ゼンとメールを乗せたポチが北西へ急いでいると、同様に風の犬になったルルが追いついてきました。背中に乗せたポポロと一緒に呼びかけてきます。
「ちょっと、フルートが大変だなんて、いったいどういうことよ!?」
「フルートがどうかしたの……!?」
ポポロは宝石のような瞳を見張って、今にも泣き出しそうな顔をしていました。その顔の横で、赤いお下げ髪が激しくなびいています。
ゼンはどなるように答えました。
「わかんねぇ! ただ、放っておくと、やばいかもしれねえんだ! フルートを捜してくれ!」
ポポロは顔色を変えました。唇をかみ、涙をこらえて、じっと行く手へ目を凝らします。やがて、魔法使いの少女は息を呑みました。見守る仲間たちへ震える声で言います。
「フルートは城壁の上よ……。そばに金の石の精霊と願い石の精霊がいるわ」
「あの馬鹿!!」
とゼンはわめき、犬たちはいっそう速度を上げました。北西の城壁へ突進していきます。吹きつける風に息が詰まりそうになりながら、メールは言いました。
「ど、どうして……フルートは精霊たちを呼んだのさ……? 願い石を使う必要なんて……な、ないじゃないのさ……!」
それに答えられる仲間はありません。
じきに行く手に町外れの城壁が見えてきました。その向こう側にはテト川があって、川筋は城壁のすぐ先で二股(ふたまた)にわかれています。北の流れと南の流れの分岐点ですが、今は南の川筋に水はなく、北側の川筋だけが音を立てて流れていました。グルール・ガウスが北側の川岸を破壊したので、川の水がそこからあふれ出して、流れを変えてしまったのです。
そんな川の様子を見下ろせる城壁の上に、小柄な少年の姿がありました。布の服を着たフルートです。川から吹く風に癖のある髪が揺れて、金色に光っています。
そして、その隣にはもっと小柄な少年と、背の高い女性が並んで立っていました。異国風の服に黄金の髪の金の石の精霊と、炎のようなドレスと髪の願い石の精霊です。三人は川を眺めながら何かを話しているようでした。精霊の女性に向かってフルートがうなずいています。
「フルート!!!」
と仲間たちはいっせいに叫びました。禁じられた願いを言おうとしているフルートへ、無我夢中で突進していきます。先にフルートのところへたどり着いたのはルルでした。その背中からポポロが飛び下りて、フルートに抱きつきます。
とたんに、勢いあまって彼らはひっくり返ってしまいました。飛びついてきたポポロをフルートが受け止めきれなかったのです。二人一緒に城壁の上に転倒しそうになります。
「危ない!」
と金の石の精霊が小さな手を向けると、フルートとポポロの体が停まりました。城壁の石の通路の上に、ふんわりと優しく倒れていきます。
そこへゼンとメールを乗せたポチも舞い下りてきました。犬の姿に戻ったルルと一緒にフルートの元へ駆けつけます。
「フルート!」
「ワン、フルート!」
「ダメだよ、フルート!」
「このすっとこどっこいの大馬鹿野郎が――!!」
ポポロを抱いたまま身を起こしたフルートは、血相を変えてやってきた仲間たちに、目を丸くしました。
「ど、どうしたのさ、いったい……?」
「それはこっちの台詞だ!! どうして願い石に願おうとしてやがる!? わけを言え、わけを!!」
とゼンがフルートをポポロから引きはがしました。今にも殴りかかりそうな勢いです。
フルートはますます驚いた顔になりました。
「なんの話さ? ぼくは別に何も願っていないよ」
「それじゃ、なんで精霊たちとここにいるのさ!? あたいたちに黙って城を抜け出したりしてさ!」
とメールもかみつくと、フルートは苦笑いをしました。
「本当に、みんないつまでも信用してくれないよなぁ……。ぼくは光になりたいと願っていたわけじゃないよ。テト川の工事がなかなか進まないから、どのくらいかかるんだろう、って金の石や願い石と話し合っていただけだよ」
なんだ、と仲間たちはいっせいに言いました。気が抜けて、全員がその場にへたり込んでしまいます。ポポロは最初から座り込んでいましたが、フルートの返事を聞いて泣き出してしまいました。
すると、金の石の精霊が腰に手を当てて言いました。
「工事はすでに始まっているし、ロムド国から来た魔法使いたちも手を貸しているが、川岸の決壊は大規模だから、それを修復するのはそう簡単なことじゃない。しかも、テトの女王は、ポポロの手助けを辞退しているからな。かなりの時間がかかるだろう」
見た目は小さな子どものようなのに、大人のような話し方をしています。願い石の精霊がそれに答えました。
「ポポロの魔法では、あまりに簡単に川岸が直ってしまうからだ。人は自分たちがやらねばならぬと思えば、勤勉になるし謙虚にもなるが、誰かがやってくれるものと思うと、とたんに不平不満を口にして騒ぎが起きる。女王は賢明なのであろう」
こちらも非常に冷静な口調です。
すると、ゼンが口を尖らせて言いました。
「身勝手な人間のことなんかは、この際どうだっていい。最近、何かをずっと考えていただろうが、フルート。何を考え込んでたんだよ。様子が変だったから、俺たちはみんな心配したんだぞ」
えっ、とフルートはまた驚きました。真剣な表情の仲間たちを見回し、すぐにすまなそうに言います。
「ごめん、心配かけちゃったね……。うん、確かにいろんなことを考えていたんだ。例えば――ぼくはこのまま金の石の勇者をしていていいのかな、とかね」
仲間たちは仰天しました。座り込んでいた場所から飛び上がって、またフルートに迫ります。
「ちょっと! それ、どういう意味さ!?」
「勇者をやめるって言うの!? じゃ、デビルドラゴンはどうするつもりなのよ!」
そこへ、管狐に乗ったオリバンとセシルとユギルもやってきました。ひと飛びで城壁の上へやってきた大狐の背中から、オリバンがどなります。
「今、聞き捨てならんことを言ったな、フルート!? 金の石の勇者をやめるつもりか!? 世界中の人々を見捨てると言うのか!!」
「落ち着いて、オリバン」
とセシルがあわててなだめます。
フルートは新しく到着した仲間たちも見回すと、静かにほほえんで見せました。どこか淋しげな笑顔が広がります。
「少し長い話になると思うんだけどさ……聞いてくれるかい?」
「もちろんだ。聞いてやるから、さっさと話せ!」
とゼンが言い、他の仲間たちもうなずきました。六人と二匹がフルートを取り囲みます。魔石の精霊たちはいつの間にか姿を消していたのです。
フルートは、自分の考えをまとめるように黙り込むと、やがて、おもむろに話し始めました――。