城壁の上にやってきたのは、七、八歳から十二歳くらいまでの子どもたちでした。男の子が四人に女の子が一人。目を輝かせながらフルートたちに駆け寄って、人なつこく話しかけてきます。
「ねえねえ、お兄さんたちが金の石の勇者たちなんだろう!?」
「金の石の勇者ってどの人!?」
「金色の鎧を着てるって聞いたんだけど、だれも鎧なんか着てないね?」
「不思議な剣も持ってないね?」
きょろきょろとしばらく一行を見回していましたが、やがて、一番年かさの子がフルートを指さして声を上げました。
「わかった! お兄さんが金の石の勇者だ! そうでしょう!?」
へぇ、と仲間たちは感心しました。フルートが一発で勇者と見抜かれるのは、とても珍しいことです。そばにいかにも勇者らしく見えるオリバンがいるときには、なおさらでした。
「当たりだぜ。どうしてわかった?」
とゼンが尋ねると、年かさの子が得意そうに答えました。
「わかるさぁ。だって、金の石の勇者はすごく優しいお兄さんだ、って大人たちが言ってたんだから」
「このお兄さんが一番優しそうだものね」
「だから、ロムド人なのに俺たちテト人のことだって助けてくれたんだよね」
「勇者のお兄さん、テトを守ってくれてありがとう! 会えたらお礼を言おうと思っていたんだよ!」
かわいらしい声に感謝をされて、フルートはやっと笑顔になりました。小柄なフルートですが、子どもたちはもっと背が低かったので、かがみ込んで言います。
「どうもありがとう。君たちが無事で本当によかったよ」
すると、そばかす顔の女の子が、背中に隠れるようにしていた小さな男の子を引き出しました。急に真剣な声になって言います。
「あたしたち、この子を勇者様に会わせたかったんです。この子はウムト。大水で家が流されちゃったんです――」
フルートたちは、はっとしました。グルール・ガウスがテト川の北岸を破壊したために、川からあふれ出した水は低地を流れて、行く手の畑や家々を呑み込みました。その家のひとつに住んでいた子どもだったのです。
フルートは小さな男の子の前に膝をつき、同じ目の高さになりました。うつむきがちなその子の顔をのぞき込んで、優しく話しかけます。
「それは本当に怖かったね……。助かって良かったね」
男の子は、こくん、とうなずきましたが、声を出そうとはしませんでした。賑やかな子どもたちの中、この子だけはずっと黙りこくっていたのです。
年かさの男の子が言いました。
「川が決壊したのは夜だったから、逃げ遅れた人が何人もいたんだ。こいつの家でも、年取った婆ちゃんが川に流されて死んだんだよ。家もすっかり流されちゃったし……。こいつは親と一緒に都に来て、俺んちの隣に住むようになったんだけど、全然笑ったり話したりしてくれなくてさ。金の石の勇者に会えば、もしかしたら、元気になってくれるんじゃないかと思って、連れてきたんだ――」
勇者の一行は思わず絶句しました。突然襲ってきた大水で家と家族を失った子どもを、見つめてしまいます。小さな男の子は硬い表情でうつむいていました。やはり何も言おうとしません。
フルートは腕を伸ばして男の子を抱き寄せました。こわばった体を抱きしめながら、さっき言ったことばを繰り返します。
「怖かったね……。本当に怖かったね。もう、大丈夫だよ……」
もっと違うことを言ってあげたいと思うのに、それ以上、かけることばが思いつきません。
すると、フルートの胸の中で、くぐもった声がしました。男の子が口をきいたのです。
「――る?」
「え、なに?」
聞き取れなくてフルートが聞き返すと、その子は顔を上げ、フルートを見ながら言いました。
「お兄さんは、また怪物を退治してくれる?」
フルートは目をぱちくりさせました。今、何故そんなことを聞かれるのか、よくわかりませんでしたが、とまどいながら答えます。
「もちろん――。闇がこの世界に怪物を送り込んできたら、必ずまた退治するよ」
すると、その子はためらうように一度目を伏せ、またすぐにフルートを見上げて言いました。
「じゃあ、ぼくの夢の怪物も退治してくれる?」
夢の怪物? とフルートが聞き返すと、男の子はうなずきました。
「毎晩夢に出てくるの……ものすごく大きな怪物。ぼくたちや、ぼくの家を壊して食べちゃうんだ……。逃げても逃げても追いかけてくるし……。ぼく、それが怖いから、毎晩眠れないんだ……」
それは大水への恐怖が見せる夢に違いありませんでした。家や家族を突然失った衝撃や、川への恐怖が、巨大な怪物の姿をとって夢に現れているのです。
男の子はいつのまにかフルートの服の裾をつかんでいました。すがるように堅く握りしめています。
フルートは思わず胸が詰まりました。小さな少年をぎゅっと強く抱きしめて話しかけます。
「もちろん、退治してあげるよ。君の夢に怪物が出てきたら、必ず夢の中に駆けつけて倒してあげる。だから、安心して眠っていいよ――」
本当はフルートには他人の夢に入り込んで悪夢を退治することなどできませんでした。ポポロの魔法を使っても、それは無理なことです。けれども、フルートはそう言わずにはいられませんでした。この子が怖い夢を見たときに、せめて自分のことも一緒に夢に見てくれれば、と願ってしまいます。
男の子はまたフルートを見上げました。大きく目を見張って言います。
「ほんと? ほんとに夢に助けに来てくれるの? あの怪物をやっつけてくれる?」
「うん。必ず倒してあげる」
とフルートは笑ってみせました。なんだか急に泣きたいような気持ちになりましたが、ぐっとこらえて、涙は見せないようにします。
すると、男の子が、ぱぁっと明るい笑顔になりました。フルートを見上げたまま、嬉しそうに言います。
「よかったぁ!!」
その様子を見ていたゼンが、男の子に話しかけました。
「夢に怪物が出てきたら、この俺のことも呼べよ。俺はドワーフだ。怪物なんかたちまちぶっ飛ばしてやらぁ」
「え、お兄さんはドワーフなの?」
「背が低くないじゃない。そうは見えないけど」
と他の子どもたちが言ったので、ゼンは胸を張ってみせました。
「それでも俺はドワーフなんだ! 体がでかい分、力も強いんだぞ!」
へぇっ、と子どもたちは感心しました。小さな男の子も、目を輝かせながらゼンやフルートたちを見回しています。
そんな子どもたちに、フルートはまた言いました。
「約束するよ。君たちを怖がらせる怪物や敵を、ぼくたちは必ず倒してあげる。二度と君たちが怖くて眠れなくなんかならないように、きっと、この世界を平和にしてみせる。――どんな方法を使っても、絶対に」
仲間たちは、はっとしました。強いけれども、どこか危ういものを秘めたフルートの声です……。
すると、年かさの男の子が急に得意そうに笑いました。
「へへっ、俺たち、大人に自慢できるよな。金の石の勇者たちに会って話したんだぞ、って。勇者のお兄さんたちはテトでは英雄なんだ。大人たちはみんな、お兄さんたちにすごく感心してるんだよ」
「そうそう。子どもなのに本当に勇敢ですごい。だから、自分たちもがんばらなくちゃいけない、って。うちでも街の外の畑が水に流されちゃったんだけど、そんなことに負けてなんかいられない、ってお父さんは言ってるわ」
「俺も『金の石の勇者みたいな立派な子どもになれ』って、母ちゃんにいつも言われるよ」
「うん。金の石の勇者に助けてもらって無事だったんだから、今度は自分たちが困っている人を助けてあげなさいって」
子どもたちの話に、フルートは面食らったように、また目を丸くしました。自分や仲間たちがそんなふうに語られているとは、想像もしていなかったのです。
ずっと黙ってやりとりを聞いていたユギルが、静かに口を開きました。
「ガウス軍を撃退して、マヴィカレの都は戦火を逃れましたが、近隣に受けた被害を思えば、人々は決して無傷ではありません。現実的な被害だけでなく、心に大きな恐怖や不安を感じた方も多かったことでございましょう。けれども、敵を撃退して守ってくれた勇者が子どもだったということが、多くの方たちを驚かせ、励ましているようでございますね。子どもがこれだけがんばっているのだから、大人もがんばらなくては、と……。勇者殿たちは、テトの方々の希望なのでございましょう」
希望! とフルートは、いっそう目を丸くしました。本当に、思ってもいなかった評価です。
すると、ゼンがその肩をぐいと抱き寄せました。
「俺たちが希望の星だって言うんなら、なってやろうぜ、フルート。俺たちは必ずデビルドラゴンを倒して世界に平和を取り戻してみせる。それまで絶対あきらめねえから、おまえたちも絶対に負けるなよ――ってな」
そう言って、不敵な表情で笑ってみせると、メールやポポロや犬たちもいっせいにうなずきます。
まだフルートの服を握っていた男の子が言いました。
「ぼく、夢に怪物が出てきたら、お兄さんたちを呼ぶからね。必ず呼ぶから、一緒に戦って、怪物を退治してね」
一緒に、ということばがフルートの胸にしみました。ただ助けを待っているのではありません。こんな小さな子どもでも、懸命に恐怖に立ち向かおうとしているのです。
「うん、必ず」
とうなずいてみせると、男の子はまた、にっこりしました。憧れと信頼の目でフルートを見上げます。
「金の石の勇者は、人々の希望の象徴か。良いな」
とセシルが言いました。明るくなってきたフルートの表情を見て、ほほえみます。
「希望というものは、常にそこにあって、皆から見えていなくてはならん。勝手に消えてしまえば、皆が希望を見失うのだからな。責任は重大だぞ」
とオリバンは重々しく言いました。フルートに言い聞かせているのです。
フルートは、ちょっととまどった表情をしてから、うん、とうなずき返しました。笑顔になった仲間たちとかがみ込んで、子どもたちと話を続けます。
彼らがいる城壁の下を、テト川が流れ続けていました。日差しを浴びて、きらきらと揺れる川面に、明るい笑い声が響きました――。
The End
(2011年5月22日初稿/2020年4月6日最終修正)