺されるようになっちまうんだから。そっちのほうが、よっぽどひどいことだろうが」
「その通りだ。我々には我が身を守って戦う権利があるのだ。むざむざと敵に殺されるわけにはいかん」
とオリバンも太い腕を組んで言います。幼少の頃から刺客に命を狙われてきただけに、このあたりの割り切り方は明快です。
フルートはまた黙り込みました。ポチが近寄って、足元にそっと体をすりつけますが、それを見下ろすこともしません。流れていく水面を眺め続け、仲間たちがしびれを切らした頃に、ようやくまた話し出しました。
「マヴィカレの攻防戦では、たくさんのガウス兵がこの川を流されていったよ……。みんな、あんな大水が襲ってくるとは思ってもいなかったんだ。逃げていくガウス兵の後ろから、大波が襲いかかって、流れの中に呑み込んでいった。激流だったから、ほとんどの人が泳いで岸にたどり着くこともできなくて、力尽きて沈んでしまった……。ぼくは空からそれを見ていたけれど、彼らを助けるわけにはいかなかった。ただ彼らが溺れていくのを見るしかなかったんだ。ぼくは金の石の勇者なのに。みんなを守り救うのが役目のはずなのに。これのどこが守りの勇者だろう――ってね。そんなことを考えちゃっていたわけさ……」
フルートは深い溜息をつきました。小柄な後ろ姿が肩を落として、いっそう小さく見えています。
仲間たちは思わず顔を見合わせました。フルートの悩みは、守りの戦いが抱える根源的な矛盾でした。どんなに悩み考えても、答えは決して見つからないもののように思えます。それを越えるためには、ただ割り切って、自分が信じるもののために戦うしかないのですが、世界中の人々を守る金の石の勇者は、どうしても、それを割り切ってしまうことができないのです――。
すると、ポポロが進み出てきました。フルートの服の袖を引いて言います。
「あなたのせいじゃないのよ、フルート。あたしの魔法がやったことなの……。あなたはただ、オリバンやゼンたちを守ろうとしただけ。闇やガウス候から、テトの人たちを救おうとしただけ。二千人のガウス兵を死なせたのは、このあたしなのよ……」
すると、フルートは言いました。
「ぼくは、それも嫌なんだよ。ぼくは人が殺せない。そんなぼくのために、君たちはぼくの分まで人と戦う。時にはその相手を死に至らせることもある――。君たちだって、本当はそんなことはしたくないのに」
痛みを含んだ声に、ポポロはあわてて首を振りました。
「違うわ、フルート! あたしはあなたの代わりに戦ったわけじゃないの! ただ、ゼンたちを助けたかったのよ! だから、間違ったことをしたとは思っていないの――!」
ポポロの声がとぎれました。うつむいた目から大粒の涙がこぼれ続けます。
すると、フルートがまたそれを振り向いて言いました。
「だって、君はそうやって毎日泣いてる。そんなつもりじゃなかったのに、死なせるつもりはなかったのに、って。君には泣いてほしくないのに、ぼくにはどうしたらいいのかわからないんだ。ぼくは――金の石の勇者なのに」
ポポロは大きく目を見張り、ああ、と仲間たちは思わず声を上げました。フルートが悩んでいる本当の原因はそこだと思い当たったのです。二千人の命を呑み込んだ魔法をポポロに使わせ、そのことでポポロを泣かせてしまったことに、深い責任を感じているのでしょう。フルートは本当に相変わらずでした。優しくて優しくて、優しさのあまりに思い悩んでしまうのです。
ごめんなさい、とポポロはまた泣き出し、他の仲間たちは困惑してしまいました。おまえの責任なんかじゃない、そんなことで悩むな、と言いたいのですが、フルートは決して納得しないとわかっているので、かけることばが思いつきません。
城壁の石の手すりにもたれ、流れていくテト川を眺めながら、フルートはまた話し出しました。
「本当に、どうすればいいんだろうな……。世界中の人たちを守りたいと思うのに、そのためには戦って人を殺さなくちゃいけない。ぼくも、君たちも。これが本当に守りの勇者なんだろうか? 金の石の勇者って、そんなことをする存在なんだろうか? ……もしも戦わずにみんなを守る方法があるならば、それをすることのほうが正解なんじゃないのかな――?」
フルートはすぐそこにいるのに、なんだかひどく遠い場所から聞こえてくるような声でした。フルートは仲間たちのほうを見ていません。
とたんにユギルとポポロが声を上げました。
「勇者殿、いけません!」
「だめよっ、フルート!」
占者は顔色を変えてフルートへ手を伸ばし、ポポロはフルートに飛びつきます。ポポロの腕の中で、フルートの体がぼうっと赤く光っていました。一瞬消えそうに揺らめいた後、またすぐに実体に戻ります。赤い光がフルートの中に吸い込まれていきます――。
「な、なに?」
とフルートは面食らったように言いました。自分が消えかけたことに気づいていないのです。ポポロが堅くしがみついているので、照れたように顔を赤らめています。
仲間たちは思わず冷や汗をかいていました。
「どうりで精霊たちが姿を現してたはずだぜ……」
とゼンが低くつぶやきます。二人の精霊は、テト川の工事の話をすることで、願いに向かいそうになるフルートの気持ちをそらしていたのでしょう。
城壁から見下ろす場所を、川は流れ続けていました。魔法がかかっていない今も、ところどころで白い波が立っている急流です。
「いつまでもこんな場所にいては良くない。城に戻るぞ」
とオリバンが命じるように言ったので、全員はぞろぞろと城壁の階段へ向かいました。フルートもポポロに腕を引かれるようにして歩き出します。ポポロはもう泣くことを忘れてしまっていました。
すると、石の階段の下からバタバタといくつもの足音が近づいてきて、賑やかな声に変わりました。
「ほらぁ、やっぱりだ! 金の石の勇者たちだよ!」
「うわぁ、本物!? すごぉい!」
「大きい狐が飛んでいったもんね。絶対そうだと思ったんだよ!」
「でも、狐はもういないね?」
階段を駆け上がってやってきたのは、元気な子どもたちの集団でした――。