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外伝15「光を守る闇」

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6.南の塔

 「あいつが脱獄?」

 執務室からの連絡を受けて、南の塔の白の魔法使いは眉をひそめました。

 彼女と闇魔法使いのイール・ダリとは、四ヶ月あまり前の王都攻防戦の際に、この南の塔で対決していました。傲慢な男で、彼女を闇の首輪で奴隷にしようとし、それがかなわないとわかると、闇の石の杖で殺そうとしたのです。闇の石さえなければ、恐れるほどの敵ではないのですが、それだけに疑問が湧いてきます。

「どうやって脱獄したのだろう? 魔法使い専用の特殊な牢に入れられていたというのに」

 部下の魔法使いたちに城内を探らせますが、誰も闇の魔法使いを発見することはできませんでした。彼女自身の透視力でも、イール・ダリは見つけられません。けれども、奴はこの城内にいるというのです……。

 少し考えてから、白の魔法使いはまたつぶやきました。

「アリアンに探してもらおう。どうも気になる」

 

 ところが、彼女がアリアンの部屋へ飛ぶより先に、そのアリアンが入口から駆け込んできました。塔の螺旋階段を駆け上がってきたので、長い黒髪を吹き乱し、顔を真っ赤にして息を切らしています。鷹のグーリーも一緒に飛び込んできます。

 驚く白の魔法使いに、アリアンが叫びました。

「気をつけて! 敵がこちらに――!」

 言い終わらないうちに、黒い髪と口ひげの中年男が姿を現しました。黒いシャツとズボンを着て、まるで闇の民のような恰好をしています。

「イール・ダリ!」

 と白の魔法使いは声を上げ、男が手に持っているものを見て、ぎょっとしました。先端に黒い石をはめ込んだ金属の杖です。

「闇の石だと!? 馬鹿な!」

 と女神官は思わず叫びました。闇の石は、赤いドワーフの戦いの際にデビルドラゴンの元へ飛んでいって、消滅したはずです。

 すると、イール・ダリが、にやりと笑いました。

「驚いたか、女。サータマン本国には、まだひとつだけ闇の石が残っていたんだよ。先の闇の石よりはずっと小さいが、それを闇のドワーフがもう一本の杖に仕立てていて、サータマン王が密かにそれを俺の元まで届けてくれたんだ」

 白の魔法使いは歯ぎしりしました。どうりで敗戦国のはずのサータマンが、なかなか交渉に臨まなかったはずだ、と考えます。サータマン王には、闇の石の杖を使って魔法使いを取り戻し、巻き返しを図る勝算があったのです。

 同時に、イール・ダリが綿密な準備をしてやってきたことにも気がつきました。ロムド城には今、青と深緑の二人の魔法使いが欠けています。四大魔法使いの戦力を分散させるために、東の街道に怪物の牛鬼を出現させたのに違いありません。

 白の魔法使いは急いで赤の魔法使いを呼ぼうとしましたが、見えない壁にさえぎられて、心話が届かなくなっていました。南の塔の最上階は、すでに闇の石の支配下に入っていたのです――。

 

 白の魔法使いはトネリコの杖を構えると、部屋の隅で立ちすくんでいるアリアンへ言いました。

「後ろへ来い! 早く!」

 アリアンとグーリーが女神官の後ろへ駆け込むのと、イール・ダリが闇の杖から魔法を撃ち出すのが同時でした。トネリコの杖が発した白い光が、壁のように広がって闇魔法を防ぎます。

「甘い! これは闇の杖だぞ。それしきの光の魔法で対抗できるものか!」

 とイール・ダリがまた襲いかかってきました。今度は闇の杖で直接殴りかかってきます。白の魔法使いは自分の杖でそれを受け止めました。杖と杖がぶつかり合って、黒と白の光の火花を散らします。力負けしたのは、白の魔法使いのほうでした。黒い光に押されて後ろへ跳ね飛ばされます。

「白さん!!」

 アリアンはとっさに腕を広げました。後ろの壁と自分の体で女神官を受け止めます。

「無理なことをするな! 怪我をするぞ!」

 と白の魔法使いはアリアンを叱りました。少女まで一緒に壁にたたきつけてしまったからです。

 すると、イール・ダリがアリアンへ目を向けました。じろじろと眺めてから、ほう、と笑います。

「これは綺麗な娘だな。ロムド城にこんな美しい娘がいたとは知らなかった。サータマン王への手土産にいただいていくとするか」

 とまた闇の杖を振り下ろし、杖で受け止めた白の魔法使いを横へ吹き飛ばしてしまいます。

 女神官はとっさに床に手をつくと、体を反転させて着地しました。杖から魔法を撃ち出して、逆にイール・ダリを跳ね飛ばし、アリアンへ言います。

「外へ逃げろ! 助けを呼ぶんだ!」

 アリアンは弾かれたように駆け出しました。出口から飛び出して助けを求めようとしますが、見えない力に行く手をさえぎられて、外に出ることができません。闇の杖の魔法が、入口もふさいでいたのです。鷹のグーリーが、見えない壁を翼でたたいて、キェェ、と鳴きます。

 女神官は舌打ちしました。もっと強力な魔法で敵を打ちのめすことも可能なのですが、この状態ではアリアンたちまで巻き込んでしまうので、強い魔法は使えません。起き上がってきた男をまた杖で跳ね飛ばし、出口へ走って障壁を消そうとします。

 すると、イール・ダリが床から顔を上げて笑いました。

「離れたな、女。俺の本当の目的はこれだ!」

 闇の杖が、部屋の中央の台座に据えられた護具を狙っていました。これが壊されれば、ロムド城の守りはほころび、敵の侵入を許してしまいます。白の魔法使いはとっさにまた駆け出し、男と護具の間に割って入って、闇の魔法を体で受け止めました。そのまま大きく跳ね飛ばされて床に倒れます。

 男が飛び起きました。杖を振り上げて、闇の石で女神官を打ちのめそうとします。杖の先には闇の石があります。触れただけで生き物を怪物に変える、恐ろしい魔石です――。

 

 そこへ、ばさばさと音を立てて鷹が飛び込んできました。イール・ダリに襲いかかります。

「邪魔だ!」

 と男は闇の杖で鷹を打ちました。鳥が床に落ち、みるみる怪物に変わっていきます。前半分がワシ、後ろ半分がライオンの、黒いグリフィンです。

 ほう、と男はまた笑うと、目の前に現れた巨大な魔獣へ命令しました。

「その女を引き裂け、グリフィン! ずたずたにして、骨も残さず食い尽くしてやれ!」

 ギェェェ

 グリフィンは高く鳴くと、ワシの前脚を持ち上げました。鋭い爪とくちばしで襲いかかっていった相手は、女神官ではなく、イール・ダリのほうです。男が驚いて後ずさります。

 アリアンが出口の前から叫びました。

「その男を倒すのよ、グーリー! 白さんと護具を守って!」

 グリフィンがまたイール・ダリに襲いかかります。

 闇の杖でそれを追い払って、男はどなりました。

「貴様のしわざか、娘――! 魔獣使いだったのか!」

 走り寄ってアリアンの顔を拳で殴ったので、アリアンが悲鳴を上げて倒れます。

 ギェェン!

 また飛びかかろうとしたグーリーが、闇の魔法で跳ね飛ばされます。

 男は闇の杖を空中で回転させて、黒い剣に変えました。柄の先に闇の石がはめ込まれた闇の剣です。

「死ね、魔獣使い!」

 と剣をアリアンへ振り下ろします。

 

 そこへ、開いた出口の真ん中から、いきなり細身の剣が現れました。アリアンの上で闇の剣を受け止め、強く弾き返します。

 なに!? とイール・ダリは驚きました。出口の向こうへ目を凝らしますが、剣の刀身が突き出ているだけで、人の姿は見えません。

 すると細身の剣が動き出しました。何かを切り裂くように下へ進み、剣の先が床に着くと刀身が引っ込んで、そこから人が現れます。白い服に青いマントをまとった、黒髪の青年です。カーテンを押し開けるように両手を広げ、右手には細身の剣を握っています。

 青年は床に倒れたアリアンを見つめ、腫れ上がった頬に痛ましそうに目を細めると、優しい声で言いました。

「ちょっと待っているんだ。これがすんだら、すぐに治してあげるからね」

「貴様は何者だ!? それは普通の剣だろう! それでどうして闇の障壁が切り裂けるんだ――!?」

 とイール・ダリがわめくと、青年はそちらへ目を向けました。端正な顔が、ぎょっとするほど冷ややかな表情に変わります。

「これくらい、ぼくには簡単なことだ。その程度の闇の力で威張るな、ひよっこ魔法使い」

 声は静かなのに、その奥に言いしれない迫力がありました。青い瞳にも、危険な光がちらちらしています。

 けれども、馬鹿にされて逆上したイール・ダリは、それに気づくことができませんでした。杖が変わった剣を構えてどなります。

「生意気を言う若造め! この杖を手にした俺の力を見せてやる! 身をもって思い知れ!」

 闇の剣が振り下ろされてきました。青年が自分の剣で受け止めようとします。

 

 ところが、闇の剣は一瞬でまた闇の杖に戻りました。イール・ダリが杖を引き、すぐにまた突き出します。杖の先端の闇の石が、青年の腹にめり込み、青年がうめいて前かがみになります。

「見たか!」

 とイール・ダリは勝ち誇って言いました。

「これで貴様は怪物だ! 一生闇を這いずって、墓場の死体を食っていろ!」

 すると、青年が闇の杖をつかみました。その指先に長い爪が伸びていきます。さらに頭には二本のねじれ角が、背中には黒い翼が現れて、怪物に変わります。

 青年は顔を上げました。その瞳も血の色です。

「嫌だね。ぼくはもう闇には戻らないと誓ったんだ」

 と言って歪めるように笑った口元から、鋭い牙がのぞきます――。

 イール・ダリはいぶかしい顔になりました。闇の石で怪物になったにしては様子が変だ、と考えたのです。急いで杖を引き戻そうとしますが、青年は杖をつかんだまま放しません。

「なんだ、こんなちっぽけな闇の石」

 と言って、青年がまた笑います。

 イール・ダリは仰天しました。青年が無造作に握った杖の先で、闇の石が溶け出していました。吸い込まれるように見えなくなります。

「ど――どこへやった!? 石を返せ! あれは俺のものだぞ!」

 またわめいてつかみかかってきたイール・ダリを、青年は逆につかみ返しました。

「どこにもやっていないさ。ほら、ここにある」

 とたんに、イール・ダリは悲鳴を上げて全身を引きつらせました。髪の毛もひげも一本残らず逆立ち、口から泡を吐き始めます。その体が黒く変わり、やがて溶けて流れ出しました。人の形を取れなくなり、崩れて床の上に落ちます。

 男は、ひとかたまりの泥のような「おどろ」になっていました――。

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