おどろに変わったイール・ダリを眺めて、キースは肩をすくめました。
「君の望み通り、闇の石を返してあげたよ。闇と契約を結んで力を得た人間は、限界を超える闇を流し込まれると、おどろになるんだ。本物の闇は人間の手におえるような代物じゃない。闇になんて手を出さないほうが賢明なのさ」
おどろになったイール・ダリが、足元で何か言いたげにうごめきましたが、それはもう声にはなりません。
キースは白の魔法使いを振り向きました。
「こいつはもう人には戻れない。こいつを消してやってくれ」
女神官は一部始終を驚いて眺めていましたが、そう言われて立ち上がりました。闇魔法にたたきつけられた怪我は、自分自身で癒していました。トネリコの杖をおどろに向け、ためらいもなく言います。
「ユリスナイの名の下に命じる。闇に染まりし魂よ、消滅せよ!」
白い輝きが杖からほとばしって、おどろを消し去ります――。
すると、出口の向こうに急に人々が現れました。ハシバミの杖を持った赤の魔法使い、道化の恰好のトウガリ、剣を握ったオリバンとセシル、小猿のゾとヨ、ロムド王とリーンズ宰相の姿もあります。闇の石が作る障壁が消えたので、南の塔の最上階が元の世界にまたつながったのです。
「大丈夫か、おまえたち!?」
「シロ、ジ、カ?」
とオリバンとセシルと赤の魔法使いが飛び込んできます。
続いて部屋に入ってきたトウガリが、闇の民の姿のキースを見て、ちょっと笑いました。
「外から見えていたぞ。闇には闇が効くものだな。毒をもって毒を制するというやつか」
「人を毒にするなよ」
とキースは口を尖らせると、床の上からアリアンを抱き起こしました。頬の傷を消しながら言います。
「君は、見た目に寄らず、本当に勇敢だな……。でも、頼むから、こういうときにはまず、ぼくたちを助けに呼んでくれよ。白の魔法使いにイール・ダリの脱獄を知らせようとしたら、返事がなかったから、奴がここにいるとわかったけれど、まさか君まで一緒にいるとは思わなかったからね。部屋に君の姿が見えたときには、寿命が縮んだよ」
アリアンは顔を赤らめると、ごめんなさい、と謝りました。青年が意外なほど真剣な顔をしていたからです。本当に彼女を心配してくれたのだとわかります……。
ゾとヨが部屋に入ってきて、イール・ダリが消えたあたりをおっかなびっくり眺めました。
「も、もう大丈夫かヨ?」
「おどろは怖いゾ。本当に消えたか、心配だゾ」
「大丈夫。もう闇は感じられないからな」
とキースは言って、また人間の姿に戻りました。白い服に青いマントの聖騎士団の恰好です。アリアンもその隣に立ち上がります。こちらは若草色のドレス姿です。鷹に戻ったグーリーがキースの肩に舞い下ります。
最後に部屋に入ってきたロムド王が、彼らに言いました。
「よくぞ戦ってくれたな、キース、アリアン、グーリー。ユギルが不在の隙を敵に突かれたが、おかげで城は守られた。感謝する」
すると、小猿のゾとヨが騒ぎ出しました。
「オレたちは? オレたちは?」
「オレたちだって働いたゾ! 闇の魔法使いを王様に教えたゾ!」
「むろん、そなたたちも活躍した。本当に感謝しているぞ」
ロムド王は冠をつけた頭を、ためらいもなくキースやゴブリンたちへ下げました。ゾとヨが歓声を上げて飛び跳ねます。
「やったゾ! オレたち、ちゃんと王様の役に立てたゾ!」
「オレたち、これで王様のトモダチかヨ!?」
ロムド王は笑ってうなずきました。
「ああ。そなたたちは立派なロムドの友だ。我らと共に光を守ってくれる、すばらしい戦士たちであるな」
そのことばにキースとアリアンも嬉しそうに顔を赤らめ、グーリーは翼を広げて、キァァ、と満足げに鳴きました。
王は一同に呼びかけました。
「来なさい、皆の者。急ごしらえになるが、光を守るためにやってきた闇の友の、歓迎の宴といこう」
宰相が心得て、厨房に宴会の指示を出しに駆け出し、オリバンやセシル、トウガリや魔法使いたちは笑ってうなずきました。
キース、アリアン、グーリー、ゾとヨ。
闇の国を捨てた闇の一行は、フルートたちによって引き合わされた人々と、南の塔を下りていきました――。
The End
(2010年7月31日初稿/2020年4月2日最終修正)